" 技がかかる理由、人が育つ理由。すべては「抵抗」の中にある "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
啓蟄(けいちつ)初候
七十二候
第七候 蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)
3月5日~9日ごろ。
冬の間を土のなかで過ごした
虫や生きものたちが、
暖かな春の日差しを感じて地上に姿を現すころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 わざ が かかる りゆう、ひと が そだつ りゆう。すべて は「ていこう」の なか に ある 』
ほんの少し前までは
朝6時でも真っ暗でしたが、
最近では東の空が
ほのかに明るくなってきています。
日に日に
夜明けが早くなってきますね。
私は毎朝、
この道場長ブログ『ぼくらの合氣道』を
執筆するために
午前3時に
起床しているのですが、
東雲 (しののめ) の静寂の中で
記事を書き進めながら、
冷たい空氣の中に
少しずつ光が差し込んでくるのを
肌で感じています。
さて、今日は
私たちが前に進むために
不可欠な「抵抗」について
お話ししたいと思います。
仕事での困難、
人間関係の摩擦、
あるいは
合氣道に限らず、
趣味やスポーツなど
様々なことで、
なかなか上達しない
自分へのもどかしさ。
私たちはつい、
こうした
「抵抗」や「壁」を
避けるべきものと
考えがちです。
しかし、
物理的にも精神的にも、
「抵抗や壁があるからこそ、人は前に進める」のです。
" 何事も「抵抗」が鍵 "
たとえば、
水泳を思い浮かべてみてください。
水の中で
手足を動かすと、
水という重い塊が
ずっしりと
身体に抵抗してきます。
息苦しく、
前に進むのを
邪魔されているように
感じるかもしれません。
しかし、
その「水の抵抗」を
手でしっかりとかき、
足で蹴るからこそ、
身体はスッと前に進むのです。
もしこれが
空氣を相手にする
「のれんに腕押し」の
状態だったら、
どれだけ
手足を激しく動かしても、
「抵抗」がなければ
まったく前には進めませんね。
歩く時も同じです。
私たちは靴の裏と
地面の間に起きる
「摩擦(抵抗)」を
味方につけて前進します。
ツルツルに凍った
氷の上では
抵抗がゼロになるため、
いくら足を踏み出しても
その場で滑るばかりです。
" 相手の本氣があるから、技はかかる "
合氣道の稽古においても、
これは全く同じです。
合氣道は
相手と争う
武道ではありませんが、
相手が本氣で打ってきたり、
突いてきたりするからこそ、
そこに技がかかる のです。
相手がふにゃふにゃで、
まったく芯のない
「のれん」のような
状態であれば、
その力を導くことも、
崩すこともできません。
相手が真剣に
向かってくる
その強い
氣(抵抗)を受け入れ、
結びつくことで、
初めて自分の
推進力へと変わるのです。
"「のれんに腕押し」の
お弟子さんは導けない "
そしてこれは、
道場における
「師範と弟子」の関係、
ひいては
「学ぶ姿勢」
そのものにも
深く通じています。
賢明で
熱心なお弟子さんは、
師範の一挙手一投足までを
見逃すまいと
必死に学ぼうとします。
その
「本氣で学びたい」という
渇望 (かつぼう) が
あるからこそ、
師範の手に触れた瞬間に、
見えない氣や力線の流れ
加えて
呼吸、技の理合いを
感じ取ることができます。
お弟子さんの
その本氣の心が
確かな
「手応え(抵抗)」となり、
師範の正しい導きへと
つながるのです。
一方で、
師範の手を取っても、
他人事のように
何も考えず
「ただ持てと言われたから、持っているだけ」
という人は
どうでしょうか。
そこには
心と心の摩擦も、
教えを掴み取ろうとする
エネルギー (氣) もありません。
まさに
「のれんに腕押し」です。
いかに
師範といえども、
自ら学ぼうとしない者、
心にその氣を持たない者を
導くことは、
決してできないのです。
" 抵抗を味方にしよう "
今、自分が
何かにぶつかり、
強い抵抗を
感じているとするなら、
それは
「前に進むための水」を
