2026-11-06 03:46:00

" 読書週間に寄せて。「お愛想」の誤用から紐解く、先人たちの温かな思いやり "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

霜降【そうこう】末候

 

七十二候

第五十四候 楓蔦黄(もみじつたきばむ)

十一月二日~六日ごろ。

モミジやツタの葉が色づき始めるころ。

 

 

 

今日の言の葉

『見えている形の奥にこそ、本当の理(ことわり)がある』

 

 

 

先日、娘と食事に出かけた折、

別の席で食事を終えた客が

「お愛想して」と声をかけておられました。

 

 

どこか場慣れした

粋な響きにも聞こえますが…

 

 

 

​

さて、今月9日までは

「読書週間」でございますね。

 

 

​

これにちなみまして、

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』におきましても、

 

美しい日本語や大和言葉の奥深さ、

さらに、言葉の誤用などについて綴った

記事を執筆しております。

 

 

​

本日は、

この「お愛想」という言葉の

意外な成り立ちについて、

少し紐解いてみたいと思います。

 

 

 

 

そもそも「愛想」という言葉は、

人に接する際のにこやかな態度や

温かな言葉遣いなどを指しますね。

 

​

日常の会話におきましても

「あの方は、とても愛想が良い」ですとか、

「少し愛想が悪い」などと、

よく使われる言葉でございます。

 

 

​

ところが、

これに「お」を添えて「お愛想」となると、

 

飲食店などで、

なぜか「お会計(お勘定)」という

意味合いに変わってしまうのですね。

 

 

 

​実はこの「お愛想」という言葉を

客側が口にするのは誤用なのです。

 

 

 

​

​本来この言葉は、

店側が客にへりくだって使う隠語でした。

 

 

​

楽しくお食事をされているお客様に対し、

お金の話を持ち出すのは、

なんとも不躾なこと。

 

 

​「このような無粋なことを申し上げては、

愛想を尽かされてしまいますが」という、

 

店側の細やかな配慮と

遠慮から生まれた言葉なのです。

 

 

 

​

ゆえに、客のほうから

「お愛想」と言ってしまいますと、

 

「この店には愛想が尽きたから、勘定してくれ」という、

 

全く逆の冷たい

意味合いになってしまうのですね。

 

 

 

​この言葉の

生い立ちを知りますと、

 

先人たちの相手を思いやる

深い配慮に驚かされますね。

 

 

 

​それと同時に、

言葉の表面的な響きだけを

真似てしまうことの

危うさにも氣づかされます。

 

 

 

​

これは、私たちの

日々の合氣道の稽古におきましても

まったく同じでございます。

 

 

 

​道場において、

師の動きの「形」だけを

表面上でなぞろうとしても、

 

決して、

真の理合い(本質)には辿り着けません。

 

 

 

​なぜ、その足運びになるのか?

 

 

どのようにして、

相手と結びついているのか?

 

 

 

​目には見えない

技の奥にある「氣」を理解して初めて、

 

相手とぶつからない、

合氣道特有の自然な

和合の動きが生まれるのでございます。

 

 

 

 

​日常の言葉遣いも、道場での稽古も

常に見えている形の奥にある

本質を感じ取れる人でありたいものです。

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は

単に技だけを教わる場ではございませぬ。

 

私たちが大切にしているのは

表面的な形にとらわれず、

 

日々の生活に活きる

奥底にある真意を汲み取る

豊かな感性を養うことでございます。

 

 

自ら率先躬行して、

物事の本質を深く学び、

 

周囲の人々の心にも

そっと灯火を灯すような生き方を

皆様とともに探究していくことでございます。

 

 

​日常のふとした氣づきを

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-11-05 03:19:00

" 【縁結びの日】 すべての出会いに意味がある "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

霜降【そうこう】末候

 

七十二候

第五十四候 楓蔦黄(もみじつたきばむ)

十一月二日~六日ごろ。

モミジやツタの葉が色づき始めるころ。

 

 

 

今日の言の葉『袖振り合うも、尊きご縁』

​

​

 

本日11月5日は「縁結びの日」。

 

「いい(11)ご(5)」の

語呂合わせだそうです。

 

​

縁結びと聞きますと

恋愛を思い浮かべますが、

 

私たちが生きていく上での

「ご縁」とは、

決してそれだけではありませんね。

 

 

