2026-02-26 03:16:00

" 狂歌師でもあった名主の軌跡。粋な江戸人の氣に触れる【左内坂】編 "

​今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)次候

 

七十二候

第五候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2月24日~28日ごろ。

 

春霞のため、

遠くの山や景色がほのかに現れては消え、

幻想的な情景をつくります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​きょうかし でも あった みょうしゅ の きせき。いき な えどじん の き に ふれる【さないざか】へん  』

 

 

 

 

 

2月19日のブログ、

江戸時代から続く由緒ある坂道巡り。

 

​港区の「安全寺坂」をもって、

​江戸の南の防衛ラインの巡りを

​一区切りとしたお話でした。

 

エントリーはこちら

 

その続きです。

 

 

 

 

私たちは港区を後にし、

​江戸の中枢へと近づくべく

 

​新宿区、千代田区エリアへと

​歩みを進めました。

 

 

 

​実は、この日

1月7日の午後には

​大きな目的がありました。

 

 

それは、

新宿区市谷にある防衛省の

 

​「市ヶ谷地区見学(大本営地下壕跡)」ツアーに

​参加すること。

 

 

予約がなかなか取れないことで

​有名なこのツアーですが、

 

​今回は運良く、

​予約を取ることができたのです。

 

 

 

​この市ヶ谷見学での

​重厚で貴重な体験については、

 

​また後日、

じっくりと

​別記事にまとめたいと思います。

 

 

 

話を戻しましょう。

 

 

 

午後の見学の時間を待つ間、

​私は市ヶ谷周辺に残る、

 

​江戸時代から続く由緒ある坂道を

​いくつか巡ることにしました。

 

 

 

​六本木一丁目駅から

東京メトロ南北線に乗り、

 

​降り立ったのは、

市ヶ谷駅。

 

 

 

​地上へ出ると、

目の前には

江戸城の外濠(そとぼり)の

​風景が広がっています。

 

 

市谷見附 (いちがやみつけ) の

交差点から

 

外濠通りを少し歩いて

​西側へと路地に入ると……。

 

 

 

​そこから高台へと

一氣に駆け上がる、

 

​かなり勾配のきつい

坂道が

​現れました。

 

 

 

​その中から

今日のブログは、

「左内坂(さないざか)」

お話です。

 

 

 

 

路面には

​丸い車の滑り止めが

施されており、

 

​その急峻 (きゅうしゅん) さを

物語っています。

 

 

 

この坂は、

​江戸時代初期に

 

​周辺の土地とともに

開発されました。

 

 

 

 

「左内坂」

その名の由来は、

 

​この地を切り拓いた名主、

「島田左内(しまださない)」

ちなみます。

 

 

 

 

島田左内は

江戸時代中期の

「狂歌師 (きょうかし) 」

でもありました。

 

 

 

 

狂歌師とは、

江戸時代に流行した

 

「狂歌(きょうか)」という

ジャンルの歌を作り、

楽しんでいた人たちのことです。

 

 

日本の伝統的な和歌

(五・七・五・七・七)などの

ルールを使いながら、

 

わざと「ふざけた内容」

「社会への皮肉(風刺)」

「ダジャレ」などを詠んだ、

ユーモアたっぷりの歌のことです。

 

 

 

 

狂歌のコミュニティ(連)の中では、

武士も町人も身分に関係なく、

 

狂名で呼び合い、

対等に歌のセンスを

競って楽しんでいたそうです。

 

 

 

 

​つまり狂歌師とは、

 

「高い教養を持ちながら、

あえて言葉遊びや

ギャグで世の中を笑わせた、

江戸時代の粋な

インフルエンサー(クリエイター)」

 

のような存在だったと

言えるかもしれませんね。

 

 

 

「左内坂」

名前の由来となった

 

島田左内

本名、島田友直(1724年~1784年)は、

 

代々名主を務めた

家系ですが、

 

8代目の

通称、島田左内は

 

「酒上熟寝(さけのうえのすぐね/じゅくね)」という

 

狂名を持つ

狂歌師として知られていました。

 

 

 

このように狂歌師たちは、

本名とは別に

「狂名(きょうみょう)」という

ペンネームを名乗って

活動していました。

 

 

島田左内の

「酒上熟寝(さけのうえのすぐね)」も、

 

