2026-03-12 03:15:00

" お菊とお岩の怨念が交差する魔の道。終わらない「10枚」の呪い【帯坂】編 "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

啓蟄(けいちつ)次候

 

七十二候

第八候 桃始笑(ももはじめてさく)

3月10日~14日ごろ。

桃の花が咲きはじめるころ。

 

古くは、

「笑」と書いて「さく」と読み、

花が咲くことを

「笑う」と表現していたそうです。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​おきく と おいわ の おんねん が こうさ する ま の みち。おわらない「じゅうまい」の のろい【おびざか】へん 』

 

 

 

 

3月4日の記事の続きです。

エントリーは コチラ から。

 

東京には、

江戸時代から続く

 

由緒ある坂道が

今も数多く残されています。

 

 

一月の東京出張では、

そんな古 (いにしえ) の坂道を

自分の足で巡ってきました。

 

 

その一つひとつを

自分の足で巡り、

 

古の「氣」を感じるのが

私の楽しみでもあります。

 

 

 

 

​千代田区九段南から

市ヶ谷駅方面へと下る、

 

細く薄暗い

緩やかな坂道。

 

 

「靖国通り」からだと

九段南四丁目と五番町の境界を、

 

日本棋院を右手に見ながら

南に上る坂です。

 

 

 

その入り口に立つ

歴史標識には、

こう刻まれています。

 

 

 

帯坂(おびざか) (Hill of Obi)

 

江戸時代の

有名な怪談「番町皿屋敷」

登場するお菊が、

 

髪を振り乱して

帯を引きずりながら

通ったという

 

伝説から

名付けられたと言われます。

 

この坂は、

怪談お菊にまつわる

 

「皿屋敷」の怪談話の中で、

お菊が殺害された後、

 

幽霊となって井戸を離れ、

この坂を通り抜けたと

される場所です。……

(現地標識より抜粋)

 

 

 

 

 「一まい、二まい……」

夜な夜な

井戸の底から

皿を数えるお菊の声。

 

 

想像するだけで

背筋が凍ります。

 

 

 

しかし、

この標識を読んで、

 

私はさらに深い、

 

言葉にできないような

身の毛もよだつ

「氣」を感じたのです。

 

 

 

​「皿屋敷」の怪談で

なぜ「10枚」の皿が

使われるか、

 

その理由を

ご存知でしょうか。

 

 

 

​実は、

日本の伝統的な

風習において、

 

奇数は尊ばれる「陽」の数

(割り切れない数)ですが、

 

偶数は「陰」の数

(割り切れる数)とされ、

 

祝儀などの

喜び事には

避けられる傾向にあります。

 

したがって、通常

皿のセットは

「5枚」が基本です。

 

 

 

​それをあえて、

割り切れる

不吉な「10枚」と設定する。

 

 

 

 

これは、

お菊の怨念が

 

単なる

一時的なものではなく、

 

割り切れる

(終わりのある)

 

恐怖ではなく、

終わりのない、

どこまでも続く恐怖。

 

 

​「10」という

終わりのない不吉なリズム。

 

それが

お菊の怨念そのもの。

 

 

 

でも結論から言うと、

 

これは、

割り切れない怨念

そのものを暗示させる、

 

当時の

江戸のクリエイターたちによる

実に見事な「演出」 だったのですね。

 

 

 

なぜなら、

この「帯坂」の標識には

こうも書かれてあります。

 

 

" 話の中ではお菊は殺害され

井戸に投げ込まれているので、褄が合いません "

 

 

 

​また、

この恐怖が

「架空」のものであることの証拠に、

「舞台設定の齟齬(そご)」があります。

 

 

 

お菊が

非業の死を遂げた

 

架空の屋敷(青山主膳の屋敷)が

あったとされる

 

江戸時代の「五番町」は、

現在の「英国大使館」がある

千代田区一番町付近にあたります。

 

 

 

実は

この「帯坂」と英国大使館は、

 

直線距離にして

1キロ以上、

 

大人の足で歩いても

20分ほど離れています。

 

 

 

​想像してみてください。

 

 

 

理不尽に

指を切り落とされ、

 

井戸に投げ込まれ、

命を絶たれた

血まみれのお菊が、

 