​学校や職場で隣の席になること。

道場でともに汗を流すこと。

 

あるいは、

旅先で見知らぬ人と

たまたま言葉を交わすこと。

 

 

 

​この広い世界の中で

同じ時代に生まれ、巡り会う。

 

 

それは、途方もない

奇跡のような確率でございます。

 

 

 

​長く続くご縁もあれば、

通り過ぎてゆくご縁もございます。

 

 

 

しかし、

そのどれもが自分の人生に

何らかの意味をもたらしてくれます。

 

 

意見の違いや、考えの違い、

​好き嫌いだけで人を判断せず。

 

 

目の前に現れたご縁に

静かに感謝の念を抱き、

すべてを人生の一部として受け入れる。

 

 

​一つひとつの出会いを

慈しむ姿勢が、

人生を豊かに彩るのですね。

 

 

 

 

さはさりながら、

長く生きて、ひとつ思うことがございます。

 

 

プラスの氣には

プラスのご縁が、

 

マイナスの氣には

マイナスのご縁が、

 

 

まるで引き寄せられるように

結ばれていくものです。

 

 

類は友を呼ぶ。

 

 

ご縁とは、

天から降ってくるものではなく、

 

自らの在り方が

映し出される鏡なのかもしれませんね。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は

単に技だけを習得する場ではございませぬ。

 

一つひとつのご縁を大切にし、

日々の生活に活きる

心通う和を育むことでございます。

 

見えない糸で結ばれた出会いに感謝し、

周囲の人の心に灯火を灯すような生き方を

皆様とともに探究していくことでございます。

 

​日々の生活に活きる氣づきを

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-11-04 03:51:00

" すべての出来事を受け入れる「為合(しあわせ)」の深いことわり "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

霜降【そうこう】末候

 

七十二候

第五十四候 楓蔦黄(もみじつたきばむ)

十一月二日~六日ごろ。

モミジやツタの葉が色づき始めるころ。

 

 

 

今日の言の葉

『 日々巡りくる事象、すべてが為合(しあわせ) 』

 

 

 

​​昨日の午前中は

ご先祖様のお墓へ

静かに手を合わせに参ってまいりました。

 

 

​道中の景色を眺めると、

七十二候の「楓蔦黄」の言葉が示す通り

 

木々によっては、

すでに見事な朱色に染まっておりました。

 

 

美しい季節の移ろいを感じながら

ご先祖様へ感謝を捧げる。

 

 

こうした

「為合(しあわせ)」な時間を

過ごせますことも、

 

数え切れない

命の繋がりがもたらしてくれた

尊い巡り合わせでございます。

 

 

 

 

さて、今月の9日までは

「読書週間」でございますね。

 

 

これにちなんで、

この道場長ブログにおきましても

 

しばらくの間は、

美しい日本語や大和言葉の

奥深さに触れる記事を執筆しております。

 

 

​

 

本日は「しあわせ」という

言葉の響きについて。

 

 

 

​

日常のなかで

幸運に恵まれたとき、

ふと心が温かくなったとき、

幸福なとき、

 

 

私たちは

「ああ、しあわせだな」と口にいたします。

 

 

 

​それを文字にすると「幸せ」。

また「仕合わせ」と記すこともあります。

 

 

 

しかし、

古くは「為合」と書き表されておりました。

 

 

​

もとはと言えば、

何らかの事象が「為(な)される」こと。

 

そして、

その動き同士がぴたりと「合う(重なる)」

様子を表した言葉でございます。

 

 

 

​

ゆえに、昔の人々は

喜ばしい出来事ばかりではなく、

 

悲しい出来事や

人生の終焉を迎えるその時でさえも、

 

ひとつの

「しあわせ(巡り合わせ)」として、

あるがままに受け入れていたのだとか。

 

 

 

​時が経つにつれ、

それが「良き星の巡り」や

「幸運なとき」等を指す言葉へと、

少しずつ姿を変えていったのでございますね。

 

 

 

​

元々の言葉の生い立ちを

紐解きますと、

 

日々の喜びとは

ただ己の心が浮き立つだけの

「感情」ではございません。

 

 

 

自分の力ではどうにもならない

周囲の様々な動きが、

 

ふとした拍子に

見事に合わさってくれたという、

「妙なる巡り合わせ」。

 

 

