2026-02-06 03:33:00

" 感性は「鬱屈」の中にこそ宿る。弟子に伝えた感性の磨き方 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)初候

 

七十二候

第一候 東風解凍(はるかぜこおりをとく)

2月4日~8日ごろ。

東から暖かい春風が吹いてきて、

厚い氷をゆっくり解かし始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​かんせい は「うっくつ」の なか に こそ やどる。でし に つたえた かんせい の みがき かた 』

 

 

 

 

 

不肖私が抱く

合氣道哲学の根底にあるもの。

 

 

 

それは、

 

「合氣道とは、闘争技術ではなく、

人間としての『感性』

磨き上げるための道である」

 

という確信です。

 

 

 

私が心から敬愛し、

仰ぎ見る大先輩は

深淵な感性をその身に宿しておられます。

 

 

その大先輩にとって合氣道とは、

道場の中だけで完結するものではなく、

 

人生そのものの在り方として

昇華されているのです。

 

 

 

​一方で、

技の形状――いかにして投げるか、

 

いかにして関節を極めるか―

のみに固執する人はどうでしょうか。

 

 

彼らの眼には往々にして

「相手を倒してこそ」という、

 

勝敗や優劣に囚われた

刹那的な景色しか

映っていないように見受けられます。

 

 

 

 

先月、東京へ出張した際のことです。

 

 

 

 

ある日の稽古の終わりに、

私はその日道場に集まった

 

お弟子さん方に

向けてこう話しました。

 

 

​「合氣道というものは、感性を磨くことで上達するものです」

 

 

​その日の稽古が終わり、

皆が着替えを済ませて

帰り支度をしている時のことです。

 

 

一年ほど前に入門した

ある熱心な二十代の

女性のお弟子さんが、

私の元へ歩み寄ってきました。

 

 

 

彼女は真剣な眼差しで、

こう質問を投げかけてきたのです。

 

 

「先生、どうしたら

その感性を磨く稽古ができますか?

普段の生活で

何をすれば良いのか教えてください」 ​

 

 

 

なんて素直な

お弟子さんでしょうか。

 

 

 

経験上、

こういう「素直さ」

持っている人は、必ず伸びます。

 

 

 

学びを吸収する

心のスポンジが柔らかいからです。

 

 

 

そこで私は、

実際に私が長年実践していること、

 

そして私が大切にしている

「生き方」そのものを、

彼女に包み隠さず教えました。

 

 

 

「感性」とは何か ​。

 

 

 

そもそも感性とは、

印象を受け入れる能力であり、感受性。

 

また、感覚に伴う

感情・衝動や欲望のことです。 ​

 

 

 

 

合氣道の組技の稽古は

相手がいます。

 

 

その相手の表情や

立ち居振る舞い、

 

また相手に手を持たせたとき、

持ったときに

 

ほんの微細なことを

感じ取れるか。

 

 

 

 

私ごときが

僭越ではございますが、

 

それを感じ取れて

初めて相手の氣を

導くことができると私は思っています。

 

 

では、その感性を磨く稽古は

道場だけでするものでしょうか?

 

 

 

もちろん道場においても

少しづつ深めて行くことができますが、

 

やはり道場以外の

日常において

 

どれだけその稽古をするか

ではないでしょうか。

 

 

 

" 私流・日常を「稽古場」にする方法 "

 

 

私が実践している

具体的な「日常の稽古」は、

 

想像力を働かせ、

勝手にストーリーを作ることです。 ​

 

 

 

たとえば、

東京出張の際の新幹線の車内。

 

隣近所の人を見て想像します。

 

「この人は今からどこへ何をしに行くのか」と。

 

 

 

車窓から見える

風景も稽古相手です。

 

 

信号待ちをしている

車の運転手、

 

スーパーに出入りする

自転車や歩行者を見て、

 

「ああ、この人たちは何を買うのだろうか?今晩の食材か?」

 

「育ち盛りの子どもに明日持たすお弁当の食材を買ってきたのか?」

 

 

「自転車でこれからどこに行くのか?」

 

「仕事へ行くのか?帰宅するのかなあ?」

 

 

 

 

そうやって自分なりに

勝手にストーリーを作ってみるのです。 ​

 

