" 友の進歩は自分の進歩。これぞ私たちが目指す「ぼくらの合氣道」の姿 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
立夏【りっか】次候
七十二候
第二十候 蚯蚓出【みみずいずる】
5月10日~14日ごろ。
冬眠していたミミズが土の中から出てくるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 とも の しんぽ は じぶん の しんぽ。これぞ わたしたち が めざす「ぼくら の あいきどう」の すがた 』
火曜日の午前は、
中高齢の皆様に向けた合氣道講座です。
道場には、
ゆったりとした呼吸とともに、
穏やかで和やかな氣が満ちています。
しかし、
昨日(5月12日) 昼から入れ替わりで、
合氣道琴心館寺崎道場
春の恒例「指導者育成練成稽古」が始まると、
同じ道場でありながら
場の氣は一転します。
静寂の中に
研ぎ澄まされた集中力と、
凛とした
心地よい緊張感が張り詰めるのです。
本日は、
あるお二人の女性のお話です。
(ご本人たちからは、快く承諾を得ております)
お二人は大の親友であり、
互いを高め合う
良きライバルでもあります。
お二人は、
慶應義塾大学の
文学部で親交を深めました。
一人は、
東京都港区で生まれ育った
〈円谷ひとみ(つぶらやひとみ)〉という女性。
彼女は既に麻布台教室を主宰し、
指導にあたっています。
もう一人は、
宮城県で東日本大震災で被災し、
ご家族で東京へ
移り住んできた女性〈Mさん〉。
友人を追いかけるように
2年遅れで入門してきた〈Mさん〉もまた、
真剣に指導者を目指し
同じ道場で稽古しています。
ちょうど一年前の
この指導者育成練成稽古でのこと。
〈Mさん〉が、
見事に上達した友人
〈円谷ひとみ〉の姿を素直に認め、
心から絶賛して
こう表現しました。
「ひとみちゃんの技はまるで、生きた花のようだね」
「立てば芍薬、座れば牡丹、投げる姿は百合の花だよ」
※2025年4月30日の記事をよろしければ参照してください。エントリーはコチラ
さらに彼女は
私にこう語ったのです。
「友の進歩は、自分の進歩となりますから」と。
他者の成長を妬むことなく、
自らの喜びとして受け入れることができる。
その清らかな心根と
豊かな感性に、
私は深く感銘を受けたのです。
あれから、ちょうど一年。
昨日の稽古で〈Мさん〉が見せた姿に、
私は静かな感動を覚えました。
氣の出し方、
技の正確さ、
そして立ち居振る舞い。
すべてが一変し、
目覚ましい進化を遂げていたのです。
昨年までの
心身の力みは消え去り、
常に正しいリラックスを心がけ、
臍下の一点に心を鎮める。
その日々の
たゆまぬ積み重ねが、
〈Мさん〉に見事な花を開かせたのでしょう。
一方、
一年前に讃えられた〈円谷ひとみ〉もまた、
より一層の落ち着きを放ち、
さらなる技の深みを増していました。
友の進歩を
心から祝福し、受け入れる。
お二人の関係性は、
まさに合氣道の理合いそのものです。
生まれ育った環境も
歩んできた道も異なるお二人が、
同じ大学で出逢い、
同じ道場で互いの氣を尊重し合い、
高め合っていく。
そこには、
嫉妬や妬みといった
「負の力み」は微塵もありません。
ただ深い呼吸とともに、
己の中心と静かに向き合う。
そして、
友をそのまま柔らかく受け入れる。
その和合の姿勢が
美しい立ち居振る舞いとなり、
確かな技の深みとなって現れているのです。
一年前に、友を心から絶賛し、
「立てば芍薬…」と讃えた彼女。
今、見事な大輪の花を咲かせた彼女自身へ、
今度は私から、
敬意を込めてその言葉を捧げたいと思います。
「立てば芍薬、座れば牡丹、投げる姿は百合の花」
現代は、
何かと他者と比べ、
争い合うことで
心をすり減らしやすい時代です。
しかし、
相手を無理に
自分の思い通りにしようとしたり、
他者の成功を妬んだりして、
自らの心を閉ざす必要はありません。
まずは、
ご自身の肩の力を抜き、
その抜いた力を
臍下の一点に収め、
正しいリラックスを心がけましょう。
ゆったりとした呼吸で、
自分の内側を静かに見つめる。
すると、
他者の良いところや、
その人の歩みを、
素直に尊ぶことができる
「しなやかな心のゆとり」が生まれます。
対立や争いを手放し、
「友の喜びは自分の喜び」と
柔らかく調和していく。
この姿勢は、
道場の中だけのものではありません。
ご家庭や職場など
日々の人間関係の結び目を解きほぐし、
心豊かに生きていくための
万人に通じる
大切な道標となるのではないでしょうか。
―――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技の形を極めることではありません。
日々の生活において
何事も柔らかく受け入れられる、
「しなやかな心のゆとり」を育むことです。
