" 江戸の運搬人に学ぶ、身体の使い方。【軽子坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十二候 雷乃発声 【かみなりすなわちこえをはっす】
3月30日~4月3日ごろ。
恵みの雨を呼ぶ春雷が、遠くで鳴り始める季節です。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 えど の うんぱんにん に まなぶ、からだ の つかいかた。【かるこざか】へん 』
東京出張の折、
合氣道琴心館寺崎道場
恒例の「江戸の坂道巡り同好会」として、
千代田区番町界隈の坂道を、
いくつか歩いてまいりました。
3月31日の投稿では
五番町と二番町を結ぶ、
五味坂(ごみざか)の風情を味わい、
(※エントリーはコチラ)
今回はそこから外堀方面へと、
下ってまいります。
お堀沿いの、
穏やかな空氣に触れながら、
飯田橋の駅前へと至ります。
そこから新宿区へと入り、
津久戸町方面へと伸びるのが、
「軽子坂(かるこざか)」です。
すぐ隣を通る
「神楽坂」に比べますと、
人通りもやや少なく
とても歩きやすい通りです。
ビルやお店が並ぶ中にも、
落ち着いた空氣が漂い、
古を歩く静けさを感じます。
この坂の下、
かつての飯田濠には
船着場があったそうです。
そこから、
軽籠(かるこ)という
縄で編んだ運搬具を使い、
荷を運ぶ人々のことを、
「軽籠持(かるこもち)」と呼んだそうです。
そのお仕事を担う方々が、
この界隈に多くお住まいだったことが、
名の由来とのこと。
日々、
重い荷を背負い、
坂を上り下りする。
そのような
過酷な日常のなかで、
彼らは誰に教わることもなく
「臍下の一点」に心を静め、
重力に逆らわない
身体の使い方を、
身につけていたのでしょう。
力任せに
荷を運ぶのではなく、
「正しいリラックス」をもって、
荷の重さと和合する。
誰に教えられるでもなく、
生きる智恵として、
体現していたのだと想像します。
ふと、
これは合氣道の理合いに、
深く通ずるものだと感じました。
たとえば、
黒帯である初段を
師範からお許しいただくには、
二人一組となり、
最低でも一年以上、
息の上がるような
激しい稽古を重ねます。
(※年齢にもよりますが…)
その過程で、
己の「力み」が、
いかに動きの邪魔になるかを、
身をもって知るのです。
激しい有酸素運動のなかで、
どうすれば、
もっと楽に相手を導き、
柔らかく疲れない
受け身を取れるのか。
行き着く先は、
この「正しいリラックス」しか、
ないことに氣づかされます。
江戸の運搬人たちも、
日々の稽古に励む私たちも、
余計な力を抜き、
「臍下の一点」に心を静めて、
自然の理と和合することで、
本当の心地よさ
「正しいリラックス」を得るのです。
さて、次はどのような坂道が
私たちを待っているのでしょうか。
私たちの江戸時代から続く
由緒ある東京の坂道巡りは
まだまだ続きます。
過去の坂巡りのエントリーはコチラから
↓↓↓
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは
ただ技を極めることではありません。
日々の生活に活きる、
「心と身体の結びつき」を深めて
より「健やかな心身の軸」を育み、
まずは自らが、
余計な力みを捨てた自然体で歩むことで、
出会う人々の心に、
ぽっと温かな
「希望の火」をともすような生き方を
ともに探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など、
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 限りある時間の中で 〜春の雨宿りでの氣づき〜 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十二候 雷乃発声 【かみなりすなわちこえをはっす】
3月30日~4月3日ごろ。
恵みの雨を呼ぶ春雷が、遠くで鳴り始める季節です。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 かぎりある じかん の なかで 〜はる の あまやどり での きづき〜 』
先日、外出先で
急な激しい雨に見舞われました。
出かける前には
入念に天気予報を確認しており、
傘の出番はないと
思っていたのですが、