わざわざ

1キロ以上もの暗い夜道を、

 

長い帯を

ずるずると引きずりながら、

 

この坂まで

這いずってきたという情景を……。

 

 

 

 

つまり、

怪談における皿の数が、

 

あえて割り切れる

不吉な「10枚」に

設定されているのも、

 

終わりのない

底なしの怨念を

暗示させる

見事な仕掛けだったのです。

 

 

 

 

「なーんや、ただの作り話か?」

 

 

 

 

しかし、

私はこの「帯坂」

 

ただの作り話では

片付けられない恐怖を感じました。

 

 

 

 

 

それは、

坂の入り口に立つ標識には、

 

さらに身の毛もよだつ

一文が刻まれていたのです。

 

 

『東海道四谷怪談』お岩が通った…

 

 

 

 

​お菊だけでなく、

あの伊右衛門への怨念に狂った

「お岩」までもが、

 

この坂を

通り抜けたというのです。

 

 

 

 

日本を代表する

二大怪談の

ヒロインの情念が、

 

なぜか

この全く関係のない

一本の坂道で交差している。

 

 

 

 

「番町皿屋敷」

「四谷怪談」も、

 

物語の多くは

後世のフィクションで

固められています。

 

 

 

 

さはさりながら、

「全く何もないところから煙は立たない」

のではないでしょうか?

 

 

 

 

 

実は、

「皿屋敷」の怪談には

 

恐るべき

“真実のルーツ” が存在します。

 

 

 

 

それが、

兵庫県姫路市 「姫路城」

舞台とした

「播州皿屋敷」です。

 

 

 

戦国時代、

姫路城の乗っ取りの陰謀を

探り出し、

 

濡れ衣を着せられて

責め殺された

実在の下女・お菊。

 

 

姫路城には今も、

お菊が投げ込まれた

本物の「お菊の井戸」

存在しています。

 

 

 

私は神戸市在住ですので、

姫路城へは

これまでも何度も訪れ、

 

実在する

「お菊の井戸」

何度も見てきました。

 

 

また、

JR姫路駅から徒歩約10分のところに

「お菊神社」もあります。

 

 

主家に忠節を尽くした

お菊を称え、

 

「三菊大明神」として

祀られたのが始まり。

 

 

特に女性の守り神や、

皿に願いを書く奉納などで知られます。

 

 

 

私は以前、

「お菊神社」へ参拝した際、

社務所で「御朱印」をいただき

 

宮司さんと

お話する機会がありました。

 

 

「お菊さんはね、とても立派な優しい心を持たれた方だったのね…」

 

 

その宮司さんの

言葉がとても印象に残っています。

 

 

 

 

 

 

 

話を元に戻すと、

江戸のクリエイターたちは、

 

この姫路の

生々しいお家騒動から

 

「下女のお菊」

「10枚の皿」

「井戸」という

骨組みだけを抽出し、

 

江戸っ子向けに

「番町皿屋敷」として

作り直しました。

 

 

 

 

つまり、

姫路という地で

 

燃え上がった

本物の怨念の「火」が、

 

遠く離れた

江戸の地に

恐ろしい「煙」を立たせたのです。

 

 

 

 

ではなぜ、

フィクションであるはずの

 

江戸の怪談の「煙」が、

舞台設定から1キロも離れた

 

この「帯坂」

ねっとりと定着し、

 

さらには

「お岩」の伝説までも

引き寄せたのか。

 

 

 

 

​それは、

この「帯坂」という

土地そのものが持つ、

 

ドロドロとした

暗い「氣」のせいだと

私は直感しました。

 

 

 

地形が持つ

特有の陰鬱(いんうつ)さなのか、

 

かつて

ここを通った

 

無数の人々の

悲哀(ひあい)が

染み付いているのか。

 

 

 

暗く重い念を

引き寄せる

 

強烈な

磁場のようなものが、

 

ここには

確かに存在しているのです。

 

 

 

 

合氣道は「感性」が大切です。

 

 

 

 

目に見える情報や、

「歴史上のフィクションである」という

頭での理解を超えて、

 

その場に漂う

見えない

 

「氣」「念」

感じ取る力。

 

 

 

それは、

相手の殺氣や意図を

瞬時に察知し、

 

和合へと導く

武道の真髄そのものです。

 

 

 

姫路から江戸へと

伝播した

 

終わりのない

「10枚」の呪縛。

 

 

 

そして、

1キロの距離を超えて

 

怪異を引き寄せる

「帯坂」の不氣味な磁場。

 

 

 

なぜ、

この坂が

「帯坂」と名付けられたのか?

