" 夜の嵐山。五感を開けば人生が変わる。日常に活きる「氣の出し方」"
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十一候 桜始開【さくらはじめてひらく】
3月25日~29日ごろ。
桜の花が咲くころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 よる の あらしやま。ごかん を ひらけば、じんせい が かわる。 にちじょう に いかせる「き の だしかた」 』
日々の生活の中で、
ふと「氣」について
深く考える瞬間があります。
たとえば、
俳句の世界には、
題材を求めて出かける
「吟行(ぎんこう)」という
修行があるそうですが、
これを私たちの
「氣を出すこと」に
置き換えてみると、
ハッとさせられる
多くの氣づきがありました。
■ 五感を研ぎ澄ませ、氣を出す「吟行」
私たち
合氣道を志す者にとって、
道場の中だけが
稽古場ではありません。
私が主宰する
合氣道琴心館寺崎道場には
「江戸の坂道巡り同好会」があり、
東京へ赴いた際には、
江戸時代から続く
由緒ある坂道を歩くことを
習慣としています。
古(いにしえ)の情景に
思いを馳せ、
その土地が持つ
歴史や空氣感を肌で感じる。
実はこれこそが、
私にとっての
「氣の吟行」なのです。
もちろん
特別な場所へ行かずとも、
稽古前、
道場を掃き清めている時や、
日用品の買い出しで
街を歩いている時でさえ、
心持ち一つで
すべてが修練の場となります。
目や耳など
五感から入ってくる情報に
意識を向け、
自らの内側から
しっかりと「氣を出す」。
そうすることで、
周囲の環境と
心地よく
調和していく
感覚が得られるのです。
■ 闇夜の「桂川」が教えてくれた、自然の氣の偉大さ
ご縁があり
毎月のように足を運んでいる
京都でのことです。
先日、夜の嵐山を
訪れる機会がありました。
闇夜にほんのりと
ライトアップされ、
幻想的に
浮かび上がる「渡月橋」。
しかし、
私の五感を
強く惹きつけたのは、
その下を流れる
桂川の存在でした。
昼間の穏やかな
表情とは打って変わり、
深淵な暗闇の中で
うねりを上げ、
滔々(とうとう)と
途切れることなく流れる
圧倒的な水流。
目を閉じ、
冷たい夜風を
頬に受けながら、
その力強い水音と
自然のエネルギーに
意識を向けていると、
人智を超えた
自然の営みの
途方もない偉大さに、
ただただ
畏敬の念を抱くばかりでした。
自分の脳細胞から
ひねり出した
言葉やちっぽけな理屈など、
大自然の悠久の働き、
そしてそこに満ちる
途方もない「氣」に比べれば、
本当に
たかが知れています。
頭でこねくり回して
考えるのではなく、
ただ五感を開いて
自然の豊かな「氣」を感じ取り、
こちらも
「清々しい氣」を出すこと。
暗闇を貫いて流れる
桂川の力強い情景が、
大自然と
氣を交わすことの
尊さを無言のうちに
教えてくれた瞬間でした。
■ 「生憎」という言葉を手放す
俳人の世界では
よく
「生憎(あいにく)という言葉はない」と
言われるそうです。
雨が降れば
「これで雨の情景を詠める」と捉え、
月が雲に隠れれば
「無月を楽しむ」。
これはまさに、
合氣道における
「氣の転換」に通じる精神です。
私たちの歩む道にも、
「生憎」という言葉は
不要なのかもしれませんね。
困難や
思い通りにいかない出来事、
マイナスの要素すらも、
すべて己の
「氣」を練り上げ、
心を広げるための
糧と捉えることができます。
道友や
お弟子さんの中にも、
病や家庭の事情など、
様々なものを抱えながらも
前を向いて
ひたむきに
歩んでいる人がたくさんいます。
何をやっても
マイナス思考で、
暗い螺旋階段を
下りるように
生きていた人が、
合氣道と出合い、
「氣を出す」ことを
覚えた途端に、
物の見方が
全く変わり、
いきいきとした
人生を歩み始める。
実をいうと、
私自身も
この合氣道に
出合うまでは、
まさに
そのような人間でした。
物事を悪く捉え、
思い悩むばかりの
螺旋階段にいたのです。
しかし、
「氣を出す」ことを
師匠から教わり、
何の疑いもなく、
日々、それを実践して
今もこうして
天地大自然の氣に触れ、
天地と自分の心身を
一体させ、
調和させることで、
目の前の景色が
百八十度変わりました。
悲しみに直面し
落ち込んでいた人が、
仲間と「氣」を
通い合わせることで
立ち直っていく。
そうした例を
幾度となく
目にしてきましたし、
