" スマホの通知は放っておく。心穏やかに眠る秘訣 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
小満【しょうまん】末候
七十二候
第二十四候 麦秋至【むぎのときいたる】
5月31日~6月4日ごろ。
麦が黄金色に熟し収穫の時期を迎えるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 すまほ の つうち は ほうっておく。こころ おだやか に ねむる ひけつ 』
夜の帳(よるのとばり)が下り、
静寂が辺りを包み込む時間。
一日の活動を終え、
ふと夜空を見上げますと
天地の静けさと心が
一つに溶け合ってまいります。
就寝時間というものは、
一日働いて疲労した心と身体を
天地大自然の「氣」が
優しくリフレッシュさせてくれる、
人間にとりまして
最も重要な時間でございます。
お布団に入りましたら
臍下の一点に心をしずめ、
深くゆったりとした
呼吸法を繰り返すのです。
天地大自然に
包まれるように
完全に身を委ねてしまうと、
いつの間にか、
ぐっすりと深い眠りについております。
よくよく
考えてみますと、
翌日、必ず目が覚めるという保証は
どこにもございません。
もしかすると、
眠ったまま
自分では氣づかぬうちに、
極楽浄土へ旅立つことに
なるやもしれません。
だからこそ、
目覚めることができた
朝には一番に、
私は
「今日も目覚めることができた。ありがとう」と、
感謝の言葉を
天地に唱えるのでございます。
一日のなかで
一番貴重な、
この就寝前の時間に
決してマイナスの感情や情報は、
持ち込まないこと。
心に不要なものを
抱えたまま、
極楽浄土へ行くような
後悔はしたくはございません。
それはあまりにも、
バカバカしい
人生の終焉でございます。
私自身は
翌朝の三時に起床し、
こうしてブログの執筆を
行いますゆえ、
夜の九時以降は、
LINEやメールなどを
一切開かないようにしております。
届いたメッセージが、
必ずしも
プラスの楽しい内容とは
限らないからです。
就寝前は
そのようなものは
放っておいて、
ぐっすりと眠って、
翌朝対応すればよいのです。
これが私の、
何よりの健康法でございます。
現代の生活は
常に情報が溢れておりますが、
夜眠る前だけは、
心身を空っぽにして
天地大自然に
完全に身を
委ねてみてはいかがでしょうか。
――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではございません。
日々の生活のなかに活きる
「心と身体の調和」をはかり、
周囲の人々の心に
灯火を灯すような生き方を、
皆さまとともに、
深く探究していくことでございます。
自然の理や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
より健やかな生き方や、
心の平穏を保つヒントが、
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【小満・麦秋至】風に揺れるしなやかな軸〜実り多き夏を迎えるために〜 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
小満【しょうまん】末候
七十二候
第二十四候 麦秋至【むぎのときいたる】
5月31日~6月4日ごろ。
麦が黄金色に熟し収穫の時期を迎えるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【しょうまん・むぎのときいたる】かぜ に ゆれる しなやかな じく〜 みのり おおき なつ を むかえる ために 〜 』
黄金色に色づいた麦の穂が、
風に揺れる景色は美しいものです。
風が勢いよく、吹きつけても
麦の穂は決して
折れることはありません。
しなやかに波打ち、
美しく風を受け流しております。
それは根がしっかりと
大地に張り、
麦の茎が自然の理のままに
在るからなのですね。
われわれの心身も同じです。
外からの力に対して
頑なに固めてしまうと、
かえってポキリと折れてしまいます。
心身に力みがあるという状態は
一見、強いようで
実はもろく崩れやすい、
非常に弱い状態なのです。
大切なのは
臍下の一点に心を静めること。
深くゆったりとした
呼吸とともにブレない軸を持ち、
天地大自然にしなやかに
身を委ねることです。
実りの季節を「麦の秋」と呼びます。
麦が黄金色に輝くように
私たちも
実り多き夏を迎えたいものです。
――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは
力で相手を制することではありません。
風になびく麦のように、
「ブレない軸としなやかさ」を養うことであります。
日常の向かい風にも争わず、
自らの姿勢で穏やかに受け流すこと。
その折れない健やかな姿が
やがて社会や周囲の人々の笑顔や安心に
繋がっていく。
そんな生き方をともに探究してまいります。
日々の生活に活きる自然の理や
稽古を通じた氣づきを
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良好な対人関係の築き方など
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 合氣道で育む子どもの礼儀。「挨拶ができない」が変わる心と尊重の教え "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