 

 

 

 

その本当の真意を

全身で確かめるため、

私は決意しました。

 

 

 

 

昼間の人通りの多い

喧騒の中ではなく、

 

人通りの完全に途絶えた

「真夜中」に、

 

もう一度

この「帯坂」へ向かうことにします。

 

 

 

 

自分の感性だけを

頼りに、

 

漆黒の闇に沈む

坂道に立った時、

 

果たして

私は何を感じるのか。

 

 

 

足元から

這い上がる冷氣か、

 

背後を通り抜ける

帯の音か、それとも……。

 

 

 

 

​そのご報告は、

また無事に帰ることができたなら、

お話しすることにしましょう。

 

 

 

 

さて、

こうして千代田区に残る

いくつかの古道を巡った後、

 

私たちは、

次なる目的地である

「文京区」へと足を踏み入れました。

 

 

 

​しかし——。

 

 

 

実は、

この怨念渦巻く

「帯坂」よりも、

 

さらに身の毛もよだつ

恐ろしい坂道が

『2カ所』も存在していることなど……

 

 

この時の私は、

まだ知る由もなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

私たちの

古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

綱坂 安全寺坂 左内坂 

市谷亀岡八幡宮 男坂・女坂 三年坂

 

 

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-03-11 03:18:00

" 弟子が住む「晴海」。摩天楼の圧倒的な輝きと、法規制が急がれる深い闇 "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

啓蟄(けいちつ)次候

 

七十二候

第八候 桃始笑(ももはじめてさく)

3月10日~14日ごろ。

桃の花が咲きはじめるころ。

 

古くは、

「笑」と書いて「さく」と読み、

花が咲くことを

「笑う」と表現していたそうです。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​でし が すむ はるみ。まてんろう の あっとうてき な かがやき と、ほうきせい が いそがれる ふかい やみ 』

 

 

 

 

 

昨日の

Yahoo!ニュースとテレビから

 

「晴海の…」という文字が、

突然私の目に飛び込んできた。

 

 

 

その報道は

東京都中央区

「晴海 (はるみ) 」エリアの

深刻な社会問題。

 

 

 

 

なぜ私が、

遠く離れた東京の

いちエリアのニュースに

 

これほど心を痛め、

注視しているのか。

 

 

 

 

それは、

つい1月の東京出張で、

 

まさにこの街の

圧倒的な美しさを

 

目の当たりにした

ばかりだったからです。

 

 

 

 

​私の東京出張における

もう一つの密かな楽しみ。

 

 

 

それは、

江戸時代から続く

由緒ある「東京の坂道巡り」です。

 

 

 

これまでも

この道場長ブログ

「ぼくらの合氣道」でも、

 

港区から新宿区、

千代田区へと続く

坂道の風情を綴ってまいりました。

 

 たとえば、ココ

 

 

ビル群の谷間に

ふと現れる歴史の面影。

 

 

 

私は特に、

地形の起伏と

洗練された街並みが同居する

 

「港区」の景観や

雰囲氣を好んで歩いてきました。

 

 

 

次回以降は、

いよいよ千代田区から

文京区の坂道へと

筆を進める予定です。

 

 

 

 

 

実は今回、

文京区生まれ・文京区育ちである

女性のお弟子さんのご縁で、

 

彼女の案内のもと

文京区の坂道も

巡ることができました。

 

 

 

地元を知り尽くした

彼女の案内は

 

ガイドブックにはない

奥深さがあり、

 

非常に有意義な

時間となりました。

 

 

 

 

​そんな折、

現在この日本女子が

住んでいるという

「晴海」の話になりました。

 

 

 

「先生、港区も良いですが、

是非私の住む晴海にも立ち寄ってください。

先生なら絶対にあの絶景が氣に入られると思いますよ」

 

 

 

これまで

幾度となく年間2〜3回以上、

東京へ赴き (おもむき) ながらも、

 