「酒の上の空寝(酔ったふりをして寝ること)」を

もじった

ダジャレネームなのですね。

 

 

大田南畝 (おおたなんぽ )

狂歌名、四方赤良(よものあから)らとも

 

親交があり、

酒好きで知られていましたが、

 

晩年は禁酒して

「瓢空酒(ひさごのからざけ)」と

号を改めたそうです。

 

 

 

 

​島田家はその後、

​明治時代に至るまで名主を務め、

 

​代々「島田左内」を名乗って

​この地を治めたそうです。

 

 

 

​一介の名主が、

​この一帯、

「市谷田町」周辺を切り拓き、

​町屋を形成していく。

 

 

 

そこには、

​どれほどの情熱と

 

​途方もない

労力があったのでしょうか。

 

 

 

合氣道において、

「感性」を研ぎ澄ますことは

​非常に大切です。

 

 

 

​古(いにしえ)の道を

歩くとき、

 

​私はそこから

​「何を感じるか」ということに

「氣」を向けます。

 

 

 

 

​足裏から

ダイレクトに伝わる

 

​高台へと駆け上がる

この大地の傾斜。

 

 

 

​外濠の低地から、

​かつて武家屋敷が

立ち並んだ

 

​山の手の高台へと

抜けるときの、

​「氣」の変化。

 

 

 

 

​そして何より、

​数百年前にこの土地を

​切り拓こうとした人々の、

 

​力強い

「意志」と「息遣い」。

 

 

 

 

​目には見えない

 

​その場の「氣」や

「歴史の残心」を

 

​肌で

感じ取ること。

 

 

 

この日常における

​感性の練磨こそが、

 

​道場での相手との氣の結びや、

​稽古をさらに深いものへと

​導いてくれるのです。

 

 

 

場に宿る「氣」を感じながら、

​「左内坂」を上り切ったとき。

 

 

 

私の呼吸は、

​江戸の人々と

 

​少しだけシンクロしたような

​そんな氣がしました。

 

 

 

さて、

​次なる古との対話は…

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

​まだまだ続きます。

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

綱坂 安全寺坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-25 03:49:00

" 運氣の下がりは上昇の入口。天地大自然の法則と合氣道の理合い "

​今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)次候

 

七十二候

第五候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2月24日~28日ごろ。

 

春霞のため、

遠くの山や景色がほのかに現れては消え、

幻想的な情景をつくります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​うんき の さがり は じょうしょう の いりぐち。てんちだいしぜん の ほうそく と あいきどう の りあい 』

 

 

 

 

今日の

道場長のひとことは…

「運氣の下がりは上昇の入口だ」 ​

 

 

 

運命の

法則からすると、

 

運氣が

大きく上がる前には、

 

必ず一度

運氣が落ちることになります。

 

 

 

運の落ち込みは

決して不運の入口ではなく、

 

むしろ

幸運への近道なのです。

 

 

 

​運氣が下がると

一般的に

心が落ち込むものですが、

 

その程度で

落ち込んでしまっては、

 

せっかくの

開運のチャンスを

逃してしまいます。

 

 

 

 

もし運氣が落ちた、

ツイてないと感じたら、

 

「これからの運氣上昇が楽しみだ!」

と笑っていればよいのです。

 

 

 

なぜなら、

運氣の下がりは

喜ばしいことだからです。

 

 

 

運が上がるとき、

その前には必ず

 

「下がる」という

現象が起きる。

 

 

 

これは

特別な魔法でも

なんでもなく、

 

 

天地大自然の

摂理であり、

 

物理法則

そのものなのです。 ​

 

 

 

 

たとえば、

手にしたボールを

床に落とせば、

 

必ず

上に跳ね返りますね。

 

 

 

重力に従って

下へ向かった力は、

 

地面に

ぶつかることで

 

反発力に変わり、

上へと向かうのです。

 

 

 

 

もし、

そのボールを強く、

 

勢いよく

地面に向かって

 

投げつけたら

どうなるでしょう?