小満【しょうまん】次候
七十二候
第二十三候 紅花栄【べにばなさかう】
5月26日~30日ごろ。
あたり一面にベニバナが鮮やかな花を咲かせるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 あいきどう で はぐくむ こども の れいぎ。「あいさつ が できない」が かわる こころ と そんちょう の おしえ 』
先週の金曜日、
神戸市西区にある
学園都市カルチャーセンターでのことです。
子どもたちの合氣道の指導を
終えたあと、
受付の職員の方から
とても温かい
お言葉をいただきました。
「合氣道の子どもたちは皆、氣持ちよく挨拶してくれますね。とても礼儀正しいですね」
そのように
教えていただき、
私はとても
嬉しい氣持ちで
胸がいっぱいになりました。
また
一昨日の水曜日、
兵庫キャナルタウン合氣道教室でも
心温まる光景がありました。
稽古を終えた
子どもたちが、
その後に稽古を控えている
大人の方々に、
「こんばんは」
「さようなら」と、
ハキハキと
ご挨拶をしていたのです。
そもそも
「挨拶」というものには、
どのような
意味があるのでしょうか。
一般的には
人と顔を合わせた時や
別れる時などに、
相手への
敬意や親愛の氣持ちを
表すためのものとされています。
お互いに心を開いて
相手の存在を認め、
人間関係を
円滑に築いていくための
一番基本となる
コミュニケーションツール。
それが「挨拶」の持つ、
大切な社会的な役割なのですね。
ですが、
これがなかなか
できない人が
多いのが現実でもあります。
小さな子どもたち
だけでなく、
中学生になっても
挨拶が苦手な子は
けっこういるものです。
以前の私は、
「挨拶は大事なことだから、ちゃんと挨拶しようね」と、
ただ単に、そういう
言葉だけで伝えていました。
そう教えている間は
その時はできても
次に道場に来た時には、
また誰もろくに挨拶ができない。
それがこれまでの現状でした。
どうしてだろう?
深く考えた時に
「あっ、そうか」と
分かったことがありました。
それは、
子どもたちは
「挨拶」の持つ社会的な役割や、
その「本当の意味」を
理解していなかったことでした。
それを誰にも
教えてもらっていなかったからです。
挨拶をする
ということは、
「目の前のあなたを私は受け入れています」
「あなたという存在を認めています」
という大切なメッセージです。
ですから、
目の前の人に挨拶をしない
ということは、
「あなたを私は受け入れません」
「認めません」
ということに
なってしまうのですね。
私は子どもたちに、
そっと問いかけてみました。
「皆、自分がこういうふうに
知らん顔されたら氣持ちいいですか?」
すると子どもたちは
「いいえ」と首を横に振ります。
「では氣持ちよく挨拶されたほうが嬉しい?」
と聞くと、
「はい」と大きく頷いてくれました。
「じゃあ道場にいる人には、子どもも大人も関係なしに皆、自分から挨拶しましょうね」
まずは道場から
はじめて、
やがて、学校、職場、
日常のあらゆるところで
「氣持ちよく自分から挨拶する」ことに
繋がることを願っています。
私たち人間は
決して一人では生きていけません。
皆で助け合い
助けられながら、
社会の中で
協力して生きています。
どんなに
自己中心的な人でも、
自分とは少し合わないなと
感じる人でも、
好き嫌いは別問題。
人は誰でも
自分と同じ人間なのだと、
その存在を尊重しましょう。
そして、
その存在を
しっかりと認め合いましょう。
そのように、
繰り返し、繰り返し
教えて
子どもたちは
やっと " 心からの挨拶 " が
できるようになりました。
臍下の一点に心をしずめ、
正しいリラックスを心がけて
ゆったりとした深い呼吸で
相手と向き合う。
相手と争わず、
そっと和合していく
合氣道の精神は
こうした日々の「挨拶」による
関係づくりの基礎にも
息づいているのだと感じますね。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
―――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは
ただ技を極めることではありません。
自分から進んで挨拶をするという
率先躬行の姿勢を通して、
相手を尊重し、社会との和を育むこと。
そして温かい挨拶の輪を広げ、
周囲の人々の心に
そっと灯火を灯すような生き方を
ともに探究していくことです。
日々の生活に活きる自然の理や
稽古を通じた氣づきを
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
良好な対人関係の築き方など、
現代の暮らしに活かすヒントが
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【合氣道】 練習と稽古の違い、古(いにしえ)を考える「稽古」の意味 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
小満【しょうまん】次候
七十二候
第二十三候 紅花栄【べにばなさかう】
5月26日~30日ごろ。
あたり一面にベニバナが鮮やかな花を咲かせるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【あいきどう】れんしゅう と けいこ の ちがい、いにしえ を かんがえる「けいこ」の いみ 』
昨日5月27日の水曜日は
兵庫キャナルタウン合氣道教室での
お稽古でした。
