2025-11-28 03:20:00

" ​【感謝の縁】卒業50年目のクラス会で体感した「氣」の円 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】次候

 

七十二候

第五十九候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

11月27日~12月1日ごろ。

「朔風(さくふう)」とは北風のことで、冷たい北風(木枯らし)が吹き、木の葉をすっかり払い落としてしまうころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【かんしゃ の えん】そつぎょう ごじゅう ねん  め の くらす かい で たいかん した「き」の えん 』

 

 

 

 

 

" 卒業から半世紀、記念すべき「50年目の節目」"

 

 

先日の11月23日、

中学時代のクラス会 (3年4組クラス会) に

出席しました。

 

 

 

昨年と同じ日、

同じ場所、

同じ部屋での開催でした。

 

 

しかし、

今回は特別な重みがありました。

 

 

 

それは、

当時(卒業時)から数えて

50年目という、

 

人生の大きな

節目を迎えるクラス会だったからです。

 

 

 

このクラス会は、

私たちが中学を卒業した直後、

 

「オリンピックが開催される年に皆で会おう」

という約束のもと始まりました。

 

 

 

以来、

50年間、コロナ禍による中止を除き、

連綿と続いてきた私たちの歴史そのものです。

 

 

 

当時の私たちは中学3年生。

 

その私たちは、

すでに還暦を数年前に超え、

 

当時の担任の先生も、

傘寿(80歳)をすでに超えられた

ご壮健なご年齢となられました。

 

 

 

 

​会の開催頻度も、

当初の「4年に1回」から「2年に1回」になり、

 

さらにこの数回は

「1年に1回」と、

皆の思いが強まるにつれ、頻度が上がってきました。

 

 

 

卒業して半世紀。

 

 

 

この長い年月を経て

再び集うということ自体、

実に尊い「ご縁」だと改めて感じます。

 

 

 

 

今回のクラス会は、

私が今まで参加した中で、

 

間違いなく

 過去一最高のクラス会 でした。

 

 

 

 

 

"「氣」の同調が作り出した温かな円 "

 

 

 

 

 

今回の参加者は、

当時の担任の先生と私たち9名。

 

 

 

長方形のテーブルを囲んでの湯葉の懐石でした。

 

 

 

​席には、

昨年は欠席だったが

今年は出席してくれた人もいました。

 

 

また、

残念ながら

日程的に欠席になった人もいました。

 

 

 

 

その参加者の変化もまた、

時の流れであり、

この日の「氣」を作る重要な要素でした。

 

 

 

 

通常、

長方形のテーブルは、

 

どうしても

席によって会話の中心から外れたり、

隔たりが生まれがちです。

 

 

 

しかし、

この日のテーブルには、

 

席順や形を超越した、

まるで一つの大きな輪のような、

温かな空氣が流れていました。

 

 

 

それは、

参加者一人ひとりの「思い」が、

 

その場の「氣」と共鳴し、

互いに調和し合っていたからに他なりません。

 

 

 

 

​まるで、

長方形の四隅の角が自然と削り取られ、

 

美しい

楕円形の円として繋がっているようでした。

 

 

 

これは

合氣道の稽古で私たちが目指す境地、

「和合(わごう)」の心 に通じる

ものでありまする。

 

 

 

 

 

"「過去一」の価値は一期一会にある "

 

 

 

 

今回、

この上なく温かい会となりました。

 

​しかし、

今回のクラス会が

過去一だったからといって、

 

次回も

同じようになる保証はどこにもありません。

 

 

 

 

 

​参加者が変わり、

日が変わり、

場所が変われば、

 

その場の「氣」は当然変わる。

 

 

 

 

だからこそ、

この日の、

このメンバーでの、

 

この空間で生まれた

「和合」の瞬間は、

 

二度と繰り返されない、唯一無二の価値あるもの。

まさに「一期一会」ですね。

 

 

 

 

 

 

" 幹事の「力み」を消した試練と合氣道の理 "

 

 

 

 

 