 

 

 

また、

文化に触れることも大切です。

 

 

 

色んな分野の

色んな著者の本をたくさん読む。

 

色んな分野の

アーティストの音楽を聴く。

 

好む好まざるに関わらず、

あらゆるジャンルの映画を観る。

 

落語を聴きに寄席に行く。

 

 

 

そして、

ただ見るだけではありません。

 

 

氣に入ったドラマや

映画の俳優の台詞や言い回し、

表現の仕方を

 

誰かと会話する時に

実際に使ってみるのです。

 

 

氣に入った映画等で

実際に使われた場所に

行ってみることもあります。

 

 

俗に言う

「聖地巡礼」とは少し違います。

 

 

その場所で

今度は自分が映画監督に

なったつもりで

 

自分のオリジナルストーリーを作って、

そのワンシーンを

思い浮かべるのです。

 

人の真似ではダメ。

 

あくまで

完全オリジナルストーリーです。 ​

 

 

 

 

ほんの一部ですが、

こんなことも実践しています。

 

私は子どもの頃から

「怪談」が大好きでした。

 

人一倍怖がりのくせに

怖い話は聴きたくなるのです。

 

 

ただ大人になるにつれ

「怪談=怖いだけの話」だと思い、

 

怪談なんて子どもじみた

ものだと思って

見聞きもしなくなっていました。 ​

 

 

 

それが数年前に

" 宇津呂鹿太郎 " 

(うつろ しかたろう)さんという

 

怪談作家のツイートが

X(旧Twitter)で

タイムラインから流れてきました。

 

 

その投稿にはこうありました。

 

 

 

「怪談はただの怖い話ではなく、それは日本の文化だ」

 

 

 

なるほど!

素直な(笑い)私は早速、

宇津呂鹿太郎さんをフォローし、

 

何冊か著書も拝読し

数回怪談のイベントにも足を運びました。

 

 

怪談というのは

感性を磨くのに適しているのです。

 

 

話を聞くだけの

想像であるからです。

 

 

見えないものを観る力、

氣配を感じる力。

 

 

これは合氣道に通じます。

 

 

 

この「あっ、そうか!」と

素直にすぐに

行動することが大事なのです。

 

 

 

 

そしてもう一つ。

 

 

 

それは、

現在ご覧いただいている

 

このブログ

「ぼくらの合氣道」の執筆です。

 

 

 

下書き保存も含めれば、

その数は800件(令和8年2月現在)を

超えました。

 

 

 

たとえ睡眠時間が

1時間しか取れない

過酷な状況であっても、

 

私は平日の毎日、

午前3時に身を起こし、

スマホに向かいます。

 

 

漆黒の静寂の中で、

己の感覚を言葉として刻み込む。

 

 

 

この孤独な

作業の積み重ねは、

 

道場の畳の上だけでは

決して到達し得ない

 

精神の領域を

私に教えてくれています。 ​

 

 

 

 

また、

私は常日頃、

 

物事を深く

突き詰めて考える性分(しょうぶん)です。

 

 

 

それゆえ、

独りになった時、

 

ふと得体の知れない

「鬱屈 (うっくつ)」

 

苛まれる (さいなまれる)

ことがあります。

 

 

 

誤解しないで

いただきたいのは、

 

これは氣が枯渇 (こかつ) している

わけではありません。

 

 

 

氣は満ち満ちている

にも関わらず、

 

心に重い霧が

かかったように

物憂げ (ものうげ) になるのです。 ​

 

 

 

 

私は

今も未熟者ではありますが、

 

さらに未熟であった

若き日の私は、

 

そのような自身の弱さを

情けないと恥じていました。

 

 

 

不肖私、

道場や人前では

決してそのような影は見せません。

 

 

 

鬱屈が訪れるのは、

決まって孤独な刻(とき)です。 ​

 

 

 

しかし、

今になって

ようやく氣づいたのです。

 

 

 

 

光が強ければ

影もまた濃くなるように、

 

そうした

物憂げな心のひだに

触れる時間こそが、

 

「感性」を研ぎ澄ます

砥石になるのではないか、と。

 

 

 

孤独を知り、

己の弱さと対峙するからこそ、

 