晴海、豊洲、築地、月島といった

湾岸エリアには

ほとんど縁がありませんでした。

 

 

 

 

しかし、

これも何かの貴重なご縁。

 

 

この日本女子に

導かれるままに

足を伸ばしてみることにしました。

 

 

 

 

​彼女が住まうのは、

地元で「晴海三兄弟」と呼ばれる

超高級タワーマンション群の一つ。

 

 

 

 

そして、

豊洲大橋から晴海方面を

望んだ時の光景は……

 

息を呑むほど

煌びやかな絶景でした。

 

 

 

 

水面に反射する

色とりどりの街明かりと、

天を突く摩天楼。

 

 

 

 

そこには

「ここは本当に日本だろうか」と

錯覚するほどの、

 

美しく圧倒的な

絶景が広がっていました。

 

 

 

 

「次の東京出張では、

この辺りのアパホテルに宿泊して、

この景色をゆっくり堪能しよう」と

心に決めたほどです。

 

 

 

 

しかし、

物事には常に

「陰と陽」が存在します。

 

 

 

この圧倒的な

輝きの足元には、

 

目を疑うような

深い闇が広がっていました。

 

 

 

 

​豊洲大橋から晴海方面へ、

 

さらには

きれいに整備された

「豊洲ぐるり公園」を歩きながら、

 

絶景に感動する私に、

お弟子さんは

静かにこう教えてくれました。

 

 

 

「先生、この街も

良い面ばかりではないんですよ。

治安やマナーの問題も確実に存在しているんです」と。

 

 

 

 

​冒頭で

私の目に飛び込んできた

ニュースは、

 

まさに

彼女の言葉の真意を

裏付けるものでした。

 

 

 

 

彼女の住まいからも

ほど近い、

 

東京オリンピック選手村跡地に

誕生した

 

巨大マンション群

「晴海フラッグ」での

異常な事態です。

 

 

 

 

現在、

あの美しく

整備されたはずの街で、

 

外国人グループによる

「白タク行為(道路運送法違反の無許可営業)」が

横行しているそうです。

 

 

 

さらに、

法の網の目を潜り抜けた

「ヤミ民泊(違法な住宅宿泊事業)」に

 

出入りする

外国人観光客らによって、

 

駐車場にゴミや

排泄物が放置され、

 

注意した住民と

一触即発のトラブルになるなど、

 

 

現地の方々が

恐怖と不安を抱えながら

生活している現実があります。

 

 

 

 

問題の根源は、

単なるモラルの欠如だけでは

ありません。

 

 

 

 

 

昨今の円安を背景とした、

海外投資家による

「投機的な不動産買収」です。

 

 

実需(実際に住む目的)のない

外資マネーが

 

日本の土地や

物件を買い漁り、

 

そこが違法なビジネスの

温床となっているのです。

 

 

さらには、

スパイ活動の

拠点になっている場合もあると、

私は思います。

 

 

 

 

他国では

当たり前のように

導入されている

 

「外国人・外国資本による土地取得規制」が、

日本はあまりにも

遅れています。

 

 

 

" 心・技・体 "

 

 

 

どれほど

最新鋭の防犯カメラ(技)を設置し、

 

堅牢で美しい

コンクリートの建物(体)

築き上げても、

 

そこに集う

人々のモラル(心)が欠如し、

 

 

それを正すための

「法規制」が追いついていなければ、

 

たちまち

街の秩序は崩壊します。

 

 

 

 

現状は完全に

イタチごっこであり、

 

国や行政による

早急な法整備と

 

厳格な取り締まりが

急務であると

痛感せざるを得ません。

 

 

 

あの「豊洲大橋」や

両岸に整備された

「豊洲ぐるり公園」から見た

 

あの眩いばかりの

摩天楼の光。

 

 

 

 

その裏側には、

日本の法制度の脆弱性を突く

都市の深い影が落ちていました。

 

 

 

 

 

​歴史が染み付いた

江戸の坂道を歩き、

 

最先端の街が抱える

光と影を知る。

 

 

 

 

 

今思い起こせば、

 

今年の1月の東京出張は

人間の営みと「心技体」、

 

そして

社会の「秩序」について、

 

