2026-05-19 03:58:00

" 京都・一乗寺:斜面に立つ狸谷山不動院の懸造りと、名高き不動明王の眼光 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立夏【りっか】末候

 

七十二候

第二十一候  竹笋生【たけのこしょうず】

5月15日~20日ごろ。

タケノコが生えてくるころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

『 ​きょうと・いちじょうじ:しゃめん に たつ たぬきだにさん ふどういん の かけ づくり と、なだかき ふどうみょうおう の がんこう 』

 

 

 

 

昨日の記事の続きとなります。

一つ前のエントリーはコチラから。

 

 

 

京阪電車

祇園四条駅から出町柳駅、

そして叡山 (えいざん) 電車で

京都市左京区 一乗寺駅。

 

 

ラーメン街道で昼食を済ませ、

狸谷山不動院

(たぬきだにさんふどういん) へと、

徒歩で向かいました。

 

 

 

5月16日の京都は、

すでに30℃近くまで

氣温が上がっておりました。

 

 

 

強い日差しの中を

歩み進めます。

 

 

 

静かな住宅街を抜け

山へと近づいていきます。

 

 

 

次第に傾斜が

きつくなってまいります。

 

 

 

事前にこの日の参拝ルートを

調べてくれていた、

〈中島 小雪〉 師範部長が

教えてくれました。

 

 

 

この先には、

250段もの階段が待っていると。

 

 

 

​きつい坂道が続きます。

 

 

 

その中で、

ひときわ意氣揚々と

闊歩する者がおります。

 

 

 

麻布台教室を主宰する

〈円谷 ひとみ〉という生粋の江戸娘です。

 

 

 

 

実は合氣道寺崎道場の

「江戸の坂道巡り同好会」

発足のきっかけは、彼女でした。

 

 

 

3年前の東京での

指導者育成練成稽古。

 

 

 

稽古の合間に

この日本女子が主宰する

麻布台教室の

道場予定地を見に行きました。

 

 

 

その道中にあった坂道が

港区の雁木坂だったと記憶してます。

 

 

 

 

雁木坂は独特の石段を持つ、

風情ある江戸の坂道です。

 

 

 

当時、

都市開発著しい麻布台で

昔の姿が残ったのは奇跡に近い。

 

 

 

彼女はそう、

熱く語っておりました。

 

 

 

 

その時初めて、

彼女が江戸の坂道マニアだと

知ったのです。

 

 

 

​

「先生、東京には江戸から続く由緒ある坂道が、約700もあるんです」

 

 

 

 

彼女の言葉を聞き、

思い出したことがありました。

 

 

 

そのさらに数年前の

東京出張の際に

Googleマップで見つけた興味深い坂。

 

 

 

その名は、「幽霊坂」です。

 

 

 

 

私は合氣道師範の傍ら、

「怪談師」になりたいという夢を

実は密かに今も持ち続けております。

 

 

 

 

「幽霊坂」に行ってみたいと

ずっと思っておりました。

 

 

 

私の「幽霊坂」への興味と、

この江戸娘の坂道愛が交差しました。

 

 

 

 

それが「雁木坂」をきっかけとした

「江戸の坂道巡り同好会」結成へと、

繋がったのです。

 

 

 

 

翌年には、

念願の「幽霊坂」へもたどり着けました。

 

 

この恐い

「三田の幽霊坂」のお話は、

またの機会にいたしましょう。

 

 

 

 

​話を

狸谷山不動院への道に戻します。

 

 

 

 

延々と続く、急な坂道に

私たちは苦悶しておりました。

 

 

 

 

しかし、

〈円谷 ひとみ〉だけは違いました。

 

 

 

「この曲線が美しすぎます」

 

「青々とした新緑と、この坂道は天国のよう」

 

 

 

そう言いながら、

軽やかに登っていきます。

 

 

 

この江戸娘こそ、

正真正銘の坂道を愛する人です。

 

 

 

私は、

江戸の坂道以外は

あまり興味がないのですが😅…。

 

 

 

 

​やがて、

250段の階段が

目の前に立ちはだかります。

 

 

 

山の急傾斜に沿うように、

石段がうねりながら続いております。

 

 

 

 

その階段の途中には、

様々なお社や、

石碑が建ち並んでおりました。

 