今回の私は、

幹事としてやるべきことが山積みでした。

 

 

時代の変化に対応し、

今後のクラス会運営の在り方を

根本から変えるための提言と、

 

皆の意見を聞き、

まとめることが私の責務でした。

 

 

・アナログからデジタル化へ(連絡手段のLINE化)

​・手書きのクラス会ノートの廃止

​・個人情報の観点からの卒業生住所録の破棄

​・案内状の郵送の可否

​・繰越金の廃止と、現金の徴収をデジタル化(PayPay)へ

 

 

 

​これらを当日、

皆に意見を聞き、

 

決定する

重要な進行役を担っていました。

 

 

 

本来なら、

二、三日前から資料をまとめ、

 

進行をシミュレーション

しなければならないほどの準備が必要でした。

 

 

 

 

​しかし、

私はクラス会前日になっても、

 

進行のこと、

皆をどうまとめるかということ、

何も考えることができませんでした。

 

 

 

 

​それは、

クラス会とは全く関係のない、

 

何の前触れもなく

突然襲ってきた

 

私の存在価値さえ揺るがすほどの

他者からの背信行為という、

個人的な試練に見舞われていたからです。

 

 

​心に大きな衝撃を受け、

まだまだ

未熟な心身がその出来事に引きずられ、

 

正直、

クラス会のことに

意識を集中させる余裕がありませんでした。

 

 

 

 

※よろしければ

関連する直近のエントリーをご覧ください。

↓↓↓

 

11月25日のエントリー

11月26日のエントリー

一つ前のエントリー

 

 

しかし、

結果として、

 

それが良かったのかもしれないと、

今、振り返って強く思っています。

 

 

なぜなら、

順調な日々であれば、

 

私の性格から言って、

クラス会前日はあれこれと考え、

 

どう進行するか、

どう皆をまとめるかと、

必死に頭を巡らせたことでしょう。

 

 

それは

その場を取り仕切る幹事としての

やるべき責務ですから。

 

 

 

 

さはさりながら、

 

その思考と準備が、

知らず知らずのうちに

無意識の「心の力み」になるのです。

 

 

 

幹事である私の心に「力み」があれば、

その場の「氣」にも

 

そのままその力みが伝わり、

ギクシャクさせる要因になりかねません。

 

 

 

​何も考えることが

できなかったからこそ、

 

当日、心身ともに

何の「力み」もなく、

自然体で臨むことができました。

 

 

 

 

​参加者の皆の温かい言葉や、

先生の笑顔を、

 

ただ受け止め、

流れに身を任せて進行する。

 

 

 

この「力みのなさ」こそが、

この場を温め、

 

 

長方形のテーブルを

円形の「和合」へと導いた

 

要因の一つで

あったと僭越ながら確信しています。

 

 

 

それはまさに、

合氣道そのものの 理(ことわり)です。

 

 

 

​力で対抗せず、

相手の「氣」を受け入れ、無心で流れに乗る。

 

 

この日、

私はクラス会という場で、

「合氣道の神髄」を体現し、

学ばせてもらったように感じています。

 

 

 

 

 

 

" 次へ繋ぐ「心」"

 

 

 

 

​皆の心が一つになり、

この「最高のクラス会」という

結果を生み出したこと。

 

 

これは、

私の心の力みが消えたことと、

皆の温かい

心と響き合った証だと信じたいです。

 

 

 

この「和合」の氣を、

次期幹事に引き継ぎ、

 

2年後の再会に向け、

さらに素敵な

クラス会となるよう願っています。

 

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

目指すことの一つは、

 

生涯を通じて

技、生き方ともに「円」を追求します。

 

 

 

 

この日のクラス会で、

 

私は「人生の円と縁」 

「心の円と縁」の美しさを、

 

同級生たちから

教えてもらったような氣がします。

 

 

 

​この「氣」を大切に、

また日々の稽古と生活に活かすよう励みます。

 

 

 

 