自らも身をもって
体感してきたのです。
本当に尊いものなのです。
物の見方を
百八十度変え、
人生を好転させていく。
これこそが、
「氣を出すこと」の持つ
本当の力ではないでしょうか。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
──────────────────────
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
日々の生活の中で
五感を開き、
「心と身体の調和」を
はかりながら、
マイナスをも
プラスに転換する「氣」を育み、
「社会や周囲の人々の心に灯火を灯す生き方」を
ともに探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古、
そして自ら氣を出すことで
得られた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
物の見方を百八十度変え、
より健やかな生き方、
良好な対人関係を
築くためのヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 千代田区一番町を歩く。古の息吹と旗本屋敷の面影を辿る。【永井坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十一候 桜始開【さくらはじめてひらく】
3月25日~29日ごろ。
桜の花が咲くころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 ちよだく いちばんちょう を あるく。いにしえ の いぶき と はたもとやしき の おもかげ を たどる。【ながいざか】へん 』
3月24日の記事の続きとなります。
( エントリーは コチラ )
1月の東京出張の折、
稽古の合間を縫って
「江戸の坂道巡り同好会」の
活動として
港区から新宿区、
さらに千代田区 番町周辺の
由緒ある坂道を歩きました。
本日は、
南法眼坂(みなみほうげんざか)から
「永井坂(ながいざか)」へと
至る道のりと、
そこからの
氣づきをお届けいたします。
一番町にある
北へ上る
この南法眼坂は、
江戸時代に
坂の脇に
「斎藤法眼(ほうげん)」という
医師の屋敷があったことが
名前の由来とされています。
病に苦しむ人々を
癒やし、
世のために
尽くしたであろう
かつての医師の存在。
その在り方に
触れますと、
合氣道琴心館寺崎道場
において
私たちが
ともに
探求し続けている
「世のため人のためにお役立ちできる人間へと成長していく」
という
願いの原点を
見る思いがいたします。
他者を想い、
己の道を
社会に活かそうとした
先人の生き様は、
私たちの歩む道を
明るく
照らしてくれているようです。
■感性をひらき、古(いにしえ)の息吹を味わう:「永井坂」
南法眼坂を後にして
一番町の交差点へ向かい、
そこから
半蔵門方面へと
南へ緩やかに上っていくのが
「永井坂」です。
江戸時代、
この坂道を挟むようにして
「永井勘九郎」と
「永井久右衛門」という、
二人の永井姓の
旗本屋敷が
向かい合って
建っていたことから
その名が付けられたそうです。
かつては
江戸城西側の守りを固める
「番町」という
武家屋敷街の
静謐 (せいひつ) な
氣が漂っていた場所なのですね。
この坂を
静かに歩み進めていると、
ふと、
現代のアスファルトの奥底から
三百数十年前の
息吹が立ち上ってくるような
感覚を覚えます。
武士たちが
帯刀し、
どのような景色を
その眼差しに映し、
どのような風の匂いを
感じながら
この起伏を歩んだのか。
そっと目を閉じ、
その氣配に
自らの五感を
澄ませてみるのです。
ただ頭で
歴史や地形を
理解するだけでなく、
かつてそこに在った
人々の「氣」や「情景」に
自らの心を
重ね合わせること。
そのように
感性をひらき、
時空を超えて
古(いにしえ)の氣を
全身で
味わい尽くすこともまた、
私にとっての
深く豊かな
「日常の稽古」となっています。
私たちの
江戸時代から続く
由緒ある東京の坂道巡りは
まだまだ続きます。
過去の坂巡りのエントリーはコチラから
↓↓↓
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を
極めることではありません。
日々の生活の中で
「古の息吹を感じ取る感性」を磨き、
