2025-12-18 03:22:00

" ​魂が震えた2時間50分。劇団四季に見た「プロ」の極意 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

大雪【たいせつ】末候

 

七十二候

第六十三候 鱖魚群 (さけのうおむらがる)

12月16日~20日ごろ。

鮭が川を遡上するために群れをなすころ。

海で大きく育った鮭は産卵のため、

ふるさとの川へ帰っていきます。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​たましい が ふるえ た にじかん ごじゅっぷん。げきだん しき に み た「ぷろ」の ごくい 』

 

 

 

 

 

​昨日はご縁をいただき、

追手門学院大学 教育後援会

2025年度見学懇親会に

出席させていただきました。

 

 

​会場はホテルグランヴィア大阪。

 

 

美味しい昼食を囲みながら、

大学の学長先生をはじめ、

 

教育後援会の役員の方々、

大学関係者の皆様と

懇親を深めることができました。

 

 

 

教育の現場における

熱い想いや、

 

未来を担う

学生たちへの眼差しに触れ、

 

私自身も

多くの刺激と学びをいただいた

ひとときでした。

 

 

 

 

​そしてその後、

懇親会の皆様と共に

大阪四季劇場へと足を運びました。

 

 

 

演目は、

ミュージカル「ゴースト&レディ」。

 

 

私にとって、

これが人生で

初めて触れる「劇団四季」の世界でした。

 

 

 

 

​" 魂と魂が響き合う物語 "

 

 

 

​

この「ゴースト&レディ」

という作品は、

 

近代看護の母

フローレンス・ナイチンゲール(フロー)と、

 

芝居小屋に住み着く

元決闘代理人の幽霊(グレイ)が

 

織りなす、

奇妙で美しい愛と信念の物語です。

 

 

 

 

「人を救いたい」と願う

フローの強い意志が、

 

冷酷な幽霊の心を次第に溶かし、

やがて二人は

クリミア戦争の戦場へと赴きます。

 

 

絶望的な状況の中で

「生きる意味」を問い続ける

 

その姿は、

観る者の心に

鋭く問いかけてくるものがありました。

 

 

 

 

 

​" 凄まじき「稽古」の量 "

 

 

 

 

幕が上がってからの

2時間50分。

 

ただただ、圧倒されました。

 

 

​

壮大な舞台装置、

煌びやかな衣装もさることながら、

 

何よりも

キャストの方々の大迫力の演技。

 

 

 

舞台の隅々にまで行き渡る「氣」。

 

 

 

あの長尺の歌、

激しいダンス、

そして膨大な台詞の量。

 

 

それらを

一切の淀みなく、

 

全身全霊で表現し続ける

体力と精神力には言葉を失います。

 

 

 

指先一つ、

視線一つ、

立ち居振る舞いに至るまで

 

神経が研ぎ澄まされており、

一瞬たりとも

氣が抜けた表情など一切ありません。

 

 

​

道は違えど、

全身から「氣を出す」ことを

志す者として、

 

私の目は自然と

彼らの「表情」と「呼吸」に向いていました。

 

 

​

 

相当な「稽古」を積まねば、

あれだけのことは到底できません。

 

 

 

 

一体、

どれほどの時間をかけ、

どれほどの汗を流し、

 

自身を追い込んで

練り上げれば、

 

あのような境地に

達することができるのか。

 

 

 

 

華やかな舞台の裏にある、

キャストの方々の

 

血の滲むような

鍛錬の日々に思いを馳せ、

 

ただただ感動するばかりでした。

 

 

 

​

心身を極限まで使いこなし、

喉を枯らし、

 

それでもなお

表現を磨き続ける日々の鍛錬。

 

 

 

 

その凄まじい積み重ねが、

あの圧倒的な『 氣 (エネルギー) 』

となって

客席に押し寄せてくるのです。

 

 

 

 

超一流のプロの仕事とは

まさに、こういうことなのですね。

 

 

​

 

 

その道で一流のプロを

極めようとする人の姿は美しく、

そして尊いものです。

 

 

 

​

 

 

" 感動のフィナーレ "

 

 

 

 

​そして迎えたフィナーレ。

 

 

​物語が結末を迎え、

カーテンコールへと続く中、

 

客席のあちこちから

感動のあまり

涙する人々の氣配が伝わってきました。

 

 

​

そして、

私自身もまた、

 

