" 縁は異なもの味なもの|トライアルウィークで出会った中学生とコベカツへの天の助け "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
芒種【ぼうしゅ】次候
七十二候
第二十六候 腐草為蛍 (くされたるくさほたるとなる)
6月10日~15日ごろ。
野原では蒸れて、腐りかけた草の中から蛍が舞い飛び始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 えん は い な もの あじ な もの|とらいあるうぃーく で であった ちゅうがくせい と こべかつ へのてん の たすけ 』
毎週火曜日は
神戸市長田区にある
神戸常盤アリーナ(兵庫県立文化体育館)へと
足を運んでおります。
こちらでは、
五十代から八十代の皆様へ向けた
中高齢者向けの合氣道講座にて
講師を務めさせていただいております。
先日、
講座担当の職員の方から
心温まるご依頼をいただきました。
「中学生トライアルウィークの一環として、合氣道を体験させてあげてほしい」
とのことでございます。
トライアルウィークとは
中学生が地域の職場に赴き、
実際の業務を体験することで
働くことの大変さや喜び、
社会の仕組みを学ぶための期間です。
本来は
業務体験が主となるものですが、
「高齢者の方々と触れ合うことで何かを学ばせてあげたい」という、
会館側の深い愛情からの
ご意向でした。
私は喜んでお受けいたしました。
しかしながら、
少しばかり
難しい課題もございました。
彼らは
職場体験の場として
神戸常盤アリーナを選んで来たのであり、
合氣道をしたいと
願っていたわけではないのです。
私が主宰する
合氣道琴心館寺崎道場に
在籍している中学生たちや、
9月から始まります
「コベカツ」の生徒たちとは
状況が異なります。
コベカツとは、全国に先駆けて
神戸市が実施する市立中学校部活動の
地域移行の取り組みです。
数ある地域の団体や種目から、
子どもたちが自らの意志で
合氣道を選んで集まってまいります。
合氣道に対して、
何の興味も持っていない子どもたちを
稽古に迎え入れる。
全くやる氣のない子どもたちを
どう導くか。
その難しさを
今回、初めて味わうこととなりました。
無理に動かそうとしたり
力で従わせようとすれば、
心は離れてしまいます。
ですが、
これもまた、尊いご縁であります。
自分に起こる
あらゆる出来事は、すべてが必然です。
「たまたま」だとか、
「偶然」などというものは
この世の中には絶対に存在しない。
それが、
私の信念でございます。
自らの
臍下の一点に、心を静めること。
和合する氣持ちで、
自然体で向き合うこと。
ただ、
「ここに来てくれて、ありがとう」と、
その思いだけで、
一時間半の指導をさせていただきました。
それが
子どもたちの心を解きほぐし、
場に一体感をもたらしてくれます。
これはまさに、
「天の計らい」であったと
確信しております。
お天道さまは、
私たちの心をいつも見ておられます。
これから始まる
コベカツでの指導へ向けて、
私自身が、
並々ならぬ情熱を抱いていること。
その真の情熱に対して
お天道さまが力強い応援として、
この貴重な機会を
与えてくださったのだと感じております。
来月からの
「コベカツ体験入会」に向けた
良き前哨戦として取り組めたことに、
深く感謝しております。
皆様の日常におかれましても、
ご家庭や職場で
相手が思い通りに動いてくれないと、
行き詰まりを感じる時があるかと思います。
そのような時こそ、
無理に相手を
コントロールしようとするのではなく、
「自分は何のために、これをしているのか」と、
ご自身の純粋な思いに
立ち返ってみましょう。
相手を変えようとせず、
ただ誠実に
ご自身の役割と向き合うこと。
そこに向ける真っすぐな情熱こそが、
天からの大いなる応援を
呼び込むのではないでしょうか。
お天道さまは、
その真っすぐな姿を必ず見ておられます。
この日の稽古の終わりには、
職員の方へ
「今後のコベカツでの指導を行ううえで、非常に貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました」と、
深々と感謝をお伝えいたしました。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
―――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
道場の中で技を練ることだけではありません。
今回の中学生たちとのご縁のように、
自らの情熱に真っすぐに向き合うこと。
その誠実な生き方そのものを
道友とともに探究していくことです。
お天道さまが応援してくださるような
日々の心の持ちようや氣づきを、
