" 麻布台ヒルズの足元、時が止まった場所。【鼠坂】 編 "
今朝目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
大寒(だいかん)次候
七十二候
第七十一候 水沢腹堅(さわみずこおりつめる)
1月25~29日ごろ。
沢の水さえも厚く張りつめ凍る、もっとも寒いころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 あざぶだいひるず の あしもと、とき が とまっ た ばしょ。【ねずみざか へん】 』
" 高層ビルの足元に残る、江戸のタイムトンネル "
東京への出張、
それは単なる
仕事や遊びの移動ではありません。
私にとっては、
江戸時代から続く
「古(いにしえ)」の道との対話の時間
でもあります。
今回足を運んだのは、
昨今話題の「麻布台ヒルズ」のすぐ近く。
最新鋭の都市開発がなされた
その場所から、
ふと路地へ入り込むと、
そこには別世界が広がっていました。
このブログで
1月22日に綴った「永坂」、
(永坂のエントリーはコチラ)
そして前回の
「於多福坂」に続き、
(於多福坂のエントリーはコチラ)
また一つ、
江戸の記憶を辿りました。
この日は麻布台教室での稽古日。
道場での指導を終え、
心地よい疲れと共に外へ出て
振り返れば、
目の前には
麻布台ヒルズがそびえています。
その巨大なビルの足元から、
ふと路地へと入り込む。
今回は、
そんな道行(みちゆき)で出会った
「鼠坂 (ねずみざか) 」のお話です。
「鼠坂(ねずみざか)」
なんとも愛嬌のある名前ですが、
その由来は
江戸時代に遡り、諸説あるようです。
「ネズミしか通れないほど細く、急な坂」
であったことから、
そう呼ばれるようになったとか。
細長く狭い道を、江戸では
ねずみ坂と呼ぶ
慣習があったともいわれているようです。
さらに、
鼬坂 (いたちざか) と呼ばれていた
という説もあるようです。
実際に歩いてみると、
確かに細い。
ここが本当に、
日本の最先端を走る麻布台なのか──。
そう我が目を疑うほど、
あの煌びやかさとは切り離された
静寂がありました。
目の前にそびえる
東京タワーへも徒歩10分ほどの立地。
背後には
近代的で超巨大な高層ビル群が
空を突き刺すように建っているというのに…。
この坂道に
一歩足を踏み入れると、
急に時間の流れが
緩やかになるのを感じます。
六本木、麻布、
麻布十番、赤坂、三田など
港区周辺にある、
これらの坂道巡りの醍醐味は
この高層ビル群と路地の静寂、
そのギャップが楽しいのです。
その土地が記憶している
数百年分の歴史や、
かつてここを往来した
人々の息遣いを感じながら、
ただ
静かに一歩一歩を踏みしめる。
インフラや都市開発で
残念ながら消滅してしまった坂道も
あることでしょう。
しかし、
現代でも多くの坂道が
アスファルトで舗装されてはいても、
道の勾配や曲がりくねった形状は、
江戸の古地図と変わっていません。
日本一高額といわれる
タワーマンション
麻布台ヒルズレジデンスなど
日本最新の街・麻布台から、
ほんの数分歩くだけで
体験できるタイムトラベル。
有名な観光地巡りも
良いですが、
こうした名もなき
(いや、名はありますが)
江戸時代から続く由緒ある坂道を
歩くことで
養われる感性もまた、
合氣道の「道」に
通じている氣がしてなりません。
皆さんも
東京へ行った際は、
ビルの谷間にひっそりと残る
「江戸」を探してみてはいかがでしょうか。
さて、次はどの坂へ向かいましょうか。
私たちの
江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは
まだまだ続きます。
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長
" 古の起伏、お多福の顔 【於多福坂】 編 "