「世のため人のために役立つ自己」を
ともに探求していくことです。
自然の理(ことわり)や、
歴史ある坂道から得た情景、
そして日々の稽古を
通じた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 水面に宿る理(ことわり)。心を鎮め、ありのままを観る "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十一候 桜始開【さくらはじめてひらく】
3月25日~29日ごろ。
桜の花が咲くころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 みなも に やどる ことわり。こころ を しずめ、ありのまま を みる 』
お彼岸も明け、
いよいよ
本格的な春の到来を
感じる頃合いとなりました。
七十二候では、
3月25日から29日ごろを
春分の次候
「桜始開(さくらはじめてひらく)」と
呼びます。
全国各地で
ソメイヨシノの便りが聞かれ、
桜前線が北上してきます。
古来より、
四季の移ろいを慈しむ
私たち日本人において、
桜は単なる季節の花に
とどまらず、
常に人々の心に寄り添う
特別な存在でした。
花を愛でるための
風情ある「大和言葉」、
先人たちが遺した
花見の情景を描写する
言葉の数々に
目を向けてみますと、
咲き誇る
花を尋ね歩く
「花巡り」。
空模様を表す
「花曇り」や、
寒さを指す
「花冷え」。
また、
現代の夜桜ライトアップも
古の時代には
夜桜を照らす
篝火(かがりび)を
「花篝(はなかがり)」と呼び、
ゆらめく炎とともに
夜の花を愛でる風習も
ありました。
また、
舞い散った花びらが
辺り一面に
敷き詰められた様子を
「花筵(はなむしろ)」と呼ぶなど、
その豊かな
感性と語彙には、
日本ならではの
深い風情を
感じずにはいられません。
" 水鏡に映る、移ろいゆく春の景色 "
そんな
ソメイヨシノの
開花が待たれる中、
私は先日、
一足早く
京都の淀水路へ
河津桜を観てまいりました。
訪れた時期は
すでに満開の盛りを過ぎ、
花はかなり
散り始めておりました。
しかし
抜けるような
快晴の空の下、
水面には
無数の花びらが
舞い落ち、
淡い色の帯のような
「花筏(はないかだ)」となって
ゆったりと流れていく、
えも言われぬ
美しい情景が
広がっていたのです。
咲き誇る姿のみならず、
水に還りゆく
散り際の姿にこそ、
命の移ろいという
「自然の理(ことわり)」が
深く宿っているように
感じられます。
" 波立たぬ水面が真実を映し出す "
そして何よりも
私の心を打ったのは、
澄み渡る青空と
川沿いの桜が、
静まり返った水面に
まるで鏡のように、
くっきりと
映し出されていたことです。
水面が
静まっているからこそ、
そこにある景色を
ありのままに、
正しく
映し出すことができる。
これはまさに、
合氣道における
「明鏡止水(めいきょうしすい)」の
教えそのものであり、
私たち人間の
「心のありよう」と全く同じです。
私たちの心も、
怒りや悲しみ、
緊張や焦り、
あるいは
我執によって
波立っていては、
目の前の出来事を
正しく
捉えることができません。
水面が
揺らいでいれば
映る景色もまた
歪んでしまうように、
乱れた心では
事物 (じぶつ) の本質を見失い、
いとも容易く
判断を誤ってしまいます。
いかなる
状況にあっても
心を
「静謐(せいひつ)」に保ち、
波立たせないこと。
その静けさがあって
初めて、
相手の心の動きや
周囲の状況を
曇りなき眼(まなこ)で
正しく見極め、
的確な対応へと
導くことができるのです。
流れに身を任せつつも、
自らは静かに澄み切り、
ただありのままを映し出す。
相手と争わず、
自然の理に沿って
調和を生み出す
合氣道の道筋も、
この「淀水路」の水鏡に
重なります。
美しい桜の言葉を
紡いできた
先人たちの感性に触れ、
「淀水路」の
静かな水面に
深い理を
教えられた一日。
日常の喧騒の中に
あっても、
常に自らの
心の水面を
平穏に保ちたいと、
改めて
自省させられる
清々しいひとときでした。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
淀水路の水鏡のごとく、
波立たない
静かな心とともに、
日々の生活において
「いついかなるときも氣が出る健康体」を養い、
「日本人としての生き方」を
