2026-10-13 03:21:00

" 闇があるからこそ輝く、光のことわり "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いいたします。

 

 

本日は二十四節氣

寒露【かんろ】次候

 

七十二候

第五十候 菊花開【きくのはなひらく】

十月十三日~十七日頃ごろ。

キクの花が開くころ。

 

 ​

 

本日の道場長の 「一日一心 」

『やみ が あるからこそ かがやく、ひかり の ことわり』

​

 

 

新月で姿を隠していたお月さまが、

美しい三日月となり、

再び夜空に姿を現しました。

 

​今月中旬には

「十三夜」を控えております。

 

十三夜とは、

十五夜とともに美しいとされる月のこと。

 

 

 

すべてが満ちきった

満月の「完成の美」に対し、

これから満ちてゆく途上の

「未完成の美」を愛でる。

 

 

いかにも日本らしい

奥ゆかしい風習でございますね。

 

​

 

空氣がひんやりと

澄み渡るこれからの季節。

 

 

夜空を見上げるのが

ことのほか楽しみになりますね。

 

 

 

​さて、

本日十月十三日は、

私が主宰する

合氣道琴心館寺崎道場

長峰コベカツクラブの稽古日でございます。

 

 

「コベカツ」とは、

神戸市立中学校 部活動の完全地域移行のこと。

 

 

​本日も精一杯、

次代を担う若き学徒たちへ

合氣道の理(ことわり)を指導してまいります。

 

 

 

​

会場となります

神戸市立長峰中学校は、

 

坂の多い神戸市灘区のなかでも

一番の急坂と呼ばれる

「長峰坂」を登りきった場所にございます。

 

 

 

その校舎の最も高い場所に

武道場が位置しておりまして、

​

午後八時ごろに稽古を終え

一歩外へ出ますと、

 

足元を照らす灯りなくしては

歩けぬほどの、

深い漆黒の闇に包まれます。

 

 

 

​しかし、

その深い闇があるからこそ、

 

眼下に広がる

100万ドルの神戸の夜景が、

息を呑むほど鮮やかに浮かび上がるのです。

 

 

​月に二回、

この学び舎を訪れますが、

稽古を終えてこの景色を眺めるのが

私の密かな楽しみとなっております。

 

 

​

今宵も

煌めく地上の星々が織りなす光の海の上に、

 

あの美しい三日月が、

静かに小舟を浮かべるような情景を

拝めるでしょうか。

 

​

 

今日の夜から明日にかけて

少しお天氣が

下り坂に向かうようではございますが、

 

雲の切れ間から、

その姿を見られることを望んでおります。

 

 

 

 

​暗闇が深ければ深いほど、

光は美しく輝きを増します。

 

 

これは都会の街の景色だけでなく、

私たちの人生にも通じる、

美しい理ではないでしょうか。

 

 

 

深い困難という

「闇」を経験するからこそ、

 

その後に見出す小さな喜びや

人や物への感謝という「光」は、

 

より一層、

かけがえのない輝きを放ち

私たちの心を

照らしてくれるのではないでしょうか。

​

 

――――――――――――――――――――

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は

単に技だけを教わる場所ではありません。

 

私たちが大切にしているのは、

あらゆる経験をありのままに受け入れ

 

日々、己を磨き、

周囲の人々や周りの環境と和合する生き方を

ともに探究していくことでございます。

 

 

日常の風景に宿る美しい氣づきを

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

日々の暮らしを豊かにするヒントが

ここにあるかもしれません。

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-10-09 03:23:00

" 時代が変われど残したい「言葉の響き」がある。若者へ紡ぐ私の流儀 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

寒露【かんろ】初候

 

七十二候

第四十九候 鴻雁来【こうがんきたる】

十月八日~十二日ごろ。

雁などの冬鳥が北から渡ってくるころ。

 

 ​

 

 

​本日の道場長の一日一心『言霊の継承』

 

​

 

秋分を過ぎ、

日に日に夜明けが遅くなりました。

 