時折、雨が降る
蒸し暑い天候でしたが、
窓を全開し
稽古の準備をしていましたら
通り抜ける風が
心地よい涼を
そっと、運んできてくれました。
そうして、
まだ誰も来ていない
道場で一人静かに
座っていると
心がすーっと、
洗われるようです。
武術や
日本の伝統文化、
合氣道、剣道、書道など
「道」と付くものを学ぶとき、
私たちは「練習」ではなく、
「稽古」という言葉を使います。
たとえば
プログラミング、
あるいは
AIで最も重要な
プロンプトの質を高めることを
「稽古をする」とは言いませんね。
「稽古」の
「稽」という文字には、
深く考えるという意味があります。
つまり、「稽古」とは
「古(いにしえ)」を考えること。
昔の教えや作法に
思いを馳せ、
それを今の時代に
どう活かしていくか、
その探究こそが
本来の「稽古」の姿なのです。
先人たちは
時代ごとの風を読みながら、
大切な教えを
受け継いできました。
その絶え間ない歩みが
いまに繋がっているのですね。
私たちの
日々の修練も同じです。
ゆったりとした
深い呼吸とともに、
臍下の一点に心をしずめる。
合氣道では相手と争わず、
和合する精神を
技の中で
先人たちの知恵から
深く学び取ります。
そして、
現代を生きる私たちは
その学びを
各々の日常生活の
職場や学校や家庭に置き換え、
真摯に思索を巡らせることが
大切でありまする。
―――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
単なる技の習得ではありません。
古より伝わる和合の教えを
日々の暮らしの中で実践し、
自他共に喜び合える
豊かな関係性を築いていく
そのような生き方を
ともに探究することです。
日々の稽古を通じた氣づきを
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現代の暮らしに活かすヒントが
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 袖振り合う縁より深い、互いを高め合う仲間たち "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
小満【しょうまん】次候
七十二候
第二十三候 紅花栄【べにばなさかう】
5月26日~30日ごろ。
あたり一面にベニバナが鮮やかな花を咲かせるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 そで ふりあう えん より ふかい、たがい を たかめ あう なかま たち 』
道場に集う人は皆、
子どもでも大人でも
自分を高めてくれる大切な仲間です。
皆、
何かのご縁でつながっています。
「袖振り合うも多生の縁」
という言葉があります。
道端で見知らぬ人と
袖が触れ合うような
ちょっとした
出来事であっても
それは、
決して単なる偶然ではなく、
目に見えない
深い巡り合わせによるものだ、
という教えです。
道端で袖が触れ合う
だけの縁すら
それほどまでに
深いのだとすれば、
合氣道という
武道を通じ、
同じ道場という
空間に集い、
共に汗を流し
呼吸を合わせるご縁は
一体どれほど深く、
そして、尊いものなのでしょうか。
それは、もはや
人間の人智をはるかに超えた
天地大自然の
壮大な計らいとしか
言いようがありません。
お天道さまが
結んでくださった
この奇跡のような
ご縁だからこそ
私たちは心から
大切にしなければなりませんね。
道場という
神聖なる空間に集う
その尊い仲間たちは皆、
自らの精神を磨き上げてくれる
かけがえのない、
砥石のような存在です。
合氣道琴心館寺崎道場を
主宰する
私にとっても
それは例外ではございませぬ。
無邪氣な子どもたちの
淀みない澄んだ瞳から
本来の素直な心を教えられます。
大人のお弟子さんたちが示す、
真摯な探究心に
深く胸を打たれます。
師範である私を
さらに高みへと導いてくれるのは
他でもない、
目の前で共に汗を流す
すべてのお弟子さん方なのです。
これは教える側、
教わる側といった
枠組みに
収まる話ではありません。
長年、
研鑽を積んだ師範や指導者。
黒帯を締める有段者。
あるいは、
真新しい白帯を締めたばかりの方。
道着を纏(まと)えば、
そこには先輩も後輩も
関係ありません。
ただ、互いの存在に
深い敬意を払い、
臍下の一点に、
スッと心をしずめる。
相手の氣を
繊細に感じ取り、
深くゆったりとした呼吸で
一つに響き合わせる。
お互いに、
正しいリラックスを保ちながら
調和と和合の道を
ともに歩んでいく。
道場で真摯に向き合う
すべての人は
自己の至らなさを
氣づかせ、
互いの魂を
果てしなく
進歩向上させてくれる、
尊き「鏡」なのでありまする。
――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
技の優劣を競うことではありません。
天地大自然が結んでくれた
この尊いご縁を深く敬い、
周囲の人の心に灯火を灯すような
社会の喜びに繋がる生き方を
ともに探究していくことです。
互いを高め合う
和合の精神のなかに
より健やかな生き方や、
良好な対人関係の築き方など
日々の稽古を通じた氣づきを
この道場長ブログ
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現代の暮らしに活かすヒントが
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