" 夏越の祓と茅の輪くぐり:執着を手放し心を整える "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
夏至【げし】次候
七十二候
第二十九候 菖蒲華【あやめはなさく】
6月26日~30日ごろ。
あやめの花が美しく咲き誇るころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 なごしのはらえ と ちのわくぐり:しゅうちゃく を てばなし こころ を ととのえる 』
今日、6月30日は
「夏越の祓(なごしのはらえ)」です。
一年のちょうど
折り返しとなるこの日。
全国の神社では
「茅の輪(ちのわ)くぐり」が行われ、
半年間に溜まった
心身の淀みを祓い清めます。
私は昨日、一足早く
近くの神社へ参拝に赴きました。
茅の輪をくぐって左に回り、
次は右に回り、
もう一度左に回って茅の輪をくぐり、
本殿へと進んでまいります。
夏越大祓式や
茅輪神事の前日ということもあり、
境内の参拝者はまばらでした。
人の少ない神社仏閣は
いつ参拝しても心が静まります。
静寂の中、
知らず知らずのうちに
身についた
半年間の
罪や穢れを祓い清め、
無病息災を
心静かに " 感謝 " いたしました。
ここで、「おや?」と
思われた方も
いらっしゃるかもしれません。
通常であれば、
無病息災を「祈念」いたしました、と
なるはずではないか、と。
しかし、私は
「祈念」ではなく「感謝」なのです。
私は、神社仏閣へ
参拝するということは、
自分の願いごとを
求めるのではなく、
" 感謝 " を申し上げる場であると
考えております。
初詣でも、お祭りでも、
今日の夏越の祓であっても、
普段のお参りであっても。
「本日はここにお参りできたことに感謝いたします。お導きくださり、ありがとうございます。」
ただ静かに、
その深い感謝の念を捧げます。
話を元に戻すと、
「夏越の祓」は半年間の間に
知らず知らずのうちに溜まった、
心の罪やケガレを
綺麗に払い清めるための
日本の伝統的な行事です。
私たちは日々の生活を送る中で、
氣づかないうちに
疲れやストレス、
あるいは自分の行いへの執着などを
抱え込んでしまうものです。
心が強張り
余裕がなくなると、
些細なことで他者と衝突し
摩擦を生んでしまいます。
日々の中で様々な感情を抱え、
時に心が重くなることもあります。
そのような時は執着を手放し、
心を真っさらにしてみる。
では、執着を手放すためには
どうすればよいのでしょうか。
それにはまず、
自分の心が何かに囚われていることに
早く氣づくことです。
そして無理に
思考を消そうとせず、
今のありのままの状態をただ受け入れる。
静かに座り、
呼吸法を行います。
淀んだ「氣」を吐き出し、
清らかな「氣」を取り入れる。
深く長く
息を吐き出すごとに、
心の中の澱みや
強く握りしめていた思いを
少しずつ外へ吐き出していく。
そして吸う時には、
新たな清らかな「氣」を
体の中へと取り入れる。
まるで澄んだ川の水が、
さらさらと流れていくように。
心に滞りをつくらず
心身をすっきりと整えることで、
また新たな氣持ちで
日々を歩んでいくことができるのですね。
――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
心にわだかまりを持たず、
淀みなく流れる
水のようにしなやかな心で、
「社会や周囲の人々の喜びに繋がる生き方」をともに探究していくことです。
自然の理や
日々の生活を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
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ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 棒ほど願って針ほど叶う 〜コベカツの十年先を見据えて〜 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は二十四節氣
夏至【げし】次候
七十二候
第二十九候 菖蒲華【あやめはなさく】
6月26日~30日ごろ。
あやめの花が美しく咲き誇るころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 ぼう ほど ねがって はり ほど かなう 〜こべかつ の じゅうねん さき を みすえて〜 』
九月から始まる、
「コベカツ」の
準備が忙しくなってきました。
「コベカツ」とは、
神戸市が進めている
市立中学校の部活動の地域移行のこと。
市立中学校の部活動を
地域のクラブや団体が受け持つという、
新しい取り組みです。
たかが中学生の部活動。
されど中学生の部活動です。
こんな
ことわざを思い出します。
" 棒ほど願って針ほど叶う "
大きな棒を
手に入れようと願っても、
実際に手に入るのは、
小さな針ほどのものである。
世の中の道理を言い当てた、
深いことわざですね。
最初から
「たかがこれくらい」と
小さな枠に収めてしまえば、
得られるものは
何もなくなってしまいます。
だからこそ、
未来を担う子どもたちのために
私たちは
あえて大きな志を持つのです。
結果として現れるものが
最初は針のような、
か細く小さな一歩であったとしても、
「今ここから」が大切なのです。