天候は急変。
春はよく雨が降ると
言われますが、
こうした突然の変化も、
この時期ならではの
天地大自然の営みの一つですね。
さはさりながら、
土砂降りの雨に打たれるのは
決して心地よいものではありません。
急ぎ足で横断歩道を渡り、
目に入ったコーヒーショップで
雨が上がるのを待つことにしました。
外の景色が見える
カウンター席に腰を下ろし、
ブレンドコーヒーと
バームクーヘンで
一息ついていた時のことです。
ふと、
向かいのビルにある
遊技場の広告が目に留まりました。
「30分くらいの時間つぶしに最適!?」
その言葉を見た瞬間、
心の中に
一つの問いが浮かびました。
この限りある
一度きりの人生に、
果たして
「時間つぶし」
などというものが
存在するのだろうか、と。
人生100年時代と言われる
現代ですが、
遥か大宇宙の営み
悠久の時の流れから見れば、
人間の一生など
ほんの一瞬に過ぎません。
私はこの素晴らしい
合氣道と縁あって出会い、
不肖ながらも
現在では150人近い
お弟子さんに恵まれました。
日々、
道場で一人ひとりのお弟子さんと
向き合う中で、
私の内にある
すべての熱量と魂を、
惜しみなく
彼ら、彼女らに
手渡したいと強く念じています。
指先から放たれる「氣」、
口にする「言霊」、
そして技の理合から
一挙手一投足に至るまで。
私の命の時間を削ってでも、
それが彼らの血肉となるのなら、
持てるものの
一切合切を注ぎ尽くしたいのです。
そんな折、
ふと頭をよぎることがあります。
「一体、自分はいつまで
この足でしっかりと立ち、
目の前のお弟子さんたちに
直接指導していくことができるのだろうか」と。
修練を重ねるにつれ、
心は年々強く研ぎ澄まされ、
氣の出し方も
力強さを増していきます。
しかし一方で、
身体が年々衰えに向かうこともまた、
逃れられない自然の理 (ことわり) です。
だからこそ、
一日の終わりに床に就く時、
必ず自分自身に
厳しく問いかけます。
「今日は死に物狂いで、
己のすべてを出し尽くしたか?」
「まだまだ、彼らのために
手渡せるものがあったのではないか!」
「死」とは、
決して人生の
虚しい終着点などではありません。
自らの役割を全うし、
育て上げた
お弟子さんたちを通して、
次代へと
命のバトンを繋いでいくための
尊い節目です。
一日一日、
天地へと還る
その日に向かって
自らの命を
燃やし尽くしているのだという
現実と真剣に向き合えば、
私には
持て余すような
余分な時間など一切ないのです。
雨宿りの
わずかな時間も、
決して
「時間つぶし」などではなく、
己の在り方を見つめ直し、
次なる稽古へと
思いを馳せる
大切なひとときなのだと、
コーヒーの香りとともに
深く噛み締めました。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
与えられた限りある時間の中で、
天地大自然と響き合う
「心身のあり方」を養い、
「自他の命を輝かせ、次代へとより良い世の中を手渡していく道」を
皆様とともに歩み続けることです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
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良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【江戸の坂道巡り】言葉の響きに惑わされない、真実の姿【五味坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十二候 雷乃発声 【かみなりすなわちこえをはっす】
3月30日~4月3日ごろ。
恵みの雨を呼ぶ春雷が、遠くで鳴り始める季節です。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【えど の さかみち めぐり】ことば の ひびき に まどわされ ない、しんじつ の すがた【ごみざか】へん 』
3月26日の
「永井坂」からの、続きとなります。
(※エントリーはコチラ)
1月の東京出張の折、
稽古の合間を縫って
寺崎道場
「江戸の坂道巡り同好会」の
活動として
港区から新宿区、
さらに千代田区 番町周辺の
由緒ある坂道を歩きました。
本日は
千代田区一番町二番地と、
三番町五番地との間に位置する