​今回のクラス会参加者、

そして担任の先生に、心より感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-27 03:18:00

" 【感動】100日墓参りで私が見た「命の移ろい」 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】次候

 

七十二候

第五十九候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

11月27日~12月1日ごろ。

「朔風(さくふう)」とは北風のことで、冷たい北風(木枯らし)が吹き、木の葉をすっかり払い落としてしまうころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【かんどう】ひゃくにち はか まい り で わたし が み た「いのち の うつろい」 』

 

 

 

 

 

" 試練の旅路:酷暑の中で始まった百日 "

 

 

 

 

前のエントリー

一つ前のエントリーからの続きになります。

 

8月17日。

世間がお盆休みを終え、

日常に戻り始めた頃、

 

私は東京出張から神戸に帰った翌日から

「百日墓参り」を始めました。

 

 

 

一日も欠かさず、

毎日続けて百日間墓参りをする

この旅の始まりは、試練の連続でした。

 

 

 

​前半は、

突然家族に降りかかった

深刻な事件と

混乱への対応に追われる日々。

 

 

 

そして

終わりかけには、

 

あることがきっかけで

私自身の

存在意義を揺るがすほどの

深い心の傷を負うことになりました。

 

 

 

まさに、

人生の谷間に

立たされたような100日間。

 

 

 

 

しかし、

この困難な旅路を振り返ると

悪いことばかりではなく、

 

心に残る

大きな感動と深い氣づきがありました。

 

 

 

 

それは、

毎日お参りした

 

墓園の景色が教えてくれた、

「命の移ろい」です。

 

 

 

 

 

" 蝉時雨から紅葉まで、毎日変わる景色。困難の中で色づいた100日の日々 "

 

 

 

 

 

墓園のある山々は、

8月半ばの時点では鮮やかな緑一色でした。

 

 

 

酷暑の音(8月)

突き刺さるような日差しの中、

ミーンミーンと鳴くアブラゼミや、

シャーシャーとけたたましいクマゼミの

「蝉時雨(せみしぐれ)」が毎日のお供でした。

 

 

その熱氣と騒がしさこそが、

当時の私の

心の混乱を表しているようでした。

 

 

秋の訪れ(9月)

まだまだ酷暑が残る9月ですが、

やがて、

力強い蝉の鳴き声は

ツクツクボウシやヒグラシへと静かに変わり、

 

氣づけば日陰の草むらからは、

コオロギやスズムシの

控えめで美しい音色が聞こえ始めました。

 

この頃、

私の家族に降りかかった混乱も

一応の収束を迎え、

心のなかに静けさが戻りつつありました。

 

 

 

色づく山(10月〜11月)

そして、

いよいよ山の緑が少しずつ色づき始めます。

 

毎日見ているからこそ氣づける、

その微細な変化。

 

夕陽を背景に黄金に輝くイチョウ、

真っ青な空に燦然と輝く

赤茶色に染まる雄大なメタセコイア、

真っ赤に燃える紅葉の樹木。

 

そのコントラストは圧巻でした。

 

 

 

​私にとって、

これほどまでに季節の移ろいを毎日、

 

ゆっくりと、

少しずつ眺める経験は初めてのことでした。

 

 

 

 

 

" 自然が教える「時」と「受け入れ」"

 

 

 

 

 

100日間、

同じ場所へ通い続けることで、

私は大自然から多くを学びました。

 

 

 

​大自然は、

酷暑や嵐といった

「困難」を乗り越えたからこそ、

 

あんなにも

「見事な色」を世界に見せてくれるのです。

 

 

 

そして、

どんなに美しい紅葉も、

やがては葉を落とし、雪の季節を迎えます。

 

 

 

これは、

人生の試練と同じではないでしょうか。

 

 

 

何の前触れもなく

突然のように、

 

私に降りかかった

大きな危機や心の傷も、

 

その時期にはあまりに辛く、

不条理に感じました。

 

 

 

まだ死んではいないので、

「輪廻転生」があるのか?ないのか?

