2025-11-04 03:45:00

" 不完全さの美学。「侘び・寂び」の心で愛でる十三夜の月 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

霜降【そうこう】末候

 

七十二候

第五十四候 楓蔦黄(もみじつたきばむ)

11月2日~11月6日頃。

野山の楓(かえで)や蔦(つた)の葉が、赤や黄に色づく頃という意味です。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ふかんぜん さ の びがく。「わび・さび」の こころ で め で る じゅうさんや の つき 』

 

 

 

 

先日11月2日の十三夜、

多くのお弟子さんから

 

「先生、先月の十五夜に続いて、ばっちりお月見ができましたよ」と、

 

美しい月の写真が

LINEで送られてきました。

 

 

毎月、

不肖私がこのブログ同様に

 

全身全霊で書く

合氣道琴心館寺崎道場

 

会員向け会報誌

「ぼくらの合氣道」を熱心に熟読し、

 

古くから伝わる

日本の風習を大切にしてくれる姿勢に、

心から感謝しています。

 

 

 

" 風に流された一瞬の美。神戸で見た十三夜 "

 

 

 

私の住む神戸では、

十三夜当日は風が強く、

全般に曇りがちの空模様でした。

 

 

​正直なところ、

「今夜のお月見は難しいかな」と

半ば諦めていたのです。

 

 

しかし、

ある商業施設の屋上駐車場から

ふと空を見上げた、そのほんの一瞬。

 

 

​強い風に流された雲がちぎれ、

そこから顔を出した十三夜の月を、

運良く拝むことができました。

 

 

 

十五夜の満月に比べて、

十三夜の月は満月の2日前という

わずかに欠けたその月は、

 

やはりどこか儚げで、

深い味わいがありました。

 

 

「一瞬でも見られたことの喜び」。

 

 

​この体験こそ、

合氣道の稽古や人生にも通じる

 

大切な教えを

運んでくれたように感じています。

 

 

 

"  十五夜だけでは「片月見」? 二夜の月見をする理由 "

 

 

 

​古来より、

日本には十五夜(中秋の名月)だけでなく、

 

その約一ヶ月後の

十三夜(後の月)も合わせて

二度お月見をする風習があります。

 

 

 

​十五夜が中国から伝わった

風習であるのに対し、

 

十三夜は

日本独自の風習とされています。

 

 

この二つの月見を

セットで行うことを

 

「二夜の月(ふたよのつき)」とも呼びます。

 

 

 

​なぜ二度か?

これにはいくつかの意味があります。

 

 

 

 

収穫への感謝

十五夜は芋などを供える

「芋名月」として収穫前の豊作を祈り、

 

十三夜は栗や豆を供える

「栗名月」「豆名月」として

 

収穫後の感謝を捧げるという、

秋の収穫祭としての意味合いがありました。

 

 

 

縁起担ぎ

どちらか片方の

お月見しかしないことを

 

「片見月(かたみつき)」と言い、

昔から縁起が悪いと

忌み嫌われました。

 

 

両方拝んでこそ、

正式な感謝とされ、

福を招くと考えられてきたのですね。

 

 

 

 

"  完璧ではない「十三夜の美」にこそ、合氣道の教えが宿る "

 

 

 

さて、

お弟子さんから送られてきた

十三夜の月は、

 

十五夜の満月に比べて、

少しだけ欠けていました。

 

 

私が見た、

雲の切れ間からの

十三夜の月も欠けていました。

 

 

この完璧ではない形にこそ、

私は深い意味があると感じます。

 

 

 

十五夜が

「完成」された満月ならば、

十三夜は「未完成」の月。

 

 

 

しかし、

このわずかな歪み、

 

満ち切らない美しさこそが、

私たち日本人が古くから愛する

 

「侘び・寂び」の心に

通じるのではないでしょうか。

 

 

合氣道の稽古もまた、

常に「未完成」の状態です。

 

 

​技に完璧はありません。

 

今日はできたと思っても、

相手が変われば、

次の瞬間には崩れるかもしれない。

 

 

もっと言えば、

心が落ち着く深度に100%はない。

行き着くところはないのです。

 

 

 

 

私たちは、

丸い満月のような

 

完成された状態を

目標としながらも、

 

欠けた月のような

未熟な自分を受け入れ、

 

その不完全さの中で、

たゆまず精進を続けることに

価値を見出します。

 

 

 

​完璧ではないからこそ、

次がある。

 

 

 

未完成だからこそ、

明日も道場へ向かう情熱が湧く。

 

 

 

 

"「今、ここ」の満ち欠けを受け入れる "

 

 

 

十五夜と十三夜、

形は違えど、

 

どちらの月も

私たちに秋の恵みと

静かな安らぎを与えてくれます。

 

 

この二つの月見は、

「完成と未完成」の両方を愛(め)で、

 

「今、ここ」にある

自分の満ち欠けを

 

受け入れることの大切さを

教えてくれているように思います。

 

 

お弟子さんたちが送ってくれた

見事な十五夜の月、

また完璧ではない十三夜の月。

 

 

その両方の写真を見るたびに、

私自身もまた、

 

 

この「二夜の月」の教えを胸に、

 

本日からの指導に

励もうと、襟を正しています。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