" 就寝は人間の領域ではない "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節気
大雪 (たいせつ) 末候
七十二候
鱖魚群(さけのうおむらがる)
七十二候の第六十三候で、
鮭が産卵のために群れをなして川を上っていく頃です。
本日のお題。
『しゅうしん は にんげん の りょういき では ない』
人は生きている間、
いくら自分が
明るく正しく
生きていようとしても、
日常の荒波は、
どうしたって
防ぐことが出来ない。
それが人生だ。
けれども、
就寝時は
一切、昼間の出来事と
心を関係付けない努力をする。
どんな辛い、悲しい、
腹の立つことが
あったとしても、
それがまるで
他人事であるかのように
放っておく。
それをどうしても
考えずにいられないなら、
明日の朝、
起きてから
考えるようにすることだ。
寝ることと
考えることを
同時にしたら、
眠れなくなる。
人間は一度に
二つのことを
考えも出来なければ、
おこなうことも出来ない。
立つことと座ることを、
同時に出来ない。
外へ出かける時に
行きと帰りを
同時にすることは出来ない。
人間は一度に、
たった一つのことしか
出来ないのだ。
寝るなら寝る。
就寝というのは、
眠るために布団に入るはず。
考えるために
布団に入るのではない。
就寝に考えごとは無用だ。
一日のうちに
消耗した氣は
" ぐっすり眠る "
ことによってまた蘇る。
天地大自然から
疲れた心身に
蘇る力を与えてもらえる。
その天地の力を
受けようとする前に、
恨んだり、妬んだり、
泣いたりすることは
してはいけない。
就寝とは
人間がどうこうする
領域ではなく、
天地大自然の領域だ。
例えば、
車で言うなら
汚れたエンジンオイルの交換や、
消耗したバッテリーの充電、
明日一日を
十分に走れるだけの
燃料の給油などを
天地大自然がしてくれている。
その修繕が
不十分であれば、
事故や故障に
つながることは
当たり前なのだ。
それを私達人間に
置き換えてみると、
よく分かるはず。
天地大自然は
誰にでも
分け隔てなく、公平に
私達の心身の修繕を
就寝の間にしてくれる。
それを
ありがたく感謝して、
素直に受けよう。
それを
受け入れるための準備は
自分でしなければいけない。
それが私達人間がする領域だ。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
道場長 拝
" 幸運のGOOD LUCK "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節気
大雪 (たいせつ) 末候
七十二候
鱖魚群(さけのうおむらがる)
七十二候の第六十三候で、
鮭が産卵のために群れをなして川を上っていく頃です。
本日のお題。
『こううん の ぐっどらっく』
道場長ブログ
" ぼくらの合氣道 "
12月10日の
このエントリー には、
実はまだ続きがあるのです。
宜しければ、ご覧ください。
駅近くのコンビニで
コーヒーマシンが清掃中のため
コーヒーが買えなかった、
その続きです。
それでもやっぱり
コーヒーが飲みたくて、
駅のホームの自販機で
缶コーヒーを
ICカード乗車券
ICOCAで購入した。
そして、
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館本部道場に
向かうため、
JR明石駅の改札に
そのICOCAをかざしたら、
な、なんと!
乗車券代金の支払済
ICOCA残高が
777円 と自動改札機が
表示したのです。
これには
ほんとに驚いた。
" 今日はついている "
さる12月9日は
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館本部道場において
不肖、私は合氣道四段の
昇段審査を受ける日でした。
もし、
電車に乗る前に
駅近くのコンビニで
通常通りコーヒーが
買えていたなら、
ICOCAの残高が
777円にはなっていなかった。
また、
駅ホームの自販機で
ICOCAで支払わず、
現金で支払っていても
777円にはならなかった。
くどいようだが
もう一つ言いたい。
当たり前の事だが、
どうしてもコーヒーが
飲みたくなかったとしたら、
777円にはならなかった。
ほんと、
このブログの
読者の皆様にしたら
「まぁ、それくらいの事で大げさな」
その様に思われるかもしれません。
でも、
世の中で起こる事は
偶然などではなく
全て必然である。
それが信念の
私は大いに感動しました。
これから
四段の昇段審査を受験する
私にとっては
天地大自然からの
贈り物であり、
メッセージであると
思いました。
「大丈夫だ、リラックスして精一杯やりなさい」
その様に天地大自然が
支えてくださっている。
天地が応援してくださっている。
僭越過ぎることでは
ありますが、
そう強く感じました。
そして、
その日の早朝には
兵庫県合氣道連盟の
指導者で
私の大先輩でもある
T先生が
LINEメッセージで
" GOOD LUCK " の
一言を送ってくださいました。
魂から
「ありがとうございます」
たかだか、私ごときのために、
その私の昇段審査を
忘れず覚えていてくださった。
他人の昇段審査ごときで
なかなか、
できるようなことでは
ございません。
T先生には
技も多く教わりました。
また、技だけではなく
" 指導者としての心得 " を
たくさん学ばせて
いただきました。
その恩師の
" GOOD LUCK " の
メッセージと
天地大自然の計らいに
後押しされ、
勇氣をいただいて、
合氣道四段の末席に
加えさせていただきました。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
道場長 拝
" ちりも積もれば "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節気
大雪 (たいせつ) 末候
七十二候
鱖魚群(さけのうおむらがる)
七十二候の第六十三候で、