胸の奥底から込み上げてくる

熱いものを抑えることができませんでした。

 

 

 

 

舞台上の演者たちが

放つ凄まじい『 氣 (エネルギー) 』と、

 

 

物語に込められた「命の輝き」が、

私たちの魂を直接揺さぶったのです。

 

 

 

理屈ではなく、

魂が共鳴した証でしょう。

 

 

 

深く、感動いたしました。

 

 

 

​

「プロフェッショナルとは何か」

 

 

 

その答えを、

「劇団四季」に見せていただきました。

 

 

​

​人生初の劇団四季ミュージカル。

 

 

 

​そこには

言葉に尽くせぬ感動があり、

 

プロフェッショナルとしての

真のあり方を学ばせていただきました。

 

 

 

​私自身も、また必ず。

 

 

​あの超一流の

演者たちが放つ「氣」を感じに、

劇場へ足を運びたいと思います。

 

 

​

 

 

ご一緒させていただいた

追手門学院大学教育後援会、

大学関係者の皆様、

 

そして

素晴らしい舞台を

見せてくださった劇団四季の皆様に、

心より感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

ほんまに生きて良かったわ。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-12-17 03:08:00

" イルミネーションより美しい?雨のメリケンパークで見つけた「静かな奇跡」 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

大雪【たいせつ】末候

 

七十二候

第六十三候 鱖魚群 (さけのうおむらがる)

12月16日~20日ごろ。

鮭が川を遡上するために群れをなすころ。

海で大きく育った鮭は産卵のため、

ふるさとの川へ帰っていきます。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​いるみねーしょん より うつくし い? あめ の めりけんぱーく で みつけ た「しずか な きせき」 』

 

 

 

 

 

今年も

残り僅かとなりました。

 

神戸メリケンパークは

クリスマスイルミネーションに彩られ、

 

一年で最も

華やかな季節を迎えていますが、

 

私の心にふと蘇ったのは、

そんな賑わいとは対極にある、

11月の雨の日の記憶でした。

 

 

​

今日は、

少し前の静かな神戸で出会った景色と、

 

そこで感じた

「季節と命」について

綴ってみようと思います。

 

 

​

 

" 1ヶ月前、雨音だけが響く神戸メリケンパークへ "

 

 

​

11月のある日のこと。

元町周辺での用事を終え、

メリケンパークへと向かいました。

 

 

​空からは

ポツリポツリと雨。

 

 

前日の天氣予報を見て

鞄に入れておいた折りたたみ傘を開き、

私はそのまま歩き続けました。

 

 

12月の今となっては

多くの人で賑わうこの場所も、

 

あの日は人けも少なく、

聞こえるのは雨音だけ。

 

 

​でも、

そんな静寂に包まれた神戸もまた、

 

良いものだと

感じながら歩を進めていました。

 

 

​

 

 

" 雨の日だからこそ出会えた「絶景」"

 

 

 

 

公園に着く頃には雨足も強まり、

そこら中に水たまりができていました。

 

 

足元が悪く、

少し歩きにくい状況。

 

 

しかし、

ふと視線を落とした瞬間、

私はハッと息を呑みました。

 

 

 

​水たまりが鏡となり、

赤い神戸ポートタワーを

くっきりと映し出していたのです。

 

 

​雨が降らなければ、

水たまりができなければ、

決して見ることのできなかった景色。

 

 

 

 

それは、

雨の日だけがくれる

特別なプレゼントのようでした。

 

 

 

 

​

" 足元の絶景に心を奪われて "

 

 

 

​自宅から

歩いて行ける見慣れた場所で、

 

こんなにも美しい

リフレクション写真が撮れるなんて。

 

 

 

 

そればかりか、

その時、一瞬雨がやんだのです。

 

 

 

 

雨粒で水面が乱れていては、

リフレクションも乱れます。

 

 

鮮明にあるがままの姿の

逆さ神戸ポートタワーを映し出していました。

 

 

 

 

まさに、お天道さまが

「今撮れ!」と言わんばかりです。

 

 

 

 

この状況に

一人静かに感動し、

 

「これはインスタグラムに投稿しよう」と

何度もスマホのシャッターを切りました。

 

 

 

 

​煌びやかな

イルミネーションも素敵ですが、

 

あの雨の日に見た、

水鏡の中の静かな

神戸ポートタワーの美しさは、

 