しっかりと
掴んでいる証拠です。
そして、
誰かから
何かを学ぼうとする時、
自分の中に
「本氣で学ぶ」という
志を
しっかり持ってみてください。
志を持たず、
ただその抵抗から逃げて
氷の上を
滑るのではなく、
しっかりと
大地を踏みしめ、
重みを感じて
前に進んでみませんか。
道場での稽古も、
その感覚を養い、
本氣の心を
育むための素晴らしい時間です。
今週末も道場で、
「本氣」のお弟子さんとだけ
ともに良い汗を
流せることを楽しみにしています。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 春の足音に誘われて。「啓蟄」に感じる自然との調和と合氣道 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
啓蟄(けいちつ)初候
七十二候
第七候 蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)
3月5日~9日ごろ。
冬の間を土のなかで過ごした
虫や生きものたちが、
暖かな春の日差しを感じて地上に姿を現すころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 はる の あしおと に さそわれ て。「けいちつ」に かんじる しぜん との ちょうわ と あいきどう 』
厳しい
寒さのピークを越え、
ふと見上げる
空の青さや風の匂いに、
柔らかな
春の氣配を感じる
季節となりました。
日だまりで
氣持ちよさそうに
まどろむ
野良猫の姿に、
思わず目を細めてしまう
今日この頃です。
暦の上では
「雨水」を過ぎ、
二十四節氣は
「啓蟄(けいちつ)」へと
移り変わりました。
「啓」はひらくこと、
「蟄」は土の中で
冬ごもりをしている虫を意味します。
つまり「啓蟄」とは、
冷たい大地の底で
じっと春を待っていた
生き物たちが、
暖かな陽氣に誘われて
モゾモゾと動き出し、
顔を覗かせる季節のこと。
七十二候で
いうところの初候
「蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)」(3月5日〜9日頃)
という
美しい言葉通り、
生命の息吹が
いよいよ
力強さを増していく時期ですね。
朝夕の冷え込みは
まだ少し残りますが、
日中には
上着がいらないほどの
ポカポカとした
陽氣の日も増えてきました。
河川敷や道端で
鮮やかな菜の花が
見られるようになり、
お店には
ワラビといった
瑞々しい
旬の山菜が並び始めると、
春をぐっと
身近に感じるようになります。
春分まで
あと半月ほど。
いよいよ
本格的な春の到来も
目前だなと実感します。
私たち
合氣道を学ぶ者にとっても、
この季節の変化は
非常に大切です。
冬の間、
自身の根を深く張るように、
一つひとつの
基本と向き合い
積み重ねてきた
冬の間の稽古。
それはまさに、
土の中で
じっとエネルギーを
蓄える虫たちの姿と
重なります。
そして
「啓蟄」を迎え、
天地大自然の「氣」が
外に向かって
大きく巡り始めるのと
同調するように、
私たちの心身もまた、
強ばりが解けて
のびやかに
動くようになってきます。
一雨降るごとに
暖かさを増し、
春は本格化していきます。
冬の間に
内に秘めた力を、
春の陽光とともに
外へ向かって
のびのびと発揮していく。
そんな
自然の理(ことわり)を
感じながら、
今週末も
道場で共に、
心地よい汗を流しましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
"「都市伝説」転ぶと〇〇。その真相は?【三年坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
雨水(うすい)末候
七十二候
第六候 草木萠動(そうもくめばえいずる)
3月1日~4日ごろ。
やさしく照らす太陽のもと、
春の雨が草木を芽吹かせ、薄緑に色づくころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 「としでんせつ」ころぶ と 〇〇。その しんそう は?【さんねんざか】へん 』