ともに探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
物事の本質を見極める
健やかな生き方や、
摩擦のない
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 「遠山の目付」で歩む。江戸城を護った千代田区番町の坂道巡り【南法眼坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】初候
七十二候
第十候 雀始巣【すずめはじめてすくう】
3月20日~24日ごろ。
すずめが巣を作り始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 「えんざん の めつけ」で あゆむ。えどじょう を まもった ちよだく ばんちょう の さかみち めぐり【みなみほうげんざか】へん 』
昨日3月23日の投稿、
千代田区の「行人坂」に続き、
(エントリーはコチラ)。
本日も
合氣道琴心館寺崎道場の
「江戸の坂道巡り同好会」が
向かった
次の由緒ある坂道、
「南法眼坂(みなみほうげんざか)」での
散策紀行をお届けいたします。
東京出張の折、
稽古の合間を縫って
江戸の古(いにしえ)を歩く
この時間は、
私にとって
歴史の息吹と対話する
至福のひとときです。
今回歩いた
千代田区 番町(ばんちょう)界隈は、
かつて
江戸城の西側を護る要衝として、
将軍直属の武士である
「旗本」たちが
屋敷を構えていた場所です。
東郷坂から行人坂、
そして
この「南法眼坂」へと続く
一本の坂道は、
なだらかな道と急坂という
緩急のある連続した
起伏に富んだ地形となっています。
「南法眼坂」は、
江戸時代の地誌
『紫の一本(むらさきのひともと)』に
「斎藤法眼という人の屋敷、この坂のきわにあり」と
記されているのが
名の起こりのようです。
「法眼」とは元来、
僧侶の階級のひとつですが、
当時は幕府に仕える
優れた医師や絵師などにも
授けられた名誉ある称号でした。
古くは、
修行者や名医が暮らした
これら一連の起伏ある
坂道全体を総称して
「法眼坂」と呼んでいた時代も
あったそうです。
さて、
こうした起伏の多い
歴史ある坂道を歩く際、
私たちはつい
足元ばかりを見て
うつむきがちになります。
しかし、
ここで合氣道の稽古で
いつも実践している
「遠山の目付(えんざんのめつけ)」を
意識してみるのです。
合氣道でいう
「遠山の目付」とは、
相手の手や足など、
身体の一部に
目線や心を
執着するのではなく、
ぼんやりと
相手全体を捉えることです。
相手の氣の動きを察知し、
瞬時に対応するための
教えであり、
遠くの山を
眺めるように
相手の全身や周囲を
広く見る目線。
視野を広く、
全体を捉える心構えは
私たちの日常生活においても
重要なことです。
視線を足元に
落とすのではなく、
遠くの景色へと
大きく開き、
仙骨を起こし
背筋をすっと伸ばす。
すると、
足裏が自然と
大地を的確に捉え、
上り坂が続いても
不思議と
呼吸が乱れにくくなります。
目の前の
急傾斜に対して
身構えたり、
力んで登ろうとしたり
するのではなく、
視界を広げて
空間全体を
柔らかく受け入れる。
これはまさに、
相手と対峙した際の
合氣道の理合そのものです。
この千代田区 番町の
趣ある街並みや、
武家屋敷の
名残を感じさせる地形の妙も、
うつむいて
歩いていては
見逃してしまいますからね。
江戸の歴史ある坂道は、
私たちに無言のまま、
心身の健やかな遣い方を
教えてくれます。
この「南法眼坂」の趣を
存分に味わった後、
私たちは
さらに奥へと連なる
「永井坂(ながいざか)」、
そして「五味坂(ごみざか)」へと
歩みを進めました。
旗本たちの息吹が残る
その坂道での
氣づきにつきましては、
また次回の記事へと続きます。
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一一一一一一一一一一一一一一一一一一
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
連続する坂の起伏に身を委ね、
「遠山の目付」で歩みを進めるように、
日々の生活に活きる
「心と身体の調和」をはかり、
「社会や周囲の人々の喜びに繋がる生き方」を
ともに探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古、
そして江戸の古を歩く中で