 

 

 

険しい地形の起伏を、

そのまま活かした配置です。

 

 

 

自然の摂理と

見事に調和した景色を眺めながら

登っていきます。

 

 

 

ここで、

無駄に力を入れてはいけません。

 

 

 

正しいリラックスを、

心がけます。

 

 

ゆったりとした

呼吸を保ちつつ、

 

 

臍下の一点から

一段一段、歩みを進めます。

 

 

そうして、

息を乱さず

本堂の下へ到着いたしました。

 

 

 

 

​ふと見上げると、

山の急斜面にせり出すように

本堂がそびえ立っております。

 

 

 

懸造り(かけづくり)と

呼ばれる、

清水寺のような壮大な舞台造りです。

 

 

 

険しい自然の地形の

斜面に寄り添い、

共に立つような美しい建築の姿。

 

 

 

そこにも、

大自然と和合する理合いを

深く感じました。

 

 

 

 

頂上では

手水舎で手を清め、

道順通りに参拝を進めます。

 

 

 

宮本武蔵が修行したとされる、

滝もあります。

 

 

 

入山料500円を納めて、

本堂へと入りました。

 

 

 

私たち以外にも

数名の参拝者がおりましたが、

 

本堂内は、

私たちだけになりました。

 

 

 

靴を脱いで、

静かに参拝いたします。

 

 

 

 

​ふと正面を見ると、

大きな不動明王が祀られてありました。

 

 

 

 

鋭い眼光で、

こちらを見据えております。

 

 

 

堂内は、薄暗く。

 

 

 

外の暑さとは裏腹に

凛とした、

厳かな空氣に包まれます。

 

 

 

その鋭い眼光の前で

私はしばらく、

動けなくなりました。

 

 

 

これほど凄まじい眼力に

出会ったことはありません。

 

 

 

 

薄暗闇の中で、

その眼光だけが

光り浮き上がって見えます。

 

 

 

 

ただただ

凄いと、圧倒されました。

 

 

 

​

「いつまで座ってるんですか、行きますよ」

 

 

 

私の手を掴んだ

〈一ノ瀬 尚〉の声で、

ハッと我に返ることができました。

 

 

 

その間が

永遠のように、長く感じられました。

 

 

 

 

威厳に満ちた怖さの奥に、

何とも言えない安らぎがある。

 

 

 

何とも

不思議な体験でありました。

 

 

 

 

​「あまり先生は、こういう場所には来ないほうがいいですよ」

 

 

 

そう笑う

神奈川、辻堂教室を主宰する

〈一ノ瀬 尚〉先生は、

 

合氣道に出会う

ずっとずっと前からの友人です。

 

 

 

私のことを一番よく知る、

弟子の一人でもあります。

 

 

 

 

思えば、

靖國神社へはじめて参拝した時も

そうでした。

 

 

 

あの威風堂々とした、

第一鳥居の前に立った時のことです。

 

 

 

 

見上げた瞬間、

目に見えない巨大な氣に、

圧倒されました。

 

 

 

英霊たちの鎮まる、

その神々しくも、重厚な空氣。

 

 

 

まるで、

古を歩くような

 

時間の感覚が

消え去る不思議な感覚でした。

 

 

 

ずっと来たかった場所。

 

 

 

「やっと念願が叶いました」

「感無量です」

 

 

 

感極まり、

私はその場に釘付けになり

一歩も、動けなくなってしまったのです。

 

 

 

周囲の音が遠のき、

ただただ、立ち尽くす私。

 

 

 

 

​その時、

スッと私の手を取ってくれたのが

〈一ノ瀬 尚〉でした。

 

 

 

 

「行きますよ」と、

全く力みなく

自然体で導いてくれたのです。

 

 

 

境内の奥へと

私をゆっくりと、引っ張ってくれました。

 

 

 

 

そういう神々しい場所、

氣の満ちる場所では

私のことをいつも良く見てくれています。

 

 

 

私がその場に

取り込まれそうになるのを、

いつも敏感に察知してくれるのです。

 

 

 

 

動けなくなった私を

現実の世界へと、

そっと引き戻してくれます。

 

 

 

 

本当に、ありがたい存在です。

 

 

 

 

臍下の一点に心をしずめ、

和合の心で人に接する。

 

 