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今日の " 道場長の一日一心 "
『 いにしえ の きふく、おたふく の かお 【おたふく ざか】 へん 』
今年、正月の東京出張。
大都会の隙間には、
江戸時代から続く
由緒ある坂道が今も息づいています。
今回の滞在では、
稽古の合間に
そんな「古(いにしえ)」を感じる
坂道をいくつも歩きました。
今日は
その中から、
六本木の喧騒を
忘れるような
不思議な空間、
「於多福坂(おたふくざか)」
について綴ります。
六本木の交差点や麻布十番の賑わい。
その熱氣から
少し離れるように、
滞在していた六本木にある
アパホテルを出て、
私はまず
「永坂」へと足を向けました。
1月22日に書いた
「永坂」についてのエントリーはこちら。
六本木の喧騒。
そこから一本路地を入ると、
空氣の質が全く変わります。
目指したのは、
六本木五丁目十三番地と
十四番地の間を南へ下る道。
「於多福坂(おたふくざか)」です。
このユーモラスな名前、
由来はその「地形」にあります。
坂を下っていくと、
途中で傾斜が
いったん緩やかになり、
そしてまた下っていく。
この
「下がって、平らで、また下がる」
という起伏が、
顔の真ん中(鼻)が低い
「お多福」の顔の
ラインに似ていることから、
そう呼ばれるようになったと
言われています。
昔の人は、
土地の起伏を
人の顔に見立てるような、
豊かな
感性を持っていたのでしょうか。
実際に歩いてみると、
ホントに静かで
そこは驚くほどの
静寂に包まれていました。
麻布十番の「鳥居坂」と平行し、
少し先には
六本木ヒルズが見えている
にも関わらず、
ここだけは時が止まったかのよう。
すぐ近くには麻布通り、
その頭上には
首都高速道路があるにも関わらず、
車の音も遠のき、
自分の足音だけが響くような感覚です。
まるで大都会の喧騒から
隔離された聖域のような場所です。
" 古 (いにしえ) を歩くということ "
このブログでは
江戸時代から続く
由緒ある坂道巡りのエントリーで
いつも言っていることですが、
私にとっての
合氣道の稽古は
道場の中だけで
終わるものではありません。
こうして
古くからある道を、
当時の人々の息遣いを感じ、
それをかみしめながら歩く。
足裏から伝わる
土地の記憶を感じることもまた、
私にとって大切な学びの時間です。
「永坂」の風情を感じ、
「於多福坂」の静けさに身を置く。
そんな
「東京の古」を歩いた
お正月の東京出張でした。
さて、次はどの坂へ向かいましょうか。
私たちの
江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは
まだまだ続きます。
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合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 大きな玉ねぎの下で、日本女子と話した「才能」のこと "
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第七十一候 水沢腹堅(さわみずこおりつめる)
1月25~29日ごろ。
沢の水さえも厚く張りつめ凍る、もっとも寒いころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 おおき な たまねぎ の した で 、にほん じょし と はな し た「さいのう」の こと 』
毎朝3時に起き、
静寂の中でこのブログを書くのが
私の日課です。
万物が眠る
静寂(しじま)の中、
脳裏をよぎる断片を書き留める。
この「朝活(あさかつ)」
とも呼べる
「執筆行(しっぴつぎょう)」は、
私にとって
道場での稽古と同じくらい大切な、