2月26日のブログで
お届けした
「左内坂」、(エントリーはコチラ)
そして、
その次に訪れた
「市谷亀岡八幡宮 男坂・女坂」(エントリーはコチラ) の
清冽 (せいれつ) な氣に
触れた後、
私は次なる
歴史の痕跡へと向かいました。
お正月の
東京出張の合間を
縫って歩く、
江戸から続く
由緒ある坂道巡りの
続きです。
合氣道の
稽古において、
技の深さと
同じくらい、
あるいは
それ以上に大切なのが
「感性」です。
相手の氣を感じ、
場と調和し、
見えない
氣の流れを読む。
古(いにしえ)の人が
歩いた道を
自らの足で
辿ることは、
その土地に染み込んだ
見えない氣配や
歴史の重みを感じ取る、
素晴らしい
「感性」の修行になります。
亀岡八幡宮の
凛とした空氣から一転、
次に足を運んだのは、
千代田区五番町にある
「三年坂(さんねんざか)」です。
市ヶ谷駅から
ほど近いこの場所は、
現在ではマンションや
オフィスビルが立ち並び、
道幅が狭い、
緩やかな
直線状の坂道となっています。
一見すると
歴史の面影は薄い
現代の道ですが、
かつて
この場所には
「三念寺(さんねんじ)」という
お寺があったそうです。
「三念寺坂」と
呼ばれていたものが、
時代が
下るにつれて変化し、
「三年坂」として
定着したと伝えられています。
さて、
「三年坂」という
名前を聞いて、
京都の
清水寺近くにある
坂などを
思い浮かべる方も多いでしょう。
そして、
全国各地にある
「三年坂」には、
奇妙なほど
共通する、
ある「都市伝説」が存在します。
それは、
墓地や寺近くに位置し
「この坂で転ぶと、三年以内に死んでしまう」
「この坂で転ぶと、三度土を舐めないと三年以内に死んでしまう」
あるいは「三年寿命が縮む」など。
なんとも恐ろしく、
背筋がヒヤリとする
言い伝えですね。
実は同じ
千代田区内の
「霞が関」にも
別の「三年坂」があり、
そちらは
その怖い俗説が
名前の由来の一つと
されているそうです。
こちらも
是非歩いてみたい
坂道の一つです。
話を戻すと、
この五番町の
「三年坂」のルーツは
「お寺の名前(三念寺)」ですので、
万が一、
ここで転んでしまっても
呪いの心配はないでしょうね!
少し安心しますね😅
しかし、
なぜこのような
不吉な伝承が
各地に残っているのでしょうか。
一説には、
急な坂道や石段で
足元に
注意を促すための、
昔の人々の
「戒め」であったと言われています。
「氣を付けて歩かないと大怪我をするぞ」
という
先人たちの
切実な思いが、
時代を経て
呪いのような形に変化し、
都市伝説として
語り継がれているのかも
しれませんね。
私たち、
合氣道を
学ぶ者であれば、
万が一、転んでも
咄嗟 (とっさ) の
「受け身」で
難を逃れることが
できると思います。
しかし、
油断は大敵です。
足の裏から伝わる
大地の感覚を研ぎ澄まし、
常に
臍下の一点 (せいかのいってん) に
心を鎮めて、
一歩一歩踏みしめる。
アスファルトの
下に眠る
「三念寺」の氣配を
探りながら
歩を進めることもまた、
日常の中にある
稽古なのです。
綺麗に整備された
五番町の「三年坂」。
私はもちろん
転ぶことなく、
坂を下り切りました。
しかし——。
ここを無事に下り切り、
「三年坂」の
余韻に浸るも束の間、
まるで目に見えない
糸で引かれるかのように、
私は
" ある場所 " へと
引き寄せられていったのです。
その " ある場所 " に
一歩足を踏み入れた瞬間、
空氣が泥のように重く、
そして凍てつくように
冷たく感じました。
この日は1月7日。
お正月も終わり、
多くの人々が行き交う
真昼の東京都心です。
であるはずなのに、
そこだけが薄暗く
灰色で覆われたような通りで、
背筋を氷の刃で
ゆっくりと
撫で上げられるような
強烈な悪寒が走りました。
まるで
時間が止まり、
幾重もの情念が
ねっとりと渦巻き、
こちらを
じっと見つめているような
異様な、ただならぬ氣配。
臍下の一点に静めた氣が
上ずるほどの、
強い「陰」の波動。
私が導かれてしまった
この場所こそが、
知る人ぞ知る
" 東京最恐の坂道 " だったのです。
