" 【千変万化】 東京の日。変わる時代と新しい風 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
小暑【しょうしょ】末候
七十二候
第三十三候 鷹乃学習【たかすなわちわざをなす】
七月十七日~二十一日ごろ。
鷹の雛が飛び方や狩りを覚えて巣立ちの準備をするころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【せんぺんばんか】とうきょう の ひ。かわる じだい と あたらしい かぜ 』
本日、7月17日は
「東京の日」だそうです。
1868年の、この日、
江戸が東京と改称されました。
長く続いた時代が
終わりを告げる。
新たな時代の訪れとともに、
街も人々も
大きく変化していきました。
東京は私にとって、
何かと深いご縁がある場所です。
年に2〜3回の東京出張や、
指導者育成の練成集中稽古。
そして、
江戸時代から続く、
由緒ある東京の坂道巡りなど。
今年も、この後、
お盆期間に約2週間にわたる
東京出張の予定が控えております。
変化の波に乗ることは、
時に勇氣を伴うものです。
時代の変化とともに
環境が変わることは、
まさに、
今の自分にも当てはまります。
9月から始まる「コベカツ」。
これは、
神戸市立中学校 部活動の
地域移行に向けた
新たな取り組みです。
学校、校区、
年代の枠を超えて、
子どもたちの多様な学びを
地域社会全体で支えていく活動です。
合氣道琴心館寺崎道場も
神戸市兵庫区
キャナルタウン合氣道教室をはじめ、
神戸市灘区
鷹匠中学校、長峰中学校、
神戸市中央区
湊翔楠中学校、
神戸市北区
鈴蘭台中学校、
神戸市西区
櫨谷中学校。
5中学校を含めた、
全6か所で活動を行います。
7月に入ってからは
ほぼ毎日、どこかの中学校へ
足を運んでおります。
活動説明会や、学校側との会議。
他団体との意見交換。
使用する体育館や
武道場への動線の確認。
そして、
教育委員会とのやり取り。
毎日の事務作業にも、
多忙な日々を送っております。
さらに、
今週末からはじまる体験入会。
環境が変わること。
新しい人間関係が始まること。
戸惑いや、不安を感じるのは
ごく自然なことのように思います。
さはさりながら、
変わることを
恐れていてはいけません。
古いものを
大切にしながらも、
新しい風を
素直に受け入れる。
その柔軟さが、
私たちの毎日に
新しい彩りを添えてくれます。
固く閉ざした扉でも、
少しだけ、
勇氣を出して開けてみる。
そこから差し込む光が、
きっと、新しい道を
照らしてくれるはずですね。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
―――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場は
単に技だけを教わる場ではありません。
私たちが大切にしているのは、
時代の変化にしなやかに適応し、
自分らしい歩みを続ける生き方を
ともに探究していくことです。
自然の理(ことわり)や、
日々の氣づきを
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかで、
豊かな暮らしを送るためのヒントが
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 「根」 よりどころ "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
小暑【しょうしょ】次候
七十二候
第三十二候 蓮始開【はすはじめてひらく】
七月十二日~十六日ごろ。
蓮の花が咲き始める頃のこと。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 「ね」よりどころ 』
私の暮らす
マンションの部屋は、
ベランダが西を向いております。
そのため、
西日がたいへんきついのです。
特に、
この夏の季節の西日は
本当に強烈でございます。
いくらカーテンを
しっかりと閉めても、
わずかなすき間から
鋭く陽が差し込んでまいります。
リビングと
繋がっているため、
この時間帯だけは、
ゆっくりとくつろぐことも
ままなりません。
また、
マンションの構造上、
朝日はまったく入ってこないのです。
以前は、
このベランダで
メダカを飼ったり、
植物を育てたりしておりました。
しかし、
あまりにも強い西日のせいで
うまく育ちませんでした。
その時は、
少し寂しい思いもいたしました。
さはさりながら、
決して悪いことばかりでは
ございませぬ。
夕暮れ時になると、
高層マンションから
見渡す夕焼けは
まさに格別、絶景なのです。
昼間の
あのギラギラと
燃え盛るような太陽が、
徐々に高度を下げていきます。
そして、
街全体を燃えるような
オレンジ色に
染め上げていくのです。
やがて、
太陽が山の向こうへ沈むと
空は、
いわゆるゴールデンアワーへと
移りゆきます。
赤から紫、
そして深い青へと、
刻一刻と空の色が溶け合い、
見事なグラデーションを描き出します。
そのあまりの美しさに
時間を忘れ、
ただ見とれてしまうことが、
多々あるのです。
何事にも、
「プラス」と「マイナス」の
両面がございます。
強烈な日差しという
「マイナス」があるからこそ、
息を呑むような
美しい夕景という「プラス」に、
出会うことができます。
どちらか一方だけ
というものは、
自然界には存在しないのでしょう。
光と影、