心の整頓の時間でもあります。
今朝、
スマホに向かう私の脳裏に、
ふと
ある女性のお弟子さんの顔が
浮かびました。
その顔を思い浮かべると、
記憶は昨年の夏の東京出張へと遡ります。
その東京出張の際、
私はできる限り多くのお弟子さんと
コミュニケーションを取りたいと思い、
稽古の時間以外でも
多くのお弟子さんと
触れ合う時間を作っていました。
ある晩、
件(くだん)の日本女子と
江戸の風情が残る
歴史ある地、
新宿区神楽坂の
焼き鳥屋へ行きました。
稽古後の心地よい疲労感と、
美味しい焼き鳥に会話も弾み、
氣づけば
少しお酒も進んでいました。
「少し夜風に当たって酔いを覚ましましょう」
そう提案して、
北の丸公園付近へ向かい、
早稲田通りを靖国神社方面へと
歩き始めました。
道中、
その日本女子の口から出るのは
やはり合氣道の質問ばかり。
「正面打ち一教で腕の返しがうまくいかない」
「呼吸動作の呼吸力がまだ掴めない」
本当に真面目な方で、
私はこのようなお弟子さんを
持てたことを「ありがたく」思います。
靖国通りをまたぐ
歩道橋の上に差し掛かったときでした。
夜空に浮かび上がるように、
日本武道館の屋根の上の
玉ねぎのような形をした擬宝珠(ぎぼし)が
美しくライトアップされていました。
いつもこれを見ると、
つい口ずさみたくなってしまいます。
「あの~大きな~玉ねぎ~の下で~」とか
「九段下の~駅を降りて〜坂道を~」
「千鳥ヶ淵〜月の水面振り向けば〜」
「澄んだ空に〜光るたまねぎ〜」とか。
そう、
まさに爆風スランプ
サンプラザ中野くんが歌う
名曲の世界ですね。
この名曲は
多くの人がカバーしていますが、
私は佐々木真央さんがカバーした
大きな玉ねぎの下で が大好きです。
話を元に戻すと、
間近で見上げるその光景は、
私たち武道に関わる人間にとって
特別なものであり、
同時にどこか
センチメンタルな
氣持ちにさせる場所でもあります。
私がこの「光る玉ねぎ」を見つめながら
感慨にふけっていると、
隣でその日本女子がふと、
独り言のように呟きました。
「先生……あの子は頭もいいし、話も上手。
おまけに見た目も華やかで、
道場でも人気者ですよね。
天は二物を与えずって言いますけど、
三つも与えちゃってる」
その日本女子の視線は、
輝く武道館に向けられたまま動きません。
「あおりを食って、
私なんかひとつも無しですよ。
お天道さまも依怙贔屓(えこひいき)
するんだなぁ」
彼女は誰かと自分を比べ、
自分には
「利点」がないと嘆いているようでした。
私は、
この日本女子の少し寂しげな
横顔を見て、古い友人の話をしました。
「私の友人にね、
ごく普通の会社員をしている男がいてな、
背は低いし、髪も薄いねん。
決して男前とは言えないけど、
なぜか不思議と人を惹きつけ、
愛される男なんよ」
彼は誰かが嫌がるような
面倒な仕事を
『僕がやるよ』と笑顔で引き受けたり、
人が見ていないところでも
手を抜かずに働く。
派手な主役タイプではないけれど、
彼がいるだけで場が和むような、
温かい
『陽だまり』のような魅力を持ってんねん。
だからこそ、
彼の中身に惚れ込んだ
素晴らしいパートナーと結ばれて、
幸せな家庭を築いてる。
「 " 容姿 " というのは、
あくまで親から借りた器に過ぎない。
でも " 雰囲氣 " というのは、
その人自身の魂が作り出すものやで」
造作が
整っているかどうかよりも、
その人がどんな言葉を選び、
どんな所作で動くか。
その積み重ねが、
人を包み込むようなオーラとなって現れます。
「ココ・シャネルの言葉にもあるやん、
『20歳の顔は自然の贈り物。
50歳の顔はあなたの功績』だと」。
どんなに美しい器も、
中身が空っぽなら歳月と共に色褪せる。
けれど、
君のように悩み、
もがきながらも稽古を続け、
自分を磨いてきた
人間の顔には、
化粧では作れない
『深み』が刻まれるんやで」
私は、