その恐ろしい坂の名は……
次回の
「江戸時代から続く由緒ある東京の坂道巡り」の
ブログで、
その底知れぬ
恐怖と対峙した
お話をいたしたいと思います。
私たちの
古の江戸を歩く旅、
まだまだ続きます。
過去の坂巡りのエントリーはコチラから
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 満開より「蕾」を愛でる、「準備」こそが本番 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
雨水(うすい)末候
七十二候
第六候 草木萠動(そうもくめばえいずる)
3月1日~4日ごろ。
やさしく照らす太陽のもと、
春の雨が草木を芽吹かせ、薄緑に色づくころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 まんかい より「つぼみ」を めでる、「じゅんび」こそ が ほんばん 』
梅の花は、
枝がすべて満開に
咲き誇っている姿よりも、
まだ固い蕾が
いくつか
混じっているくらいが
美しいものです。
これから咲くという
「余白」や「期待」が、
見る人の心を
惹きつけるのかもしれませんね。
旅行も同じですね。
もちろん
旅先での体験も素晴らしいですが、
ネットで
ガイドブックを眺めながら
「どこに行こうか」
「何を食べようか」と計画を練り、
荷造りをしている時が
一番胸が躍る、
という方は
多いのではないでしょうか。
目的地に
着くことだけが
旅ではなく、
想像し、
段取りをしている時間から
すでに旅は始まっています。
これは、
私たちの何氣ない
日常生活の中にも
たくさん溢れています。
たとえば、
次の休みの日に
見に行く予定の映画。
予告編を
何度も見返して
「どんな結末を迎えるのだろう」と
想像を膨らませ、
ネットで
座席を予約して
当日を指折り数えて
待つ日々は、
映画館の暗闇で
スクリーンに向き合う時間と
同じくらい
ワクワクするものです。
私自身の
ことで言えば、
たとえば、
東京出張の際の
ひそかな楽しみである
「江戸時代から続く由緒ある坂道巡り」が
まさにそうです。
「次の出張では、
どのエリアの坂道を歩いてみようか」。
古地図や
歴史の資料を引っ張り出し、
あれこれ
下調べをして
計画を練っている時間は、
実際にその坂の上に立ち、
江戸の風を感じる瞬間に
勝るとも劣らない
至福の時となっています。
結果や
完成形だけでなく、
そこに向かう
「過程」にこそ
一番の豊かさがある。
日々、
道場に立ち、
お弟子さんと
接していると、
合氣道の稽古も
まさにこれと
同じだと感じます。
合氣道を学ぶ上で、
目標として
「昇級」や「昇段」を
目指すことは
大変素晴らしいことであり、
意義のあるものです。
しかし、
本当に大切なのは、
帯の色が
変わるということや、
袴を着用するといった
「結果」ではなく、
そこに至るまでの
「過程(プロセス)」にあります。
「昨日は力みが抜けなかったけれど、今日は少し上半身の力を抜くことができた氣がする」
「相手と呼吸が合うって、こういう感覚かもしれない」
こういった
プロセスを大切にし、
悩み、
工夫しながら
日々の稽古での
小さな氣づきや
葛藤を楽しめる人と、
ただ段位という
結果だけを急ぐ人とでは、
長い目で見たときの
進歩の深さに
驚くほどの差が生まれます。
まだできない
ことがある
「蕾」の状態を
愛 (いと) おしみ、
じっくりと
向き合うからこそ、
真の実力が
培われていくのです。
時がくるまで、花は咲かない。
準備し、想像し、
少しずつ
花を開かせていく過程を、
日常でも道場でも、
しっかり噛みしめながら
目標に向かって
日々、前進してまいりましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 「八紘一宇」に込められた本当の願い。市谷亀岡八幡宮で氣を感じる【男坂・女坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
雨水(うすい)末候
七十二候
第六候 草木萠動(そうもくめばえいずる)
3月1日~4日ごろ。