 

それを理屈ではなく、

ごく自然に行ってくれるのです。

 

 

 

 

​

後で知ったことですが、

この狸谷山不動院の不動明王は

 

その凄まじく「鋭い眼光」で、

大変有名なのだそうです。

 

 

 

ネットで検索すれば、

すぐ出てきます。

 

 

 

 

怒りの表情の奥にある

深い慈悲に、

 

多くの参拝者が、

圧倒されるといいます。

 

 

 

 

その眼光は、

決して単なる

威圧ではありませんでした。

 

 

 

迷いを断ち切り、

すべてを見透かす。

 

 

 

まるで、

静かな鏡のようでありました。

 

 

御意。

 

 

 

 

​本堂を出て、

下山しようとした時のことです。

 

 

 

「奥の院」へと続く階段が、

目に止まりました。

 

 

 

実はそこは、

" 熊の目撃情報 " が多数ある

場所だったのです。

 

 

 

この暑さの中、

長く急な坂と

階段を上がり続けて、

やっと、ここまで登ってきたのです。

 

 

 

合氣道修行者としては

当然、「奥の院」へも行ってみたい。

 

 

 

その先に待ち受けていた恐怖とは。

 

 

 

続きは、

また次回にお話しいたします。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

大切にしているのは、

ただ技を極めることではありません。

 

周囲の状況を

静かに察知する配慮を育むこと。

 

 

力みなく自然体で人に寄り添い、

周囲の人の心にそっと灯火を灯す生き方を

ともに探究していくことです。

 

 

 

大自然の理や、

日々の歩みを通じた氣づきを

 

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

健やかな歩みのヒントが、

ここにあるかもしれません。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-05-18 03:25:00

" 春の指導者育成稽古を締めくくる京都・一乗寺での2日間|すべては弟子の成長に繋がる "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

立夏【りっか】末候

 

七十二候

第二十一候  竹笋生【たけのこしょうず】

5月15日~20日ごろ。

タケノコが生えてくるころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

『 ​はる の しどうしゃ いくせい けいこ を しめくくる きょうと・いちじょうじ での ふつか かん|すべて は でし の せいちょう に つながる 』

 

 

 

 

5月1日からおこなっておりました、

合氣道寺崎道場

春の恒例行事「指導者育成練成稽古」。

 

 

昨日、17日に

無事終えることができました。 ​

 

 

 

この集中稽古は

春、夏、冬と

年に3回、毎年行っております。

 

 

 

指導者と

それを目指す者のための

大切な時間です。

 

​

 

 

今回は特に、

これから指導者を目指す

お弟子さんの

 

著しい成長を

感じることができました。

 

 

 

​以前は

技の形にとらわれ、

 

心身に力みが

見られることもありました。

 

 

 

しかし今回は

相手の動きに逆らわず、

 

上半身の力を抜いた

正しいリラックスを

保つことができていたのです。

 

 

​深い呼吸とともに、

臍下の一点に心が

すっと鎮まっておりました。

 

 

 

相手と争わず、

和合する。

 

 

その精神が、

技の端々から自然と溢れ出るような

見事な成長ぶりでした。 ​

 

 

 

この集中稽古では

技の基本と正確さを

 

繰り返し確認し、

深淵を深めていきます。

 

 

 

 

しかし、

それにとどまりません。

 

 

 

指導者としての心得も

しっかりと再確認していくのです。 ​

 

 

 

私か主宰する

合氣道寺崎道場の

指導者育成練成稽古では、

 

道場以外の場での学びも

また大切な稽古時間となります。

 

 

 

 

集中稽古期間中は、

食事も何度も共にします。

 

 

お酒を交わし、

心を結ぶその場も

 

かけがえのない

貴重な学びのひとつであります。 ​

 

 

 

 

さて、

この集中稽古の最終2日間。

 

 

東京と神奈川の

全道場と教室をまとめる、

 

中島 小雪 師範部長の提案により

京都の地でおこないました。

 

 

 

​

16日の土曜日は、

京都市左京区

一乗寺エリアの神社仏閣を巡りました。

 

 

 

 

お仕事などの都合もあり、

私を含め

指導者とそれを目指す弟子10人中、

6名が集いました。 ​

 

 

 

これもまた、

重要な稽古の一環です。

 

