" 赤シソとレモンとサトウキビ "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
『あかシソとレモンとサトウキビ』
夏の風物詩しそジュース。
毎年、
夏の暑い時期には
我が家には
しそジュースがある。
寺崎道場自家製の
赤しそジュースだ。
あくまで
寺崎道場自家製の
作り方なので、
参考になるかどうかは
わからないが、
作り方はとても簡単だ。
赤しそを買ってくる。
茎のまま
売られていることが
多いので、
葉っぱだけを
「優しく」ちぎる。
ちぎった葉っぱを
ボウルなどに移して
「優しく」水洗いする。
鍋に2リットルの
水を沸騰させる。
沸騰した鍋に
洗った葉っぱを
「ありがとう」と
言いながら入れる。
5分から10分位煮出す。
赤い葉っぱが
緑色に変わったら、
「ありがとう」と
言いながら
火を止め、冷ます。
十分に冷めたら、
中のしそを取り出して、
「ありがとう」と
言いながら絞る。
赤色をよりきれいに
発色させるため、
クエン酸や酢を
入れてもよいが、
寺崎道場自家製は
レモンを2個絞る。
見た目の
鮮やかな赤色も
素晴らしいが、
それより
赤しそ本来の
赤のほうが自然で良い。
そのレモンだが、
安物のレモンは買わない。
輸入レモンには
防カビ剤や農薬が
ふんだんに使われており、
殺虫剤まみれのレモンを
食べるようなものだ。
だから
なるべく国産の
そういったものが
含まれていない
皮のまま
食べることができる
レモンを高くても買う。
そのレモン2個に
「ありがとう」と
言いながら絞る。
その時の感覚で
レモンを皮のまま
入れ作ることもあるが、
とても酸味のある
酸っぱい
しそジュースになる。
絞っても皮のままでも、
どちらも美味しい。
甘さは
絞ったほうが出やすい。
次に砂糖だ。
砂糖も値をケチらない。
さとうきびが
原料の粗製糖を使います。
量はその時の感覚です。
冷ました鍋を
再び加熱しながら、
大さじ8杯位〜10杯位を
「ありがとう」と
言いながら
入れていきます。
味見をしながら
入れていきます。
あとは
煮出した
しそジュースに
レモンと粗製糖が
よく馴染むように、
「混ざり合って一体となってね」と
言いながら
優しく混ぜ合わせる。
冷まして
出来上がりです。
この作り方は
濃縮ではないので、
そのまま飲めます。
そして、
寺崎道場自家製
しそジュースは
常温保存で
発酵します。
冷蔵庫で
保存した場合は
発酵しませんが、
ペットボトルに入れて
常温保存すると
約1週間から10日程で
ペットボトルが
パンパンに膨れ、
フタを取ると
「シュワー」となります。
グラスに注ぐと
シュワシュワと
軽めの
炭酸飲料のように
なるのです。
そのあたりで
冷蔵庫に保存すれば、
その状態のまま
冷えるので、
いつでも
美味しい
発酵しそジュースが
楽しめます。
一方で
シュワシュワに発酵して、
さらに
常温保存のままに
しておくと
やがて
酒になります。
ただし、
発酵したものを
口にすることは
自己責任で
お願いします。
嫌な臭いや、
飲んでも
お腹を
こわさなければ
大丈夫だと思いますよ。
ちなみに
発酵ですが、
同じ作り方でも
作る場所が
変われば
発酵しない時も
あるのです。
私の友人や
家族の友人も
全く同じ
作り方をしても
発酵する友人宅と
発酵しない友人宅が
あるのです。
詳しいことは
分かりませんが、
しそジュースが
発酵することに
必要な
微生物や菌が
その家にいるか、
いないか
その違いのようです。
なんとも
不思議なことですね。
発酵しても
しなくても、
やはり
美味しい
しそジュースを
作る秘訣は
全ての食材に
「ありがとう」と
感謝することですね。
赤しそも、
レモンも、
粗製糖(さとうきび)も
命ある生き物です。
大地の養分と
太陽の光を受けて、
すくすくと育った
天地大自然の
生き物です。
それは
私達人間と
同じであり、
同じ時代を
生きている
同胞でもあるのです。
その命を
いただくわけです。
その季節の
旬のものを
いただいてこそ、
元氣に
なれるのですから
感謝せずには
おれませぬ。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
道場長 拝
" この世はさまざま "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
『この よ は さまざま』
もう20年も前から
ベランダで
メダカを飼っている。
子どもが
まだ4、5歳だった頃に
夏祭りでメダカ掬いを
したことがきっかけだ。
そのメダカも
オス一匹になった。
このオスが
寿命を全うしたら、
メダカの飼育を
辞めることにした。
十分に
世話ができなくなったからだ。
コロナ禍で
空前のメダカブームとなった。
我が家の
ベランダメダカ達も
当時は、
10種類以上の
改良メダカが泳いでいた。
巷では
高級な品種にもなると
オス・メスペアで
10万円の値もついたほどだ。
当時よく通っていた
メダカ屋さんが
オリジナルな
掛け合わせで、
新しい品種を
作り上げた。
その品質の
名前は忘れたが、
オス・メスペアで
5万円だったことを
覚えている。
一度見るだけでも
見られてはどうですかと
親切に言って下さったので
見てみた。
なるほど見事である。
沢山の人が
見に来ていた。
誰が見ても
このメダカだなあと
分かるほどである。
その品種以外にも
たくさん泳いでいる。
一つ一つ
値段をみてみると、
オス・メスペアで
2万、1万、
8000円、5000円。
ヒレ長、3色ラメ、紅白、
楊貴妃、紅帝、
ヒレ長ブラック、サタン、
プラチナラメ、
夜桜、アルビノ等、
どれを見ても
さすがに見事だ。
私も多少の経験と
多少の知識はあったので、
いろいろな
ことについて
店主の人に質問した。
