2025-08-26 03:33:00

" 合氣道と江戸の坂道巡り、麻布七不思議 ! 「狸坂」編 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

処暑【しょしょ】初候

 

七十二候

第四十候 綿柎開(わたのはなしべひらく)

「綿柎開」は8月23日~8月27日頃。

 

二十四節氣は「立秋」から「処暑」に移りました。

綿を包むガクが開き始め、白い綿が顔を出す頃。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

 

『 あいきどう と えど の さか みち めぐ り、あざぶ なな ふしぎ !「たぬきざか」へん 』

 

 

 

 

​この夏は、

8月1日から17日まで東京に出張していました。

 

連日、厳しい暑さが続きましたが、

充実した稽古の日々を過ごすことができました。

 

 

 

前半は

主に若手の一般のお弟子さんたちと

集中稽古に励み、

 

後半は

指導者育成のための練成稽古が主となりました。

 

 

 

 

神戸に戻った今も、

東京での熱氣が残っているようです。

 

 

 

さて、

もう何度もこのブログで書いている通り、

 

東京出張には、

もう一つの目的があります。

 

 

 

それは、

かねてから興味を抱いていた、

由緒ある江戸の坂道巡りです。

 

 

 

 

(過去の坂巡りのエントリーはこの記事の最後にリンクを貼ってますので、宜しければ、ご覧ください。)

 

 

 

 

 

稽古の合間のわずかな時間を使い、

歴史と趣のある坂道をいくつか歩いてきました。

 

 

 

今回は、

その中から特に印象に残った

「麻布七不思議」の一つに関連する

 

「狸坂」について

ご紹介したいと思います。

 

 

 

 

" 狸坂:麻布に残る狸の伝説 "

 

 

 

ある日の午前集中稽古が終わった直後に、

つぶらやひとみ という女子が

 

「師範、今日の夜間の指導者練成稽古の前に坂巡りなさいますか?」と、

聞いてきたので、

 

「もちろん」と私が答えると、

 

「では、麻布の狸に化かされに行きますか」と

言うので、

 

面白そうだから、

「じゃ、案内してよ」

 

「御意」

ということで、

 

 

夜間稽古の約2時間前に

麻布十番で待ち合わせることになった。

 

 

 

以前、このブログで記したとおり、

「江戸の坂道巡り同好会」が発足した。

 

 

とはいえ、

未だ部員は私とつぶらや ひとみの

2名だけである。

 

 

今流行の呼び方をすると、

「江戸の坂道歩き界隈」だとか…

 

 

 

 

 

その日、

私たちが訪れたのは、

麻布二丁目と三丁目の間にある「狸坂」

 

 

 

この坂は、

急な坂道として知られ、

 

 

近くには

「狐坂」もあり、

 

かつては狸と狐が互いを化かし合っていた

という伝説が残っています。

 

 

 

「狸坂」という名前の由来は、

この辺りに古くから狸が出没し、

 

人々を化かして

困らせていたからだそうです。

 

 

つぶらや ひとみが言うには

『麻布区史』にも

その記述が残されているとのこと。

 

 

また、

「麻布七不思議」

一つにも関連した坂である。

 

 

 

特に興味深いのが、

狸の悪戯を伝えるこんな話です。

 

 

 

昔、このあたりは

木々がうっそうと茂る

 

寂しい場所で、

なんと、捨て子が多くいたらしい。

 

 

 

ある晩、

坂を通った人が赤ん坊の泣き声を聞き、

 

哀れに思って

抱き上げて家に帰ろうとしました。

 

 

 

しかし、

何度歩いても

元の場所に戻ってきてしまいます。

 

 

 

そのうち、

抱いている赤ん坊がどんどん重くなり、

 

不思議に思ってよく見ると、

なんと " 石の地蔵 " だったというのです。

 

 

 

 

「狸坂」の狸は、

石のお地蔵様を集める

 

変わった習性が

あったと伝えられているのです。

 

 

 

また、

麻布にはもう一つ、

 

この後に訪れた

「狸穴坂 (まみあなざか) 」という坂があり、

 

その周辺には

雌狸が住む大きな穴があったと言われています。

 

 

 

「狸坂」の近くにも、

大きな榎の木の根元に

 

狸の親子が住んでいたという

話が残っており、

 

この一帯に多くの狸が

生息していたことは確かなようです。

 

 

 

 

" 狸坂に感じた合氣道とのつながり "

 

 

 

 

​歴史ある坂道を歩いていると、

ただの道ではない、

 