今朝も午前三時に起床して、

このブログを執筆しております。

 

 

外はまだ暗く、

今朝も変わらず、

カラスの声が夜のしじまを破りました。

 

 

 

​この「しじま」という美しい言葉。

 

 

周囲に人影はなく、

物音もいっさい聞こえない、

 

ただ微かな風の息遣いだけが

感じられるような、

深い静寂のことでございます。

 

 

真夜中の底知れぬ静けさを

「夜のしじま」と表現いたします。

 

 

 

​漢字では「無言」や

「静寂」といった字が当てられますが、

 

もともとは

「縮まる」を意味する古語「しじまる」から

生まれた言葉なのだそうです。

 

 

古来より、口をきゅっと結んで

何も言わない様子を指しておりました。

 

 

​江戸の昔には、

人々の喧騒を鎮めるために打ち鳴らす鐘を

「しじまの鐘」と

呼んでいた歴史もあるのだとか。

 

 

その「口を閉ざす」という

意味合いが転じて、

 

やがて空間全体が

ひっそりと静まり返った

状態そのものを表すようになったのですね。

 

 

​さらに、この言葉には

単なる無音状態にとどまらない、

どこか胸に迫るような

寂寥感(せきりょうかん)が漂っております。

 

 

草木が葉を落とし、

小さな命が静かに冬ごもりの支度を始める。

 

これから向かう季節にこそ、

ふさわしい響きを持った言葉ではないでしょうか。

 

 

 

 

​私は平日の毎日、

午前三時に起床いたしますと、

まずは頭に浮かんだことを

ありのままに箇条書きで綴ります。

 

 

そこから順序を整理し、

さらに文章を推敲していくのです。

 

 

​この推敲の作業には

大変な時間がかかります。

 

 

読めばわずか

一、二分で終わるような短い文章であっても、

一つの記事として投稿するまでには

それ相当の時間を費やします。

 

 

​

納得がいくまで言葉を磨き続け、

時には六時間以上も

パソコン、スマホに向かうことがございます。

 

 

​

AIを駆使する時代に

なぜ、そこまでするのか?

 

 

それは決して

妥協をしたくないからでございます。

 

 

もしかすると、

今日この執筆が

私の人生最後の執筆になるかもしれない。

 

 

だからこそ、

一字一句、一挙手一投足に

深く魂を込めるのです。

 

 

 

​

さらに

もう一つ大切な理由がございます。

 

 

 

それはこの拙いブログを

毎日読んでくださる方々の中に、

 

学び舎で己を磨き、

次代を担う

若き学徒たちが多く含まれているからです。

 

 

 

​私の学生時代もそうでしたが、

現代では昔よりもさらに

何でも短く略してしまったり、

 

意味を取り違えたまま

使われている言葉が多いように感じます。

 

 

 

​もちろん、

時代が移り変われば

その流れの中で

自然と消えゆくものが

あることも事実でございます。

 

 

その時代に応じた

水のように柔軟な心を持つことは

 

私たちが生きていく上で

常に求められる姿勢でございましょう。

 

 

​さはさりながら、

すべてを時代の波に流してしまって

よいわけではございませぬ。

 

 

​奥深い大和言葉や、

美しい日本語の響き。

 

 

古来より先人たちが

大切に守り伝えてきた日本独自の習慣。

 

そして、

他者を思いやる美しい所作の数々。

 

 

​これらを途絶えさせることなく、

次代の若者たちへ伝え続けていくこと。

 

 

それこそが、

僭越ながら、不肖私の

なすべき大切な責務だと感じております。

 

 

​

 

たとえば、

今用いました「さはさりながら」。

 

これは「それはそうだけれども」

ということを

このように奥ゆかしく

表現する言葉でございますね。

 

 

また、

​単に「はかない夢」と言うよりも

「泡沫(うたかた)の夢」

としたほうが、

 

はかなく

消えゆくものと知りつつも、

そこに託した一縷(いちる)の望みが、

より美しく表現できます。

 