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【自然の理】命を繋ぐ蛍の無数の光とバリ島ウブドの追憶 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
芒種【ぼうしゅ】次候
七十二候
第二十六候 腐草為蛍 (くされたるくさほたるとなる)
6月10日~15日ごろ。
野原では蒸れて、腐りかけた草の中から蛍が舞い飛び始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【しぜん の ことわり】いのち を つなぐ ほたる の むすう の ひかり と ばりとう うぶど の ついおく 』
七十二候
" 蛍が舞い飛び始めるころ " に
ちなんで、
私がまだ幼かったころ、
昭和の高度経済成長期の
神戸の街。
そんな都会でも、
身近な水辺に
蛍が飛んでおりました。
夜の帳が下りると
柔らかな光を放ちながら、
宙を舞う。
その姿を
今でも鮮明に憶えております。
蛍と申しますと、
私には
忘れられない光景がございます。
1980年(昭和55年)からの
約十数年間、
年に一、二度ほど、計十八回
インドネシアのバリ島へ渡っておりました。
現地のあたたかな空氣。
そして、
どこからともなく漂う、
グダンガラムの独特な香り。
これはクローブという
丁子(ちょうじ)を混ぜた、
インドネシア特有のタバコのこと。
火をつけるとパチパチと音が鳴り、
甘くスパイシーなその香りは
当時のバリを象徴するものでした。
美味しい食事。
微笑みあふれるバリの人々。
そして何より、
人が少なく素晴らしい波で、
サーフィンができたからです。
中でも
私のお氣に入りだったのが、
山間部に位置する
「ウブド」という村でした。
ウブドは
銀細工などが有名で、
芸術と自然が融合した静かな村でした。
世界中から集まる
画家などのアーティストが、
「ロスメン」と呼ばれる安宿に
ひっそりと滞在する。
そして、
のんびりと絵を描いている姿が
とても印象的でありました。
当時のウブドには
まだ電氣が十分に普及しておらず、
夜になれば、
オイルランプの灯りが頼りの生活でした。
その村の中心部、
私にはとっておきの場所がありました。
「カフェ・ロータス」
その名の通り、
見渡す限りの大きな池に
見事な蓮の花が咲き誇るお店です。
日が落ち
深い深い闇が訪れますと、
そこは、
まったくの
別世界へと変貌いたします。
大きな池の水面すれすれ、
そして、
周囲の鬱蒼とした木々の合間から、
一つ、
また一つと、
淡い黄緑色の光が灯り始めるのです。
やがてそれは、
数え切れないほどの
無数の光の舞いとなります。
視界を完全に
埋め尽くすほどの大量の蛍。
あちらで明滅し、
こちらで緩やかな軌跡を描き
漆黒の池全体が
光の海に包まれるのです。
それは、
まるで満天の星空が
そのまま地上に
零れ(こぼれ)落ちてきたかのようでした。
息を呑むほどの圧巻の光景。
ただただ、
その生命の美しさに圧倒され、
時の経つのも忘れて
深く見入っておりました。
あれから約五十年。
ネットで検索すれば、
老舗「カフェ・ロータス」は
今でも営業しているそうです。
しかし、
私が最後に訪れた
2000年ごろのウブドには、
もう昔の面影はありませんでした。
大型バスが行き交い
クラクションの騒音が
絶え間なく鳴りやまない、
すっかり観光地化された街へと
姿を変えていたのです。
あの時、
命を輝かせていた蛍たちの子孫は
今も、生きていけるのでしょうか。
人里離れた静かな地で、
今も命を輝かせていることを
願うばかりです。
蛍という生き物は
成虫になってからは
何も食べないそうです。
葉に降りた
夜露などの水分をとるのみです。
その命は、
わずか三日から
長くとも十日ほどと言われております。
そのごく限られた時間の中で、
彼らが光を放ち
夜空を飛び回るのは、
子孫を残すための
大切な求愛行動なのですね。
自らの短い
命の炎を燃やし尽くすように光り、
次の世代へと命を繋いでいく。
大自然の理(ことわり)に身を委ね、
ただ純粋に
今を生きる姿に
私たちは
深く考えさせられるものがあります。
情報と喧騒に溢れる
現代社会に生きる私たちではありますが、
時には、
自分自身の命の輝きを
静かに見つめ直す時間も
必要なのではないでしょうか。
――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
日々の生活に活きる
「心と身体の調和」をはかり、
蛍が暗闇に放つ
儚くも力強い光のように、
「周囲の人の心に灯火を灯す」生き方を
ともに探究していくことです。
そして命を尊び、
自然と和合する姿勢を
日々の暮らしの中で「率先躬行」していくこと。
自然の理や、
日々の稽古を通じた氣づきを
この道場長ブログ
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より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