非常に教えられる
ところが多かった。
へえー、あれですか、
5万円のメダカは、
素晴らしく
きれいですね。
でも、
もし死んだら
どうなるのでしょう、
という
客の声が聞こえた。
なるほど、
生き物なので
死ぬことも
あるはずだし、
生まれたからには、
いつかは死ぬのだ。
死ねば万事休すか。
買った人は、
上手に繁殖できれば
良いが、
ひと夏も
命をもたなかったでは、
一瞬にして
5万円を
失うことになると
他人事ながら
心配になる。
これは
メダカの世界の話
ではあるが、
私達
人間の世界では、
世の中には
人から
嫌われる人もいる。
正直死んでくれたら
助かるのに、
などと思われる
困った人もいる。
大酒を飲んでは暴れる、
自分の儲けのためなら
他人の迷惑など関係なし、
詐欺師、
死ぬより他に
直しようもない
人間もいるのだ。
一方で、
死なれては
大変だと
大事に育てられる
高級メダカ。
死んでくれたら
ホッとするわ、
あの人おらんように
なって平和になったで、
やれやれや、
といわれる人間。
この世はさまざま、
人生もいろいろなのか。
ふと思った。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
道場長 拝
" 「悪事はしない」だけでは価値がない "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
『あくじ は しない だけでは かち が ない 』
親は子どもに
「悪いことをしてはいけません」と
教えるが、
「善いことをしなさい」とは
あまり教えないのでは
ないだろうか。
これでは
悪いことだけはしない
人になるということだ。
それだけでは
いけないのではないか。
「私は絶対に悪事はしない」と
胸を張って
言ったとして、
それを
実践したとしても、
善いことを
しなければ、
世の中は
良くはならないのだ。
悪いことは
してはいけない
ということは
最低限の
社会のルールではあるが、
あとは
何もしないのであるなら、
それは
心を
消極的にしか
使えていない
証なのだ。
心は
常に積極的に
使わなければいけない、
ということを
合氣道で
学んでいるのだ。
世のため、
人のために、
どんどん
積極的に
善いことを行ってこそ、
人としての
価値があるのだ。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
道場長 拝
" 何もかもうまくいく時に悪の種は蒔かれる "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
『なにもかも うまく いく ときに あくの たねは まかれる』
人は調子の良い時に
有頂天になってはいけない。
恥ずかしながら、
私自身、
これには
相当痛い目にあった
経験がある。
つい
何もかも
うまくいく時、
得意の時に
調子に乗ってしまう。
人の禍は
得意になっている時に
やってくるのだ。
その時に
禍の種(わざわいのたね)は
蒔かれるのだ。
人生
うまくいく時も
あれば
何をしても
うまくいかない
逆境の時もある。
世の中には必ず
「ゆりもどし」
というものが
あるようだ。
どちらかに
強く傾いては
良くない。
右に傾きすぎれば、
次は
左に傾く。
これも
天地大自然の法則
なのかもしれない。
半々くらいが、
ちょうど良い。
従って、
得意の時こそ
氣を緩めず、
世のため、
人のためになる
種蒔きをしよう。
そして
失意の時こそ
氣を出して、
決して落胆せず、
じっとこらえて
立ち上がろう。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
道場長 拝
" 良いことを思い続けたら、運が良くなる "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
『よいことを おもい つづけたら うんが よくなる』
「一念通天(いちねんつうてん)」
「一念凝る所巖をも透す(いちねんこるところいわをもとおす)」
強い信念を持って
努力をすれば、
どんなことでも
成し遂げられる
という意味です。
念じる、念ずる。
思い続けるという
念の力には、
口では説明できない
不思議な力が
あるものですね。
これを
運と呼ぶのかもしれない。
良いこと、
プラスのことを
寝ても覚めても
思い続ける。
良いこと、
プラスのことを
思い続けた人を
「運がいい人」、
一方で
悪いこと、
マイナスのことを
思い続けた人を
「運が悪い人」になる。
しかし、
良いこと、
プラスのことを
思い続け、
志をたてても、
志というものは
一朝一夕には
達成できない。
だから
今すぐ
できることから
取り掛かることだ。
例えば、
神戸から東京に
行こうと決めたら、
新幹線、飛行機、
夜行バス、
車、バイクと
次々に手段が
思い浮かぶ。
もし
旅費がない場合は
自転車でも、
歩いてでも
行けるのだ。
「絶対に行くのだ」
「何としてでも行かねばならない」
その思いさえあれば、
時間はかかっても
必ず目的地に
到着するのだ。
とても
歩くのがつらい、
歩いてなど
行けないと
思う人は、
絶対に行けないのだ。
達成する力がないのだ。
幸運は
やる氣のある人に
集まり、
氣が出ている人に
寄ってくるものだ。
念じる力とは
とてつもなく
強力なものなのだ。
それが
天地大自然の法則です。
私利私欲ではなく、
世の中ため、
人のために
なることが
信念となった
志であるなら、
必ず
天地大自然が
守ってくださり、
応援してくださる。
予期せぬ
ところから
幸運に恵まれる。
「運がいい人」に
なるのでありまする。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
道場長 拝