 

​また、

「氣持ちを引き締めなさい」よりも、

 

「居住まいを正す」としたほうが

まずは外なる姿勢を静かに整えることで、

内なる心も自然と鎮まり

スッと背筋が伸びていく。

 

心と身体が深く繋がっているという

美しい理が静かに宿る言葉ですね。

 

 

​

 

こうした素晴らしい言葉たちが

死語となってしまわぬよう、

 

次世代へしっかりと継承していくことも

私たち大人の大切な役割ではないでしょうか。

 

 

​

 

そのため、

毎日の文章がくどくならないよう

注意を払いながら、

こうした表現を

あえて用いるようにしております。

 

 

 

​そして、

よみがなや意味を

あえて書かないことも多々ございます。

 

 

 

それは決して

不親切からではございません。

 

 

 

​

このブログを読む若者たちに

自らの手でその意味を調べ、

言葉の奥深さに

触れてほしいからです。

 

 

 

 

美しい日本独特の

言い回しや大和言葉を

自然と使える人になってほしい。

 

 

そんな祈りを込めて

今朝も「しじま」の中で

キーボードを叩いております。

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

心穏やかな三連休を。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は

身体だけを動かす場ではありません。

 

私たちが大切にしているのは

美しい言葉や所作を通じて

より豊かな心を育むことです。

 

世のため人のため、

先人たちが残してくれた素晴らしい文化を

次代へ繋ぐ生き方を

ともに探究していくことでございます。

 

 

美しい言葉の響きの数々を

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-10-08 03:18:00

" 東京十社参りの結願。夏の王子神社に吹く涼風と「髪の祖神」への感謝 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

寒露【かんろ】初候

 

七十二候

第四十九候 鴻雁来【こうがんきたる】

十月八日~十二日ごろ。

雁などの冬鳥が北から渡ってくるころ。

 

 ​

 

 

本日の “ 道場長の一日一心 ”

『 身は天地の借り物、ただ感謝の内に 』

 

 

 

東京出張の折には、

「江戸の坂道巡り同好会」の活動として、

 

稽古の合間に

江戸時代から続く由緒ある坂道を

歩くのが常でございますが、

 

​実は数年前から、

もう一つ続けてきたことがございます。

 

 

それが「東京十社参り」でございます。

 

 

 

東京十社とは、

もとは明治天皇が東京の安寧を祈願して

定められた格式高いお社のこと。

 

その後、

昭和天皇の御即位五十年を奉祝し、

 

改めて巡拝の形として整えられたのが、

現在の「東京十社参り」なのだそうです。

 

 

根津神社、芝大神宮、神田明神、日枝神社、

亀戸天神社、白山神社、品川神社、

富岡八幡宮、王子神社、赤坂氷川神社。

 

 

​

一回の東京出張の

集中稽古の合間に一社程度のペースで、

 

数年をかけて、

参拝を重ねてまいりました。

 

 

​

残すところ

「王子神社」と「亀戸天神社」の二社となり、

 

そして今年の夏、

とうとう結願の時を迎える出張となりました。

 

 

​

今年の東京の夏は

わたしの住む神戸より数段涼しく、

滞在中に30度を超えることは稀でした。

 

 

​とはいえ、

夏真っ盛りの都心のアスファルト。

 

 

歩き回れば、

それなりに暑さを感じます。

 

しかし、

空調服の風のおかげで

随分と快適に歩くことができたのです。

 

 

 

​今回、滞在先に

アパホテル駒込駅前を選びましたのも、

結願の地である「王子神社」へ

向かうためでございました。

 

​

 

御朱印帳を持参し、

ホテルを出て

東京メトロ南北線に乗り込みます。

 

駒込駅からわずか二駅。

 

涼しい車内でほっと一息つく間に、

王子駅でございます。

 

 

​

地上に出ますと、

すぐそばには緑豊かな

音無親水公園(おとなししんすいこうえん)の

せせらぎが広がっております。

 