改めて深く考えさせられる

貴重な時となりました。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-03-10 03:21:00

" ​花が「笑う」季節の到来。春の訪れとともに道場に広がる情熱と笑顔 "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

啓蟄(けいちつ)次候

 

七十二候

第八候 桃始笑(ももはじめてさく)

3月10日~14日ごろ。

桃の花が咲きはじめるころ。

 

古くは、

「笑」と書いて「さく」と読み、

花が咲くことを

「笑う」と表現していたそうです。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​はな が「わらう」きせつ の とうらい。はる の おとずれ と とも に どうじょう に ひろがる じょうねつ と えがお 』

 

 

 

 

 

春の柔らかな

陽氣につられて

 

桃のつぼみが

ほころぶ様子を

「笑う」と表する。

 

また、

草木が芽吹いた

 

色鮮やかな春の山を、

春の季語で

「山笑う」と表現するなんて、

 

なんとも美しく、

日本人の繊細な感性に

心惹かれますね。

 

 

 

 

 

さて、

今朝も午前3時に目を覚まし、

 

夜明け前の

静寂に包まれながら、

 

この道場長ブログ

「ぼくらの合氣道」を執筆しています。

 

 

 

 

文字を紡ぐうち、

5時半頃には

 

東の空が暁(あかつき)から

東雲(しののめ)へと移ろい、

 

一筋の光を

帯びていました。

 

 

 

ほんの先週と比べても、

光が射す時間は

 

目に見えて

早くなっています。

 

 

 

 

私たちが日々

当たり前のように暮らしている

 

この地球が、

実は凄まじいスピードで

 

自転と公転を

繰り返しているのだという

 

壮大な

天地大自然の営みを、

 

朝の澄んだ空氣の中で

まざまざと実感させられます。

 

 

 

淀みなく

動き続ける

自然のダイナミズム。

 

 

 

その壮大な

流れに逆らうことなく、

 

自らの「氣」を

調和させていくことこそ、

 

合氣道における

「天地と一体」の極意に

通じるのだと、

 

静かな朝に

深く感じ入っております。

 

 

 

 

 

​そして、

まさに「桃始笑」のように、

 

合氣道琴心館寺崎道場にも

いま、明るく前向きな

「氣」が満ち溢れています。

 

 

 

 

 

​4月29日に控える

「兵庫県合氣道連盟 合氣道演武大会」に向け、

 

 

先週はなんと、

神戸常盤アリーナ「合氣道講座」

※見学、体験、お問い合わせは コチラ

 

 

 

お稽古の開始時間前から

自主的に集まり、

 

熱心に技の確認と

稽古を重ねる

お弟子さんたちの姿がありました。

 

 

 

 

皆さんのその真摯で

ひたむきな姿勢を目の当たりにし、

 

私は胸が熱くなるほどの

感動を覚えました。

 

 

 

 

 

花が笑うように、

笑顔と情熱があふれる

お弟子さん方と、

 

本日も

神戸常盤アリーナの道場で

ともに汗を流し、

 

お稽古ができることに

心からの感謝が溢れてきます。

 

 

 

これほど

素晴らしい

 

お弟子さんたちに

恵まれて、

 

私は本当に

幸せ者でありまする。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-03-09 03:03:00

" 「なるほど!」が脳を育てる。日常のすべてを成長に変える心の持ち方 "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

啓蟄(けいちつ)初候

 

七十二候

第七候 蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)

3月5日~9日ごろ。

 

冬の間を土のなかで過ごした

虫や生きものたちが、

暖かな春の日差しを感じて地上に姿を現すころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 「なるほど!」が のう を そだてる。にちじょう の すべて を せいちょう に かえる こころ の もちかた 』

 

 

 

 

 

日々、

本を紐解き、

 

あるいは

人の言葉に耳を傾けて

 

未知の知識に

触れるとき、

 

 

私はいつも

「なるほどなぁ」

「すごいなぁ」

 

深い感動や

感銘を受けます。

 

 

 

 

それは、

道場においても同様です。

 

 

日々、

お弟子さんたちと

向き合うなかで、

 

小学生の

子どもたちの

 

何氣ない一言や

無邪氣な仕草に

ハッとさせられ、

 

「そうか、なるほど」

深く頷かされることが

多々あります。

 

 

時には、

彼らと一緒になって

 

お腹を抱えて

大笑いすることもあります。

 

 

 

 

日常の

あらゆる瞬間に、

 

豊かな学びの種は

潜んでいるのです。

 

 

 

 

 

さて、

少し私事を申しますと、

 

私の寝室には

ありとあらゆるジャンルの本が、

 

いわゆる

「積読(つんどく)」の状態で

置かれています。

 

 

 

 

※積読(つんどく)とは?