 

 

 

同じ景色を眺め、同じ空氣を味わう。

 

 

 

この静謐 (せいひつ) な時の中で、

何を思い、何を感じたか。 ​

 

 

 

 

それを

それぞれの道場、教室に戻って

自身のお弟子さん方にどう活かすか。

 

 

 

 

これは

私の合氣道指導者としての持論ですが、

 

指導者というものは、

何を見ても

 

弟子の成長を願うものでなければ

本物ではありません。

 

 

​

何を感じても、

弟子の向上。

 

何を経験しても、

すべては弟子のため。

 

 

その感性を研ぎ澄ますための

大切な稽古なのです。

 

 

 

 

​京都は

ラーメン激戦地として知られます。

 

 

一乗寺エリアは、

そのなかでも京都一の激戦区であります。

 

 

 

私たちも

そのラーメン街道にて

昼食を共にいたしました。

 

 

​

ただ、

うまいラーメンを食するだけでは

指導者として失格です。

 

 

 

開店前から

全国の観光客だけでなく、

地元の人々が行列するお店。

 

 

 

そのスタッフの方々の

温かな対応や所作、

 

店内に流れる氣の交流、

活氣ある雰囲氣。 ​

 

 

そこに

客として集まる人々の「氣」。

 

 

 

それらを見逃さず

何もかも全部、

 

合氣道の指導へと

つなげていくのです。 ​

 

 

 

 

今年の春の集中稽古を

締めくくるこの2日間は、

 

ことのほか

危機管理能力、感性において

内容の濃い時間となりました。

 

 

 

 

その詳細につきましては、

またこのブログでお話ししてまいります。

 

 

 

 

​17日 (日) は

この指導者育成練成稽古で

最終日恒例となりました

 

「座学」と「氣の呼吸法」で

締めくくり、

 

祇園の京料理にて

皆で打ち上げをおこないました。

 

 

 

次回、8月の東京でおこなう

夏の集中稽古での再会を約束して、

 

新幹線で東京、神奈川へと

愛弟子たちは帰っていったのです。

 

 

​

 

日常のあらゆる場面に

指導者としての「学びの種」があります。

 

 

 

 

心を静め、

周囲の出来事をありのままに受け止める。

 

 

 

 

 

和合の精神から得た

その氣づきが、

 

それぞれの道場、教室に集う

愛するお弟子さんたちの

確かな「成長の糧」となるのです。

 

 

 

 

私たちのすべての経験は

それぞれの弟子たちの笑顔と向上のために。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

大切にしているのは、

ただ技を極めることではありません。

 

日々の生活に活きる

「争わない心」を育み、

 

自らが「率先躬行」の姿勢で

学び続けることで、

 

愛する弟子たち、

そして「周囲の人の心に灯火を灯す」ような

 

社会や人々の喜びに繋がる生き方を、

ともに探究していくことです。

 

 

自然の理(ことわり)や

日々の稽古を通じた氣づきを、

 

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

 

より健やかな生き方、

良好な対人関係の築き方など

 

現代の暮らしに活かすヒントが

ここにあるかもしれません。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-05-15 03:16:00

" 合氣道は​答えの見つからないことを考える学問であり、哲学だ 。"

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立夏【りっか】末候

 

七十二候

第二十一候  竹笋生【たけのこしょうず】

5月15日~20日ごろ。

タケノコが生えてくるころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

『 ​あいきどう は こたえ の みつからない こと を かんがえる がくもん で あり、てつがく だ。 』

 

 

 

 

何事も真似からはじまります。

 

 

 

今から十四年ほど前のこと。

 

私は、合氣道琴心館の末席に

加えていただきました。

 

 

 

​それからというもの

ひたすら師である

琴心館 館長 琴地 茂先生の

真似をいたしました。

 

 

 

技はもちろんのこと。

 

 

姿勢、所作、立ち居振る舞い。

 

 

そして、

話し方や言葉の選び方に至るまで。

 

 

 

​

真似をしたからといって、

それがすぐに身について

会得できるわけではありません。

 

 

 

 

しかし、

師の真似からはじめなければ、

何もはじまらないのです。

 

 

 

 

​そうして

長年かけて身に付けた基礎。

 

 

 

 

そこに、

自分自身の経験や探究が加わります。

 