他者の痛みを

我がことのように感じ取り、

 

相手の立場を

真に尊ぶことが

できるのではないでしょうか。 ​

 

 

 

 

私は、

傲慢 (ごうまん) で

独りよがりな、

 

わがままで

あつかましい人間にだけは

なりたくない。

 

 

人様の厚意に甘え、

あぐらをかくような人間にだけは、

死んでもなりたくない。

 

 

 

 

あの一人の

時間の鬱屈や物憂げは、

 

私がそうならないための、

神様が与えてくれた

 

「戒め」であり

「人生の稽古」なのです。

 

 

 

 

そうであるならば、

清濁 (せいだく) あわせ飲み、

 

私はただやるべきことを

淡々と遂行するのみです。

 

 

 

 

 

その日、

稽古の後に質問をしてきた

お弟子さんを含め、

 

6名のお弟子さん方が

帰らずに道場に残ってくれました。

 

 

 

私たちは、

差し入れにいただいた

熱々の「たい焼き」を頬張りながら、

 

車座 (くるまざ) になって

語り合いました。

 

 

 

甘い餡の香りが漂う、

道場での

 

とても貴重で

温かな時間でした。

 

 

 

 

 

​このブログは

不特定多数の方に向けて

発信しているため、

 

私の実体験

すべてを詳らか (つまびらか) に

ここに記すことはできません。

 

 

しかし、あの日道場で、

私は自身の泥臭い実体験や、

 

心の葛藤も

ありのままに吐露 (とろ) しました。

 

 

 

ここに残ってくれた

お弟子さん達には、

 

合氣道の技を超えた、

 

私の「生き様」そのものを

伝授するのが

 

師としての

責務だと感じたからです。

 

 

 

 

​私がその時に

話せるすべてを語り終えた時、

 

ふと見ると、

最初に質問をしてきた

 

あの女性のお弟子さんが、

ハラハラと涙を流していました。

 

私の拙い (つたない) 言葉の

何かが、

 

彼女の琴線 (きんせん) に

触れたのでしょう。

 

 

 

 

その清らかな

涙の姿は、

 

今も私の網膜に

焼き付いています。

 

 

​この日本女子は

もう既に、

素晴らしい「感性」の持ち主です。

 

 

 

その感受性をさらに磨き上げ、

やがては良き指導者として

 

後進を導く

光となっていただきたい。 ​

 

 

 

 

感性を磨く道に、

唯一絶対の正解はありません。

 

 

 

「私のやり方を真似しろ」などと

強制するつもりも夢ございませぬ。

 

 

 

 

あくまで

不肖私の実践経験を

一つの道標として、

 

「なるほど、そういう磨き方もあるんだな」と

捉えていただければ幸いです。 ​

 

 

 

そして、

ご自身なりの

「感性の磨き方」を発見し、

 

それを弛(たゆ)まず

実践していっていただきたい。

 

 

 

その日々の

積み重ねの先にこそ、

 

合氣道、いや

「生きるとはこういうことなんや」

 

という人生の真髄に

触れる瞬間が訪れることを、

 

僭越なから

私は切に願ってやみません。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-05 03:52:00

" 【古を歩く】 千年の祈りを包む、現代の社。 神明坂 編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)初候

 

七十二候

第一候 東風解凍(はるかぜこおりをとく)

2月4日~8日ごろ。

東から暖かい春風が吹いてきて、

厚い氷をゆっくり解かし始めるころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​【いにしえ を ある く】 せんねん の いのり を つつむ、げんだい の やしろ。 しんめいざか へん 』

 

 

名は体を表し、

歴史は坂に宿る。

 

その声を聴くのも

稽古のひとつ。

 

 

静けさの中にこそ

本当の強さは宿る。

 

​中心となる臍下の一点に

心を鎮めて。

 

 

 

 

お正月の東京出張、

江戸の面影を追う坂道巡り。

 

 

 

​麻布台ヒルズの摩天楼を見上げ、

「鼠坂」で身を屈めるような

古の氣配を感じ、

 

「植木坂」を経て、

 

「日向坂」

オーストラリア大使館からの

開放的な陽の氣を浴びました。

 

 

 