 

 

 

そう、

より一層大きく

上に跳ね上がりますよね。 ​

 

 

 

 

私たちの

身体も同じです。

 

 

 

真上に高く

ジャンプしようと思ったら、

 

棒立ちのままでは

絶対に飛べません。

 

 

 

必ず一度、

下に膝を曲げ、

 

上体を下げて

重心を落とします。

 

 

地球の重力を

しっかりと感じながら、

 

足の裏で

大地を強く

蹴るからこそ、

 

空高く

跳ね上がることが

できるのです。

 

 

 

 

​日常を

見渡せば、

 

この法則は

至る所にあります。

 

 

 

弓矢は、

弦を後ろに

大きく引くからこそ、

 

矢が前へ

勢いよく

飛んでいきます。

 

 

 

 

猫が獲物に

飛びかかる前も、

 

必ず体を低く

沈み込ませて

力を溜めますよね。

 

 

 

 

夜も同じで、

夜明け前が

一番暗く、

 

氣温も

下がります。

 

 

 

 

 

「下がれば、上がる」

 

 

 

 

 

これは、

天地大自然の

揺るぎない

 

絶対的な

大法則なのです。 ​

 

 

 

 

そして、

私たちが

お稽古している

 

合氣道の技も、

全く同じ

 

「理合い(法則)」の中に

あります。 ​

 

 

 

合氣道で、

自分より

 

力の強い相手を

力任せに

 

投げ飛ばそうとしても

相手はびくとも

動きません。

 

 

 

まず、

相手の「氣」を

下に導きます。

 

すると、

人間の身体は

 

無意識のうちに

バランスを保とうとし、

 

「上に上がろう」とする

反発の「氣」が

生まれます。

 

 

 

私たちは、

その相手が

 

自ら上がろうとする

「氣」を尊重し、

 

決して

逆らわず、

 

相手の

行きたい方向(上)へと

導いてあげるのです。

 

 

 

相手が

ふわりと

 

上へ浮き上がったら、

どうなるか?

 

 

 

 

あとは

地球の重力が

仕事をしてくれます。

 

 

 

 

「上がれるところまで、上がりきれば、次は必ず下がる」

 

 

 

 

この天地大自然の法則に

逆らわず、

 

目の前の相手に

寄り添うだけ。

 

 

 

結果として、

相手は自然と崩れ、

 

投げられて

いくのですね。 ​

 

 

 

 

人生の

バイオリズムも、

 

合氣道の技も

同じです。

 

 

 

もし今、あなたが

「運氣が下がっている」

「氣分が落ち込んでいる」と

感じているなら、

 

 

それは

あなたが

 

これから

大きく飛躍するため、

 

高く

ジャンプするために

 

「膝を曲げて力を溜めている状態」

なのです。

 

 

 

​だから、

無理に上がろうと

 

焦らなくて

大丈夫です。

 

 

 

 

下がっていく

自分を認め、

受け入れ、

 

自然の重力を

感じながら、

 

「おっ、今は深くしゃがんでいるな。

次にジャンプする時が楽しみだ!」と

 

 

笑い飛ばして

やりましょう。 ​

 

 

 

 

下がれば、

必ず上がります。

 

 

 

 

天地大自然の

摂理に

 

身を委ね、

のびのびと、

 

一度しかない

人生を

楽しんでいきましょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-24 03:45:00

​" 心が変われば、出会う人も変わる "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)次候

 

七十二候

第五候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2月24日~28日ごろ。

 

春霞のため、

遠くの山や景色がほのかに現れては消え、

幻想的な情景をつくります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​こころ が かわれ ば、であう ひと も かわる 』

 

 

 

 

 

人は、

出会った人によって

 

つくられるのではないかと

思います。

 

 

 

これまでの

人生を振り返ると、

 

今の自分があるのは、

間違いなく

 

「出会ってきた人々」

おかげだと氣づかされます。

 

 

そして、

その出会いは

 

決して

偶然などではなく、

 

 

 

誰と出会い、

誰と深く

つながっていくのか。

 

 

それはすべて、

自分自身の心が

引き寄せているのですね。

 

 

「類は友を呼ぶ」

という言葉があるように、

 

私たちの心境や

普段の振る舞い、

 

言葉遣い、

そして生きる姿勢が、

 

目に見えない

磁石のように

 

同じ波長を持つ人を

引き寄せます。

 

 

 

 

不平不満ばかり

口にしていれば、

 

同じような

空氣をまとう人が集まります。

 

 

 