 

 

 

そうして初めて、

オリジナリティが

確立されるのだと思います。

 

 

 

 

 

表面的な形だけをなぞって

終われば、

それはただの真似事に過ぎません。

 

 

 

 

​しかし、

稽古を重ね、

 

真似をしていく中で

大きな壁に当たります。

 

 

 

 

どうしても、

師の心身の繊細な動きが

真似できないのです。

 

 

 

 

 

実は、そこからが

最も深く大切な学びとなるのです。

 

 

 

​

その大切な学びの答えは、

いくら調べても見つかりません。

 

 

 

どのような本を読んでも

書いてはおりません。

 

 

 

誰に聞いても

教えてはもらえません。

 

 

 

 

現代のように、

ネットやAIで検索しても

答えは出てこないのです。

 

 

 

​

ありとあらゆる方法を駆使しても、

答えが出ないこと。

 

 

 

その見えない答えを

深く深く考えること。

 

 

 

それこそが、

「学問」なのだと私は思います。

 

 

 

 

そして、

それは「哲学」でもあります。

 

 

 

 

 

​合氣道は

常に相手が存在します。

 

 

 

 

手を持たせたとしても、

相手が変わればすべてが変わります。

 

 

 

 

だからこそ、

絶対的な正解など存在しないのです。

 

 

 

 

​ただ一つ、

確かなことがあるとすれば、

 

それは、

臍下の一点に心を静めること。

 

 

 

重力に逆らわず、

自然に落ち着くということです。

 

 

 

つまり、

正しいリラックスをするということ。

 

 

 

 

​物体の重みが、

落ち着くべきところに落ち着く。

 

それを「落ち着き」と呼びます。

 

 

 

​この心身の

「落ち着き」を土台にしてこそ、

 

私たちはさらに深く

真の問いに向き合うことができるのです。

 

 

 

​

 

調べても、探しても、

誰に聞いても

答えは見つからないことを、

懸命に考える。

 

 

それこそが、

学問でございます。

 

 

 

​

合氣道とは、

単に相手を投げる、投げられる。

 

あるいは、技が効く、効かない。

 

 

そのようなものでは決してないと、

僭越ですが、私は考えています。

 

 

 

 

​ただ身体を動かすだけでは、

到底たどり着けない。

 

 

 

​見えない答えを永遠に探究し続け、

己の在り方を問い続けること。

 

 

 

 

目に見える形を超えて、

深く理合いを探究していくこと。

 

 

 

 

​それはまさに

一つの哲学であると、

 

不肖私はそのように思うのでありまする。

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

大切にしているのは、

単に技の形を学ぶことではありません。

 

 

​臍下の一点に心を静め、

揺るぎない心身の落ち着きをはかること。

 

 

​そして、答えのない問いに

自ら向き合うその探究の姿勢が、

 

確固たる自己の確立へと繋がっていくと信じ、

ともに歩んでいくことでございます。

 

 

​自然の理や、

見えない答えを探す日々の稽古の氣づきを

 

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

 

 

​常に揺れ動く現代社会において

自分自身の軸を確立し、

 

健やかに生きるためのヒントが

ここにあるかもしれません。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-05-14 03:19:00

" 【指導者育成の深淵】導く者こそ最も深く学んでいる。練成稽古で知る「弟子は我が師匠」 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立夏【りっか】次候

 

七十二候

第二十候  蚯蚓出【みみずいずる】

5月10日~14日ごろ。

冬眠していたミミズが土の中から出てくるころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

『 ​【しどうしゃ いくせい の しんえん】みちびくもの こそ もっとも ふかく まなんでいる。れんせいけいこ で しる「でし は わが ししょう」 』

 

 

 

 

​私が主宰する

合氣道琴心館寺崎道場

 

春の恒例

指導者育成練成稽古。

 

 

 

​この場に集うのは

すでに一般の道場生を導く指導者や、

それを目指す10名の日本女子たちです。

 

 

 

​

彼女らの技の正確性をさらに高め

より良き指導者へと導くための稽古は、

 

一般のお弟子さんたちとの稽古とは、

はるかに次元が異なります。

 

 

 

 

​日々、修練を積んだ彼女らの心身は

非常に研ぎ澄まされております。

 

 

 

 