そこに暮らした人々の息吹や、

語り継がれてきた物語を感じます。

 

 

 

道場での稽古もまた同じで、

先人たちが築き上げてきた歴史の上に、

 

今の我々が立っているのだと

改めて実感しています。

 

 

 

​この麻布の「狸坂」のように、

一見ただの坂道でも、

 

そこに秘められた

物語や教訓があります。

 

 

 

合氣道においても、

基本の技の一つ一つに、

先人の知恵や工夫が詰まっています。

 

 

 

表面的な部分だけでなく、

その奥に隠された真意を

 

探求することが、

稽古の本質に通じると感じました。

 

 

 

​東京出張での稽古と坂道巡り。

 

 

 

二つの目的を通して、

見えないものの中に真実を見出す、

 

そんな大切な学びを得ることができた

今年の東京出張となりました。

 

 

しかし、

「麻布七不思議」、興味深いですね。

 

 

 

 

私たちの江戸の坂道巡りは

まだまだ続きます。

 

 

 

過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂

中坂

檜坂

冬青木坂

七面坂

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-08-25 03:03:00

" 長州藩中屋敷から東京ミッドタウンへ 赤坂「檜坂」編 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いいたします。

 

 

本日は、二十四節氣

処暑【しょしょ】初候

 

七十二候

第四十候 綿柎開(わたのはなしべひらく)

「綿柎開」は8月23日~8月27日頃

 

二十四節氣は「立秋」から「処暑」に移りました。

綿を包むガクが開き始め、白い綿が顔を出す頃。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ちょうしゅうはん なかやしき から とうきょうミッドタウン へ あかさか「ひのきざか」へん 』

 

 

 

 

" 由緒ある坂道巡り

赤坂「檜坂」を訪ねて "

 

 

​東京での夏の集中稽古と

指導者育成練成稽古のため、

 

8月1日から17日まで出張していました。

 

 

稽古の合間を縫って、

かねてからの東京出張において

 

もう一つの目的であった

由緒ある江戸の坂道巡りもしてきました。

 

 

 

宜しければ このエントリー もご覧ください。

 

 

 

4年前、

港区赤坂のホテルに宿泊するご縁があり、

 

夜間散歩していた時に

近くで見つけた「檜坂」が、

私の江戸の坂道巡りのきっかけです。

 

 

 

その歴史の深さに惹かれ、

今回の出張でも再訪しました。

 

 

 

 

" 檜屋敷から軍用地、防衛庁、そして東京ミッドタウンへ "

 

 

 

 

 

「檜坂」は、

赤坂六丁目と九丁目の境、

 

東京ミッドタウン・ガーデンの東裏を

北東に下り檜町公園の前へ出る

急勾配の大きく曲がった坂道です。

 

 

 

かつてこの坂の周辺は、

現在の防衛省を含む驚愕の広大な

長州藩毛利家の中屋敷であったとされています。

 

 

 

 

屋敷内にヒノキの老木が

多数茂っていたことから、

 

人々は「檜屋敷」と呼び、

これが坂の名前の由来となりました。

 

 

 

 

 

この場所は、

幕末の動乱で大きな歴史を刻みます。

 

 

文久3年(1863年)、

政変で京都を追われた長州藩は、

翌年、勢力回復を目指して兵を率いて上京。

 

 

 

しかし、

蛤御門 (はまぐりごもん) の変で敗北し、

幕府から長州征討を受けることになります。

 

 

 

​その際、

江戸にあった長州藩邸も

 

取り潰しの対象となり、

この檜屋敷も打ち壊されました。

 

 

 

2万坪にも及ぶ

広大な屋敷の解体作業には、

 

連日多くの人足が動員されたと

伝えられています。

 

 

 

 

​明治維新後、

この地は軍用地となり、

歩兵第一連隊の兵営が置かれました。

 

 

 

第二次世界大戦後にはGHQに接収され、

1954年には防衛庁が建設されました。

 

 

 

そして2007年、

防衛庁 (現在の防衛省) が新宿区市ヶ谷へと

移転した跡地に、

 

大規模複合施設

「東京ミッドタウン」が誕生し、

今日に至ります。

 

 

 

 

 

" この壮大な歴史の坂道を私は今、歩いている "

 

 

 

 

 

​一本の坂道にも、

これほど壮大な歴史があることに

 

改めて驚かされるとともに

とても感慨深いものがあります。

 

 

 

道場の稽古で技を磨くのと同じように、

歴史もまた深く掘り下げることで、

新たな発見や学びがあります。

 

 

 

 