逆に、

前を向き、

 

誠実に

生きようとしていれば、

 

自然と志の高い

素晴らしい人たちとの

 

ご縁が

結ばれていくものです。

 

 

 

道場という場で、

相手と手を取り合い、

 

氣を合わせる

「結び」の稽古。

 

 

相手の「氣」

感じ取るためには、

 

まず

自分の心が穏やかで、

 

澄んでいなければ

なりません。

 

 

 

力任せに

相手をねじ伏せようとする

心があれば、

 

相手もまた反発し、

調和は生まれません。

 

 

 

 

​ここで

大切な、

 

「相手に氣を合わせる」

ということ。

 

 

 

それは

決して、

 

「何もかもごもっとも」と

媚びへつらうことや、

 

単に言いなりになる

ことではない、

 

ということです。

 

 

 

​僭越ではありますが、

不肖私が思う

 

合氣道における

和合とは、

 

まずは自分自身が

「プラスの氣」が出ていること。

 

 

そのうえで、

相手の心(氣)を知り、

 

それをしっかりと

受け止めて

尊重すること。

 

 

そして、

ぶつかり合うことなく、

 

お互いにとっての

「正しい方向」へと

導いていくことだと思います。

 

 

 

相手を

頭ごなしに否定せず、

 

かといって

自分を見失うこともなく、

 

ともに

丸く収まる

道を体現していく。

 

 

これこそが、

私たちが日々

道場で学んでいることです。

 

 

 

 

自身が

成長するために、

 

「良い出会いに恵まれたい」

「素晴らしいご縁を結びたい」と

願うなら、

 

待っているだけでは

叶いません。

 

 

 

相手を尊重し、

良い方向へ

導けるだけの

 

度量を

持ち合わせるために、

 

 

まずは

自分から、

 

自分自身を

磨かなければならないのです。

 

 

 

道場で道友と

ともに汗を流し、

 

投げて

投げられ、

 

それを

ともに喜び、

感謝する。

 

 

 

 

技がかからない、

うまくいかない、

 

いらだち、

あせり、

不安といった、

 

 

 

そんな

自分自身の弱さや

エゴと向き合う。

 

 

 

 

その繰り返しの中で、

 

少しずつ

心の曇りが取れ、

魂が磨かれていきます。

 

 

 

そうして

磨かれた心身が、

 

道場を一歩出た

日常の中で、

 

また新たな

美しい出会いを

 

引き寄せてくれると、

私は信じています。

 

 

 

​今週も道場で、

自分自身という

 

鏡を

磨き続けましょう。

 

 

 

 

 

合氣道琴心館寺崎道場に集う、

真摯に稽古に

向き合う

 

かけがえのない

みなさんと、

 

こうして

同じ道を歩める

 

ご縁に、

心から感謝しています。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-20 03:27:00

" ゲストとスタッフは対等。元谷外志雄氏の「ブレない信念」に学ぶ "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)初候

 

七十二候

第四候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

2月19日~23日ごろ。

 

雨が降り、

乾いていた大地がしっとりと潤い始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​げすと と すたっふ は たいとう。もとやとしお し の「ぶれない しんねん」に まな ぶ 』

 

 

 

 

 

​出張や遠征、

各地での宿泊において、

 

私は決まって

「アパホテル」を利用している。

 

 

 

目的地のアパホテルが

満室で

 

どうしても

予約が取れないときを除き、

 

私の選択肢は

常にアパホテルです。

 

 

 

もともとは

友人から

 

「アパホテルが良いよ」と

勧められたのが

きっかけでした。

 

 

 

実際に

宿泊してみると、

 

部屋の清潔さ、

備品の充実度、快適さ、

 

そして

季節や利用日次第では

リーズナブルな価格設定において、

 

すべてが

十二分に満足できるものでした。

 

 

しかし、

他のホテルと

決定的に異なり、

 

私が強く惹きつけられた

ものがあるのです。

 

 

 

それは、

各部屋のデスクに

そっと置かれている

 

数冊の書籍

アパグループ創業者であり会長の、

 

元谷外志雄(もとや・としお)氏の

著書です。

 

 

 

去る2月11日、

その元谷外志雄氏が

お亡くなりになったという

 

ニュースが

私の目に飛び込んできました。

 

 