それは分かりませんが、

 

もし、あるとするなら

「もう二度と人間には生まれたくない」

 

「人間って一体、何なんだ?」

 

詐欺や背信の中で生きていたら、

人間なんて信用できなくなる。

 

 

そんなことも思いました。

 

 

 

 

しかし、

それら詐欺や背信行為も

 

 

もしかすると、

 

「師範として、人間として、さらに大きく飛躍するために必要な、心の葉が色づく前の試練」

 

だったのかもしれません。

 

 

 

「受け入れ、耐え、そして時が来れば、必ず景色は変わる」

 

 

今はそう信じて、

前を向いて歩いていこう。

 

 

 

この100日間、

自然が私に教えてくれたのは、

まさにこの「道の理」でした。

 

 

 

 

そして、

その美しい紅葉の景色は、

 

困難な時期を乗り越えるための、

 

ご先祖様からの

「よく続けたな」という

 

静かな励ましと

ご褒美のように感じられたのです。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-26 03:58:00

" 【試練】100日墓参りが終わりに近づいたころ、私は生きる意味を問われた "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】初候

 

七十二候

第五十八候 虹蔵不見(にじかくれてみえず)

11月22日~26日ごろ。

まだ本格的な積雪になるほどではないが、冬の訪れを実感する時期で虹が見えなくなるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【しれん】ひゃくにち はか まいり が おわ り に ちかづ い た ころ、わたし は いき る いみ を とわれ た 』

 

 

 

 

 

" 毎日が修行、道程は平坦ではない "

 

 

 

 

 

一つ前のエントリー からの続きです。

 

自宅から墓園までは

車で15分から20分という距離。

 

 

正直、

「これくらいなら毎日簡単だろう」

「終わった時の達成感も味わいたい」

などと、

 

軽い氣持ちで始めた

百日墓参り」でしたが、

そうは簡単なものではありませんでした。

 

体調が優れない日や、

どうしても

外せない指導や用事と重なった日。

 

時には家族が車を使うため、

バスと徒歩で向かう日もありました。

 

 

 

百日間、

欠かさずやり遂げるには、

 

想像以上の

困難と覚悟がつきまとうものでした。

 

 

 

まさに、

合氣道の稽古と同じく、

「継続は力なり」を試されている日々でした。

 

 

 

 

"「やり始め」に襲いかかった暗雲 "

 

 

 

 

そして、

この百日墓参りを始めたころから、

 

私たち家族は

予期せぬ大きな混乱というか、

事件に巻き込まれました。

 

 

 

​日に日に

その実態が明らかになっていきました。

 

 

警察、司法書士、弁護士、

専門家への相談や関係機関との協議…。

 

 

解決に向けて

相当な時間とお金と労力を費やし、

私たち家族は皆、相当疲弊しました。

 

 

 

10月になる頃には

一応の収束を見ましたが、

 

この間の

家族の精神的な消耗は計り知れません。

 

 

 

当時私は、

この解決への道のりこそが、

 

日々の百日墓参り、

すなわち

ご先祖様への感謝と自分自身の内省が

導いた結果だと信じていました。

 

 

 

これでようやく、

良い方向へ向かっていくだろうと、

心からそう思っていたのです。

 

 

 

 

 

"「終わりに近づくころ」に訪れた最大の試練 "

 

 

 

 

​しかし、

「終わり良ければすべて良し」とは

いきませんでした。

 

 

 

​百日墓参りが

終わりに近づくころ、

 

今度は

私自身に重大な出来事が起こったのです。

 

 

 

 

​内容は

伏せさせていただきますが、

 

それは私自身の信念と、

人間としての存在意義さえも

 

根底から揺るがすほどの、

あまりに重い心の傷でした。

 

 

今も

この深い傷は癒されることはありません。

 

 

 

私は、

常に自分自身の欲を

可能な限り捨て、

 

世のため、人のため、

地域のため、

未来の子どもたちのために、

 

自らの命を削ってでも

全身全霊で

お弟子さんの前に立とうと生きてきました。

 

