2025-12-04 04:58:00

" 午前3時の教訓 「原稿消失」痛恨のミスを噛み締め、今日を楽しむ "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】末候

 

七十二候

第六十候 橘始黄(たちばなはじめてきばむ)

12月2日~6日ごろ。

橘の実がだんだん黄色く色づき始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ごぜん さんじ の きょうくん 「げんこう しょうしつ」つうこん の ミス を かみしめ、きょう を たのし む 』

 

 

 

 

 

" 道場長の痛恨事と「裏目の時期」を楽しむ心構え "

​

 

 

月曜から金曜日の平日の

毎朝午前3時。

 

静寂の中でスマホに向かい、

この道場長ブログ

" ぼくらの合氣道 "「道場長の一日一心」の

執筆を始めるのが私の日課です。

 

 

この時間は、

文字通り「一心」となって

文章と向き合える、

私にとって最も大切な稽古の一つです。

 

 

​

しかし、

今日は思わず笑ってしまいました。

 

 

 

​書き始めから

2時間をかけて推敲を重ね、

公開という直前。

 

 

 

スマートフォンの操作で

手が滑ってしまい、

 

ブログの下書きが

すべて消えてしまったのです。

 

 

​「あ〜あ、やってもた」

 

 

​そう声に出して笑ってしまいました。

 

 

 

ブログシステムを

使う上での基本中の基本。

 

 

 

更新するまでは

「下書き保存」をしなければ、

 

せっかく紡いだ

言葉たちが一瞬で消え去ってしまう。

 

 

この痛恨のミスは、

何度も経験しているはずなのに。

 

 

 

 

​長文になればなるほど、

一字一句、同じ文章は二度と書けません。

 

 

 

その時の心境や空氣感は、

その瞬間にしかないからです。

 

 

 

 

 

​" 生きていればこそ、「裏目」の時期もまた貴重な稽古 "

 

 

 

​実は、

今の私は

 

この夏あたりから、

やることなすこと、

 

少しずつ

裏目に出ることが増えています。

 

 

 

稽古の指導、

人間関係、

そして今回のブログ原稿消失。

 

 

 

思い描いた通りに進まない。

 

 

 

もちろん、

生きていれば、

 

良いことばかりが

続くわけではありません。

 

 

一方で、

悪いことばかりでもない。

 

 

 

しかし、

人生という長い道を歩む中で

何をやっても上手くいかない、

 

停滞しているように見える

「裏目の時期」というのは、

誰の身にも訪れるものと思います。

 

 

​

 

この裏目の時期こそ、

私は「貴重な人生の稽古」だと

捉えるようにしています。

 

 

 

 

良いことも悪いことも、

全て自分の人生の一部です。

 

 

​

 

合氣道では、

相手の攻撃を「悪」として遮断するのではなく、

 

その力や氣、動きを活かして(捌いて)

技につなげます。

 

 

 

人生も同じではないでしょうか。

 

 

​

 

上手くいかない出来事、

消えてしまった文章、

思い通りにならない状況。

 

 

 

これらを嘆くのではなく、

しっかりと噛み締めて、

その経験を楽しめば良い。

 

 

 

​「悪いこともしっかり噛み締めて楽しめば良い」

 

 

 

​そう心で唱えると、

不思議と力が湧いてきます。

 

 

 

 

​

​今日の痛恨事は痛い。

 

しかし、

このブログのタイトルが示す通り、

私の人生は「一日一心」です。

 

 

 

 

​消えてしまった文章に

固執しても仕方がありません。

 

 

 

まだ日付が変わって、

3時間しか経っていません。

 

 

新しい一日の始まりです。

 

 

 

夜が明け、

太陽が昇れば、一旦リセット。

 

 

また明日は一から、

新しい氣持ちで文章に取り組める。

 

 

 

 

​

この

「裏目の時期」を通り過ぎたとき、

 

きっと今の経験が、

誰かの役に立ち、

 

合氣道の指導の深みとなり、

 

また、

私の人生を

豊かにしてくれると信じています。

 

 

​

​

 

そして、

この " ぼくらの合氣道 "「道場長の一日一心」を

日々読んでくださる大切な皆さまへ。

 

 

 

もし今、

何をやっても上手くいかない、

人生が「裏目」に出ていると

感じている方がいれば、

 