その陽だまりの余韻を感じながら、

私たちは次なる場所、

 

 

 

「神明坂(しんめいざか)」へと

歩みを進めました。

 

 

港区三田一丁目。

 

 

日向坂を登り切った先、

オーストラリア大使館と

 

三井倶楽部の間の交差点を、

北へと下る坂道。

 

 

 

この坂の名は、

坂の途中にある神社、

「元神明宮(もとしんめいぐう)」

(天祖神社)に由来するといわれています。

 

 

坂を下り、

そしてまた上るような地形。

 

 

その中腹に、

不思議な空間が現れました。

 

 

一見すると、

現代的なコンクリートの建築物。

 

 

 

しかし、

そこから漂う空氣は

紛れもなく「神域」のそれです。

 

 

「元神明宮」。

 

 

 

その歴史は古く、

創建は平安時代、寛弘二年(1005年)。

 

 

一千年以上の

時を刻む古社であり、

 

かつては

武将・渡辺綱(わたなべのつな)も

祈りを捧げた場所とされています。

 

 

「神明(しんめい)」とは、

天照大御神(あまてらすおおみかみ)のこと。

 

 

 

なぜ、ただの「神明宮」ではなく

「元(もと)」が付くのか。

 

 

 

そこには、

この坂の名の重みとなる

歴史のドラマがありました。

 

 

 

江戸に入府した

徳川家の命により、

 

神宝・御神体が

飯倉神明(現在の芝大神宮)に移される際、

 

古くから

この地を守ってきた

 

氏子、崇敬者たちは、

これに応じませんでした。

 

御神体を隠し奉り、

昼夜を徹して警護し続け、

 

この地が

信仰の「元(オリジン)」であるとして

守り抜きました。

 

 

その強い熱意は、

現代的な社殿となった今も

変わらずここに在ります。

 

 

 

コンクリートの

モダンな外観の中に、

 

大切に包み込まれた

伝統的な木造の本殿。

 

 

 

それはまるで、

時代の変化の中でも

 

決して失ってはいけない

「中心」を

静かに抱いているかのようです。

 

 

 

合氣道で大切にしているのは、

相手と力で争うことではありません。

 

無理に力を込めて

踏ん張ることでもありません。

 

 

大切なのは、

自らの根底にあるもの (中心) を

守り崩さぬこと。

 

 

 

臍下の一点(せいかのいってん)に

心を静める。

 

ただそれだけで、

心身は統一され、

 

何事にも動じない

「不動心」が生まれます。

 

 

 

元神明宮の氏子たちが、

権力に対して

 

力で対抗したのではなく、

「守るべきもの」に

心を寄せ続けたように。

 

 

 

私たちもまた、

外からの力に反応して

身体を固めるのではなく、

 

自分の中心にある一点に

静かに心を置くことが大切です。

 

 

 

この「神明坂」の、

新しさと古さが同居する

景色の中を歩くとき、

私たちの足裏は何を感じているか?

 

 

アスファルトの下に眠る

千年前の土の記憶。

 

 

そして、

一点を守り抜いた人々の

揺るぎない強さ。

 

 

 

 

近代的な

ビルの谷間にあっても、

 

ここには

清冽 (せいれつ) な

氣が流れています。

 

 

 

外側が

いかに変わろうとも、

 

臍下の一点さえ

静まっていれば、

 

私たちは

どんな時代でも

調和していける。

 

 

 

元神明宮の佇まいから、

そんな「生き方」の極意を

 

改めて

教わったような氣がします。

 

 

 

麻布台ヒルズから始まり、

鼠坂、植木坂、日向坂、

そして「神明坂」へ。

 

 

東京という大都会の

レイヤー(層)の深さを味わった、

 

新年の素晴らしい

稽古となりました。

 

 

 

古を歩くことは、

己の「元」を確かめること。

 

 

皆さんも、

東京の坂道で

 

静かなる歴史の声に

耳を澄ませてみませんか?