やさしく照らす太陽のもと、
春の雨が草木を芽吹かせ、薄緑に色づくころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 はっこういちう に こめられ た ほんとう の ねがい。いちがやかめがおかはちまんぐう で き を かんじる【おとこざか・おんなざか】へん 』
2月26日のブログでは、
防衛省の
「市ヶ谷地区見学」を待つ間、
市谷周辺の
江戸の坂道巡りに出発し、
狂歌師・島田左内の
息遣いを感じる
「左内坂」を
上りきったところまで
お話ししました。
「左内坂」のエントリーは こちら から。
左内坂の急勾配で
江戸の人々と少しだけ
呼吸をシンクロさせた私は、
次なる古(いにしえ)の地へと
歩みを進めました。
外濠通り沿いに
見えてくるのが、
深い緑に包まれた
「市谷亀岡八幡宮(いちがやかめがおかはちまんぐう)」です。
室町時代後期の武将、
太田道灌 (おおたどうかん) が
江戸城の西の守護として
鎌倉の鶴岡八幡宮を
勧請(かんじょう)したのが
始まりとされる、
大変由緒ある神社です。
鶴岡 (鶴) に対して、
亀岡 (亀) と
名付けられたそうです。
鳥居をくぐると、
目の前には
高台の境内へと続く
立派な石段が現れます。
ここが今回の主題である
「男坂(おとこざか)」と
「女坂(おんなざか)」です。
神社や寺院の
石段には、
まっすぐで
急勾配な「男坂」と、
少し迂回しながら
緩やかに上る「女坂」が
並行して造られていることが
よくあります。
ここ市谷亀岡八幡宮でも、
正面にそびえる
急な石段が「男坂」。
その脇から、
比較的緩やかに
境内へと
導いてくれるのが「女坂」です。
その時の
自分の体調や、
心の状態
(氣の持ちよう)に合わせて
上る道を選ぶのも、
歴史歩きの楽しさの一つですね。
そして、
この石段を上りきった境内で、
私にとって
非常に感慨深い
ある石碑との
出会いがありました。
それが、
「八紘一宇(はっこういちう)」
と刻まれた石碑です。
「八紘一宇」という言葉。
戦後、
この言葉はGHQ
(連合国軍最高司令官総司令部)によって、
「軍国主義・超国家主義を
象徴するスローガンである」として、
公の場での
使用を禁止されました。
そのため、
現代においても
どこかタブー視されたり、
再び戦争を起こすかのような
ネガティブな印象を
持たれたりすることが
あるかもしれません。
しかし、
私は全くそうは思いません。
なぜなら、
この「八紘一宇」の
本当の意味を知ると、
全く違う景色が
見えてくるからです。
この言葉のルーツは
『日本書紀』に記された、
初代・神武天皇が
即位される際の
建国の詔(みことのり)
「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」
というお言葉にあります。
「八紘」は
天地の八方向、
つまり世界中を指し、
「宇」は
一つの家を意味します。
つまり、
「世界中の人々が、
まるで一つの家族のように
睦 (むつ) み合い、
仲良く暮らせる
平和な世界にしよう」
という、
壮大で美しい願いなのです。
決して
他国を侵略するだとか、
軍国主義の
言葉などではないと私は思います。
私たち
日本人の根底に
古くから流れる、
「和(調和)」を重んじる
美しい精神そのものだと、
私は思っています。
急峻 (きゅうしゅん) な
「男坂」を
一氣に
上り切ったときの
天地と繋がるような
深い呼吸。
「女坂」の緩やかな
カーブに込められた、
人々への
優しさと思いやり。
そして、
境内に威風堂々とした
「八紘一宇」の
石碑の前に立ったとき。
そこには、
戦火の時代を越えて
「世界がひとつの家族のように平和であってほしい」
と願った、
先人たちの
切なる祈りの「氣」が
確かに
残されていました。
歴史の残心に触れ、
目に見えない「氣」を感じ取る。
この感性の
練磨こそが、
合氣道における
「争わない・和合の精神」を
より深く
理解することに繋がるのです。
私たちの
古の江戸を歩く旅、
まだまだ続きます。
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