歩道橋の上で彼女に向き直り、
こう続けました。
「天は二物を与えず。
仮にやで、もし君に、
派手な才能や美貌が
与えられていないとしても、
君にはもっと
凄いものが与えられているやん」
それは、
「負けじ魂」といった
単純な言葉では表せない、
「泥臭くとも、
地を踏みしめて前へ進む
『愚直な強さ』だ」
華麗に空を舞う
才能はなくとも、
地を這ってでも
目的地へ向かう足腰の強さ。
何度転んでも、
土を払ってまた歩き出す、
その
「胆力(たんりょく)」こそが、
天が君に授けた最強のギフトです。
合氣道で
最も大切なのは、
相手と争って勝つことではなく、
昨日の自分より一歩前へ進むこと。
あの「大きな玉ねぎ」の下で、
彼女は少し涙ぐんでいるように
見えましたが、
その瞳には
武道館の光よりも
強い意志が宿っていました。
まだ
夜明け前、暁(あかつき)の朝。
その静寂の中で、今、改めて思います。
華やかさがなくてもいい。
不器用でも、
愚直に歩みを止めない
この日本女子の生き方こそが、
私は誰よりも美しいと思うのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 努力の後は、潔く忘れ、「放った矢」を追いかけるな "
今朝目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
大寒(だいかん)初候
七十二候
第七十候 款冬華(ふきのはなさく)
1月20日~24日ごろ。
ふきのとうが顔を出し始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 どりょく の あと は、いさぎよ く わす れ、「はなっ た や」を おいかけ る な 』
やるべきことを
やりきった
充実感の中で眠りにつく。
これこそが、
翌日の鋭氣を養う最良の「薬」です。
今日は「果報は寝て待て」
という言葉を、
合氣道の稽古に照らし合わせて
考えてみたいと思います。
時々、
道場に体験に来られた方から、
こんな質問を受けることがあります。
「先生、ここに入門したら、何年くらいで黒帯になれますか?」
目標を明確にしたい
という氣持ちはよく分かります。
しかし、
私はいつもこう答えることにしています。
「年月が経てば
黒帯になれるわけではありません。
大切なのは、あなたがどれだけ
稽古を積み重ねたか、その密度です」
この質問をする方は、
心のどこかで
「果報は寝て待て」を
勘違いしているのかもしれません。
ただ3年、5年と時間を過ごして
「待って」いれば、
自動的に黒帯という
果報がやってくると思っている。
しかし、
週に一度顔を出す人と、
毎日道場の雑巾がけから
始める人とでは、
同じ「一年」でも中身が全く違います。
種もまかず、
水もやらずに、
ただ畑の横で
寝て待っていても芽は出ません。
そんな
「棚からぼた餅」は、
残念ながら
合氣道琴心館寺崎道場には落ちていません。
「果報は寝て待て」
その本来の意味は、
「人事を尽くして天命を待つ」ことです。
汗をかき、
技を練り、
苦悩して、
日々の積み重ねという
「人事」を限界まで尽くした人だけが、
結果を待つ資格を持つのです。
カレンダーを眺めるのではなく、
今日一日の稽古を積み上げること。
それが全てです。
一方で、
やることはやったのに、
いつまでも心が定まらない人もいます。
一度手元から放たれた矢は、
もう自分のコントロールを離れています。
野球でピッチャーがボールを投げる、
バッターがボールを打つ。
その後のボールの行方は
そのボールに任せるしかありませんね。
それなのに、
ボールが飛んでいく最中に
「あ、右に逸れたかも」
「もっと強く打てばよかった」と
心のなかで叫んだり、
極端な話、
矢やボールを追いかけて
空中で軌道修正しようとしたりするのは、
滑稽であり、不可能です。
私たちの日常でも
同じことがありませんか?