まずは自分自身が、
和合の心を「率先躬行」すること。
その正しくリラックスした温かな姿勢が、
ご縁のある
「周囲の人の心に灯火を灯す」ことに繋がり、
社会全体の喜びに結びついていくと
信じております。
友の進歩を喜べる清らかな心や、
道場での美しい氣づきといった自然の理を
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
人と比べず、
心穏やかに生きるためのヒントが、
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 自然と調和しあらゆる命を尊重する生き方〜地球は人間だけのものではない〜 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
立夏【りっか】次候
七十二候
第二十候 蚯蚓出【みみずいずる】
5月10日~14日ごろ。
冬眠していたミミズが土の中から出てくるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 しぜん と ちょうわ し あらゆる いのち を そんちょう する いきかた 〜ちきゅう は にんげん だけ の もの では ない〜 』
暦の上では
「蚯蚓出」を迎えています。
地中からひょっこりと
ミミズが姿を現すころです。
さんさんと降り注ぐ
太陽の光や澄み切った空氣、
そして天地大自然からの
恵みの雨があったとしても、
作物を健やかに育むためには、
その土台となる
ふくよかな大地が欠かせません。
地を這うミミズは
土を食(は)んで細かく砕き、
作物が根を張りやすい
柔らかな土壌を作り出してくれます。
決して
目立つことはありませんが、
豊かな実りを支えてくれる
尊い働き手なのですね。
この地球という星に生きる
すべての命には、
必ず何らかの存在する意味があります。
私たち人間を含め、
生きとし生けるものは皆同じです。
これからの季節は
道場にも蚊や小さな虫たちが
入り込んでくるようになります。
その時、
手のひらでパチンと
当たり前のように
命を奪う光景を目にすると、
私は何とも言えない
違和感を覚えるのです。
確かに
羽音に氣を取られたり、
刺されれば
不快に感じたりすることもあるでしょう。
さはさりながら、
この虫たちもまた
今この時代をともに生きる
存在に変わりはありません。
人間側の都合で
「害虫」と呼んでいる虫たちも、
この地球や
壮大な宇宙の営みから見れば、
決して欠かすことのできない存在なのです。
その虫たちが
具体的にどのような役割があるのか?と
問われれば、
私にもよく分かりません。
それでも
必ず意味があるからこそ、
そこに存在しているはずです。
地球は決して、
人間だけのものではありません。
常に臍下の一点に心を静め、
他者と争わず
すべてと和合する道を歩む
合氣道を学ぶ者として、
他なる命を尊重し、
共に在るということを
私たちは決して、
忘れてはなりませぬ。
―――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
日常のあらゆる場面において
心を静かに保ち、
等しき命や周囲の人々と共に歩む
和合の生き方を探究していくことです。
自ら率先躬行して
万物への敬意を払い、
周囲の人の心に温かな灯火を灯すような
振る舞いを心がける。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
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より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 見えない糸に導かれて〜全国から集うかけがえのないご縁〜 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
今週もよろしくお願いします。
本日は、二十四節氣
立夏【りっか】次候
七十二候
第二十候 蚯蚓出【みみずいずる】
5月10日~14日ごろ。
冬眠していたミミズが土の中から出てくるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 みえない いと に みちびかれて 〜 ぜんこく から つどう かけがえのない ごえん 〜 』
先月二十九日、
無事に合氣道演武大会を
終えることができました。
その後、
一日だけ休養日をいただき
それからはまた、
休みなく合氣道指導の毎日です。
私が主宰する
合氣道琴心館寺崎道場
春の恒例行事である
指導者育成練成稽古。
五月十七日まで続く
この集中稽古は、
月曜日から日曜日まで、
一般の通常の稽古と
同時進行で行っております。
午前と午後に
指導者育成練成稽古をして、