「日本の都市公園100選」にも

選ばれている美しい場所で、

その清らかな水音が

夏の熱氣を優しく和らげてくれました。

 

 

 

そこから木陰の続く

緩やかな坂道を少し歩き、

 

王子神社の鳥居をくぐりますと、

街の喧騒から切り離されたように

清らかな涼風が吹き抜けておりました。

 

 

​本殿に手を合わせ

御朱印をいただいた後、

 

境内を歩いておりますと、

大変珍しいお社に出会いました。

 

 

「髪の祖神(かみのそしん)」を

お祀りしているお社でございます。

 

 

​

全国的にも極めて珍しく、

髪の毛を扱う

理容や美容に関わる方々の信仰を

広く集めているそうです。

 

 

​髪の毛一本一本に至るまで、

私たちの身体は

天地大自然からの

大切な借り物であることに、

改めて深く感謝することができました。

 

 

 

​また、

この王子神社にほど近い場所には、

江戸の面影を残す

「権現坂(ごんげんざか)」がございます。

 

王子神社参拝とともに

こちらの坂道も歩いてまいりました。

​

以前このブログで記しました

権現坂のエントリーは コチラ から。

 

​

 

真夏の東京の街から

音無親水公園、王子神社、そして権現坂へ。

 

神社の静謐な空氣と

正しいリラックスによって

静かに心身を静めていく。

 

動と静のバランスを整える

大変豊かな時間でございました。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

合氣道琴心館寺崎道場は

単に武の形をなぞり、

己の技を磨くためだけの

道場ではございません。

 

わたしたちが大切にしているのは、

世のため人のため

社会の礎となる揺るぎない人材を育て、

 

地域社会に貢献しうる真の生き方を

ともに探究していくことです。

 

 

日常に寄り添うささやかな学びを

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兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-10-07 03:17:00

" 夢なき者に成功なし。吉田松陰の教えと、次世代へ繋ぐ「氣の和」"

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

秋分【しゅうぶん】末候

 

七十二候

第四十八候 水始涸【みずはじめてかる】

十月三日~七日ごろ。

田んぼの水を抜き秋の実りを迎える準備を始めるころ。

 

 ​

 

 

本日の “ 道場長の一日一心 ”

『 ゆめ なき もの に せいこう なし。よしだしょういん の おしえ と、じせだい へ つなぐ「き の わ」 』

 

 

 

このブログを読んでくださる

皆さまの心にはいま、

大切に温め育んでいる

「夢」がございますでしょうか。

 

 

​​

幕末の志士、吉田松陰は

このような言葉を残しております。

 

 

​

「夢なき者に理想なし、

理想なき者に計画なし、

計画なき者に実行なし、

実行なき者に成功なし。

故に夢なき者に成功なし」

​

 

 

すべての物事は、

遥かなる未来を思い描き、

心に「志(こころざし)」を立てること。

 

 

すなわち「夢」から

始まるのだという教えですね。

 

​

 

もとより、

私自身の胸の奥にも

力強く脈打ち続けている「夢」がございます。

 

 

 

​それは、

まずは己自身が

世のため人のために生きること。

 

その上で、

社会のお役に立つ人材を育むことでございます。

 

 

 

​そして、

その夢の先にある「理想」の姿として、

 

合氣道琴心館寺崎道場の

理念を正しく継承し、

将来、道場を主宰する

立派な師範を育て上げたいという、

 

生涯をかけた

揺るぎない「志」がございます。

 

 

 

​そのための「計画」の一つとして、

現在、当道場が参画しているのが

「コベカツクラブ」でございます。

 

 

​

ご存知の方もいらっしゃるかと存じますが、

「コベカツ」とは、

神戸市が全国に先駆けて進めている、

神戸市立中学校の

「部活動完全地域移行」という取り組みです。

 

 

 

私はこの志に心を寄せ、

日々、指導にあたっております。

 

 