 

 

 

 

 

【追記】

" 神様からの予期せぬギフト "

 

 

元神明宮で参拝を終え、

清々しい氣持ちで御朱印を拝受しました。

 

ふと、

「おみくじを引いてみようか」

という流れに。

 

今回、

忙しい合間を縫って

案内してくれた弟子と二人、

心を静めて箱に手を伸ばします。

 

手渡された紙を

そっと開くと……

 

なんと、

二人揃って「大吉」。

 

示し合わせたわけでもないのに、

同じ場所で、

同じ運氣を引き寄せる。

 

これもまた、

互いの氣が響き合い、

波長が合っている証拠なのでしょう。

 

「迷わず、その道を行け」

 

神様から、

そんな力強いエールをいただいたようで、

 

思わず顔を見合わせて

喜びの笑みがこぼれました。

 

ありがとうございます。

 

 

幸先の良い、

一年の始まりです。

 

 

 

 

さて、

次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-04 03:08:00

" 「立春」 春風が氷を解かすように、心身を整えましょう "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)初候

 

七十二候

第一候 東風解凍(はるかぜこおりをとく)

2月4日~8日ごろ。

東から暖かい春風が吹いてきて、厚い氷をゆっくり解かし始めるころ。

 

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

​『 ​​​「りっしゅん」 はるかぜ が こおり を とか す よう に、しんしん を ととの え ましょう 』

 

 

 

 

 

" 自然のリズムで整える、心と身体 "

 

 

 

寒い日が続いています。

 

連日の寒さで

縮こまっていませんか?

 

 

 

身体だけでなく、

心も萎縮していませんか? ​

 

 

 

 

さて、

今日から「立春(りっしゅん)」です。

 

 

 

 

暦の上では、

今日から春が始まります。 ​

 

 

 

 

「二十四節氣」と「七十二候」って?

 

 

 

 

現代では当たり前のように

365日使っているカレンダーですが、

 

昔の日本人は、

太陽の動きや自然の変化を

もっと細かく見て暮らしていました。

 

 

 

二十四節氣(にじゅうしせっき):

1年を春夏秋冬、

4つの季節をさらに6つに分けて、

計24に分けた季節の呼び名。

 

そのスタート地点が、

今日の「立春」です。

 

 

七十二候(しちじゅうにこう):

それをさらに細かく、

約5日ごとに区切って、

 

その時期の

「自然の風景や動植物の様子」を

言葉にしたもの。 ​

 

 

 

 

立春の最初の風景(初候)は、

「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」

です。

 

 

「東から暖かい春風が吹いてきて、

厚い氷をゆっくり解かし始める」という意味です。 ​

 

 

美しい言葉ですね。

 

 

 

​​この「東風解凍」という言葉、

実は私たちの日常生活にも

当てはまります。

 

 

 

​冬の間、

寒くて肩をすくめたり、

 

忙しさで歯を食いしばったり

していませんでしたか?

 

 

 

 

私たちの身体や心も、

冬の間に

 

知らず知らずのうちに

「氷」のようにカチコチに

固まっているかもしれません。

 

 

 

​ガチガチの氷を

ハンマーで叩き割るのではなく、

 

温かい風を送って、

自然に水に戻してあげる。

 

 

そんなイメージを

大切にしましょう。 ​

 

 

 

 

今日からできる、

春の「自分ほどき」を2つ紹介します。 ​

 

 

 

"「吐く息」を少し長くする "

まずは溜まったものを出すことから。

 

冬の間の古い空氣を

すべて出し切るつもりで、

 

「はぁ~」と

長く息を吐いてみてください。

 

 

吐ききれば、

自然と新しい春の空氣が入ってきます。

 

 

 

"​「ま、いいか」とつぶやく "

完璧を目指して張り詰めていた心に、

春風を送りましょう。

 

失敗してもやり直せばいい。

 

 

立春は「始まり」の時ですから、

何度でもやり直すことができます。

 

 

 

 

" 春は「張る」 ​"

 

「春」の語源の一つに、

草木の芽が

「張る(ふくらむ)」という

説があるそうです。

 

 

 

私たちの内側にある

「やる氣」「元氣」も、

これからふくらんでいく時期です。

 

 

 

合氣道は、

運動神経や腕力は関係ありません。

 

 

道場は自然な自分に

戻るための場所です。 ​

 

 

 