1ヶ月経った今でも

鮮明に焼き付いています。

 

 

 

 

 

" 巡る季節、それぞれの「良さ」と「命」"

​

 

 

 

 

今、東雲の空を見上げながら

あの日のことを反芻 (はんすう) し、

このブログを執筆しています。

 

 

 

雨には雨の良さがあるように、

季節にもそれぞれの

役割があるのだと改めて思うのです。

 

 

 

​

寒い冬は

手も凍える厳しさがあるけれど、

その分、空氣が澄み渡る冬の良さ。

 

 

​酷暑の夏は

身体にはこたえるけれど、

生命力が爆発する夏の良さ。

 

 

​

夏にしか育たないものがあり、

冬の寒さを耐えて大きく育つものがある。

 

 

 

私たちも、動物も、植物も。

 

 

それぞれの季節、

それぞれの環境の中で

懸命に生きている「尊い命」です。

 

 

​

 

 

" 地球って凄いな "

 

 

 

 

​雨も、晴れも、寒さも、暑さも。

 

 

すべてがこの星の営みであり、

その中で私たちは生かされている。

 

 

 

​1ヶ月前の雨の日の記憶と、

今の夜明け前の静けさが

繋がったとき、素直にこう思いました。

 

 

​

「改めて、地球って凄いな!」

 

 

 

​このブログを読んでくださる

読者のみなさまも

 

もし雨が降ったら、

がっかりせずに足元を見てみてください。

 

 

 

そこには、

その時しか出会えない

 

「命の輝き」や

「静かな絶景」が

待っているかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-12-16 03:51:00

" 命は母からの「ギフト」ではなく、天からの「預かりもの」。私たちが勘違いしてはいけないこと "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

大雪【たいせつ】末候

 

七十二候

第六十三候 鱖魚群 (さけのうおむらがる)

12月16日~20日ごろ。

鮭が川を遡上するために群れをなすころ。

海で大きく育った鮭は産卵のため、

ふるさとの川へ帰っていきます。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​いのち は はは から の「ギフト」で は なく、てん から の「あずかり もの」。わたし たち が かんちがい して は いけない こと 』

 

 

 

 

 

ふと、

車で信号待ちをしていたときのことです。

 

 

歩道の掲示板に、

こんな標語が掲げられていました。

 

 

​

「おかあさんからもらったこの命、大切にしよう」

​

 

 

一見すると、

親への感謝や

自愛を促す美しい言葉に見えます。

 

 

 

 

しかし、

その言葉を目にした瞬間、

 

私の胸には温かさとは全く違う、

ある種の「強烈な違和感」が去来しました。

 

 

​

この言葉には、

無意識のうちに

 

「命の真理」を見誤らせる

リスクが潜んでいるのではないか。

 

そう感じたのです。

 

 

 

 

​

" その命、

本当に「お母さん」が

作ったものですか?"

 

 

​

 

 

「お母さんからもらった命」という

表現は正しいのでしょうか。

 

 

 

​もし、

命が人間の意志で作れるものなら、

この世の理(ことわり)は

もっと単純なはずではないでしょうか?

 

 

 

どれほど

子どもが欲しいと切望しても、

授からないことがあるのが現実です。

 

 

逆に、

予期せぬタイミングで

新しい命が宿ることもあります。

 

 

 

 

​ここには、

人間の意志や肉体的な努力だけでは

どうにもならない、

「人智を超えた領域」が働いています。

 

 

 

 

人間は、

命というシステムを

一から創造することなどできません。

 

 

 

 

 

​"「産んであげた」という驕(おご)りが招くもの "

​

 

 

 

私が最も危惧するのは、

親自身が「この子の命は私があげたもの」

「私が産んであげた」と錯覚してしまうことです。

 

 

​

「私が与えた命なのだから、この子は私のものだ」

「こんな子に育つために、あなたを産んだのではない」

 

​

この意識が芽生えた瞬間、

親は無自覚に

子どもを「私物化」し始めます。

 

 

 

 

自分の所有物だから、

自分の意のままに育てていい。

 

 

自分の理想通りに動かしていい。

 

 

そんなコントロール欲求の根源が、

ここにあるように私は思うのです。

 

 

​

「あなたのために産んで育ててあげたのよ」

 

 

 

そんな言葉で

子どもを縛り付けてしまう悲劇は、

 