​今回の赤坂「檜坂」巡りは、

過去の出来事が

 

現在の風景にどう繋がっているのか、

その流れを肌で感じさせてくれました。

 

 

これは、

技の系譜だけではなく、

 

合氣道寺崎道場を主宰する

私の大切な指導者たちとの

 

「師弟関係」の繋がりを

学ぶことにも深く通じるものがありました。

 

 

 

稽古も歴史も、

地道な探求こそが重要なんだ。

 

 

 

しみじみ、

そう思いながら

 

夕暮れ近い赤坂「檜坂」から

その日の稽古場である

麻布台教室へと向かいました。

 

 

 

過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂

中坂

狸坂

冬青木坂

七面坂

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-08-22 03:12:00

" 潜在意識は諸刃の剣 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

立秋【りっしゅう】末候

 

七十二候

第三十九候 【蒙霧升降】ふかききりまとう

「蒙霧升降」は8月17日~8月22日ころ。

 

深い霧がまとわりつくように立ち込める

季節の情景を表しており、

暑さの中にひそむ秋の氣配を繊細に

感じさせてくれる言葉です。

 

しかし、

まだまだ涼しい風は吹きそうもないですね。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 せんざいいしき は もろは の つるぎ 』

 

 

 

夏恒例の夏期集中稽古は

8月1日〜8月17日まで主に東京で今年も行いました。

 

 

その期間、私は東京に出張し、

私が東京、神奈川のお弟子さん方に

直接指導させていただいています。

 

 

各道場、教室の稽古には

その場を主宰するそれぞれの指導者が

稽古終わりに少し話します。

 

 

 

今日は、その話の一部を紹介して、

読者の皆さまと内容を共有したいと思います。

 

 

 

 

恵比寿教室を主宰する

中島小雪 師範部長から人生に通じる

 

「心の在り方」と「潜在意識」について、

彼女が読んだ本に感銘を受けた話を

ご紹介します。

 

 

 

"「腕一本」を犠牲にした父の願い… 潜在意識の怖い真実 " 

 

 

 

​私たちは、

物事にはすべて

 

「プラス」と「マイナス」、

「光」と「影」の

両面があることを知っています。

 

 

 

 

たとえば、

車は便利な移動手段ですが、

使い方を誤れば凶器にもなります。

 

 

水は生命の源ですが、

ひとたび暴れればすべてを押し流す

災害となります。

 

 

 

​この理は、

私たちの心、

特に「潜在意識」にも当てはまります。

 

 

 

ある本に、こんな実話が書かれていました。

 

 

 

ある家庭の娘さんが、

原因不明の難病に苦しんでいました。

 

医者からも「治療法はない」と告げられ、

家族は絶望の淵にいました。

 

 

​そんな状況で、

娘さんの父親は毎日こう唱え続けたそうです。

 

 

 

「私の腕の1本や2本、なくなってもかまいません。何としても、娘の病を完治させてほしい」

 

 

 

 

" 叶えられた願いと、その代償 " 

 

 

 

数ヵ月後、奇跡が起きました。

 

娘さんの病状は驚くほど回復し、

医師からも「再発の心配はない」と

告げられるまでに回復したのです。

 

 

一家は喜びでいっぱいでした。

 

 

しかし、

その帰り道、一家は交通事故に遭います。

 

奥さんと娘さんは無事でしたが、

父親は片腕を失う大怪我を負いました。

 

 

 

​「腕の1本や2本、なくなってもかまいません。何としても、娘の病を完治させてほしい」

 

 

 

​この父親の願いは、

まさしく " そのまま " の形で叶えられたのです。

 

 

 

 

" 潜在意識に善悪の判断はない " 

 

 

 

​潜在意識は、

「良いこと」「悪いこと」も、

区別なく受け入れてしまいます。

 

 

 

 

これは、

潜在意識に善悪の判断がないからです。

 

 

 

 

​先の父親は、娘の回復という

「プラス」を強く願う一方で、

 

「腕を失ってもいい」という

「マイナス」も同時に意識に入れていました。

 

 

 

潜在意識は、

その両方を受け入れ

 

結果として娘さんの回復と、

父親の腕を失うという悲劇を

同時に実現させてしまったのです。

 

 

 

この話は、

潜在意識がどれほど " 強力 " であり、

 

また使い方を誤ればどれほど危険な

「諸刃の剣」になりうるかを教えてくれます。

 

 

 

 

" 潜在意識を「プラス」に活かすには "

 

 

 

私たちは、

この強力な力を使いこなす必要があります。

 

 