「五味坂」のお話です。
「麹町区史」を紐解きますと
この「五味坂」は、
芥坂(あくたざか)や
埃坂(ほこりざか)、
さらには
ハキダメ坂などと、
いろいろな名前で
呼ばれていたとあります。
しかし、
その名の由来を深く探れば、
江戸の町割りの歴史が、
ふわりと浮かび上がってまいります。
この坂は、もともと、
南五番町と、上二番町を結ぶ場所でした。
その五番町の「五」と、
二番町の「二」、
この「五、二」が転化して
いつしか「ごみ坂」と
呼ばれるようになったのだとか…
また、
確かなことは不詳ながら、
かつてこの坂の付近には、
光感寺というお寺があり
「光感寺坂」というのが、
本来の坂名であったとも
言われているようです。
さて、
この「五味坂」の
名の由来から学ぶべきことは
何でしょうか。
私たちは、つい、
言葉の響きや
表面的な見かけだけで、
物事を
判断してしまいがちです。
「五味(ごみ)」や「埃(ほこり)」
という名から、
不衛生で
荒れ地を想像しても、
実際に足を運んでみれば、
そこには別名「光感寺」という
名が示すような、
静謐な空間が
広がっていたりするものです。
それは
日々の対人関係におきましても、
見た目や言葉だけに
囚われないということです。
相手の一時的な感情や
態度に振り回されたり
惑わされることなく、
その奥底にある
表には表れない本質を
正しく捉えることが
大切だと私は思うのです。
他人から
「あいつはとっつきにくい人だ」と
聞いていても、
実際に
言葉を交わしてみれば、
全くそんなことはなかった
ということも
よくあることです。
人間、誰しも
良いところばかりではありません。
相手の短所と
付き合うのではなく、
その人の長所だけを
見るようにする。
そういたしますと
不思議なことに、
相手は自分の短所を
見せなくなるものです。
これは合氣道の理合いにも
通じることです。
相手の表面的な力や
見かけの態度に惑わされると、
無意識のうちに力みが生じ、
自らの調和を
崩してしまいます。
そのような時こそ、
「臍下の一点」に
すっと意識を鎮めるのです。
「正しいリラックス」を保ち、
ゆったりとした呼吸で、
目の前の相手と和合する。
相手と争わず
長所を活かし合う関係を、
柔らかに
築いていくのでありまする。
さて、次はどのような坂道に
私たちは導かれるのでしょうか。
私たちの江戸時代から続く
由緒ある東京の坂道巡りは
まだまだ続きます。
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一一一一一一一一一一一一一一一一一一
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
日々の生活において
常に臍下の一点に心を静めて、
「争わない心」を育み
相手の良さを見つめることで
「相手の長所を伸ばす」
自らがそれを
「率先躬行(そっせんきゅうこう)」して
探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など、
現代の暮らしに活かすヒントが
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 「わあ、満開の枝も!」 東京から届いた桜便りと、日本女子の感性の磨き方 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十二候 雷乃発声 【かみなりすなわちこえをはっす】
3月30日~4月3日ごろ。
恵みの雨を呼ぶ春雷が、遠くで鳴り始める季節です。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 「わあ、まんかい の えだ も!」 とうきょう から とどいた さくら だより と、にほんじょし の かんせい の みがきかた 』
日々、
事ある毎に、
遠く離れた
東京のお弟子さん方から、
LINEやメールをいただきます。
毎日のように
こうしたお便りを拝読し、
本当にありがたい事だと、
深く、感謝する毎日です。
先週の中頃 (3月24日) に 、
東京にお住まいの、
日本女子のお弟子さんから、
弾むような
お声が聞こえてくる、
温かな季節の便りが
届きました。
「先生、隅田公園の桜、
五分咲きって聞いていたのに、
わあ!枝によってはもう満開なんですよ。
こんなに咲いちゃいました!