命の出処を

「自分(親)」だと

勘違いすることから

始まっているのではないでしょうか。

 

 

​

 

 

" 命は「天地」からの一時的な預かりもの "

 

 

 

 

 

では、

私たちの命はどこから来たのか。

 

 

 

それは

母からではなく、

「天地」から授かったものです。

 

 

​

お母さんは、

命の創造主ではありません。

 

 

 

天から降りてくる

命をこの世に迎えるために

 

身体を貸し、

痛みに耐えて産んでくれた、

 

尊い「代理人」です。

 

 

 

あくまで、

天と地をつなぐ

パイプ役を果たしてくれた存在なのです。

 

 

 

 

​こう考えると、

親子関係の景色はガラリと変わります。

 

 

 

​

親にとって子とは、

自分の所有物ではなく、

 

天から一時的に預かり、

大切に育て上げる

責任を負った「預かりもの」。

 

 

​

 

子にとって命とは、

親の所有物ではなく、

天から授かった

一回きりの尊い自分だけの輝き。

 

 

 

​

 

 

" 天に還すその日まで "

​

 

 

 

「命を大切にしよう」

 

掲示板にあった

結論そのものは、

間違いのない真実です。

 

 

​

しかし、

それは「お母さんからもらったから」

大切にするのではありません。

 

 

 

天地から授かり、

いつかは

天にお返ししなければならない

 

尊い「借り物」だからこそ、

粗末にしてはいけないのです。

 

 

 

 

​

親も子も、

互いに「天からの授かりもの」である

という謙虚な認識を持つこと。

 

 

 

 

それこそが、

親子の執着や支配から自由になり、

 

本当の意味で

命を大切にすることに繋がるのだと思います。

 

 

 

 

​信号待ちで見かけた

あの一言は、

 

私に

「親としての在り方」と「命のルーツ」を

深く問い直させてくれました。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-12-15 03:18:00

" ​師範の独り言 「こんなに素晴らしい弟子を持てて幸せです」 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

大雪【たいせつ】次候

 

七十二候

第六十二候 熊蟄穴(くまあなにこもる)

12月11日~15日ごろ。

熊が冬眠のために穴へこもるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​しはん の ひとりごと 「こんな に すばらし い でし を もて て しあわせ です」 』

 

 

 

 

 

合氣道琴心館寺崎道場では、

年に2回、

前期と後期に昇級審査を行っています。

 

 

 

去る令和7年12月7日(日)、

令和7年後期 合同昇級審査を執り行いました。

 

 

 

​

当日は、

子どもクラスから大人クラスまで、

多くの受験者が道場に集いました。

 

 

 

張り詰めた空氣の中、

審査開始の号令とともに、

 

皆が一所懸命に

日頃の稽古の成果を披露してくれました。

 

 

 

​今回の審査を通じ、

私は師範として

胸が熱くなる瞬間が何度もありました。

 

 

 

​ある小学生は、

審査の最初から最後まで

一切「氣」を切らすことなく、

持てる実力を存分に発揮しました。

 

技の終わりの残心、

礼法、そして所作に至るまで、

到底9級とは思えぬレベルでした。

 

 

これは、

普段の稽古において

 

私の言葉を一つひとつ大切にし、

忠実に実践してきた努力の賜物です。

 

今後のさらなる成長を確信しました。

 

 

 

 

​また、

ある低学年の子は、

小さな身体から

溢れんばかりの氣迫を見せてくれました。

 

10級の枠を

遥かに超えたダイナミックな受身、

 

そして技の要点を深く理解し

実践しようとするその姿勢には、

審査員である私自身が圧倒されるほどでした。

 

 

​

 

また、ある小学生は

緊張からか足捌きを

間違えてしまった者もいました。

 

しかし、

私が評価したのは失敗そのものではなく、

その「過程」です。

 

苦手な半身(左右の構え)の

修正に真摯に取り組み、

なんとか克服しようと道場で取り組む姿。

 

それだけではなく、

自宅でも

ご両親を相手に稽古していると聞きました。

 

その心の姿勢こそが、

合氣道のみならず、

人生において最も尊いものです。

 

 

​

 

そして

何より嬉しかったのは、「人の和」です。

 

 

 

 

 

今回の審査対象では

ないにも関わらず、

 

道友のために

快く「受け」を務めてくれた道場生たち。

 

 