不幸な結果を招かないためには、

どうすればいいのでしょうか。

 

 

 

それは、潜在意識に

一切のマイナスを入れない努力

することです。

 

 

 

潜在意識は、言わば「心の倉庫」です。

 

 

 

この倉庫に、日頃から

「感謝」「希望」「成功」といった

 

プラスの材料だけを意識して貯めていくのです。

 

 

 

そうすれば、

いざという時にこの倉庫から出てくるものは、

 

すべてプラスの事柄だけになります。

 

 

 

 

​口で言うのは簡単ですが、

これは日々の修練が必要ですね。

 

 

 

合氣道では、相手の攻撃とぶつからずに

「氣」の流れで受け流し導きます。

 

 

 

 

これは、

相手の「マイナス」のエネルギーを

まともに受けず、

 

自分の「プラス」の力で

調和させることと同じです。

 

 

 

心の修練も同様です。

 

 

 

 

日々の生活の中で、

ネガティブな言葉や思考が

頭に浮かびそうになったら、

 

そのまま放置しないで、

その瞬間にそれを「プラスに変える」

 

稽古をし続けなければなりません。

 

 

 

「~になるかもしれない」といった

漠然とした不安ではなく、

 

「~になる」と断定的な

プラスの言葉を自分に語りかける。

 

 

 

「~が足りない」と不足を嘆くのではなく、

 

「~があって幸せだ」

感謝の言葉を口にする。

 

 

 

そうした小さな積み重ねが、

心の倉庫を満たし、

 

やがてみなさんの人生を

大きく変える力となります。

 

 

私は常にこの恵比寿道場 道場長として、

日々の稽古を通して、

 

技を磨くだけでなく、

心の在り方についても指導しています。

 

 

 

​潜在意識の力を正しく理解し、正しく使う。

 

 

 

これこそが、

幸福な人生を築くための第一歩です。

 

 

 

​今日の稽古に参加した皆さんの

「心の倉庫」には、どんな材料が入っていますか?

 

 

 

 

恵比寿教室を主宰する中島小雪 師範部長の

魂からの語りでした。

 

 

 

 

「なるほど」、「そうか」と氣づかれたなら

是非、参考にして今日からでも実践しましょう。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末をお過ごしください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-08-21 03:09:00

" 夏の東京、合氣道と江戸の坂道 「中坂」編 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

立秋【りっしゅう】末候

 

七十二候

第三十九候 【蒙霧升降】ふかききりまとう

「蒙霧升降」は8月17日~8月22日ころ。

 

深い霧がまとわりつくように立ち込める

季節の情景を表しており、

暑さの中にひそむ秋の氣配を繊細に

感じさせてくれる言葉です。

 

しかし、

まだまだ涼しい風は吹きそうもないですね。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 なつ の とうきょう、あいきどう と えど の さかみち 「なかざか」へん  』

 

 

 

 

​8月1日から17日まで、

東京で令和7年の夏期集中稽古と

指導者育成練成稽古の指導にあたっていました。

 

 

毎年この時期は、

東京、神奈川在住の熱心なお弟子さんたちと

 

向き合い、語り、

共に汗を流す私にとって非常に大切な時間です。

 

 

 

この東京出張には、

もう一つ心に決めている目的があります。

 

 

 

それは、江戸時代から続く

歴史ある「坂道」を巡ることです。

 

 

合氣道の稽古は、

自身の臍下の一点に中心軸を定め、

心と身体と天地が一体となることを目指します。

 

 

 

それは

口で言うのは簡単なことなのですが、

 

それを動きの中でも崩さず、

心と身体と天地が一体となることを

 

維持し続けるのは、

一朝一夕にはいかないものです。

 

 

元々、

人間は天地大自然の一部なのですから、

本来は一体となっているはず、

 

しかし、心の乱れや身体の力みにより、

天地大自然と一体ではなくなってしまうのです。

 

 

 

従って、道場以外の日常生活においても

それを維持し続ける稽古をしなければ、

その目的は達成できません。

 

 

 

 

それはまるで、

古くから続くこの江戸の坂道のように、

 

一歩一歩、ゆっくりと

その土地の歴史や文化を感じながら

進む旅に似ているように感じます。

 

 

 

" 中坂:九段坂と冬青木坂のあいだに "

 

 

 

 

​今回の江戸坂道巡りで最初に訪れたのが、

千代田区九段北にある「中坂」でした。

 

 

 

「中坂」

九段下駅から靖国通り(九段坂)と平行に

 