何事も成就するには、
十年続けなければものにはなりませぬ。
はじめは
「針の先」ほどの小さな成果であっても、
弛まず、
焦らずに歩みを続ければ
三年後、五年後には
それが「太い棒」へと成長していくのです。
大きな理想を胸に描き、
目の前の小さな針を
太い棒へと育てていく。
目先のことに、
一喜一憂するのではなく。
十年先の未来を見据え、
ゆるぎない信念とともに。
力みなく、淡々と、
確かな歩みを進めてまいります。
―――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を習うことではありません。
日々の生活に活きる
「大いなる志と、それを育む継続の力」をはかり、
「社会や周囲の人々の喜びに繋がる生き方」をともに探究していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の氣づきを、
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合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【苦尽甘来】鬼の形相をした試練の先にある、本当の成長と幸せ "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
夏至【げし】次候
七十二候
第二十九候 菖蒲華【あやめはなさく】
6月26日~30日ごろ。
あやめの花が美しく咲き誇るころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【くじんかんらい】おに の ぎょうそう を した しれん の さき に ある、ほんとう の せいちょう と しあわせ 』
先日、
映画『Michael』を鑑賞しました。
世界的スターである
「マイケル・ジャクソン」の
半生を描いた作品です。
劇中には、
『Thriller』や『Billie Jean』を
はじめとする、
時代を席巻した
珠玉のナンバーが次々と流れます。
1980年代、
食い入るように
MTVにかじりついていたあの頃は、
まさに私の青春時代。
色褪せない名曲の数々に、
懐かしさで胸が熱くなり、
すっかり心が躍っておりました。
しかし、
あのまばゆい光の裏側で、
彼がどれほどの葛藤を抱え、
困難と向き合ってきたのか。
その生き様に
深く心を打たれました。
彼が歩んだ
道程を思い返すと、
私たちの日常にも
通じるものがあります。
生きていく中で
時に冷たい雨に打たれ、
予期せぬ
壁にぶつかることもあるでしょう。
足がすくみ、
心が大きく揺れ動くような出来事です。
しかし、
それは全部「天からの手紙」です。
「天からの手紙」というものは、
時に " 鬼の形相をした封筒 " に
入って、
自分に届けられるものです。
怖くて開けたくない、
見ずに捨ててしまいたい。
そう思うような
「手紙」であっても、
しっかりと開封して
中身を読んでみましょう。
なぜなら、
お天道さまは
自分に克服できない
困難や災難は、
決して与えないからです。
一見すると、どうしても
避けて通りたくなるような
厳しい試練。
ですが、
その逆境の扉を開いた先にこそ、
私たち自身の成長や、
本当の幸せへと
繋がる入り口が待っています。
厳しい局面に
立たされた時ほど
視界が狭くなりがちですが、
ふっと余計な力を手放し、
「臍下の一点」に心を静めて
今ここにある状況を
全部まるごと受け入れてみるのです。
「この辛さの中に、どのような学びがあるのだろうか」と
静かに自分自身に
問いかけることで、
苦しい出来事の中にある
「尊い教え」を
見つけ出すことができます。
これからも
その学びを胸に、
日々の挑戦を続けていきたいですね。
今週もありがとうございました。
よい週末を。
――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を覚えることではありません。
日々の生活の中で
直面する壁から目を背けず、
自分を成長させる糧として
受け入れるしなやかさを養い、
「周囲の人の心に灯火を灯す」ような
生き方をともに探究していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の経験を通じた氣づきを、
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『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方や
困難な時の心の置き方など、
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 雨の日の「傘かしげ」。江戸の時代から続く日本人の心遣い "
ありがとう。
本日は二十四節氣
夏至【げし】初候
七十二候
第二十八候 乃東枯【なつかれくさかるる】
6月21日~25日ごろ。
夏枯草が枯れ始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 あめ の ひ の「かさかしげ」。えど の じだい から つづく にほんじん の こころ づかい 』
本格的な
梅雨の真っ只中ですね。
今週の後半にかけて
梅雨前線の影響により、
大雨への警戒が
必要となっております。
さらに週末には、