私と同じく

笑い飛ばしてしまいましょう。

 

 

​

裏目の時期は、必ず終わりが来ます。

 

 

​

私たちは皆、

常に成長し続けています。

 

 

 

その「次の成長」へ向かうための、

大切な「準備期間」として、

 

 

この時期を前向きに受け入れ、

じっくりとご自身の心身と

向き合ってみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-12-03 03:28:00

" 【警告】「自分は大丈夫」が生む致命的な危機管理の隙 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】末候

 

七十二候

第六十候 橘始黄(たちばなはじめてきばむ)

12月2日~6日ごろ。

橘の実がだんだん黄色く色づき始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【けいこく】 「じぷん は だいじょうぶ」が うむ ちめいてき な ききかんり の すき 』

 

 

 

 

​"「平和ボケ」が招く危機管理の欠如。道場長が説く「心の隙」"

 

 

 

​昨日、

外出のため

自宅マンションのエレベーターに乗りました。

 

 

 

​

先に乗っていた一人の女性は、

扉が開いて私が乗り込んでも、

こちらに目を向けることはありません。

 

 

彼女の意識は、

手のひらの中の

小さな画面に完全に奪われていました。

 

 

どうやら、

スマホに文字を打ち込むことに

熱中しているようでした。

 

 

 

 

​誰もが利用するエレベーター。

 

たった数秒間、逃げ場のない密室となります。

 

 

​

もし私が、

最悪な人間だったら

どうするつもりだったのでしょうか?

 

 

 

 

​そこにあるのは、

現代社会において致命的とも言える

「危機管理意識の欠如」です。

 

 

 

 

「自分に限って事件や事故など起こらない」

という 油断 の中にいるのでしょう。

 

 

 

 

 

これが、

私たちが一番警戒すべき

「心の隙」になってしまうのです。

 

 

 

 

​合氣道の教えの中に、

「残心(ざんしん)」という言葉があります。

 

 

 

これは、

相手を投げ終わった後でも、

 

相手に氣を向け、

油断せず、

 

相手や周囲に意識を配る

「心の余裕」を持つことです。

 

 

​

 

日常において、

「常に周囲を疑え」と言っているのではありません。

 

 

 

しかし、

自分の命や安全を守るためには、

 

エレベーターの扉が開いた瞬間に、

顔を上げて一瞬でも、相手を見て確認すること。

 

 

 

ときどき

スマホから視線を外し、

周囲の状況をチラッと確認すること。

 

 

 

 

​たったこれだけのことが、

立派な日常の危機管理となり、

あなた自身の安全を守る結界になります。

 

 

 

 

道場での「残心」の稽古は、

日常生活における

究極の危機管理であると言えるでしょう。

 

 

 

 

 

​

" 日常の「危機管理」に役立つ具体的な方法 "

 

 

 

​普段の生活の中で、

少し意識を変えるだけで

 

安全性が高まる

具体的な行動をいくつかご紹介しましょう。

 

 

 

 

​1. エレベーター内での立ち位置

​エレベーターに乗る際は、

できる限り

操作盤の近くに立つように心がけましょう。

 

これにより、

もしもの時に緊急ボタンを押す、

あるいは全ての階のボタンを押すなどの

行動が取りやすくなります。

 

 

また、

人間は真後ろは見えません。

 

人に対して背中を見せず、

やや斜め方向に立ち、

常に他者の状況が目に収まるようにしましょう。

 

 

 

​2. 「目と耳を盗まれる」行動を避ける

​歩行中、

スマートフォンを操作したり、

イヤホンで音楽を聴いたりすることは、

 

自分の目と耳という

二つの重要な警戒器官を

停止させているのと同じです。

 

 

特に

夜道や人通りの少ない場所では、

目と耳は解放しておきましょう。

 

これは、重要な「危機管理の鉄則」です。

 

 

 

​3. 鍵を出すタイミング

​自宅に到着してから

バッグの中を探して鍵を出す行為は、

最も 無防備 な時間帯を作ってしまいます。

 

 

家や車の扉に近づく前に、

必ず鍵を手に握っておく。

 

 

この小さな準備が、

不審者に「隙がない」と

思わせる重要な要素となります。

 

 