本を入手したものの、

まだ読まずに

積んでおく状態を指す言葉です。

 

 

近年では

日本独自の表現として、

 

海外でも

「Tsundoku」

そのまま呼ばれ、

 

本を愛する

人々の間で

認知されつつあるそうです。

 

 

 

 

​ただ、

私の場合は

 

無造作に

放置しているわけではなく、

 

きっちりと

「整理整頓された積読」です。

 

 

 

 

積読と聞くと

「読まないなんてもったいない」と

 

ネガティブに

捉えられがちですが、

 

決して

悪いものではないと

私は考えています。

 

 

 

​毎晩

眠りにつく前、

 

その日の

氣分や心の状態に合わせて、

 

目の前の本山から

ふさわしい一冊を

サッと手に取ることができる。

 

 

 

私にとって、

それはとても

 

贅沢で貴重な

至福のひとときなのです。

 

 

 

 

そして、

いざページをめくるときには、

 

「ここにはきっと、

私の知らない興味深い世界が

広がっているに違いない」

 

自らの氣持ちを

高揚させます。

 

 

 

 

「なるほど!」

心を躍らせながら

読み進めることで、

 

脳が

心地よい刺激を受けます。

 

 

 

 

結果として、

思考力や記憶力、

そして理解力といった機能が

格段に高まり、

 

より多くの

教訓を吸収できる感覚があるのです。

 

 

 

これは

読書に限った

話ではありません。

 

 

 

 

人の話を聞くときも、

あるいはSNSなど

インターネット上の情報に

触れるときも同じです。

 

 

注 ):インターネット上の情報には

取捨選択できる自己判断能力が

備わっていることが大前提です。

 

 

 

最初から

「つまらないな」と

心を閉ざして臨むのか、

 

 

 

 

それとも

 

「何か必ず得られるものがあるはずだ」

 

心を開き、

感動する準備をして

向き合うのか。

 

 

 

 

 

同じ時間、

同じ対象に

向き合っていたとしても、

 

 

自らの貴重な体験として

血肉になる度合いは、

天と地ほど変わってきます。

 

 

 

 

 

​心を柔軟に保ち、

あらゆるものから

 

素直に

吸収しようとする姿勢。

 

 

 

 

 

それはまさに、

相手の心を受け入れ、

 

調和を目指す

合氣道の稽古にも通じる、

 

人生の大切な

心構えなのでありまする。

 

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-03-06 03:23:00

" 技がかかる理由、人が育つ理由。すべては「抵抗」の中にある "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

啓蟄(けいちつ)初候

 

七十二候

第七候 蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)

3月5日~9日ごろ。

 

冬の間を土のなかで過ごした

虫や生きものたちが、

暖かな春の日差しを感じて地上に姿を現すころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 わざ が かかる りゆう、ひと が そだつ りゆう。すべて は「ていこう」の なか に ある 』

 

 

 

 

 

​ほんの少し前までは

朝6時でも真っ暗でしたが、

 

最近では東の空が

ほのかに明るくなってきています。

 

 

日に日に

夜明けが早くなってきますね。

 

 

 

私は毎朝、

この道場長ブログ『ぼくらの合氣道』を

執筆するために

 

午前3時に

起床しているのですが、

 

 

東雲 (しののめ) の静寂の中で

記事を書き進めながら、

 

冷たい空氣の中に

少しずつ光が差し込んでくるのを

肌で感じています。

 

 

 

 

 

​さて、今日は

私たちが前に進むために

 

不可欠な「抵抗」について

お話ししたいと思います。

 

 

 

 

仕事での困難、

人間関係の摩擦、

 

あるいは

合氣道に限らず、

趣味やスポーツなど

 

様々なことで、

なかなか上達しない

自分へのもどかしさ。

 