命あるものは、

いつか必ず死す。

 

 

その理(ことわり)は

深く承知しているつもりでした。

 

 

 

しかし、

「日本人として、どう生きてゆくのか」

 

それを

日本のみならず

 

世界に向けて

広く発信し続けられた方が

 

お亡くなりに

なられたことは

とても残念な思いです。

 

 

 

また、

氏が旅立たれた

 

2月11日が

「建国記念の日」

あったという事実は、

 

決して

単なる偶然とは

到底思えません。

 

 

 

「日本の誇りと尊厳を取り戻し、未来の日本を良くしよう」と、

 

 

生涯をかけて

並々ならぬ

尽力をされた方が、

 

よりによって

この日本国が

始まったとされる日に

この世を去る。

 

 

 

そこに私は、

氏がご自身の

「天命を全うされた」のだという、

 

目に見えない

深い運命を

感じずにはいられません。

 

 

元谷外志雄氏の

偉大な業績に対し、

 

「魂からありがとうございました」と、

 

深甚(しんじん)なる

尊崇(そんすう)の念を表したい。

 

 

 

 

■ ゲストとスタッフは「対等」。

武道にも通じるアパのコンセプト

 

 

 

​アパホテルには、

確固たるコンセプトがあります。

 

 

 

それは

「ゲストとスタッフは対等であり、互いに誇りを持つ」

ということです。

 

 

 

「お客様は神様だ」と

言わんばかりの

 

過剰な

へりくだりはしない。

 

 

不要なサービスは

削ぎ落とし、

 

その代わり

「本当に必要なサービス」を

 

極めて高い

クオリティで

きちんと提供し、

プライバシーを尊重する。

 

 

 

 

「ゲストの時間を奪ってはいけない」という

アパホテルの理念。

 

 

 

 

その一例が

 

スマートフォンのアプリから

QRコードをかざすだけの

1秒チェックイン。

 

 

また、

客室の枕元に

 

照明スイッチ、

コンセント(USBポート含む)を

集中配置していること。

 

 

 

スタッフは

誇りを持って

心地よいおもてなしをし、

 

ゲストもまた

誇りを持って宿泊し、

 

「つぎも、そのつぎもアパホテル」を

選びたくなる。

 

 

この

「互いに尊重し合い、対等な関係を築く」

 

という姿勢は、

 

まさに

武道における

 

「自他尊重」や

「礼節」の在り方に

 

深く通じるものがあると

私は思います。

 

 

 

 

 

ところで昨今、

高市総理が国会答弁で

 

「存立危機事態になり得る」と

答弁したことに対し、

 

中国が強く反発する

事態が起きています。

 

 

 

その結果、

日本を訪れる

中国人観光客は激減し、

 

今や東京や

京都の街中であっても、

 

その姿を

ほとんど

見かけなくなりました。

 

 

 

​でも、

私はそれより

ずっと以前から、

 

アパホテルで

中国人観光客を

見かけたことが一度もないのです。

 

 

その理由は、

2017年に起きた

一つの出来事に遡ります。

 

 

 

先述した

客室に置かれている

 

元谷氏の著書

(近現代史に関する歴史観や、南京事件への見解などが記されたもの)

に対し、

 

中国のSNSで

批判が起き、

 

「本の撤去を要求する」

という事態に。

 

それが

中国政府を

巻き込む大騒動へと発展。

 

 

中国政府機関は

国内の旅行会社に対し、

 

アパホテルの利用を

全面的に禁止する

措置をとったのでした。

 

 

その内容は

アパグループ公式サイト 

コチラからご覧いただけます。

 

 

 

 

​通常の企業であれば、

不買運動や

激しい圧力に屈し、

 

目先のインバウンド利益を

守るために

 

本を撤去して

謝罪する道を

選ぶかもしれません。

 

 

しかし、

元谷氏とアパホテルは違った。

 

 

 

「自らの歴史観に基づく信念」

貫き通し、

 

本の撤去を

断固として拒否したのです。

 

 

 

利益よりも、

自らの信念と誇りを貫く。

 

 

 

結果として

中国人観光客の

予約は途絶えたが、

 

そのブレない姿勢に

共感した

 

日本国内の

ビジネスパーソンや

 

世界各国の

旅行者からの

 