"【生氣溌剌】 心身一如となり、全身から氣を出す "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
芒種【ぼうしゅ】次候
七十二候
第二十六候 腐草為蛍【くされたるくさほたるとなる】
6月10日~15日ごろ。
野原では蒸れて、腐りかけた草の中から蛍が舞い飛び始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【せいきはつらつ】しんしんいちにょ と なり、ぜんしん から き を だす 』
先日、稽古のあとに
あるお弟子さんから
嬉しいお声がけをいただきました。
「先生のお顔は、とてもハリがあって、生き生きとされていますね」と。
また、ご近所の方からも、
「いつも血色が良く、健やかでいらっしゃいますね」と。
ありがたい
お言葉を頂戴いたしました。
ふと鏡を見ますと。
自分でも
そう感じる瞬間が
少なからずございます。
それにちなんで、
合氣道を学びはじめた頃の
記憶が蘇ってまいりました。
私の師匠である
合氣道琴心館(きんしんかん)館長、
琴地 茂(ことち しげる)先生の
お顔を拝見した時のことです。
とても、つややかで
内側から光を放つような、
そんなお顔立ちをされておられました。
また当時、
小学生だった私の娘たちを
ご縁あって、
他流派の合氣道団体の道場へ
通わせていた時期がございました。
少し遠方でございましたので、
私も送迎を兼ねて
よく道場へ足を運んでおりました。
その折に拝見した、
そちらの団体の館長先生もまた
私の師匠である
琴地 茂先生と同じように、
大変血色が良く、
つややかなお顔をされておられました。
合氣道初心者であった私は
そのお姿を拝見するたびに、
「氣が出ている方は、自ずと顔に艶が出るのだな」と、
深く感銘を受けたものでした。
そして、
「自分もいつか、あのような顔になれるのだろうか」と、
憧れを抱きながら、
思いを巡らせておりました。
あれから、
14年ほどの歳月が流れ、
まだまだ
未熟者ではございますが、
お弟子さんやご近所さんから
そのように
仰っていただけるということは、
少しは、その境地に
近づくことができたのでしょうか。
「氣を出す」ということは、
ゆったりとした深い呼吸とともに
正しいリラックスを
心がけることから始まります。
常に心を臍下の一点に静めること。
そこから滞りなく、
力強い「氣」が湧き上がってまいります。
氣を出すこと。
それは天地大自然と
自分の心と身体が一体になること。
指先まで、
そして自身の周囲へと
大きく、力強く、豊かに、
全身から氣を出していく。
心穏やかに他者と争わず。
天地と結びつき、
和合の精神で
「氣を出し続ける」こと。
そうして溢れ出た氣が
内面からの健やかさとなり、
日々の呼吸法の恩恵もあって
おのずと顔の艶となって、
表に表れてくるのだと感じております。
―――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技の形を習うことではありません。
天地大自然と心身が一体となる境地を、
日々の暮らしの中でいかに体現していくか。
その「心と身体の調和」を、
生涯を通じて深く探究することです。
自らが豊かに氣を出し、
「率先躬行」の姿勢を示すことで
「周囲の人々の心に灯火を灯す」ような生き方を
ともに探究していくことです。
日々の稽古や自然の理からの氣づき、
そしてこの終わりのない歩みを
この道場長ブログ
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より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
"【報恩謝徳】 落ちた葉とお弟子さんへ贈る心 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
芒種【ぼうしゅ】初候
七十二候
第二十五候 蟷螂生【かまきりしょうず】
6月5日~9日ごろ。
カマキリの卵が孵化し姿を見せ始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【ほうおんしゃとく】 おちた は と おでしさん へ おくる こころ 』
毎朝、
仏壇の樒(しきみ)や仏花。
そして、
神様にお供えする
榊(さかき)の水を入れ替えます。
その時、
役割を終えて
枯れかけた花や葉が、
自然とはらりと落ちます。
その落ちた
花や葉の一枚一枚に、
私は「ありがとう」と
感謝の言葉を添えて、
自然へと還すようにしております。
そうやって毎日毎朝、
「ありがとうね」と
声をかけてあげる。
すると不思議と
どんどん新芽が出てきて、
長く瑞々しさを
保ってくれるのですよ。
こうした
理屈や数字だけでは
計り知れない、命の営み。
目には見えない働きを
感じ取る心を、
私はとても大事にしたいのです。