神戸はどうですか?」
画面越しに届けられた、
見事な夜桜とスカイツリーの写真。
そして、
お弟子さんの
柔らかく弾むようなお氣持ち。
こちらの
LINEのメッセージと、
美しい桜の写真は、
ご本人の温かなご了承を
いただいた上で、
本日のブログや、
インスタグラムのストーリーでも、
シェアをさせていただいております。
東京の隅田公園の桜は、
五分咲きという数字以上に、
枝ごとに生命の息吹を、
力強く放っているのですね。
「神戸はどうですか?」
というお尋ねに、
私も自宅近くの桜を、
思い浮かべました。
毎日、
観察しておりますが、
先週までは
まだまだ蕾も、
ややふっくらとした
程度でございました。
しかし、
先週末の暖かさで、
ようやく、三輪ほど、
可愛らしい花を
咲かせておりました。
五輪咲いて
「開花」とするならば、
私の標本木は、
まだ開花には至っておりません。
とはいえ
同じ神戸でも、
場所によっては
三分咲きから
五分咲きのところもあるようです。
同じ天地大自然の
空の下でも、
咲き誇るペースは
それぞれです。
この和やかなお便りの
柔らかい言葉遣いや
素直な驚きの表現から、
この日本女子の、
繊細な「感性」を感じました。
天地大自然の
自然の営みは、
刻一刻と
変化しております。
その美しい移ろいを、
「わあ!」「こんなに!」と、
心を開いて受け入れ、
無心に、喜ぶこと。
これは
合氣道で大切にする、
「素直な心」と
周囲の状況を察する
「感性」を磨くことに他なりません。
自らの心を
臍下の一点に静め、
明鏡止水の境地で、
それぞれのペースで進む、
天地大自然の営みと、
氣を合わせる。
日々の生活の中で、
こうして理(ことわり)を体現し、
その豊かな喜びを、
私にまで
おすそ分けしてくださること。
快く、
シェアをお許しくださったことにも、
重ねて、
心より、御礼申し上げます。
──────────────────────
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
蕾から開花へと向かう
自然のグラデーションに心を寄せ、
その豊かさを「心と身体の調和」へと
結びつけることです。
季節の移ろいを感じる
自然の理(ことわり)や
日々の生活の中で感性を磨き、
自ら氣を出すことで得られた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
春の喜びを周囲と分かち合うような、
より健やかな生き方、
和合に満ちた
良好な対人関係を築くためのヒントが、
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 夜の嵐山。五感を開けば人生が変わる。日常に活きる「氣の出し方」"
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】次候
七十二候
第十一候 桜始開【さくらはじめてひらく】
3月25日~29日ごろ。
桜の花が咲くころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 よる の あらしやま。ごかん を ひらけば、じんせい が かわる。 にちじょう に いかせる「き の だしかた」 』
日々の生活の中で、
ふと「氣」について
深く考える瞬間があります。
たとえば、
俳句の世界には、
題材を求めて出かける
「吟行(ぎんこう)」という
修行があるそうですが、
これを私たちの
「氣を出すこと」に
置き換えてみると、
ハッとさせられる
多くの氣づきがありました。
■ 五感を研ぎ澄ませ、氣を出す「吟行」
私たち
合氣道を志す者にとって、
道場の中だけが
稽古場ではありません。
私が主宰する
合氣道琴心館寺崎道場には
「江戸の坂道巡り同好会」があり、
東京へ赴いた際には、
江戸時代から続く
由緒ある坂道を歩くことを
習慣としています。
古(いにしえ)の情景に
思いを馳せ、
その土地が持つ
歴史や空氣感を肌で感じる。
実はこれこそが、
私にとっての
「氣の吟行」なのです。
もちろん
特別な場所へ行かずとも、
稽古前、
道場を掃き清めている時や、
日用品の買い出しで
街を歩いている時でさえ、