大切なメールを返信した後、
あるいは
昇級、昇段審査を終えた後。
「あの動きでよかっただろうか」
「失敗したんじゃないか」と、
終わったことに対して
いつまでも心の中でじたばたしてしまう。
これは武道でいう
「残心(ざんしん)」とは違います。
残心とは、
油断なく結果を見届ける
心の構えであり、
過去の失敗に
執着して悔やむことではありません。
一度手放した「矢」に対して、
あれこれ思い悩むのは、
ご自身の心の平穏を妨げるだけです。
結果を取り戻せない
時間帯に入ったら、もうじたばたしないこと。
"「待てる」という強さ "
人事を尽くしたのなら、
後はふてぶてしいくらいの
余裕を持って「果報」を寝て待つ。
「やるだけやった。あとは野となれ山となれ」
そう開き直って
ぐっすり眠れる図太さもまた、
合氣道で練り上げるべき
「胆力(たんりょく)」の一つです。
徹夜で悩み続けて
結果が変わるなら
いくらでも悩みますが、
そうではありません。
それならば、
夜はゆっくりと寝て、
明日訪れる結果を、
静かな心で
受け止めようではありませんか。
積み重ねた自分を信じて。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 六本木の朝、古を歩く。【永坂編】 "
今朝目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
大寒(だいかん)初候
七十二候
第七十候 款冬華(ふきのはなさく)
1月20日~24日ごろ。
ふきのとうが顔を出し始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 ろっぽんぎ の あさ、いにしえ を ある く。【ながさか へん】 』
年明けの東京出張での拠点は、
六本木にあるアパホテルでした。
近代的なビルが
立ち並ぶエリアですが、
ホテルを一歩出れば、
そこは江戸の地形が色濃く残る街。
ホテルのすぐそばに、
江戸時代から続く
由緒ある坂道がありました。
港区六本木と麻布十番を結ぶ
「永坂(ながさか)」です。
坂上と坂下ある木の標柱が、
静かにその名を告げています。
永坂の名の由来はシンプルで
「長い坂」であったからとも、
あるいは
この近くに住んでいた
「長坂氏」にちなむとも言われています。
東京都港区
麻布地域東部の歴史的地名である「飯倉」。
その飯倉の台地から
麻布の低地へと降りるこの長い坂は、
かつて多くの武士や町人が
行き交った交通の要衝でした。
ふと見上げれば
首都高速道路が空を覆っています。
しかし、
足元の坂道は、
数百年変わらずここに在り続けています。
永坂といえば、
食通の方なら
「更科そば」を
思い浮かべるかもしれません。
坂の途中でふと、
「永坂更科」の文字が目に入りました。
寛政元年(1789年)、
この坂の途中に
信州の布屋太兵衛が
蕎麦屋を開業したとされています。
「永坂更科」の発祥の地です。
かつての旅人たちも、
この急な坂を上り下りした後に、
蕎麦で身体を労ったのでしょうか。
そんな想像をするだけで、
景色に味わいが増します。
そんなことを思いながら
「永坂」を歩いていると、
懐かしい記憶が蘇ります。
以前、東京のお弟子さんが
「師範、ぜひここへ」と、
この永坂更科に
連れてきてくれたことがありました。
あの時、
お弟子さんと共に食べた
蕎麦の味と、坂道の風景。
この坂を歩く今の景色に、
そんな温かい記憶が重なり、
より一層味わい深く感じられます。
近代的で機能的、
快適この上ない
アパホテルで目を覚まし、
極寒の外へ出て、
数百年前から変わらぬ勾配を歩く。
このギャップこそが、
私にとって東京散歩の醍醐味なのです。
道場での稽古では、
心と身体の使い方や
理合いを追求しますが、
こうして
古(いにしえ)の道を
歩く時に必要なのは、
技術ではありません。
「かつて、ここで何万人もの人が地面を踏みしめたのだ」
そう感じる感性です。
頭上の首都高速道路や
周囲の超近代的ビル群といった
現代の景色を
あえて意識の外に置き、
足裏から伝わる
「土地の記憶」に意識を沈める。
アスファルトの下に眠る、
草鞋(わらじ)で踏み固められた
江戸の土を感じながら、
ただ静かに歩を進めるのです。
臍下の一点に心を静め、
呼吸を整え、
過去と現在が
交差する空間に身を委ねる。
それは、
言葉のない先人たちとの対話であり、
現代社会で
忘れがちな「心の静寂」を
自分の心身に取り戻す時間でもあります。
江戸時代から続く
由緒ある東京の坂道には、
言葉では
表すことのできない
独特の「氣」が流れています。
皆さんも、
旅先や出張先で
ふと時間ができたなら、
その土地の歴史を
足裏で感じてみてください。
道場の中だけが、
稽古場ではありませぬ。
さて、次はどの坂へ向かいましょうか。
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江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは
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