 

 

 

​来年の9月から始まる

私たちの活動である

 

「コベカツクラブ」(※)の運営にも

関わるこの出来事は、

 

そのすべてを

全否定されたような、

非常に不条理な心の重傷です。

 

 

 

(※)コベカツクラブとは:

神戸市が全国に先駆けて行う

中学部活動の地域連携・外部委託を担い、

各団体の指導を通じて

地域の子どもたちの健全育成を支援する活動です。

 

 

 

 

世の中には

努力しても報われないことも多々あります。

 

 

命をかけて

したことであっても

評価されないこともあるのです。

 

 

 

それは重々承知してます。

 

 

 

 

報われなくても、

評価されなくても構いません。

 

 

 

しかし、

合氣道琴心館寺崎道場として

「コベカツに参入できなくなる」ことは、

 

私の合氣道師範としての

使命を果たす上での

 

私の存在価値すら無くなるほどの

大きなものであると痛感しました。

 

 

「百日墓参りの終わりに近づくころとは、こういうことなのか…」

 

 

 

 

知り合いは皆、

私とは真逆で

終わりに近づくころに良くなったというのに…

 

 

なぜ私だけが、

こんなにも足を引っ張られるのか。

 

 

 

 

百日目の11月24日、

私は一人、

 

お供えした

線香が燃えるのをぼんやり眺めながら、

 

墓園までの道中で車から流れていた

アデル『Rolling in the Deep』

 

本日のインスタグラムのストーリーの曲も

『Rolling in the Deep』です。

@aikido.terasakidojoからどうぞ。

 

 

 

この曲が

私の頭のバックグラウンドで

リピート再生を続けていました。

 

激しい怒りをぶつける歌詞ですね。

 

 

 

 

私もまた、

ただその理不尽さや

 

何故、この局面で

こんなにも

足を引っ張られなければならないのか?

 

 

それを心の中で問い続けていました。

 

 

 

 

百日墓参りを始めたころに

期待していた、

 

終わった時の清々しい達成感など、

微塵も感じられません。

 

 

それは

この記事を書いている今現在でも

感じません。

 

 

 

" 線香の火が教えた「飛躍の法則」"

 

 

 

 

いくら考えても、

堂々巡り、

現状が大幅に変わることはありません。

 

 

 

​ならば、

この残された限られた、

 

困難な環境の中で、

やれるだけのことをやる以外に道はない。

 

 

ダメでもともと、

また一から始めれば良い。

 

 

 

​線香が燃えるのを眺めるうち、

ふと一つの思いが脳裏をよぎりました。

 

 

 

 

「良くなる前には、一度、大きく悪くなる」

 

 

 

 

大きく

上に飛び上がろうとしたら、

 

一度深く膝を曲げ、

下へ沈まねばなりません。

 

 

下がるからこそ、

その反動で大きく飛躍できる。

 

 

 

「これだったのか!」

 

 

 

百日墓参りで

私がご先祖様、

そして天地から教えられたのは、

 

 

「身を引き締め、この状況を突破しなさい」

 

 

という

メッセージだったのかもしれません。

 

 

 

「終わったからといって、油断するなよ」

という戒めなのかもしれません。

 

 

そうか、

これが私の「突破すべき壁」なんだ。

 

 

 

この困難を

乗り越えることができたら、

絶対に道は拓け、願いは成就する。

 

 

 

 

コベカツクラブはじめ

私が行おうとしていることが、

 

天地のご意思に適っていることならば、

きっと天地は応援してくれるはず。

 

 

 

その思いを胸に、

今日も私は

道場に立つほか道はないのでありまする。

 

 

 

 

こんなとき、

師匠ならどうするだろうか?