心持ち一つで
すべてが修練の場となります。
目や耳など
五感から入ってくる情報に
意識を向け、
自らの内側から
しっかりと「氣を出す」。
そうすることで、
周囲の環境と
心地よく
調和していく
感覚が得られるのです。
■ 闇夜の「桂川」が教えてくれた、自然の氣の偉大さ
ご縁があり
毎月のように足を運んでいる
京都でのことです。
先日、夜の嵐山を
訪れる機会がありました。
闇夜にほんのりと
ライトアップされ、
幻想的に
浮かび上がる「渡月橋」。
しかし、
私の五感を
強く惹きつけたのは、
その下を流れる
桂川の存在でした。
昼間の穏やかな
表情とは打って変わり、
深淵な暗闇の中で
うねりを上げ、
滔々(とうとう)と
途切れることなく流れる
圧倒的な水流。
目を閉じ、
冷たい夜風を
頬に受けながら、
その力強い水音と
自然のエネルギーに
意識を向けていると、
人智を超えた
自然の営みの
途方もない偉大さに、
ただただ
畏敬の念を抱くばかりでした。
自分の脳細胞から
ひねり出した
言葉やちっぽけな理屈など、
大自然の悠久の働き、
そしてそこに満ちる
途方もない「氣」に比べれば、
本当に
たかが知れています。
頭でこねくり回して
考えるのではなく、
ただ五感を開いて
自然の豊かな「氣」を感じ取り、
こちらも
「清々しい氣」を出すこと。
暗闇を貫いて流れる
桂川の力強い情景が、
大自然と
氣を交わすことの
尊さを無言のうちに
教えてくれた瞬間でした。
■ 「生憎」という言葉を手放す
俳人の世界では
よく
「生憎(あいにく)という言葉はない」と
言われるそうです。
雨が降れば
「これで雨の情景を詠める」と捉え、
月が雲に隠れれば
「無月を楽しむ」。
これはまさに、
合氣道における
「氣の転換」に通じる精神です。
私たちの歩む道にも、
「生憎」という言葉は
不要なのかもしれませんね。
困難や
思い通りにいかない出来事、
マイナスの要素すらも、
すべて己の
「氣」を練り上げ、
心を広げるための
糧と捉えることができます。
道友や
お弟子さんの中にも、
病や家庭の事情など、
様々なものを抱えながらも
前を向いて
ひたむきに
歩んでいる人がたくさんいます。
何をやっても
マイナス思考で、
暗い螺旋階段を
下りるように
生きていた人が、
合氣道と出合い、
「氣を出す」ことを
覚えた途端に、
物の見方が
全く変わり、
いきいきとした
人生を歩み始める。
実をいうと、
私自身も
この合氣道に
出合うまでは、
まさに
そのような人間でした。
物事を悪く捉え、
思い悩むばかりの
螺旋階段にいたのです。
しかし、
「氣を出す」ことを
師匠から教わり、
何の疑いもなく、
日々、それを実践して
今もこうして
天地大自然の氣に触れ、
天地と自分の心身を
一体させ、
調和させることで、
目の前の景色が
百八十度変わりました。
悲しみに直面し
落ち込んでいた人が、
仲間と「氣」を
通い合わせることで
立ち直っていく。
そうした例を
幾度となく
目にしてきましたし、
自らも身をもって
体感してきたのです。
本当に尊いものなのです。
物の見方を
百八十度変え、
人生を好転させていく。
これこそが、
「氣を出すこと」の持つ
本当の力ではないでしょうか。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
──────────────────────
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
日々の生活の中で
五感を開き、
「心と身体の調和」を
はかりながら、
マイナスをも
プラスに転換する「氣」を育み、
「社会や周囲の人々の心に灯火を灯す生き方」を
ともに探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古、
そして自ら氣を出すことで
得られた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
物の見方を百八十度変え、
より健やかな生き方、
良好な対人関係を
築くためのヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