台風による強い雨風も
予想されております。
そのような、雨の日に
狭い歩道を歩いておりますと、
向こうから
傘を差した人が
歩いてくることがあります。
そのような時、
かつての江戸の町人たちは
「傘かしげ」という作法を
用いていたそうです。
互いの傘が
ぶつからないように、
すれ違う瞬間に
すっと傘を外側に傾けて
道を譲り合う。
先人たちの
その美しい所作には、
他者を思いやる心が
あふれています。
現代を生きる私たちも
日常生活のなかで、
人と意見が
ぶつかりそうになる場面が
多々あります。
自分の考えだけを主張し
強引に押し通そうとすれば、
必ず摩擦が起きてしまいます。
常に
「臍下の一点」に心を静め、
心にゆとりを持つこと。
そして、
相手と争うのではなく
相手を尊び
相手の意見もよく聞き、
一致点を見つけること。
相手の意見と
ぶつかりそうになったとき、
自ら心を開いて、
サッと道を譲る心の余裕を持つこと。
それは決して、
" 負ける " ことではありません。
むしろ、
心にゆとりを持ち
自ら道を譲ることができるのは、
" 相手より一歩上手(うわて)をゆく証です " 。
相手を尊重し
思いやりの姿勢を持つことこそが、
結果として
お互いを活かすことに繋がります。
日常のささやかな場面で
心の傘を少し傾けて、
相手に譲るゆとりを持つこと。
その小さな思いやりが、
自他ともに
幸せな生き方へと
繋がっていくのではないでしょうか。
――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を稽古することではありません。
日常の些細な場面でも
互いを思いやり、
自ら道を譲る心のゆとりを持ちながら
「社会や周囲の人々の喜びに繋がる生き方」を、
ともに探究していくことです。
自然の理(ことわり)や、
日々の生活を通じた氣づきを
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【知行合一】 合氣道の技を日常生活へ。道場の学びを行動に移す大切さ "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
夏至【げし】初候
七十二候
第二十八候 乃東枯【なつかれくさかるる】
6月21日~25日ごろ。
夏枯草が枯れ始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【ちこうごういつ】あいきどう の わざ を にちじょうせいかつ へ。どうじょう の まなび を こうどう に うつす たいせつ さ 』
日々、
道場におきましては、
小学生のあどけない子どもたちから
八十代の泰然たる大先輩まで、
世代の垣根を越え
皆さまとともに研鑽を積んでおります。
合氣道琴心館寺崎道場を主宰する
私の合氣道の哲学は、
ごくシンプルなものです。
それは、
「技を日常生活に活かしてこそ、合氣道の稽古の価値がある」
ということ。
当然のことながら、
「技を日常に活かす」とは
通りすがりの人を
投げたりすることではありません。
どんなに、
小さなことでも構いません。
" 日々の生活の中で、自分自身の足らずを氣づかせてくれる "
合氣道の技は
「道場の中だけで習うもの」
そう勘違いされている方も
決して、少なくはないように思います。
技の指導の中で
その理合を説明しても、
「なるほど」
「いいですね」
そこで終わってしまい、
実際の行動に、
移されていないのです。
技を通じて、
自分の日常に照らし合わせる。
それが、大切なのです。
たとえば、
相手が突いてくる場合において、
相手の突こうとする
「氣が動いた時」に
身体を転換させなければ
なりませんが、
対応が遅れてしまう人を
よく見かけます。
対応が遅いから
後手後手に回ってしまい、
焦って力ずくで、
相手を投げようとしてしまう。
これは、
「出発が遅い」からです。
「出発が遅い」ということは、
" 目的地に時間通り着けない "
ということ。
すなわち、
時間を守ることができず
時間にルーズな
「悪い癖」がある人なのです。
その己の姿が技を通して、
ありありと見えてくるのです。
むしろ、
凝り固まった大人の理屈よりも
淀みない無垢な心を持つ
小学生や中学生の子どもたちのほうが、
合氣道の教えを日常の所作へと
昇華させる努力をしている。
そのように感嘆(かんたん)
させられる機会が多々あります。
学ぶということは、
自らの足らずに氣づき
それをプラスに変える歩みとして、
生かして初めて意味を持ちます。
道場で得た氣づきを
ご家庭で、あるいは職場で、
ひとつでも実践してみる。
その柔軟にして素直な一歩が、
やがて大きな変化を
もたらすのでありまする。
―――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技をなぞることではありません。
日々の生活に活きる
「己の足らずを知る素直な目」を養い、
「社会や周囲の人々の喜びに繋がる生き方」を
ともに探究していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
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より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