​

そう捉え直してみると、

日々、巡りくるすべての出来事が

なんとも有難く、

 

静かに手を合わせたくなるような

尊きものとして

心に沁み入ってまいりますね。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は

単に技だけをなぞる場ではございません。

 

言葉の奥にある

先人たちの大らかな精神に触れ、

日々の生活に活きる

すべてを静かに受け入れる器を

養うことでございます。

 

奇跡のような巡り合わせに深く感謝し、

周囲の人々の心にも

そっと灯火を灯すような生き方を

皆様とともに探究していくことでございます。

 

 

​日常のふとした氣づきを

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-11-02 03:48:00

" 白秋忌に思う。言葉は心を形作る養分。美しい日本語で養う豊かな感性と心身の調和 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は二十四節氣

霜降【そうこう】末候

 

七十二候

第五十四候 楓蔦黄(もみじつたきばむ)

十一月二日~六日ごろ。

モミジやツタの葉が色づき始めるころ。

 

 

 

今日の言の葉

『 和む言葉から、和合は生まれる 』

 

 

 

11月2日は

「白秋忌(はくしゅうき)」でございます。

 

 

「からたちの花」などで知られる

北原白秋の命日であり、

 

彼の紡いだ詩には

柔らかな「大和言葉」 が溢れております。

 

 

 

​

私たちが日常において、

どのような言葉を口にし

どのような言葉に触れるかで、

 

心の色合いは

大きく変わっていくものでございます。

 

 

 

​美しい言葉、

響きの良い言葉を

声に出して読み上げますと、

 

不思議と

心の中のささくれが取れ、

 

穏やかで

みずみずしい感性が

蘇ってくるような氣がします。

 

 

​

言葉は私たちの心を形作る

大切な養分です。

 

 

 

 

​このことは

道場での合氣道のお稽古においても

深く通じるものがございます。

 

 

 

​相手と向き合ったとき、

「投げよう」「倒れまい」という

 

角の立った

荒々しい言葉を心に抱いた途端に

上半身がこわばり

氣の流れが滞ってしまいます。

 

 

それでは相手の氣と

反発し合うばかりで、

 

決して

相手と一体になることはできません。

 

 

 

 

​そんな時こそ、

心の中に美しい日本語や

大和言葉を響かせてみるのです。

 

 

 

​「かろやかに」、「さらさらと」

「ゆらゆらと」、「ふわりと包み込む」。

 

 

 

​角のとれた

みずみずしく

柔らかな言葉を心に描きながら、

 

ゆったりとした呼吸とともに

臍下の一点に心を静める。

 

 

 

​すると美しい言葉の響きと

同調するように、

身体から余計な力みがすっと抜け落ち、

 

重力に逆らわない

「正しいリラックス」の状態へと

自然に導かれてゆくのです。

 

 

 

​言葉の響きによって

心が丸く柔らかくなれば、

 

体捌きもまた、

相手と争うことなく

淀みなく円を描くようになります。

 

 

 

​慌ただしい日々にこそ、

先人たちが残してくれた

美しい日本語に触れ、

 

豊かな情景を

心の中に思い描いてみたいものです。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は

単に技を習得することではございませぬ。

 

言葉の持つ力を深く味わい、

日々の生活に活きる

豊かな感性を養うことでございます。

 

美しい日本語を大切にし、

周囲の人の心も潤すような生き方を

皆様とともに探究していくことでございます。

 

 

​日々の生活に活きる氣づきを

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-10-30 03:23:00

" 矯めるなら若木のうち "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は二十四節氣

霜降【そうこう】次候

 

七十二候

第五十三候 霎時施(こさめときどきふる)

十月二十八日~十一月一日ごろ。

時々、小雨が降るころ。

 

 

 

今日の言の葉

『 若き枝は、いかようにも伸びる 』

 

 

 

10月27日から11月9日は

「読書週間」でございます。 ​

 

 

これにちなみまして、

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』におきましても、

 

しばらくの間は、

美しい日本語や大和言葉、

ことわざや四字熟語などに

できるだけ特化した記事を

綴ろうと考えております。

 

​

実は、私が日々の執筆のなかで

最も時間をかけ、

推敲に推敲を重ねているのが

「言葉の選び方」でございます。

 

​

なぜかと申しますと、

不肖私の毎日のブログを

欠かさず読んでくれる読者のなかに、

 