心身ともに

リラックスして、春を迎えましょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-03 03:22:00

" ​【古を歩く】 誤読さえも愛された、陽だまりの坂道。 日向坂 編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

大寒(だいかん)末候

 

七十二候

第七十二候 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)

1月30~2月3日ごろ。

鶏が卵を産み始めるころ。

七十二候の最後、

つまり一年を締めくくる最後の候にあたります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

​『 ​​​【いにしえ を ある く】ごどく さえ も あい さ れ た、ひだまり の さか みち。ひゅうがざか  へん 』

 

 

 

お正月の東京出張、

江戸時代から続く由緒ある坂道巡り。

 

 

​前回歩いた

「植木坂」の静寂を背に、

私たちは次なる坂へと足を向けました。

 

 

 

​麻布十番の賑わいを抜け、

二の橋の交差点から

三田方面へと向かう道すがら。

 

 

 

​ふと、

柔らかな陽射しが

 

降り注ぐような、

そんな名前の坂が現れます。

 

 

 

「日向坂(ひゅうがざか)」。

 

 

 

​港区三田一丁目と二丁目の

境界にあるこの坂道。

 

 

その名の由来は、

江戸時代前期にさかのぼります。

 

 

 

​坂の南側に、

徳山藩毛利日向守(もうりひゅうがのかみ)の

 

お屋敷があったことから、

そう呼ばれるようになったとされています。

 

 

 

しかし、

この坂にはもう一つ、

不思議な「縁」があります。

 

 

 

 

​江戸の昔から、

「ひゅうがざか」ではなく

 

誤って「ひなたざか」とも

呼ばれていたというのです。

 

 

 

現代では、

あの人気アイドルグループの

名前の由来としても知られ、

 

「ひなたざか」の響きは

多くの人に愛されています。

 

 

 

 

​本来の名と、

愛称のような誤読。

 

 

 

​そのどちらもが

数百年の時を超えて

 

共存していることに、

日本人の「おおらかさ」を

感じずにはいられませんね。

 

 

 

 

 

​坂の中腹あたりまで来たときでしょうか。

 

 

 

ふと、視界が開けるような

明るい氣配を感じました。

 

 

​オーストラリア大使館です。

 

 

 

​港区界隈を歩けば

多くの大使館とすれ違いますが、

 

場所によっては

厳重で人を寄せ付けないような

 

張り詰めた空氣を

纏(まと)っていることもあります。

 

 

 

 

​しかし、

この場所は違いました。

 

 

 

 

​とりわけ明るく、

開放的な感じがするのです。

 

 

 

 

​建物から放たれる

おおらかで、ウェルカムな氣、波動。

 

 

 

これは、

広大な大地と海に囲まれた

 

オーストラリアという

お国柄、土地柄ゆえなのでしょうか。

 

 

 

 

 

​「日向(ひなた)」という

坂の名前とも相まって、

 

まるで太陽の光を

身体いっぱいに呼吸しているような。

 

 

そんな心地よい感覚を覚えました。

 

 

 

 

" 坂道で磨く、合氣道の感性 "

 

 

 

 

合氣道は

「感性」が大切です。

 

 

技の形(かた)を

なぞるだけでは見えないものが、

心の目を開くことで見えてくる。

 

 

 

古(いにしえ)を歩くことも

また同じ。

 

 

 

 

​ただの

アスファルトで舗装されたの坂道を、

「単なる移動経路」と捉えるか。

 

 

 

それとも、

かつてここを

 

武士が、町人が、

どのような想いで行き交ったのか。

 

 

 

そして今、この土地が

どんな「氣」を放っているのか。

 

 

 

​それを肌で感じようとするか。

 

 

 

 

 

​日向坂の

緩やかな勾配を登りながら、

足裏から伝わる土地の記憶と、

 

 

オーストラリア大使館から感じる

開放的なエネルギーに

意識を向けます。

 

 

 

かつての大名屋敷の威厳と、

現代の国際的な明るさが織りなす

独特の調和。

 

 

 

 

 

​その中で、

臍下の一点(せいかのいってん)を保ち、

周囲の景色と一体になって歩く。

 

 

 

 

 

​すると、

この東京都心の

大都会の喧騒の中にありながら、

 