​

4. 視線の使い方

​向かってくる人に対し、

不必要に目をそらさず、

軽く 一瞥(いちべつ)する習慣 をつけましょう。

 

 

これは

「あなたを認識している」という意思表示です。

 

 

犯罪者は、

自分の存在を意識していない相手を狙います。

 

 

 

 

​自分自身の日常の中に、

危機管理上の「心の隙」がないか、

今一度チェックしてみましょう。

 

 

安全は、

誰かが与えてくれるものではなく、

自ら守り育むものです。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-12-02 03:22:00

" 「いや、今さらな」を「そら、今からやろ!」に変えよう "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】末候

 

七十二候

第六十候 橘始黄(たちばなはじめてきばむ)

12月2日~6日ごろ。

橘の実がだんだん黄色く色づき始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 「いや、いま さら な」を「そら、いま から やろ!」に かえ よ う 』

 

 

 

 

 

「それ、やってみたら?」

何かを人に勧めたら、

必ず二つの声が返ってきます。

 

 

 

​一つは、

過去を振り返り、行動をためらわせる声。

「いや、今さら、始めても遅いのではないか」

という言葉です。

 

 

これが、

私たちを立ち止まらせる

「過去の縛り」であり、

人生のエネルギーを奪う「停滞の氣」です。

 

 

​

 

そしてもう一つは、

今日を最高の始点にしようとする言葉です。

「今からな!はじめてみる」

という、未来への決意です。

 

 

 

​しかし、

多くの人が、

この「今さらな」という

 

過去への後悔の念に囚われ、

大切な今日という一日を、

 

決断の先延ばしで

消費しているように思うのです。

 

 

しかし、本当にそれで良いのでしょうか。

 

 

 

 

" ​70歳を超えた禅師の教え "

​

 

 

 

私は、

このテーマについて語る時、

ある禅師の話をよく思い出します。

 

 

 

​大正時代、

70歳を超えてから英和辞典に向かい

学んでいた禅師が、

 

弟子に「今さら」と笑われたとき、

穏やかにこう答えたと言います。

 

 

 

​

「一日に一字を学んでいくと、今度生まれてきた時、それだけ勉強が楽だからな」

 

 

​

これは、

生まれ変わりの話をしているのではないと

私は思います。

 

 

 

​「死ぬまで、欠かさず毎日一歩を進める」という、

 

人生の最後まで

学び続ける今日の覚悟を示しています。

 

 

​

「今さら」と

諦める心からは、何も生まれません。

 

 

しかし、

「今からな!」という

新鮮な一歩の勇氣こそが、

未来を創るエネルギーになるのです。

 

 

​

 

 

"「軸を定める」生き方 "

 

 

 

​人生における困難や変化は、

私たちを簡単に揺さぶります。

 

 

 

仕事、

人間関係、

恋愛、

健康、

予期せぬ出来事。

 

 

 

私たちの心が

過去の失敗や後悔に囚われていると、

 

人生の「軸」は不安定になり、

ちょっとした力で倒れてしまいます。

 

 

​

 

「今からな」という決意は、

この不安定な軸を「今、ここ」という

最も確かな一点に定め直す作業です。

 

 

 

 

​大切なのは、

自分がどれほどの経験を持っているか、

何歳であるかではありません。

 

 

 

​今日、この瞬間の決意です。

 

 

 

​過去の失敗を、「次の一歩」の力に変える。

 

 

 

​昨日より今日、ほんの少しでも成長する。

 

 

​

「今さら」とささやく自分に、

「今からだ!」と声をかける。

 

 

 

​

これこそが「一日一心」。

 

 

 

 

今日一日の人生に真摯に向き合い、

今日を新しい人生の始点として

生きる心構えです。

 

 

 

 

​過去の「縛り」から心を解き放ち、

「今からな」という決意をもって、

一歩を踏み出してみましょう。

 

 

 

 

​

​自分の人生は、

過去の物語ではなく、これから始まる物語です。

 

 

 

最高のスタートラインは、

いつも「今」ここにあります。

 

 

 

 

「そら、今からやろ!」

この言葉を口癖にして、

潜在意識に深く刻みましょう!