 

 

今すぐにでも

永田町の議員会館に行って

ご指導を賜りたい氣持ちですが、

 

そんなこと

実現するはずもありませぬ。

 

 

でも、

こんな言葉を残してくださっています。

 

 

 

怒り、悲しむより、

他人のせいにするより、

 

まずは

全部自分に引き寄せて、

全部受け止めて、

 

大笑いしてから憤激しよう。

 

それなら

余裕を持って立ち上がれる。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

 

2025-11-25 03:50:00

" 【衝撃体験】100日連続お墓参りを完遂したら人生が変わる? "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】初候

 

七十二候

第五十八候 虹蔵不見(にじかくれてみえず)

11月22日~26日ごろ。

まだ本格的な積雪になるほどではないが、冬の訪れを実感する時期で虹が見えなくなるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 しょうげき たいけん】ひゃく にち れんぞく おはか まい り を かんすい した ら じんせい が かわ る? 』

 

 ​

 

 

"「百日墓参り」って知っていますか? "

 

 

今年の7月に

ある著書で、

わずか二行の文章に出会いました。

 

「百日間続けてお墓参りをすれば、何か良いことがあるよ」

 

 

​どのような

「良いこと」があるのかは曖昧でしたが、

 

この言葉が

私の心に深く刺さりました。

 

 

 

同じ頃、

家内の知人が実際に

 

「百日墓参り」

実践していたという話を聞き、

俄然興味が湧いたのです。

 

 

 

 

"「終わりに近づくころ」に何が起こるのか?"

 

 

 

 

そして、

今年の夏、

 

私は「百日墓参り」

やってみようと決意しました。

 

 

 

8月、

集中稽古で東京へ出張した際、

 

あるお弟子さんに

その話をすると、

驚きの答えが返ってきました。

 

 

​「あっ!それ、昔、私の故郷の兄がやりました」

 

「へぇ〜、それで何か良いことあったの?」

 

 

 

​すると、

彼女もまた、

知人も、

 

そしてネットのわずかな情報源も、

皆が口を揃えて

同じようなことを言うのです。

 

 

 

「それがですね、百日墓参りが終わりに近づくころ… 」

 

 

 

​具体的な内容は

プライベートなことなので、

ここではお伝えできませんが、

 

 

 

どうやら

この「終わりに近づくころ」に、

 

人生を揺るがすような

出来事や変化が訪れるらしいのです。

 

 

それは

人それぞれ

違うことは想像できますが、

 

この共通点が

私を強く惹きつけたのでした。

 

 

 

 

"【実践報告】100日間の挑戦がもたらした衝撃 "

 

 

 

 

​そして、

私は東京出張から神戸に帰った

翌日の令和7年8月17日から

「百日墓参り」を実践しました。

 

 

そして、

昨日、11月24日、

 

一日も欠かさず、

ついに100日間の挑戦を

完遂することができました!

 

 

 

 

​私の場合は、

挑戦を「やり始めたころ」と、

噂通り「終わりに近づくころ」に、

 

 

やはり人生において

大きな衝撃的な出来事が起こりました。

 

 

 

さすがに

「人生の岐路」とまでは

言い過ぎかもしれませんが、

 

それでも私にとっては

心に深く刻まれるほどの大きな出来事です。

 

 

 

 

" 100日間で私が体験したこと "

 

 

 

百日墓参りの期間中、

本当に様々なことが起こりました。

 

 

 

不思議な出来事

今まで感じたことのない

強いご縁を感じたり、

物事が急に動き出したり...。

 

 

感動した体験

ご先祖様との

繋がりを深く感じ、

心が洗われるような

感謝の念に包まれました。

 

 

見たことのない景色

精神的な変化だけでなく、

お参りの道中に

空や自然の美しい一瞬に

何度も出会いました。

 

 

 

ちょっと怖かったこと

誰もいない墓地で

感じたゾクッとするような氣配も、

今となっては貴重な体験です。

 

 

 

 

​これらの出来事の一つひとつが、

私の人生観を揺さぶり、

 

大きなたくさんの

「氣づき」を与えてくれました。

 

 

 

 

​私にとっての

「百日墓参り」は、

 

ご先祖様との繋がりを見つめ直し、

自分自身の潜在意識と向き合い、

 

「これがお前の最大の欠点であり、弱さだ」

 

それをご先祖様と天地から教えられた

100日間の旅でした。

 

 

 

​私に一体、何が起こったのか?