不思議と心が

「凪 (なぎ) 」の状態になるのを感じます。

 

 

 

 

 

これこそが、

道場の畳の上だけでは得られない、

生きた「稽古」なのです。

 

 

 

 

「ひゅうが」の響きが持つ凛とした強さと、

「ひなた」の陽氣な温かさ。

 

 

 

 

その両方を身体いっぱいに浴びて、

私たちは足取りも軽くなりました。

 

 

 

 

 

​次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

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植木坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-02 03:20:00

" 護るべきもの、繋ぐもの。大和撫子たちと誓った祇園の夜 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします😄

 

 

 

本日は、二十四節氣

大寒(だいかん)末候

 

七十二候

第七十二候 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)

1月30~2月3日ごろ。

鶏が卵を産み始めるころ。

七十二候の最後、

つまり一年を締めくくる最後の候にあたります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​​​まも る べ き もの、つな ぐ もの。やまとなでしこ たち と ちかっ た ぎおん の よる 』

 

 

 

 

 

" 国の根幹を問う、

運命の2月。

極寒の京都、午前3時の独白 "

 

 

早いもので、

もう2月ですね。

 

 

昨日の2月1日 日曜日、

阪急河原町駅から最終電車に飛び乗り、

帰宅して一眠りしたところです。

(実際は横になった程度ですが😂)

 

 

まん丸の満月が

燦然と輝く午前3時です。

 

 

仮寝2時間の強行軍ですが、

不思議と目は冴え渡っています。

 

 

静寂の中、

こうしてスマホに向かい

道場長ブログ

" ぼくらの合氣道 " 「一日一心」を記しています。

 

 

 

昨日は、京都・西本願寺へ。

 

ご先祖様の永代経法要に参拝し、

連綿と続く命のつながりと、

今の自分が在ることへの感謝を捧げました。

 

 

その後、

「防衛シンポジウム2026 in 京都」

参加してまいりました。

 

 

テーマは

「守るべきもの、繋ぐべきもの、大切なものは何ですか」

 

 

 

このシンポジウムには、

東京からも6名のお弟子さんが

遠路はるばる駆けつけてくれました。

 

 

彼女たちの行動力と

国を想う純粋な心には、

 

師である私は

いつも襟を正される思いです。

 

 

 

​2月8日の投開票が迫る衆院選。

 

各党、各候補者が

各地で熱弁をふるっていますが、

 

今回の選挙は

明らかにこれまでとは重みが異なります。

 

 

 

前代未聞の早期解散と、極めて短期間の選挙戦。

 

 

 

これに打って出た

高市総理大臣の姿に、

私は並々ならぬ覚悟を見ました。

 

 

 

高市総理は今、

国民一人ひとりに対し、

 

退路を断って

こう問いかけているように響きます。

 

 

「本当に、私でよろしいでしょうか」

 

 

​それは、

単なる信任投票ではありません。

 

 

 

「もし、

私で良いとおっしゃってくださるなら、

これまで聖域とされ、

長年タブー視されてきた

憲法改正の議論を断行し、

国民投票まで持ち込む。

そうして、この日本を

真に自立した国家へと前に進めます」

 

という、

強烈なメッセージのように私は思います。

 

 

 

この選挙の争点として、

 

消費税の引き下げ、

外国人政策、

止まらない物価高などが挙げられています。

 

 

もちろん、

生活を守る上で全て重要です。

 

 

 

しかし、

" 外交と安全保障 " こそが

今まさに喫緊の課題ではないか、

私は思います。

 

 

 

 

今回の選挙ほど、

私たち日本人にとって

「未来の存続」をかけた

大切な選挙はないのではないかと思うのです。

 

 

" ​国防の最前線を知る、四人の識者、専門家 "

 

 

 

 

​今回のシンポジウムでは、

陸・海・空、

 

まさに日本の防衛の任務を

背負ってこられた方々が登壇されました。

 

 

その重厚な言葉の一つひとつが、

私の胸に深く突き刺さりました。

 

 

 