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

 

2025-12-01 03:33:00

" 師走こそ整えるべき「自律神経」と呼吸法 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】次候

 

七十二候

第五十九候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

11月27日~12月1日ごろ。

「朔風(さくふう)」とは北風のことで、冷たい北風(木枯らし)が吹き、木の葉をすっかり払い落としてしまうころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 しわす こそ ととのえ る べき「じりつしんけい」と こきゅう ほう 』

 

 

 

 

 

今年も早いもので、

今日から12月、師走に入りました。

 

 

​この「師走(しわす)」という言葉は、

「師(僧侶など)」も走り回るほど忙しい、

 

という意味から

来ていると言われています。

 

 

 

 

年の瀬を迎え、

仕事納めや大掃除、

新年の準備など、

 

誰もが

心身ともに余裕を失いがちな時期です。

 

 

​

この時期は

毎年、焦りや氣の緩みから来る

事件や事故が増加する傾向にあります。

 

 

​

しかし、

この慌ただしい師走だからこそ、

 

私たちは

「心を平穏に保つ稽古」を、

 

日常の中で

意識的に行う必要があると思うのです。

 

 

 

​

 

" 合氣道の教え:乱れた時こそ、中心を意識する "

 

 

 

​合氣道では、

相手の攻撃や予期せぬ事態に直面した時、

 

まず

自分自身の姿勢を整え、

 

「中心」を崩さず

冷静に対応することを技の中で学びます。

 

 

 

心身の中心が乱れると、

技も乱れ、

 

相手を投げることができません。

また、

無用な怪我にも繋がります。

 

 

 

​

 

師走の「忙しさ」は、

たとえるなら

周囲からの波や攻撃のようなもの。

 

 

その波に

飲まれないためにも、

 

自分の内側、

つまり心身の土台である

「自律神経」を調えることが不可欠です。

 

 

 

​

 

 

" 自律神経を調える「究極の呼吸法」"

 

 

 

 

​自律神経は、

私たち自身の意思ではコントロールできない、

 

心臓の動きや

消化器の働きを司る重要な神経です。

 

 

 

この自律神経こそが、

心身の平穏と深い関わりを持っています。

 

 

​

 

自律神経には、

活動時に優位になる「交感神経」と、

 

リラックス時に優位になる

「副交感神経」があります。

 

 

 

乗り物にたとえるなら、

交感神経がアクセルで、

副交感神経がブレーキのようなものでしょうか。

 

 

 

​

そして、

この二つのバランスを

 

意図的に整えることができる

一つの方法が、「呼吸法」なのです。

 

 

 

長く静かに息を吐く時

副交感神経が優位になり、

リラックス・心身の平穏につながります。

 

 

一方で、

ゆっくり深く息を吸う時

交感神経が優位になり、

集中力・活動力につながります。

 

 

 

 

 

" 師走に実践すべき「心の安定呼吸」"

 

 

 

 

呼吸法で大切なのは、

「吐きに任せ、吸いに任せる」

ことです。

 

 

​そして、

もう一つ大切なことは「姿勢を正す」こと。

 

 

姿勢が乱れていては深く長い呼吸はできません。

 

 

椅子に座っている時でも、

仙骨を起こし、上半身の力を抜きます。

 

 

 

​

長く吐く(最重要)

口をあいうえおの「あ」または

はひふへほの「は」、に開け、

 

遠くに吐き出すように、

体の中の悪い氣をすべて出し切るイメージで、

 

時間をかけて

ゆっくりと息を吐き切ります。

 

 

 

​自然に吸う(吸うに任せる)

吐き切ったら、

力まず自然と鼻から

空氣が入ってくるのを待ちます。

 

自然に任せ、入ってくるだけ吸います。

但し、力んではいけません。

 

 

 

吐くときも吸うときも

無理に長くしようと思うと、

自然に心身は力んでしまいます。

 

 

これでは、

せっかくの呼吸法も

効果は少なくなってしまいます。

 

 

 

 

まずは、

自分自身の吐ける範囲で、

吸える範囲で実践してみましょう。

 

 

 

 

呼吸法は

吐きではじめて、吐きで終わる

ようにしましょう。

 

​

 

 

慌ただしいこの時期、

意識的に

副交感神経を優位にすることで、

 

緊張や焦りが和らぎ、

 

心身ともに健康体で

この慌ただしい時期を乗り越える

土台ができます。

 

 

 

​

 

 

" 新たな年を迎えるために "

 

 

 

 