圧倒的な支持を集め、

アパホテルは

過去最高の業績を叩き出した。

 

 

 

今でこそ

国と国との関係から

 

中国人が

日本の街から

姿を消していますが、

 

 

アパホテルは

はるか以前から、

 

自らの信念によって

その状況を迎え入れ、

 

そして

それに打ち勝っていたのです。

 

 

 

私がアパホテルを

支持するのも、

 

根底に

この「圧倒的な芯の強さ」

 

あるからなので

ありまする。

 

 

 

 

■ アパ日本再興財団と、

我が合氣道琴心館寺崎道場の

「同じ志」

 

 

 

 

元谷氏の信念は、

ホテル事業の枠に収まりません。

 

 

氏が2012年に

私財を投じて設立した

 

「公益財団法人 アパ日本再興財団」

存在をご存知でしょうか。

 

 

 

​この財団は、

「誇れる国、日本」

再興を目指して活動しています。

 

 

 

 

真のグローバル人材とは、

単に外国語が話せる

人間ではなく、

 

 

「祖国の正しい歴史や

文化を深く学び、

それを堂々と

海外に向けて発信できる人材」である

 

 

という

理念のもと、

 

「真の近現代史観」

懸賞論文の主催や、

 

社会人を対象とした

学びの場「勝兵塾」の

運営などを行っています。

 

 

 

不肖、私が

主宰する

合氣道琴心館寺崎道場も、

 

単に

合氣道の「技」を

教えることのみを

目的とはしていません。

 

 

 

正しい

歴史観や

国家観を学び、

 

未来を担う

子どもたちが

 

日本という国に

深い誇りを持つこと。

 

 

そして、

世のため、

人のため、

 

広く社会のために

役立つ人材を

育成することこそが、

 

我が道場の

真の目的なのであります。

 

 

 

 

​そういう

意味において、

 

誠に

僭越ではございますが、

 

 

私たちは

元谷外志雄氏と

「志を同じくしている」と

確信しています。

 

 

 

 

自国の歴史と

伝統に誇りを持ち、

 

世界に対して

堂々と胸を張る。

 

 

 

これは、

日本発祥の武道である

合氣道を

 

国内外に伝える

我々、指導者にとっても、

 

決して

忘れてはならない

精神ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

​肉体は滅びても

元谷外志雄氏が

遺した

 

「誇り」と「信念」は、

 

アパホテルの

各部屋で、

 

そして

私たちのような

同じ志を持つ

 

日本人の

心の中で、

 

これからも

生き続けることでしよう。

 

 

 

 

「建国記念の日」に

天命を全うされ、

天に召された

 

その威風堂々たる

お姿に、

改めて敬意を表します。

 

 

合掌。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末と三連休を。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-19 03:55:00

" 慶應の杜を抜けて、古の防衛ラインを歩く【安全寺坂】編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)初候

 

七十二候

第四候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

2月19日~23日ごろ。

 

雨が降り、

乾いていた大地がしっとりと潤い始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​けいおう の もり を ぬけ て、いにしえ の ぼうえい らいん を ある く【あんぜんじざか】へん 』

 

 

 

 

 

二十四節氣は

「立春」から「雨水」へと移りました。

 

雪や氷が解けて水になり、

雪が雨に変わるころ。

 

 

「三寒四温」の言葉が

ぴったりの季節ですね。

 

暖かい日差しに

春の訪れを予感したかと思えば、

 

翌日には真冬のような

寒さに震えることもあり、

 

体感温度のギャップに

驚かされます。

 

 

​日を追うごとに

春めいてまいりますが、

 

この時期特有の

激しい寒暖差は

身体にこたえるものです。

 

どうぞ健やかに

お過ごしいただけるよう、

体調管理には十分ご留意ください。

 

 

 

さて、

昨日のブログでは

 

慶應義塾大学 三田キャンバスの

歴史ある学食「山食」へ

向かったお話でした。

 

 

その続きです。

 

一つ前のエントリーは こちら 。

 

 

 

慶應義塾大学「山食」の

​ハヤシライスの

​余韻に浸りながら、

 

​私たちは

​学食を後にしました。

 

 

​そのまま

​慶應義塾大学の正門を出て、

​すぐ西側へ。

 

 