夜は一般の通常稽古というように
一般の稽古も休むことなく
通常通りに会員の皆様と
道場で共に稽古を重ねております。
連日の指導となりますゆえ、
たしかに身体は
疲労を感じることもございます。
しかし、
心はいつも晴れやかなのです。
人間は
忙しく活動し、
氣を出しているほうが、
かえって
臍下の一点から
新たな豊かな氣が満ちてまいります。
まことに
不思議なものでございますね。
今年もこの指導者育成練成稽古に
集まってくれたのは、
東京や神奈川で
指導にあたるお弟子さん方
そして、
指導者を目指す若き日本女子たちです。
彼女らは故郷を遠く離れ
東京の大学で学び、仕事に就いた、
東北から九州出身の若者たちです。
そして
日々、神戸の道場に通ってくださる
一般のお弟子さん方にしても、
そのご出身は本当に様々です。
同じ兵庫県内であっても、
北部の山あいの地方から
この神戸へ出てこられた方。
遠く沖縄で生まれ育ち、
ご縁あって神戸で仕事をされている方。
ご両親のお仕事の関係で、
ここ神戸の地へ引っ越してこられた方など。
それぞれに
全く異なる背景を持った、
多様な人生が交差しています。
よくよく考えてみますと、
これは途方もない奇跡ではないでしょうか。
地球という
この広大な星に私たちは生まれ、
何十億という人々が暮らす中で
同じ時代を生きるということ。
さらには、
数ある国や地域の中から
この同じ街にたどり着くということ。
歩んできた道も、
見てきた景色も違う者同士が
ふとした見えない糸に導かれ、
同じ一つの道場の扉を開く。
そして
今日も同じ畳の上で、
技を通して
呼吸を合わせているのです。
それぞれの場所で
日々の仕事や生活に向き合いながらも、
道着に着替えれば
いつでも一つに繋がることができる。
もし、
ほんの少しでも
人生の歯車が違っていれば、
決してすれ違うことさえなかったであろう
かけがえのない道友たち。
人間の浅はかな知恵や計算では
到底計り知れない、
大いなる天地大自然の
采配を感じずにはいられませぬ。
まさに、
人智を超えた人と人との結びつき。
この世の中に
偶然などというものは存在しない、
すべてが「必然」。
出逢うべくして出逢った奇跡に、
ただただ、深く感謝するばかりです。
この尊いご縁を大切にし、
皆様と心豊かな時間を紡いでまいります。
―――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技の形をなぞることではございません。
人智を超えた出逢いの奇跡に深く感謝し、
日々の生活の中で
内なる氣を整え、
自然体で在ることをはかること。
そして、
道場で結ばれた和合の精神を自ら体現し、
周囲の人々の心に
温かな灯火を灯すような生き方を
ともに探究していくことでございます。
見えないご縁が織りなす自然の理や、
日々の稽古を通じた氣づきを
この道場長ブログ
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より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【啐啄同時】反復稽古が引き出す弟子の成長と、指導者冥利に尽きる喜び "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
立夏【りっか】初候
七十二候
第十九候 蛙始鳴【かわずはじめてなく】
5月5日~9日ごろ。
冬眠から目覚めた蛙が元氣に鳴き始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【そったくどうじ】はんぷくけいこ が ひきだす でし の せいちょう と、しどうしゃ みょうり に つきる よろこび 』
昨日のブログでも少し触れました、
(※一つ前のエントリーはコチラから)
4月29日に開催された
兵庫県合氣道連盟
合氣道演武大会のことです。
この大会に向けて
3月からの2ヶ月間、
演武する技を繰り返し、繰り返し、
お稽古いたしました。
同じことを反復して練習する。
これにより、
子どもから大人までお弟子さんの技は、
驚くほど大きく進歩したのです。
そして、
技だけではありません。
礼の仕方。
真っ直ぐな姿勢。
道場での立ち居振る舞いや、
美しい所作。
これらも
見違えるほど向上いたしました。
一つの動作を丁寧に繰り返すこと。
それは心と身体を一つに結び、
自己と静かに向き合う
尊い時間でもあるのです。
現代の慌ただしい日常生活では、
つい結果ばかりを求めてしまいがちです。
しかし、
同じことを淡々と繰り返す
その過程にこそ
本当に大切なものが宿ります。
焦らず、
一つひとつの動作を味わうように生きる。
そのていねいな
積み重ねの先に、
確かな変化が見えてまいります。
昨年まで
できなかったことができるようになる。
人が進歩向上するとは