​私が彼女らを導こうとする際、

己の内にほんのわずかでも

 

我の力みが生じれば、

​彼女らの鋭敏な感覚は

 

瞬時にそれを察知し、

技の軌道は途端に

相手とぶつかってしまうのです。

 

 

 

​

全身から強い氣を発する

高次元の弟子たちを導くためには

 

私自身が常に

「正しいリラックス」を体現し、

さらなる深みへと至らねばなりません。

 

 

 

 

​臍下の一点に心を静め、

微動だにせぬ静寂を保つ。

 

 

 

​

己の未熟な部分や

心のわずかな揺らぎを

 

熟練の弟子たちの心身が

容赦のない鏡となって、

 

見事に、そして正確に、

映し出してくれます。

 

 

​

 

彼女らを導いているようでいて、

実は私自身が己の技と心を

 

より高い次元へと

引き上げてもらっているのです。

 

 

 

​高みを目指して

真剣なまなざしで稽古に励む弟子は、

 

私にとっての

「尊い師匠」でもあるのです。

 

 

 

 

​

この深い和合の理合いは

組織の中で優れた人材や、

 

次世代のリーダーを導く際にも

通じるものではないでしょうか。

 

 

 

​

指導者もお弟子さんも

互いを高め合う尊い存在です。

 

 

 

​

相手の持てる力を

自然な形で最大限にまで

引き出していくこと。

 

 

​その働きかけこそが、

自分自身を

より深く進歩向上させることに

繋がるのでありまする。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

大切にしているのは、

一方的に技や知識を教えることではありません。

 

 

師と弟子が

互いを映す鏡となりながら、

果てしなき「心と身体の落ち着き」を

共に探究していくことです。

 

 

上に立つ者こそが

自らの生き方をもって、

「率先躬行」の道を歩むこと。

 

 

その揺るぎない一挙手一投足が

やがて社会を照らし、

「周囲の人の心に灯火を灯す」という

真の喜びに繋がっていくと信じております。

 

 

稽古を通じた深い氣づきや

自然のことわりなど

 

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

 

より健やかな生き方、

次代のリーダーを導くためのヒントが、

ここにあるかもしれません。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟 

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-05-13 03:13:00

" 友の進歩は自分の進歩。これぞ私たちが目指す「ぼくらの合氣道」の姿 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立夏【りっか】次候

 

七十二候

第二十候  蚯蚓出【みみずいずる】

5月10日~14日ごろ。

冬眠していたミミズが土の中から出てくるころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

『 ​とも の しんぽ は じぶん の しんぽ。これぞ わたしたち が めざす「ぼくら の あいきどう」の すがた 』

 

 

 

 

火曜日の午前は、

中高齢の皆様に向けた合氣道講座です。

 

道場には、

ゆったりとした呼吸とともに、

穏やかで和やかな氣が満ちています。

 

 

​

 

しかし、

昨日(5月12日) 昼から入れ替わりで、

 

合氣道琴心館寺崎道場

春の恒例「指導者育成練成稽古」が始まると、

 

同じ道場でありながら

場の氣は一転します。

 

 

静寂の中に

研ぎ澄まされた集中力と、

 

凛とした

心地よい緊張感が張り詰めるのです。

 

 

 

​

本日は、

あるお二人の女性のお話です。

(ご本人たちからは、快く承諾を得ております)

 

 

 

​お二人は大の親友であり、

互いを高め合う

良きライバルでもあります。

 

 

 

お二人は、

慶應義塾大学の

文学部で親交を深めました。

 

 

​

一人は、

東京都港区で生まれ育った

〈円谷ひとみ(つぶらやひとみ)〉という女性。

 

彼女は既に麻布台教室を主宰し、

指導にあたっています。

 

 

 

もう一人は、

宮城県で東日本大震災で被災し、

 

ご家族で東京へ

移り住んできた女性〈Mさん〉。

 

 

 

​友人を追いかけるように

2年遅れで入門してきた〈Mさん〉もまた、

 

真剣に指導者を目指し

同じ道場で稽古しています。

 

 

 

​

ちょうど一年前の

この指導者育成練成稽古でのこと。

 

 

 

 

〈Mさん〉が、

見事に上達した友人

〈円谷ひとみ〉の姿を素直に認め、

 