陽と陰、
上と下、
プラスとマイナス、
その両方を
ありのままに受け入れることで、
日々の味わいが
より深まっていくのだと、
日々の美しい
夕景を思い浮かべながら、
今朝の静けさの中で、
そのように感じております。
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合氣道琴心館寺崎道場は
ただ技だけを習得する場ではありません。
私たちが大切にしているのは
物事のプラスとマイナス、
その両面を静かに見つめ
ありのままに受け入れることです。
良い悪いと裁くのではなく
自然の理(ことわり)に身を委ね、
状況に応じて柔軟に自らの在り方を整え、
日々を探究していくことです。
そのような日々の氣づきを、
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日常の風景から得られる
些細な学びが、
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 夏の旬をいただく!自家製赤しそジュースと自然の恵み "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
小暑【しょうしょ】次候
七十二候
第三十二候 蓮始開【はすはじめてひらく】
七月十二日~十六日ごろ。
蓮の花が咲き始める頃のこと。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 なつ の しゅん を いただく!じかせい あかしそじゅーす と しぜん の めぐみ 』
この季節の旬といえば、
「赤しそジュース」ですね。
わが家でも毎年、
この時期に作ります。
しかし、
今年は赤しそも
物価高の影響を受けています。
昨年より
200円近く高騰し、
なんと
税込500円台になっていました。
もはや
夏の赤しそジュースは、
庶民の飲み物では
なくなったのでしょうか。
しかし、
わが家のかみさんは
相変わらず、
どこやかしこで
上手に買い物をしてきます。
ちょうど1週間前のことです。
かみさんが
大阪の実家に帰った際、
近くのスーパーで
なんと、
90円台の赤しそを見つけたのです!
「さすが大阪の赤しそやで!」
※産地は愛知県と記されていましたが…😆
それはそれは
ドヤ顔で、
すぐに美味しい赤しそジュースを
作ってくれました。
昨年のこの時期の
ブログでも投稿しましたが、
わが家の赤しそは
常温で保存すると、
2、3日で発酵がはじまります。
1週間もたてば、
赤しそジュースを入れている
2リットルのペットボトルは
パンパンに膨れ上がります。
まるで、
「どうだ!」と言わんばかりに、
パンパンに胸を張って
ポーズを決める
ボディビルダーのようです😆
蓋を開けると
「しゅわ〜」と、
炭酸飲料の
蓋を空けたときのようになります。
それからさらに常温、
又は冷蔵庫の野菜室で保存すると、
今度はお酒のようになります。
同じように
赤しそに砂糖やレモン、
酢、クエン酸などを加えて作っても
「発酵するご家庭 」と、
「しないご家庭」があるようです。
専門的なことは分かりませんが、
発酵するための「菌」が
その家にいるか、
いないかの違いなのでしょうか。
いずれにしても、
旬のものをいただくことは
私たちの健康に繋がります。
太陽の光と大地の栄養を
たっぷり受けた旬の食材は、
身体の底から
豊かな活力を与えてくれます。
自然の巡りの中で
育まれた命を、
美味しくいただける喜び。
そのありがたさに
深く感謝しながら、
今日も丁寧に
日々を紡いでいきたいものです。
――――――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技をなぞることではありません。
日々の生活のなかに
自然の恵みを見出し、
「心豊かな暮らし」を
ともに探究していくことです。
自然の理(ことわり)や
何氣ない日々の氣づきを、
この道場長ブログ
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より健やかな生き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 元を正さなければ末は直らず:自分の心身の責任は自分で持つ "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
小暑【しょうしょ】次候
七十二候
第三十二候 蓮始開【はすはじめてひらく】
七月十二日~十六日ごろ。
蓮の花が咲き始める頃のこと。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 もと を たださ なければ すえ は なおらず:じぶん の しんしん の せきにん は じぶん で もつ 』
先日、
ふと古い記録を
振り返っておりました。
2021年12月のこと。
指導者育成のための
練成稽古に備えて
書き留めた、
「道場長の今日の一言」を見つけました。
指導者と、
それを目指す者に向けた
叱咤激励の言葉です。
一般の方には、
少々、語句が強く
ストレートすぎるかもしれません。
その中に、
このような一節がありました。
「どこが痛い、ここが痛い。それがどうした。
いちいち口になさいますな。
心や身体の不調を嘆いてメソメソするより、
その原因を突き詰めて自分で治せ。
医者はあなたの心身を治してはくれません。
原因を突き止めて、
『絶対に自分で治してやる』と
強い意志を持て。