まさに、こういうことなのでしょう。
私自身も
今回の演武大会におきまして、
指導部演武という
大役がございました。
回を重ねるうちに
次第と臍下の一点に心が静まり、
落ち着いて
演武ができるようになりました。
これは、ほんの僅かであっても
少しは成長した
ということなのでしょう。
その事実は素直に認めつつ、
でも、それ以上に
やはり、
お弟子さんの成長のほうが
比べものにならないほど嬉しいのです。
演武大会が、
無事に終わった後のことです。
私が合氣道琴心館(きんしんかん)の
門を叩いた時には
すでに、ご自身の道場を主宰され、
長年にわたり立派に後進を
導いてこられた、
兵庫県合氣道連盟の
大変尊敬申し上げる大先輩の先生から
お声がけをいただきました。
「寺崎先生、ちょっとこれ見てくれへん。
率直にどう思う?」
見せてくださったのは、
その先生の道場の中学生のお弟子さんが
演武している動画でした。
私は動画を拝見し、
率直にこうお答えいたしました。
「一つの技の後に道着を触る癖が
あるようですが、中学生らしい伸び伸びと
溌剌とした演武ですね」
すると、大先輩は
とても嬉しそうに目を細められました。
「そうやろ、この子な、よう練習した子やねん」
そのお言葉を伺い、
私は深く共感いたしました。
僭越ですが、
やはり指導者というものは皆、同じなのだと。
目の前のお弟子さんを
少しでもあらゆることにおいて、
進歩向上させてあげたい。
この思い一心で
日々真剣に
向き合っている指導者ならば、
誰もが皆、
自分自身の成長よりも
お弟子さんの成長が
何よりも嬉しいものなのです。
できなかったことが、
できるようになった瞬間の
晴れやかな表情。
背筋がすっと伸び、
迷いなく動く姿。
その過程を
一番近くで、見守ることができる。
これほどの喜びは
他にはございませぬ。
私がいかに未熟者であろうと
お弟子さんたちの日々の歩みが、
私の心に温かい感動を
もたらしてくださるのです。
本当に喜ばしく、
ありがたいことでございます。
だからこそ、
お弟子さんの皆さんご自身で
静かに自分の心に問いかけてみて
いただきたいのです。
この2ヶ月間で身につけたことを
今後、どうしていくか。
それが何よりも大事なのです。
演武大会が終わってからも
歩みを止めず、道場に通い、
変わらず、
いや、これまで以上に
氣を出し、
もっと成長しようと探究する者。
一方で、
せっかく身につけた
技や美しい所作も、
忘れ去ってしまったかのように
ただ、流されるままに、
なぞるだけのお稽古をする者。
両者の間には、
この先の未来に
とても大きな差が生まれます。
ご自身の進歩を、
ここで止めてしまうのか。
それとも、
今以上に高め深めていくのか。
君は、どちらですか?
――――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
日々の反復稽古で培った
感覚を日常のあらゆる場面に活かし、
現状に満足することなく、
自らをより高め深めようとする
姿勢を持ち続けることです。
そうした地道な歩みの中で
他者と敬い合い、
ともに進歩向上し合える
和合の道を探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
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良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
良い週末を。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【兵庫県合氣道連盟 演武大会】「紺屋の白袴」で駆け抜けた日々。伝統の復活と次なる始動 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
立夏【りっか】初候
七十二候
第十九候 蛙始鳴【かわずはじめてなく】
5月5日~9日ごろ。
冬眠から目覚めた蛙が元氣に鳴き始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【ひょうごけんあいきどうれんめい えんぶたいかい】「こうや の しろばかま」で かけぬけた ひび。でんとう の ふっかつ と つぎなる しどう 』
ゴールデンウィークの連休中、
ブログの更新をお休みしておりました。
再開にあたり
書きたいことは山ほどございますが、
まずは4月29日に開催されました
「第27回兵庫県合氣道連盟 合氣道演武大会」のことについて、
お話ししたいと思います。
私にとって、
今年の演武大会は
準備期間から
大会が終わるまでの数カ月間、
とにかく頭を休みなく、
フル回転させた日々でございました。
私が主宰する
合氣道琴心館寺崎道場からも
子どもたちから大人まで、