​「呼吸」は、

私たちが生まれてから死ぬまで、

 

一瞬も

欠かすことのない生命活動そのものです。

 

 

 

この最も欠かすことのできない

生命の営みをを

 

意識的に

コントロールすることで、

 

私たちは

自分の心のあり方をコントロールできます。

 

 

 

 

​事件や事故を未然に防ぎ、

充実した年の瀬を過ごすために。

 

 

 

今日から

一つ一つの呼吸を大切に、

そこに意識を向け、心を平穏に保ちましょう。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-28 03:20:00

" ​【感謝の縁】卒業50年目のクラス会で体感した「氣」の円 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】次候

 

七十二候

第五十九候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

11月27日~12月1日ごろ。

「朔風(さくふう)」とは北風のことで、冷たい北風(木枯らし)が吹き、木の葉をすっかり払い落としてしまうころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【かんしゃ の えん】そつぎょう ごじゅう ねん  め の くらす かい で たいかん した「き」の えん 』

 

 

 

 

 

" 卒業から半世紀、記念すべき「50年目の節目」"

 

 

​

先日の11月23日、

中学時代のクラス会 (3年4組クラス会) に

出席しました。

 

 

 

昨年と同じ日、

同じ場所、

同じ部屋での開催でした。

 

 

しかし、

今回は特別な重みがありました。

 

 

 

それは、

当時(卒業時)から数えて

50年目という、

 

人生の大きな

節目を迎えるクラス会だったからです。

 

 

​

 

このクラス会は、

私たちが中学を卒業した直後、

 

「オリンピックが開催される年に皆で会おう」

という約束のもと始まりました。

 

 

 

以来、

50年間、コロナ禍による中止を除き、

連綿と続いてきた私たちの歴史そのものです。

 

 

 

​

当時の私たちは中学3年生。

 

その私たちは、

すでに還暦を数年前に超え、

 

当時の担任の先生も、

傘寿(80歳)をすでに超えられた

ご壮健なご年齢となられました。

 

 

 

 

​会の開催頻度も、

当初の「4年に1回」から「2年に1回」になり、

 

さらにこの数回は

「1年に1回」と、

皆の思いが強まるにつれ、頻度が上がってきました。

​

 

 

 

卒業して半世紀。

 

 

 

この長い年月を経て

再び集うということ自体、

実に尊い「ご縁」だと改めて感じます。

 

 

​

 

 

今回のクラス会は、

私が今まで参加した中で、

 

間違いなく

 過去一最高のクラス会 でした。

 

 

 

 

 

​

"「氣」の同調が作り出した温かな円 "

 

 

 

​

 

 

今回の参加者は、

当時の担任の先生と私たち9名。

 

 

 

長方形のテーブルを囲んでの湯葉の懐石でした。

 

 

 

​席には、

昨年は欠席だったが

今年は出席してくれた人もいました。

 

 

また、

残念ながら

日程的に欠席になった人もいました。

 

 

 

 

その参加者の変化もまた、

時の流れであり、

この日の「氣」を作る重要な要素でした。

 

 

​

 

 

通常、

長方形のテーブルは、

 

どうしても

席によって会話の中心から外れたり、

隔たりが生まれがちです。

 

 

 

しかし、

この日のテーブルには、

 

席順や形を超越した、

まるで一つの大きな輪のような、

温かな空氣が流れていました。

 

 

​

 

それは、

参加者一人ひとりの「思い」が、

 

その場の「氣」と共鳴し、

互いに調和し合っていたからに他なりません。

 

 

 

 

​まるで、

長方形の四隅の角が自然と削り取られ、

 

美しい

楕円形の円として繋がっているようでした。

 

 

 

これは

合氣道の稽古で私たちが目指す境地、

「和合(わごう)」の心 に通じる

ものでありまする。

 

 

​

 

 

 

"「過去一」の価値は一期一会にある "

 

 

 

 

​

今回、

この上なく温かい会となりました。

 

​しかし、

今回のクラス会が

過去一だったからといって、

 

次回も

同じようになる保証はどこにもありません。

 

 

 

 

 

​参加者が変わり、

日が変わり、

場所が変われば、

 

その場の「氣」は当然変わる。

 

 

 

 

だからこそ、

この日の、

このメンバーでの、

 