植物と向き合う
この穏やかな時間は、
合氣道の理合いと
深く通じています。
道場の稽古で
目の前の道友への「敬意」と「感謝」。
私の立場であれば、
縁あって道場に通ってくださる
子どもから大人、
全てのお弟子さん一人ひとりへの
深い「尊重」と「感謝」の念を持つこと。
そこから、すべては始まります。
すると、
こちらの「感謝の氣」が
自然と伝わり、
不思議なほどに、
お互いが調和していくのです。
日常の小さな命へ
「感謝」を向けることが、
そのまま
人間関係の和合へと繋がっていく。
目には見えないものを
敬う姿勢こそが、
他者と温かく結びつき
争いのない、
穏やかな日々を
もたらしてくれるのではないでしょうか。
―――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を学ぶことではありません。
日々の生活に活きる
「心と身体の調和」をはかり、
こうした自然の理から得た学びを
自ら「率先躬行」していくことです。
その歩みが、
周囲の人の心に灯火を灯すような、
争いのない健やかな生き方へと
繋がっていくと信じております。
自然の理や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
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より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
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合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【芒種】 蒔いた種は自分が刈り取る〜天地の法則と心豊かな生き方〜 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
芒種【ぼうしゅ】初候
七十二候
第二十五候 蟷螂生【かまきりしょうず】
6月5日~9日ごろ。
カマキリの卵が孵化し姿を見せ始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【ぼうしゅ】まいた たね は じぶん が かりとる 〜てんち の ほうそく と こころ ゆたかな いきかた〜 』
暦の上では
「芒種」を迎えました。
稲や麦など、
穂の出る植物の種をまく季節。
農家の方々が
秋の豊かな実りを願い、
丁寧に種まきをされる時期ですね。
自然界の理(ことわり)は、
とてもシンプルです。
自分で蒔いた種は、
やがて
自分自身で
収穫することになります。
「感謝」の種をまけば、
「感謝」が回り回って
自分のもとへかえってくる。
「不平不満」の種をまけば、
その「不平不満」が回り回って
自分にかえってくるのです。
これは誰にでも平等に
差配される " 天地の法則 " です。
さはさりながら、
この 天地の理 (ことわり) が
腑に落ちていないと、
自分の都合ばかりを優先し、
「身勝手な種」を
まいてしまうことがあります。
やがてその結果を
自分で刈り取ることになり、
相応のものが自分にかえってくる。
そこで自らの「種まき」に
氣づけば良いのですが、
それを他人や
環境のせいにしてしまう。
思い違いをしたまま
生きるのは、
なんとも切なく
悲しいあり方と言えましょう。
それが自分のことで
あることに全く氣づかない、
憐れな愚か者もいるものです。
合氣道の稽古においても
相手に対して
強引な力でぶつかれば、
必ず「反発」という
結果が自分にかえってきます。
そうではなく、
ゆったりとした深い呼吸とともに
臍下の一点に心を静め、
正しいリラックス状態を保つこと。
争う心を捨て、
和合の精神で相手と結びつくとき
そこには美しい技が生まれます。
日常生活もまた同じです。
自らの行いを振り返り、
心からの感謝をまき続けること。
それがやがて、
豊かな人生の収穫へと
つながっていくのでありまする。
――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技の形だけを
追い求めることではありません。
日々の生活のなかに活きる
「心と身体の調和」をはかり、
「周囲の人の心に灯火を灯す」ような、
喜びの連鎖を生み出す生き方を
ともに探究していくことです。
自然の理や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
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まずは自らが「率先躬行」し、
感謝の種をまき続けること。
より健やかな生き方や、
良好な対人関係を築くためのヒントが、
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