たくさんのお弟子さんたちが参加いたしました。
3月から2ヶ月間、
皆、この大会に向けて
真摯に稽古を重ねてまいりました。
指導において
当道場を取り仕切る私のするべきことは、
各道場や教室の
誰と誰を組ませるか
どのような技を行うかを見極めることです。
その次に
身体にその技を染み込ませること。
ある程度
それができるようになれば、
技の終わりや受身の後の姿勢や静止。
そして、
礼などの立ち居振る舞い。
演武大会が数日後に迫るなか
突如として、
あらゆる理由で
出場できなくなる人も出てまいりました。
この空いた穴を誰が埋めるのか。
当日の体調不良等、
欠席者にはどう備えるのか。
大会が始まる数時間前まで、
考えを巡らせておりました。
2ヶ月間にも及ぶ稽古において、
出場するお弟子さん一人ひとりに
少しでも進歩、向上していただきたい。
その思いで臨んでおりましたが、
私自身も指導部演武という
とても重大な役割がございます。
しかし、
「紺屋の白袴 (こうやのしろばかま)」とは
よく言ったもので、
自分自身の稽古をする時間など、
皆目見当たりませんでした。
氣がかりは、
それだけではございませんでした。
先のコロナ禍によって、
5年もの間、
開催されなかったこの演武大会。
一昨年に一度復活したものの
昨年は諸事情により、
無念の延期となっておりました。
このままでは、
兵庫県合氣道連盟の演武大会が、
永久になくなってしまうかもしれない。
そのような危機感すらありました。
そこで、
兵庫県合氣道連盟に所属する
指導者たちが集い、
役員会議を開き
和合の精神をもって議論を重ねました。
会場確保から、
企画、進行、役割分担と、
あらゆることを進めていったのです。
正直なところ、
大会終了時には
どっと、それまでの疲れが噴き出しました。
脳が「休ませてほしい」と、
訴えかけておりました。
2ヶ月間、いや、2年間、
フルに酷使した
頭を休めてあげようと思いました。
しかし、演武大会終了後も
関東から8名のお弟子さんが、
寺崎道場恒例の
GW期間中を含め、2週間にわたる
指導者育成練成稽古に訪れておりました。
翌30日、
1日だけ完全な休日をお許しいただき、
近くのスーパー銭湯で、
岩盤浴と温泉に丸一日つかりました。
張り詰めた氣を解き放ち、
心身を深く休ませていただきました。
僭越ではありますが、
私にとって
2年間にも及ぶ様々な思いが詰まった
第27回の兵庫県合氣道連盟
合氣道演武大会。
終わりはいたしましたが、
来年へ向けて、
反省点や課題は山積みです。
その鮮明な記憶が残っているうちに
それらをすべて漏れなく書き留めたのち、
私の頭の中から、
第27回大会のすべてのデータを、
静かに削除いたしました。
過去への執着を手放し
臍下の一点に心を静め、
2年間の思いの全部を
静かに吐き出し、
今ここから、
また新たな呼吸を始めるためです。
すでに、
来年へ向けての歩みは始まっております。
最後に、
早朝から会場に駆けつけ
設営作業を手伝ってくださった皆様、
当日、寒い中、
受付をしてくださった方々、
合氣道琴心館寺崎道場の
中学生以上のお弟子さんたち、
そして、共に汗を流してくださった
親御さんたちへ。
休日の貴重なお時間であったはずです。
それにも関わらず、
子どもたちを陰から見守るだけでなく、
率先して重い畳やテーブルを運び、
場を整えてくださるお姿がありました。
皆様のその無償の支えと
温かなお力添えがなければ、
この大会が無事に
幕を開けることはございませんでした。
その美しい在り方に、
魂から深く感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
――――――――――――――――――――――
合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技の形を追うことではありません。
一度途絶えかけたものを
再び紡ぎ出すためには、
個人の力だけでは到底及びません。
困難な壁に直面したときこそ、
「正しいリラックス」を保ち
他者と氣を合わせる。
そして
ひとつの大きな事を成し終えたなら、
そこにとどまらず
執着を手放して心を静かに空にする。
そうした淀みない氣の巡りこそが
日々の生活をより豊かにし、
次なる新たなスタートへの
原動力となるのだと、
今回の大会を経て改めて感じております。
一つの終わりを、
次なる始まりへと結んでゆく。
そのような淀みなき生き方を、
皆様とともに探究していくことです。
自然の理 (ことわり) や
日々の稽古を通じた氣づきを、
この道場長ブログ
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健やかな日々を送るためのヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