 

具体的な体験談は、

このブログで話せる範囲で

 

これから一つひとつ

詳しくお話ししていきますので、

ぜひ、興味がある方はご期待ください!

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-21 03:55:00

" 天から与えられた仕事をしているか? "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】末候

 

七十二候

第五十七候 金盞香(きんせんかさく)

11月17日~21日ごろ。

寒い冬の訪れとともに、可憐で香りの良い水仙が咲き始めるころ。

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 てん から あたえ られた しごと を している か? 』

 ​

 

 

「天から与えられた仕事をしているか?」

 

「その仕事が天職であると思えるか?」

 

「それが世のため人のためになっているか?」 ​

 

 

 

道場長として

毎日、道場に立つ時、

 

私は常に

この三つの問いを自らに課しています。

 

 

不肖私が主宰する

合氣道琴心館寺崎道場は、

単に技を教えるだけの道場ではありません。

 

 

 

 

僭越ではございますが、

私はこの道場での指導こそが、

 

まさに天から与えられた仕事「天職」

あると確信しています。

 

 

 

 

 

" 未来の子どもたちのための「人間教育」"

 

 

 

 

​現代社会、

特に学校教育の場では、

 

知識やスキルを

学ぶ機会は豊富にあります。

 

 

 

しかし、

私たちが

最も大切にしなければならない

 

「核」となる部分が、

置き去りにされがちではないでしょうか。 ​

 

 

 

私が

合氣道の指導を通じて、

未来の

子どもたちに伝えたいのは、

 

 

以下の四つの柱です。

 

 

一つ、

美しい所作と言葉

相手を敬う姿勢、

場を清める動作、

そして心ある言葉遣い、

日本人として世界に誇れる礼儀作法。

 

二つ

心と身体の使い方

合氣道の技の理合いから学ぶ、

無理のない効率的な身体の使い方。

感情に流されない強い心の持ち方。

 

 

三つ、

日本人としての誇り

伝統文化への理解と、

先人たちが築いてきた精神性への敬意。 ​

 

 

四つ、

どう生きるか

困難に立ち向かう姿勢、

自己と他者への向き合い方。

人生の「道」を切り開く指針。 ​

 

 

 

これらは、

子どもたちが

これから生きていく上で、

 

どんなスキルよりも

深く、長く、

 

自分の人生を支える

人間としての土台となります。

 

 

 

 

 

" 収入ゼロでも、私は同じことをやれるか " 

 

 

 

道場運営は、

決して楽な道ではありません。

 

 

それでも、

なぜこの活動を続けるのか。 ​

 

 

 

それは、

たとえ、ほんの僅かでも

 

「世のため、人のため、地域のためになっている」という

強い確信があるからです。

 

 

 

 

 

子どもたちが目を輝かせ、

「ありがとうございました」と

深く一礼する姿、

 

 

また、

内氣だった子が

自信を持って発言できるようになる瞬間。

 

 

 

それこそが、

私にとって

何物にも代えがたい報酬なのです。

 

 

 

したがって、

もし、この活動が

 

一切の収入がない

ボランティアになったとしても、

 

私は命の続く限りやり続けます」 ​。

 

 

 

 

私が伝えているのは、

合氣道の技を超えた「生きる道」です。

 

 

 

 

この真髄を

未来ある子どもたちに継承すること、

 

彼らが自信と誇りをもって

生きていくための「種」を蒔くこと。

 

 

 

それが

私の「天命」であり、

私にとっての「合氣道」なのです。

 

 

 

 

​私たちは皆、

他者との関係性の中で生きています。

 

 

合氣道を通じて育む「調和の心」は、

必ずや

社会全体をより良いものに

変えていくと信じています。

 

 

 

​今日も明日も、

その信念をもって

私はお弟子さんの前に立ち続けます。

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末、三連休を。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