​

ありがたいことに、

開始から1ヶ月で

はや40名もの方々が参加してくださっており、

 

ここに100名以上の方に

ご参加いただくことも、

決して遠い話ではございません。

 

 

 

​吉田松陰の言葉に当てはめるならば、

 

​世のため人のために生き、

社会のお役に立つ人材を育むという

「夢」があり。

 

 

その夢を体現する、

立派な師範を育て上げるという

「理想」を描く。

 

 

そのための「計画」の一つとして、

コベカツに100名以上を集い、

 

核となる、

お弟子さんを見出していくこと。

 

 

 

 

そして日々の「実行」が、

すべてのお弟子さんの

お一人お一人と、

淡々と丹念に向き合うことでございます。

 

 

​

 

どんなに大きな夢も

地に足をつけ、

日々のささやかな

「実行」へと落とし込んでいく。

 

 

 

 

この先もブレることなく、

​焦ることなく、

 

目の前のお一人お一人とのご縁を

ただ淡々と、

美しく紡いでまいります。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は、

ただ技の完成のみを

目的とする道場ではございません。

 

世のため人のため、

社会の礎となる人材を育て、

地域社会に貢献する

豊かな人生をともに探究していくことです。

 

 

日々の生活に活きる氣づきを

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合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-10-06 03:14:00

" 色づく景色と「もののあはれ」"

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

秋分【しゅうぶん】末候

 

七十二候

第四十八候 水始涸【みずはじめてかる】

十月三日~七日ごろ。

田んぼの水を抜き秋の実りを迎える準備を始めるころ。

 

 ​

 

本日の “ 道場長の一日一心 ”

『 いろづく けしき と「もののあはれ」 』

 

 

 

​暦の上では、

「秋分」も明日までとなりました。

 

 

夏の間、

あれほど青々と茂っていた草木から

少しずつ潤いが抜け、

景色全体が秋の装いへと

移り変わっていくころですね。

 

 

​見慣れた街の木々なども

静かに色づき始め、

どこか寂しげで奥ゆかしい

風情を漂わせています。

 

 

 

古(いにしえ)の人々は、

この静かで閑寂な晩秋の風景にこそ、

もっとも奥深い

「もののあはれ」を感じてまいりました。

 

 

​

秋は命が次の命へと

繋がっていく季節です。

 

 

賑やかに鳴いていた虫たちも

静かに土へ還り、

草花もまた種を残してそっと枯れてゆく。

 

 

 

一見すると、

寂しい景色の中にこそ、

確かな命の連鎖という

尊い美しさが隠れているように思います。

 

 

​

秋雨前線が通り過ぎれば、

いよいよ

自然界は静かに乾きを深め、

趣深い枯れ色へと向かっていくことでしょう。

 

 

枯れてゆく過程は、

決して命の終わりではございません。

 

 

 

内に秘めた本質を

より深めていくための、

静かで美しい変化でもあります。

 

 

 

​身近な秋の味覚の中にも

まさにそうやって、

水分を手放すことで

かえって奥深い

魅力を増すものがございます。

 

 

 

​実のところ私は、

生の柿は相当苦手でございます。

 

しかし、

「干し柿」となりますと話は別でして、

こればかりは

不思議と大好きなのです。

 

 

​秋の冷たい風に吹かれ

ゆっくりと水分が抜けていくことで、

驚くほどねっとりと甘く

深い味わいへと変化する。

 

 

まさに、

天地大自然がもたらす魔法ですね。

 

 

 

​

私たちの人生も

これと同じかもしれません。

 

 

 

心身の余分な力みや

不要な執着をすーっと手放していくことで、

 

​内側にぎゅっと凝縮された、

その人だけの深い味わいが

出てくるような氣がいたします。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場の学びは、

決して目に見える技ばかりではございません。

 

私たちが大切にしていることは、

稽古において不要なものを少しづつ手放し、

自身の内なる豊かさを深めていく生き方を

共に探究していくことです。

 

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執着を手放し、

心を豊かにするヒントが

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