 

 

 

私たちはつい、

こうした

「抵抗」や「壁」

 

避けるべきものと

考えがちです。

 

 

 

 

しかし、

物理的にも精神的にも、

「抵抗や壁があるからこそ、人は前に進める」のです。

 

 

 

 

" 何事も「抵抗」が鍵 "

 

 

 

 

 

 

たとえば、

水泳を思い浮かべてみてください。

 

 

水の中で

手足を動かすと、

 

水という重い塊が

ずっしりと

身体に抵抗してきます。

 

 

息苦しく、

前に進むのを

 

邪魔されているように

感じるかもしれません。

 

 

 

しかし、

その「水の抵抗」

 

手でしっかりとかき、

足で蹴るからこそ、

身体はスッと前に進むのです。

 

 

 

 

もしこれが

空氣を相手にする

 

「のれんに腕押し」

状態だったら、

 

どれだけ

手足を激しく動かしても、

 

「抵抗」がなければ

まったく前には進めませんね。

 

 

 

歩く時も同じです。

 

 

 

私たちは靴の裏と

地面の間に起きる

 

「摩擦(抵抗)」を

味方につけて前進します。

 

 

 

ツルツルに凍った

氷の上では

 

抵抗がゼロになるため、

いくら足を踏み出しても

その場で滑るばかりです。

 

 

 

 

 

" 相手の本氣があるから、技はかかる "

 

 

 

 

​合氣道の稽古においても、

これは全く同じです。

 

 

 

合氣道は

相手と争う

武道ではありませんが、

 

相手が本氣で打ってきたり、

突いてきたりするからこそ、

そこに技がかかる のです。

 

 

 

相手がふにゃふにゃで、

まったく芯のない

 

「のれん」のような

状態であれば、

 

その力を導くことも、

崩すこともできません。

 

 

 

相手が真剣に

向かってくる

 

その強い

氣(抵抗)を受け入れ、

 

結びつくことで、

初めて自分の

推進力へと変わるのです。

 

 

 

 

 

"「のれんに腕押し」の

お弟子さんは導けない "

 

 

 

 

そしてこれは、

道場における

「師範と弟子」の関係、

 

ひいては

「学ぶ姿勢」

 

そのものにも

深く通じています。

 

 

 

賢明で

熱心なお弟子さんは、

 

師範の一挙手一投足までを

見逃すまいと

必死に学ぼうとします。

 

 

 

その

「本氣で学びたい」という

 

渇望 (かつぼう) が

あるからこそ、

 

師範の手に触れた瞬間に、

見えない氣や力線の流れ

 

加えて

呼吸、技の理合いを

感じ取ることができます。

 

 

お弟子さんの

その本氣の心が

 

確かな

「手応え(抵抗)」となり、

 

師範の正しい導きへと

つながるのです。

 

 

 

 

​一方で、

師範の手を取っても、

 

他人事のように

何も考えず

 

「ただ持てと言われたから、持っているだけ」

という人は

どうでしょうか。

 

 

 

そこには

心と心の摩擦も、

 

教えを掴み取ろうとする

エネルギー (氣) もありません。

 

 

 

まさに

「のれんに腕押し」です。

 

 

 

 

いかに

師範といえども、

 

自ら学ぼうとしない者、

心にその氣を持たない者を

 

導くことは、

決してできないのです。

 

 

 

 

 

​" 抵抗を味方にしよう "

 

 

 

今、自分が

何かにぶつかり、

 

強い抵抗を

感じているとするなら、

 

 

それは

「前に進むための水」

 

しっかりと

掴んでいる証拠です。

 

 

 

そして、

誰かから

何かを学ぼうとする時、

 

自分の中に

「本氣で学ぶ」という

 

志を

しっかり持ってみてください。

 

 

 

志を持たず、

ただその抵抗から逃げて

 

氷の上を

滑るのではなく、

 

しっかりと

大地を踏みしめ、

 

重みを感じて

前に進んでみませんか。

 

 

 

 

道場での稽古も、

その感覚を養い、

 

本氣の心を

育むための素晴らしい時間です。

 

 

 

今週末も道場で、

「本氣」のお弟子さんとだけ

 

ともに良い汗を

流せることを楽しみにしています。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