そして、

張り詰めた緊張感の中で、

道友の挑戦を温かく見守ってくれた

すべてのお弟子さんたち。

 

 

 

​彼らの姿を見て、私は改めて思いました。

 

 

 

 

「こんなにも素晴らしいお弟子さんたちを持てて、私は本当に幸せ者だ」と。

 

 

 

 

​合氣道は一人ではできません。

 

 

相手がいて、

仲間がいて、

初めて己を磨くことができます。

 

 

 

 

技術の向上はもちろんですが、

合氣道琴心館寺崎道場が、

 

こうして

互いを高め合える場で

あり続けていることを、

道場長として誇りに思います。

 

 

​

 

今回、

合格した皆さんは、

この結果に慢心することなく。

 

 

惜しくも

合格に届かなかった皆さんは、

その悔しさをバネに。

 

 

また今日から、

共に稽古に励んでいきましょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-12-12 03:21:00

" 難技『二人掛け』に見る、「個」と「和」の中心軸 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

大雪【たいせつ】次候

 

七十二候

第六十二候 熊蟄穴(くまあなにこもる)

12月11日~15日ごろ。

熊が冬眠のために穴へこもるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 なんぎ『ににんがけ』に み る、「こ」と「わ」の ちゅうしん じく 』

 

 

 

 

先日の

大人クラスの稽古では、

「二人掛け(ににんがけ)」という

技を稽古しました。

 

 

 

 

合氣道をされていない方に

分かりやすく言えば、

 

 

これは、

投げの右手首を

一人が両手で持ち、

 

左手首を

もう一人が両手で持つ

という状況から始まります。

 

 

 

 

「両手を封じられた状態で、二人同時に投げる」

という、非常に難易度の高い技です。

 

 

​

 

当然ながら、

力任せに投げようとしても相手は二人。

 

ビクともしません。

 

 

お弟子さんたちも、

二人の氣と、重さと、力に

相当苦労されているようでした。

 

 

​

 

この技を

スムーズに行うための重要なポイントは、

 

「受けの二人を常に引っ付けておくこと」です。

 

 

 

二人が離れてしまっては力が分散し、

到底投げることはできません。

 

 

 

「二人を一つの塊のように扱う必要があります」。

 

 

​

 

 

師範として指導の場に立つ時、

私はいつも感じることがあります。

 

 

 

それは、

「合氣道の技は、人間関係や生き方そのものである」

ということです。

 

 

​

 

この二人掛けの極意もまた、

そのまま人生の教訓に通じます。

 

 

 

 

​

まず第一に、「姿勢」です。

 

相手を動かそうとする前に、

まず自分の姿勢が整っていること。

 

これは生き方において、

ブレない確固たる

信念を持つことに他なりません。

 

 

 

​第二に、「結び」です。

 

相手と離れていては技は掛かりません。

 

相手を拒絶するのではなく、

思いやりと愛情を持って寄り添うこと。

 

その心の「結び」があって初めて、

人は動いてくれるのです。

 

 

​

そして最後に、

最も大切なのが「中心(バランス)」です。

 

二人掛けでは、

左右に相手がいます。

 

どちらか一方に

意識や力が偏れば、

 

もう片方を制御できなくなり、

技は成立しません。

 

 

つまり、

片方は投げることができても、

もう片方を投げることはできません。

 

 

 

​

これを

人生に置き換えて考えてみましょう。

 

 

 

​

右手が「内なる守り」

" 自分や子ども、家庭 " であるならば、

 

左手は「外への働き」

" 仕事、社会貢献、親や恩人のため " と

考えることができます。

 

 

 

 

​

自分や家族のことばかり

(右)に偏れば、

社会との調和を失います。

 

 

 

一方で、

外の仕事や社会のこと

(左)ばかりに氣を取られれば、

自分自身や家族がおろそかになってしまいます。

 

 

​

 

右にも左にも傾かない。

 

 

 

 

自分の信念は絶対にブレず、

他者も生かす。

 

 

 

 

どちらにも傾かない、

この絶妙なバランスを保つことこそが、

「中心の道」なのです。

 

 

 

​

「二人掛け」という

二人を同時に導くこの難技を通して、

 

私たちが歩むべき道は

偏りのない、調和の取れた

「天地のど真ん中」であることを学びました。

 

 

​

 

そして、

お弟子さんを指導する

私もまた、己のバランスを問い直す

貴重な一日となりました。

 

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