この空間で生まれた

「和合」の瞬間は、

 

二度と繰り返されない、唯一無二の価値あるもの。

まさに「一期一会」ですね。

 

 

 

 

 

 

​" 幹事の「力み」を消した試練と合氣道の理 "

 

 

 

 

​

 

今回の私は、

幹事としてやるべきことが山積みでした。

 

 

時代の変化に対応し、

今後のクラス会運営の在り方を

根本から変えるための提言と、

 

皆の意見を聞き、

まとめることが私の責務でした。

 

 

​

・アナログからデジタル化へ(連絡手段のLINE化)

​・手書きのクラス会ノートの廃止

​・個人情報の観点からの卒業生住所録の破棄

​・案内状の郵送の可否

​・繰越金の廃止と、現金の徴収をデジタル化(PayPay)へ

 

 

 

​これらを当日、

皆に意見を聞き、

 

決定する

重要な進行役を担っていました。

 

 

 

本来なら、

二、三日前から資料をまとめ、

 

進行をシミュレーション

しなければならないほどの準備が必要でした。

 

 

 

 

​しかし、

私はクラス会前日になっても、

 

進行のこと、

皆をどうまとめるかということ、

何も考えることができませんでした。

 

 

 

 

​それは、

クラス会とは全く関係のない、

 

何の前触れもなく

突然襲ってきた

 

私の存在価値さえ揺るがすほどの

他者からの背信行為という、

個人的な試練に見舞われていたからです。

 

 

​心に大きな衝撃を受け、

まだまだ

未熟な心身がその出来事に引きずられ、

 

正直、

クラス会のことに

意識を集中させる余裕がありませんでした。

 

 

 

 

※よろしければ

関連する直近のエントリーをご覧ください。

↓↓↓

 

11月25日のエントリー

11月26日のエントリー

一つ前のエントリー

 

​

 

しかし、

結果として、

 

それが良かったのかもしれないと、

今、振り返って強く思っています。

 

 

​

なぜなら、

順調な日々であれば、

 

私の性格から言って、

クラス会前日はあれこれと考え、

 

どう進行するか、

どう皆をまとめるかと、

必死に頭を巡らせたことでしょう。

 

 

それは

その場を取り仕切る幹事としての

やるべき責務ですから。

 

 

 

 

さはさりながら、

 

その思考と準備が、

知らず知らずのうちに

無意識の「心の力み」になるのです。

 

 

​

 

幹事である私の心に「力み」があれば、

その場の「氣」にも

 

そのままその力みが伝わり、

ギクシャクさせる要因になりかねません。

 

 

 

​何も考えることが

できなかったからこそ、

 

当日、心身ともに

何の「力み」もなく、

自然体で臨むことができました。

 

 

 

 

​参加者の皆の温かい言葉や、

先生の笑顔を、

 

ただ受け止め、

流れに身を任せて進行する。

 

 

​

 

この「力みのなさ」こそが、

この場を温め、

 

 

長方形のテーブルを

円形の「和合」へと導いた

 

要因の一つで

あったと僭越ながら確信しています。

 

​

 

 

それはまさに、

合氣道そのものの 理(ことわり)です。

 

 

 

​力で対抗せず、

相手の「氣」を受け入れ、無心で流れに乗る。

 

 

この日、

私はクラス会という場で、

「合氣道の神髄」を体現し、

学ばせてもらったように感じています。

 

 

​

 

 

 

 

" 次へ繋ぐ「心」"

 

 

 

 

​皆の心が一つになり、

この「最高のクラス会」という

結果を生み出したこと。

 

 

これは、

私の心の力みが消えたことと、

皆の温かい

心と響き合った証だと信じたいです。

 

 

 

​

この「和合」の氣を、

次期幹事に引き継ぎ、

 

2年後の再会に向け、

さらに素敵な

クラス会となるよう願っています。

 

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

目指すことの一つは、

 

生涯を通じて

技、生き方ともに「円」を追求します。

 

 

 

 

この日のクラス会で、

 

私は「人生の円と縁」 、

「心の円と縁」の美しさを、

 

同級生たちから

教えてもらったような氣がします。

 

 

 

​この「氣」を大切に、

また日々の稽古と生活に活かすよう励みます。

 

 

 

 

​今回のクラス会参加者、

そして担任の先生に、心より感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