得た氣づきを、
この道場長ブログ『ぼくらの合氣道』でも
発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 『御府内備考』に記された修行者の息遣い。千代田区の歴史を体感する【行人坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】初候
七十二候
第十候 雀始巣【すずめはじめてすくう】
3月20日~24日ごろ。
すずめが巣を作り始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 ごふないびこう に しるされた しゅぎょうしゃ の いきづかい。ちよだく の れきし を たいかん する 【ぎょうにんざか】へん 』
二十四節氣では
「春分」を迎え、
いよいよ
本格的な春の到来ですね。
昼と夜の長さが
ほぼ同じになり、
少しずつ、
昼のほうが長くなっていきます。
平日の毎朝、
午前3時に起床して
このブログの
執筆をしている中でも
日に日に
夜明けが早くなるのを感じる
この頃です。
さて、
3月17日の記事でお届けした
東郷元帥記念公園に隣接する
「東郷坂」のお話の続きとなります。
1月の東京出張の折、
稽古の合間に
わが寺崎道場の
「江戸の坂道巡り同好会」の
活動として、
江戸時代から続く
由緒ある東京の坂道を
数多く歩いてまいりました。
東郷坂の次に向かったのが、
千代田区三番町と四番町の間にある
「行人坂(ぎょうにんざか)」です。
■ 行人坂とは?その歴史と起伏
東京には目黒などにも
有名な「行人坂」があるそうですが、
私たちが今回歩いた
千代田区の「行人坂」は、
南法眼坂から
北へ向かって下る静かな坂道です。
(※南法眼坂は次の記事に記します)
北側に位置する東郷坂、
この「行人坂」、
そして南法眼坂は、
南北に続く
上がり下がりの連続した
坂道になっており、
古くは
この一連の起伏全体を
「法眼坂(ほうげんざか)」と
呼んでいたそうです。
江戸時代後期に
幕府が編纂 (へんさん) した、
江戸の地誌(地理や歴史を詳細に記した公式な記録)である
『御府内備考(ごふないびこう)』の
記述によれば、
古い時代に「法印」と名乗る
行人(仏教の修行者)が
この辺りに住んでいたことが、
この名の由来とされています。
そのため
「法印坂」と呼ばれたり、
転じて
「法眼坂」と呼ばれるようになったと
言われています。
■ 古 (いにしえ) を歩くことで何を感じるか?
さて、
合氣道において
最も大切な
ものの一つが「感性」です。
ただ目で見える景色を
なぞるのではなく、
その場に立ち、
足裏から伝わる
大地の傾斜や空氣感を
どう受け止めるか。
古(いにしえ)の人々が
歩いた道を
自らの足で
たどることは、
まさにこの感性を磨く
稽古でもあります。
修行者が
住んでいたという
「行人坂」の勾配に立つと、
数百年の時を経て、
この地を行き交った人々の
息遣いが聞こえてくるようです。
表面がアスファルトに変わった
現代であっても、
その起伏そのものは
江戸の昔から
変わってないであろうと、
深く
古(いにしえ)を感じ入ります。
坂道を
上り下りする際、
合氣道の
体捌きと同じように、
自然の傾斜に逆らわず、
「臍下の一点」に心を静め、
ゆったりとした呼吸で
歩を進める。
すると、
不思議なほど
心身が
その土地の歴史や風景と
調和していくのを感じます。
古を歩くということは、
知識として歴史をなぞることに
とどまりません。
当時の人々と
同じ傾斜を体感し、
そこにあったであろう
暮らしや想いに
意識を向けることで、
私たち自身の
内なる「感性」が
呼び覚まされるのです。
こうした日常の
ふとした瞬間に、
いつも新たな
氣づきを与えられます。
これからも
「江戸の坂道巡り同好会」の
足跡を通じて、
歴史のロマンと
合氣道の精神を
お伝えしていきたいと思います。
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一一一一一一一一一一一一一一一一一一
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
日常の歩みの中で活きる
「心身の統一」をはかり、
「自他共に喜びを分かち合える豊かな生き方」を
会員のみなさまと
共に深めていくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