ご縁あって指導させていただいている

「コベカツ」の中学生や、

道場に通う若い門人たちが多くいるからです。 ​

 

 

彼らには道場での稽古以外でも

何か少しでも学びを得て、

己のものにしてほしい。

 

 

​そんな願いから、

あえて語彙力のある言い回しを使い、

時には難しい漢字にも、

ふりがなを振らずにおくことがございます。 ​

 

 

 

現代はインターネットで

何でもすぐに情報が手に入る時代です。

 

 

「この言葉はどういう意味だろうか」

「この漢字は何て読むのか」と疑問を持たせ、

 

​自分で調べることによって、

しっかりと身につけてほしい。

 

 

「ああ、このように表現するのか」と、

描写の妙に氣づいてほしいのでございます。

 

 

 

​

 

『矯(た)めるなら若木のうち』

という「ことわざ」があります。

 

 

 

 

樹木の枝ぶりを美しく整えるには

木がまだ若く、

しなやかなうちが良いという例えです。

 

 

 

​私は日々、

この中学生たちや若者たちを

指導させていただくのが、

毎日の楽しみであり、

楽しくて仕方ありません。 ​

 

 

 

なぜなら、

彼らがまさに「若木」だからです。

 

 

 

​合氣道の技はもちろんのこと、

体捌きや足捌き、

 

 

そして、

所作や立ち居振る舞い、言葉遣いまで

​道場で示すことを

 

まるで、

乾いた土が水を吸い込むように

柔軟に、すぐ吸収してくれるからです。

 

 

 

​

つい先日のお稽古でも

こんな素晴らしいことが二つ、ありました。 ​

 

 

 

一つは、コベカツに通うある生徒のこと。

 

少し落ち着きがなく、

静坐の姿勢も崩れがちになっておりました。

 

​そこで私は、

あえて注意の言葉を発するのではなく、

 

ただ彼の目の前で

臍下の一点に心を鎮め、

すっと仙骨を起こして

静かに座る姿を示したのです。 ​

 

 

すると、彼は私の纏う

静かな氣配を感じ取ったのか、

 

自らハッと氣づき、

見違えるように美しい姿勢へと

スッと身を正しました。

 

 

​手取り足取り教え込まずとも、

目の前で示された

「美しい所作」の佇まいを肌で感じ取り、

己の心身へと

即座に落とし込んでいくのです。 ​

 

 

 

 

もう一つは、技の稽古でのこと。

 

相手の強い力に対し、

真っ向からぶつかり

足が止まってしまっている生徒がおりました。

 

​

ここでも私は

言葉で多くを語るのではなく、

ただ彼の前に立ち、

すっと足捌きを示しました。

 

​相手と争わず、氣の流れる方向へ

くるりと円を描くように、

柔らかな転換をして見せたのです。

 

 

​次の瞬間、

彼は理屈で考えるよりも先に

私の動きをまるで鏡に映したかのように

身体ごと写し取り、

 

見事に相手の力を受け流し

ふわりと相手と一体になる動きを

体現してしまったのです。

 

 

 

言葉による説明を介さずとも、

示された動きや氣の流れを

スポンジのように素直に吸い込んでゆく。 ​

 

 

 

ある若者などは

相手を投げる様子を見ておりますと、

「自分にそっくりだ」と

私自身、驚かされることもございます。

 

 

 

私の動きを真っ直ぐに、

忠実に真似てくれているのですね。

 

 

 

​

年齢を重ねますと、

長年の癖が染みついて直りにくいものですが、

 

若い人たちは

まだ癖が馴染みきっておらず、

どこまでも柔軟でございます。 ​

 

 

 

若木のようにしなやかに、

言葉や技を吸収して成長していく彼らの姿は

 

私自身の心身にも

心地よい刺激と

大きな喜びを与えてくれるのです。 ​

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

合氣道琴心館寺崎道場は

単に技だけを教わる場ではございませぬ。

 

 

美しい言葉や正しい所作を通じて感性を磨き、

日々の生活に活きる

心と身体の調和をはかることでございます。

 

若木のごとく、しなやかに学びを重ね、

その身に付けた力を

己のためだけでなく、人のために活かしてゆく。

 

周囲の人々の心にそっと灯火を灯す生き方を

皆様とともに探究していくことでございます。

 

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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道場長 拝