​立ち寄ったのは、

​「慶應義塾大学 三田インフォメーションプラザ」。

 

 

ここは、

​慶應義塾の公式グッズなどが

​販売されている場所です。

 

 

 

山食のハヤシライスも

とても美味しかったのですが、

 

お目当ての

「山食カレー」にはありつけなかった。

 

 

せっかくの機会、

​ここでお土産として

 

​「レトルトの山食カレー」を

購入しました。

 

 

 

​余談ですが、

​この「山食カレー」は

 

慶應義塾

公式グッズオンラインストア でも

​購入できます。

 

​氣になる方は、ぜひ。

 

 

 

お土産を手に持ち、

 

​私たちは目の前の大通り

​桜田通りを渡ります。

 

 

​その向こう側。

 

 

 

​そこに、

​今回のお正月の

​東京出張における

 

​港区エリア、

​最後の目的地となる

​坂道がありました。

 

 

 

 

​その名は、

「安全寺坂(あんぜんじざか)」。

 

 

​安珍坂、安楽寺坂、安泉寺坂とも

​書かれたことが

あるそうですが、

 

 

​その名の由来は、

​江戸時代初期、

 

​この坂の西側に

​「安全寺」というお寺が

​あったことにちなみます。

 

 

 

 

​一歩、

​その坂道に

​足を踏み入れると、

 

​先ほどまでの

​大学の活氣や

 

​大通りの喧騒が

​嘘のように静まり返り、

 

 

​そこには

​独特の静寂な「氣」が

​流れていました。

 

 

 

​ふと、

​このエリアの地図を

頭に思い描いてみます。

 

 

この周辺には

たくさんの

寺院が点在しています。

 

 

​なぜ、

​この地にこれほど多くの

​寺院が集まっているのか?

 

 

江戸の坂道歩きの

水先案内人、

 

慶應義塾大学 塾員である

頼りになる日本女子の話によると、

 

それは単なる偶然ではなく、

​江戸幕府による

「意図」があったと言われています。

 

 

 

東海道から

​江戸に入る玄関口である

​この「三田・高輪」エリア。

 

 

 

​万が一の事変の際、

 

​頑丈な石垣や

​広い境内を持つ寺院を配置することで、

 

​江戸城を守る

「防衛ライン」としての役割を

​持たせていたのだとか。

 

 

 

つまり、

​この坂道に流れる

​あの深い静寂は、

 

 

​かつて

​江戸を守ろうとした

 

「祈り」と「武」の氣

​作り出しているもの

なのかもしれませんね。

 

 

 

かつて

「安全寺」という寺院が

あったとされる

​この細い坂道。

 

 

 

それはまるで、

​結界の中を

​歩いているかのよう。

 

 

 

 

​合氣道において、

​「場」の氣を感じることは

​とても大切です。

 

 

 

​ただ静かなだけではない。

 

 

 

​そこには、

​数百年もの間、

 

​この地を護ってきた

​重厚な「意志」が満ちています。

 

 

 

 

​その

​古(いにしえ)の「残心」に

​触れることで、

 

​私たちの

​背筋も自然と伸び、

 

​呼吸が深く整っていくのを

​感じました。

 

 

 

 

 

このすぐ近くには、

 

おそらく

東京の坂道では

一番有名であろう

 

​三田の「幽霊坂」があり、

 

​古刹(こさつ)の並ぶ

「聖坂」、「蛇坂」。

 

さらに

足を延ばせば、

 

​白金、高輪地区には

 

​有名な「伊皿子坂」や

「魚籃坂」など。

 

 

由緒ある坂道が

多く点在しています。

 

 

 

一氣に歩きたい

ところではありましたが、

 

 

この

​「安全寺坂」をもって、

 

​今回の東京出張での

港区の坂道巡りは

​一区切りとなります。

 

 

 

江戸の南の守り、

​三田の寺町を抜けて。

 

 

 

​私たちの坂道巡りは、

​いよいよ

​江戸の中枢へ。

 

 

 

​後日訪れた

​新宿区、千代田区の

 

坂道へと

​続いていきます。

 

 

 

 

​場所が変われば、

​そこに流れる「氣」もまた

​変わるもの。

 

 

​次なる古(いにしえ)との対話を

​楽しみに。

 

 

 

さて、

次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

綱坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