  • 河野 克俊 氏(元統合幕僚長) 海上自衛隊のトップを経て、自衛隊の最高責任者である統合幕僚長を歴任。9.11後のインド洋派遣や大規模災害対応など、激動の時代に指揮を執られた、まさに安全保障のプロフェッショナルです。
  • 佐藤 正久 氏(元陸上自衛隊・元参議院議員) 「ヒゲの隊長」として知られ、イラク復興支援で現地部隊を指揮。政治家としても防衛・外交の実務に精通し、現場感覚と政策の両面から現実的な安全保障論を発信し続けておられます。
  • 高島 辰彦 氏(元潜水艦隊司令官) 日本の防衛の要であり、最高機密とも言える潜水艦部隊。その指揮官として、海の底から静かに、しかし力強く日本を守り抜いてきた、海将の矜持を感じました。
  • 志津 雅啓 氏(元航空自衛隊・基地業務群司令) 防衛政策や装備調達に携わり、スタンフォード大学での研究やデジタル変革も推進。昨年退官されたばかりで、最先端の技術と空の守りを知る、新時代の安全保障を担う専門家です。








" 自国を自国で守る氣概なき繁栄は、砂上の楼閣 "

 

 

 

 

 

この先生方が

語られたのは、抽象論ではありません。

 

 

著しく変化する世界情勢。

 

 

戦後、かつてないほどの日本の最大の危機。

 

 

それがこの先、起ころうとしています。

 

 

尖閣諸島周辺で

毎日のように行われる領海侵犯や、

レーダー照射。

 

 

これらを鑑みると

もう起こっている事実として捉えるべき、

 

 

 

「台湾有事」という差し迫った危機です。

 

 

 

 

習近平国家主席は

「祖国統一は歴史の大勢」と断言し、

 

2027年までの

軍事的解決も視野に入れています。

 

 

台湾有事は日本有事です。

 

 

なぜなら、

尖閣諸島や沖縄、

南西諸島が間違いなく戦時下になるからです。

 

 

 

もし他国に侵略されたり、

有事が勃発したりすればどうなるか。

 

 

 

消費税も、

教育も、物価高も

「へったくれ」も無くなります。

 

 

 

それどころではなくなるのです。

 

 

 

​その上で、

より一層強固な日米同盟が必要なことは

論を俟(ま)ちません。

 

 

しかし、

「自国を自国が守らないでどうするのか」

 

 

 

国が果たすべき役割は、

国民の命と生活、

 

そして

国土・領空・領海を守り抜くことです。

 

 

 

そのためには

国防費の増額、

 

そして何より

憲法9条の改正を、

国民投票を経て早急に実現すべき

だと私は考えます。

 

 

 

今日もこの後、

6名の愛弟子と道場で稽古します。

 

こうして合氣道の稽古に集中できるのも、

まだ今の平和が保たれているからです。

 

 

 

その平和が

" 砂上の楼閣 " であってはならないのです。

 

 

シンポジウムの後、

憂国の「大和撫子」たちが

 

私の先月の

64歳の誕生日を祝ってくれました。

 

 

 

場所は祇園の京料理店。

 

 

 

​彼女たちは、

ただの弟子ではありません。

 

 

 

 

「私たちの子ども、

孫、子々孫々に至るまで

安心して暮らすことができる

国を残したい」

 

 

 

 

「日本人としての誇りを持ち、

合氣道を通して

地域のため、社会のために

役立つ人材を育てたい」

 

 

 

そう真剣な眼差しで語る

彼女たちは、

 

現代の「国士」であり、

志を持った立派な日本女子です。

 

 

 

この思いにおいて、

私たちは完全に一致しています。

 

 

 

 

​こんなにも

素晴らしいお弟子さんを持てて、

私は感謝と幸せの氣持ちでいっぱいです。

 

 

 

 

昨夜は満月が青白く輝く、

極寒の京都の夜でした。

 

 

 

 

東京に出張しても、

こうして京都で集合しても、

 

志を同じくする

この日本女子たちと話していると、

 

いつも時間が経つのを忘れ、

帰れなくなるほどです(笑)。

 

 

 

 

​高市総理が

「私でよろしいか」と問うならば、

 

私たちは

「行動」で応えねばなりません。

 

 

 

 

日本の行く末を真剣に考え、

選挙で意志を示す。

 

 

 

それが

今を生きる私たちの責任です。

 

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