天地大自然から授かった
自分の心と身体です。
自分で治せなくてどうするんだ」
たいへん厳しい言葉に
聞こえるかもしれませんね。
しかし、
他者にすがらずに
人間本来の
氣の力(自然治癒力)を
向上させろという、
私から
指導者とそれを目指す弟子へ向けた、
切なる願いから出た言葉なのです。
指導者たる者、
他者に頼ってどうする。
痛みや不調は、
自分の心身からの大切なサインです。
ただ「痛い、辛い」と口にし、
誰かに治してもらおうと
人任せにするのか。
それとも、
「なぜここが痛むのだろう」と
己の心身と向き合い、
自らの生活習慣や
日々の悪い癖を「本氣で探究」するのか。
自分の心身の責任は、
最終的には
自分で持つしかありません。
天地大自然から授けられた
かけがえのない心と身体。
不調のサインを受け取り、
自らの「氣」で
本来の健やかさを取り戻していく。
「自分で治す」という
強い意志こそが、
生きていく上で
確かな土台となります。
不調をただ嘆くのではなく、
その根源を見つめる。
そんな日々の積み重ねが
健やかな明日をつくるのです。
この厳しい言葉は
元は指導者に向けたものです。
しかし、
決して指導者だけのものではありません。
一般の道場生にとっても、
そして、
合氣道をされていない
読者の皆様にとっても、
等しく通じる
大切な理(ことわり)であると
考えております。
どのような道を歩むにせよ、
自らの命の責任を自らが持つ。
それが、
健やかに生きるための
基本となるのではないでしょうか。
―――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場は
ただ技をなぞることではありません。
天地大自然から授かった
自らの命を静かに見つめ、
他に依存しすぎない自律した日々を
ともに探究していくことです。
日々の生活や
自己との対話を通じた氣づきを、
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自身の心身の声を聴き、
より豊かに生きるためのヒントが、
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合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 「蓮はじめて華さく」〜泥を糧にして颯爽と咲き誇る生き方〜 "
今朝も目覚めることができた。
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今週もよろしくお願いします。
本日は二十四節氣
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七十二候
第三十二候 蓮始開【はすはじめてひらく】
七月十二日~十六日ごろ。
蓮の花が咲き始める頃のこと。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 「はす はじめて はな さく」〜どろ を かて に して さっそう と さき ほこる いきかた〜 』
早朝の
静寂な道すがら、
ふと目にした
お寺の境内に
水面に浮かぶ
大きな蓮の葉を
見かけることがあります。
その葉の上には
まんまるい朝露が転がり、
朝日を浴びて
きらきらと輝いていました。
蓮の葉は、表面にある
目に見えないほどの
微細な凸凹によって、
見事に水を弾き、
濡れることがないのですね。
この自然の
不思議な仕組みは、
蓮の英語名である
ロータスにちなんで
「ロータス効果」と呼ばれ、
現代のナノテクノロジーにも
応用されているそうです。
蓮は濁った泥の中に
深く根を下ろして育ちます。
しかし、
暗く泥深い水底から
まっすぐに茎を伸ばし、
水面で花開くその姿には
泥の汚れなど一切見当たらず、
ただ清らかで
氣高い美しさだけがあります。
さて、
今日は7/13(月曜日)です。
週のはじめは
何かと心が
せわしなく動きがちです。
日々の慌ただしさや
周囲の騒がしさが、
時に泥のように、
私たちの心を覆い隠そうとします。
その泥のなかに
ただ埋もれてしまうのか。
あるいは、
泥の成分を自らの糧として、
たっぷりと
吸い上げながらも
自身は決して
それに埋もれることなく、
颯爽と、
美しい姿勢で咲き誇るのか。
泥という
環境のなかにありながら、
汚れに染まらず
天に向かって開く蓮の姿は
私たちに、
そう問いかけているようです。
どのような
環境におかれても、
すっと自身の
「臍下の一点」に心を静め、
あるがままを受け入れる。
そうして
内なる静寂を保つことで、
蓮の葉が水を弾くように
周囲の喧騒を
さらりと受け流すことができます。
泥に呑み込まれず、
自らの内に秘めた光を
颯爽と咲かせることができるのです。
――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場は
ただ技を習う場ではありません。
泥中から
凛と咲く蓮の花のように、
どのような環境においても
自らの本質を見失わず、
周囲の人の心に
そっと灯火を灯す生き方を
ともに探究していくことです。
自然の理や
日々の氣づきを
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
ここにある言葉の数々が
穏やかな日々を送るための
ささやかなヒントになれば幸いです。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