心から絶賛して

こう表現しました。

 

 

 

​「ひとみちゃんの技はまるで、生きた花のようだね」

「立てば芍薬、座れば牡丹、投げる姿は百合の花だよ」

 

 ※2025年4月30日の記事をよろしければ参照してください。エントリーはコチラ

 

 

​

 

さらに彼女は

私にこう語ったのです。

 

「友の進歩は、自分の進歩となりますから」と。

 

 

​

他者の成長を妬むことなく、

自らの喜びとして受け入れることができる。

 

 

その清らかな心根と

豊かな感性に、

私は深く感銘を受けたのです。

 

 

​

 

あれから、ちょうど一年。

 

 

 

 

昨日の稽古で〈Мさん〉が見せた姿に、

私は静かな感動を覚えました。

 

 

 

氣の出し方、

技の正確さ、

そして立ち居振る舞い。

 

 

 

すべてが一変し、

目覚ましい進化を遂げていたのです。

 

 

 

 

​昨年までの

心身の力みは消え去り、

 

常に正しいリラックスを心がけ、

臍下の一点に心を鎮める。

 

 

 

その日々の

たゆまぬ積み重ねが、

〈Мさん〉に見事な花を開かせたのでしょう。

 

 

 

​

一方、

一年前に讃えられた〈円谷ひとみ〉もまた、

 

より一層の落ち着きを放ち、

さらなる技の深みを増していました。

 

 

 

 

​友の進歩を

心から祝福し、受け入れる。

 

 

 

 

お二人の関係性は、

まさに合氣道の理合いそのものです。

 

 

 

 

​生まれ育った環境も

歩んできた道も異なるお二人が、

 

同じ大学で出逢い、

同じ道場で互いの氣を尊重し合い、

高め合っていく。

 

 

 

そこには、

嫉妬や妬みといった

「負の力み」は微塵もありません。

 

 

​

 

ただ深い呼吸とともに、

己の中心と静かに向き合う。

 

 

 

そして、

友をそのまま柔らかく受け入れる。

 

 

 

 

その和合の姿勢が

美しい立ち居振る舞いとなり、

確かな技の深みとなって現れているのです。

 

 

 

 

​一年前に、友を心から絶賛し、

「立てば芍薬…」と讃えた彼女。

 

 

 

今、見事な大輪の花を咲かせた彼女自身へ、

 

 

今度は私から、

敬意を込めてその言葉を捧げたいと思います。

 

 

 

 

「立てば芍薬、座れば牡丹、投げる姿は百合の花」

 

 

 

​

現代は、

何かと他者と比べ、

 

争い合うことで

心をすり減らしやすい時代です。

 

 

 

 

しかし、

相手を無理に

自分の思い通りにしようとしたり、

 

他者の成功を妬んだりして、

自らの心を閉ざす必要はありません。

 

 

​

 

まずは、

ご自身の肩の力を抜き、

 

その抜いた力を

臍下の一点に収め、

正しいリラックスを心がけましょう。

 

 

 

ゆったりとした呼吸で、

自分の内側を静かに見つめる。

 

 

 

すると、

他者の良いところや、

 

その人の歩みを、

素直に尊ぶことができる

「しなやかな心のゆとり」が生まれます。

 

 

 

​対立や争いを手放し、

「友の喜びは自分の喜び」と

柔らかく調和していく。

 

 

 

この姿勢は、

道場の中だけのものではありません。

 

 

 

ご家庭や職場など

日々の人間関係の結び目を解きほぐし、

 

心豊かに生きていくための

万人に通じる

大切な道標となるのではないでしょうか。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

大切にしているのは、

ただ技の形を極めることではありません。

 

 

​日々の生活において

何事も柔らかく受け入れられる、

「しなやかな心のゆとり」を育むことです。

 

​まずは自分自身が、

和合の心を「率先躬行」すること。

 

 

その正しくリラックスした温かな姿勢が、

ご縁のある

「周囲の人の心に灯火を灯す」ことに繋がり、

 

社会全体の喜びに結びついていくと

信じております。

 

 

​友の進歩を喜べる清らかな心や、

道場での美しい氣づきといった自然の理を

 

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

 

​人と比べず、

心穏やかに生きるためのヒントが、

ここにあるかもしれません。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