鮭が産卵のために群れをなして川を上っていく頃です。
本日のお題。
『ちり も つも れ ば』
その日その日に
積もるほこりは
微々たるものです。
しかし、
その微々たるほこりに
油断して、
一週間、三ヶ月、
一年も放っておいて
掃除をしなかったら、
ひどく汚れて
大変なことになる。
「ちりも積もれば」
塵 (ちり) とは
ネット辞書によると、
ほこり。小さなごみ。
この世のわずらわしさ。
世のけがれ。
ほんのわずかなこと。
という意味だ。
その日一日の
僅かな不徳、罪、
他人への迷惑、言動、
わがまま。
それが積もり積もって
一家、家族の不運をつくる。
それくらい、
これくらいのことは
" 自分だけではない、
みんなやっているではないか "
そういうことが
わが身、一家の
身の破滅になる原因だ。
一方で、
微々たる善行、
僅かな徳であっても
それが
一家、家族に
幸運をもたらす。
毎日の善行と
感謝と報恩。
その振る舞いを
日々、大切にしたい。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
道場長 拝
" 悩みがない人 "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節気
大雪 (たいせつ) 次候
七十二候
熊蟄穴(くまあなにこもる)
熊が越冬のため穴にこもる頃です。
今日のお題。
『なやみ が ない ひと』
もうすいぶん昔になるが、
何かの書に
このようなことが
書いてあったことを
思い出した。
" 人は自分のことばかり
考えていると、
悩みごとが
尽きることはないが、
いつも周りの人のことを
考える人には
悩みというものはない "
今も未熟者だが
当時はもっともっと
未熟者であった私は
" ほんまかいな "
そう思うことしか
できなかった。
しかし、
今になって
" 本当にそのとおりだ "
そう思えるようになってきた。
12月の2週目から
年末までの3週間の間、
行われる
恒例の指導者育成、錬成
集中稽古の真っ最中だ。
昨日も変わらず、
指導者の育成と錬成という
目的のため。
その各々の指導者と
それを目指す志のある
お弟子さん方に
不肖、私が稽古をつけながら
ふと思ったことがある。
それは
自分の稽古をする時がない
ということ。
厳密に言えば、
それが " 自分の稽古 " なのだが。
指導者というものは
弟子に教えることによって
学ぶものだ。
従って、
人前に立って
お弟子さんを
指導することが
自分の稽古になる。
それは
自分に向き合うのではなく、
常に弟子に向き合う
ということになるのだ。
そこに
全身全霊から
氣が出ている。
昨夜の就寝時に
ふと思い出した
この言葉。
" いつも周りの人のことを
考える人には
悩みというものはない "
そうか、
今まさに
この絶妙の瞬間に、
天地大自然が
思い出させてくれた
ことなのかもしれない。
改めて思い起こすと、
もうすいぶん前から
私は悩みなどはない。
毎日、反省はあるが、
悩みというものとは
縁がない。
やはり
そうなんだ、
" 世のため、人のため "とは
悩みごととは無縁なんだ。
そうか、
そうなんだ、
悩みなど一切ないから
心身ともに
健康体でいられるのだ。
毎日、
24時間という時間を
" 世のため、人のため "
ただそれたけに使う
ことができる人は
いつも自分のことは
後回しなんだ。
映画見たいな、
温泉行きたいな、
そう思っても
その前に
人のために
するべきことがある。
いつも
自分のことは後回しだから、
映画も温泉も行く時がない。
「一体、いつになれば行けるのか」
そう思って
行動している間は
心身ともに健康でいられる。
その天地大自然の理を
分からない人が多いように思う。
いつも
自分、自分、自分。
そういう人は
いつも悩みごとだらけ。
そして
自分を守ることに
事欠かない。
自分を大事に大事に、
決して無理しない。
身体にさわるから。
それは正論のように
聞こえるが、
しかし、
そんな自分の思いとは
うらはらに、
心身ともに
非常に弱い、
生命力が乏しい
不健康な人になるのだ。
それが分かる
人間になりたいものだ。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
道場長 拝
" 鏡は先に笑わない "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節気 (にじゅうしせっき)
大雪 (たいせつ) 次候
七十二候 (しちじゅうにこう)
熊蟄穴(くまあなにこもる)
熊が越冬のために
穴にこもる頃です。
今日のお題
『かがみ は さき に わらわ ない』
人間は
絶対に見ることが
出来ないものがある。
それは自分の姿だ。
自分の目で
他人の姿は見えるが、
自分の姿を見ることは
不可能だ。
しかし、
それを可能にするのが鏡だ。
鏡に映る
自分の顔や髪型や
全身は見ることが出来る。
鏡に自分の顔を映して
微笑むと、
鏡に映る自分も微笑む。
眉間にシワを寄せて
怒ると、
鏡に映る自分も怒る。
しかし、
鏡の方から
先に微笑むことは
絶対にない。
鏡の方から
先に怒ることも
決してない。
人間関係も同じだ。
自分が笑えば、
相手も笑ってくれる。
自分が怒るから、
相手も怒る。
挨拶も同様。
まずは自分から、
笑ってみよう。
その場を明るくする
光となろう。
暗いところに
自分の明るい光をあてよう。
わが子の悪い癖を
本氣で直して
あげたいのなら、
まず、親が
自分の悪い癖を正そう。
わが子は親の鏡だ。
わが子の姿は
親の姿である。
「また稽古に遅刻したの?ダメじゃない」
一体、
どの口が言っているのか。
親のあなたに
遅刻癖があるから
子どもも遅刻するのです。
まずは、
あなたが直しなさいよ。
鏡というのは、
姿や形を見るためだけに
あるのではなく、
このように、
大切なことを
私達に教えてくれて
いるのですね。
" 鏡は先に笑わない "
人生の教訓にしたい。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
道場長 拝