目白通りから早稲田通りに突き当たる坂道で、

暁星学園、九段高校の方向に上る急勾配の坂です。

 

 

 

 

​九段坂と冬青木坂(もちのきざか)という

二つの坂のちょうど中間にあることから、

その名がついたと言われています。

 

 

 

分かりやすい

単純な命名はとてもシンプルですね。

 

 

 

江戸時代、

九段坂は道幅も細かったため、

 

重い荷物を運ぶ大八車 (だいはちぐるま)や、

*大八車とは、江戸時代に広く使われた荷車で、人力で引く二輪車のこと*

 

 

また、お祭りの山車は、

より道幅も広いこの「中坂」

利用していたと言われています。

 

 

 

そのため、当時は

九段坂よりも重要な交通路として、

多くの人々で賑わっていたそうです。

 

 

 

 

​現代では交通量の多い靖国通り沿いの

九段坂のほうが人通りも多いですが、

 

現在の「中坂」を歩いていると、

当時の活氣や人々の息遣いが

感じられるようでした。

 

 

 

また坂の中程には

ビルとビルの間の奥静かな場所に

築土神社がありました。

 

 

これは車で通り過ぎては、

なかなか見つけられそうになかった

神社でしたね。

 

 

 

 

" 坂道巡りで得た氣づき "

 

 

 

 

​合氣道の稽古で大切なのは、

力で相手を制することではなく、

相手の氣の動きに合わせ導くことです。

 

 

 

それは坂道を歩くことも同じです。

 

 

 

ただひたすらに昇り降りするのではなく、

坂の勾配や道の曲がりに身を任せ、

 

ゆったりとした氣持ちで歩くことで

新たな景色が見えてきたりしますね。

 

 

 

改めて「道」の奥深さを感じました。

 

 

合氣道も、人生も、

そして坂道も、一歩一歩、

心を込めて歩んでいきたいと思います。

 

 

 

私の江戸の坂道巡りは、まだまだ続きます。

 

 

 

過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂

檜坂

狸坂

冬青木坂

七面坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-08-20 03:13:00

" 懇親会までの道すがら、必然の出会いと深い氣づき "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

立秋【りっしゅう】末候

 

七十二候

第三十九候 【蒙霧升降】ふかききりまとう

「蒙霧升降」は8月17日~8月22日ころ。

 

深い霧がまとわりつくように立ち込める

季節の情景を表しており、

暑さの中にひそむ秋の氣配を繊細に

感じさせてくれる言葉です。

 

しかし、

まだまだ涼しい風は吹きそうもないですね。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 こんしんかい まで の みち すがら、ひつぜん の  であ い と ふか い きづ き 』

 

 

 

世間では

お盆休みを目前に控えたある日、

 

東京での

指導者育成練成稽古を終えたその夜は、

指導者だけでの懇親会。

 

集合場所は

赤坂見附 (あかさかみつけ) 駅前のビッグカメラ。

 

 

 

 

" 国会議事堂から赤坂見附へ、歴史を歩く" 

 

 

 

懇親会までにはまだ時間がありました。

 

 

私はあえて、

集合場所から少し離れた

 

東京メトロ丸ノ内線の

国会議事堂前駅で降りることにしました。

 

 

 

そこから赤坂見附までなら

歩いて10分もかからないほどの距離ですが、

 

江戸時代から続く

由緒ある坂道が点在する

 

この界隈を

少しでも巡りたかったからです。

 

 

 

しかし、

どこへ行こうか迷っているうちに、

 

時間はあっという間に過ぎてしまいました。

 

 

 

結局、

たどり着けたのはたった一つの坂道だけ。

 

 

 

何とも情けない限りだな…

 

 

いや、そんなことはない!

 

 

一つでもその坂を歩くことができたから、

善しとしよう!

 

 

 

でも、この世は不思議です。

 

 

 

 

結果、それが

その後の予想もしなかった

人と巡り会えたのです。

 

 

 

 

「もうこんな時間だ!」

 

 

 

​私は足早に赤坂見附を目指しました。

 

 

 

 

 

" 日枝神社で、まさかの出会い " 

 

 

 

​日枝神社 (ひえじんじゃ) の鳥居を

通り過ぎたあたりで、

 

ふと見覚えのある人が

歩いてくるのに氣が付きました。

 

 

 

その方は、

関西限定のある民放番組に

いつも出演されている、

 

ある分野ではとても有名な専門家です。

 

 

 

私は普段

ほとんどテレビを見ませんが、

 

この方が出演しているその番組だけは

欠かさず見るようにしています。

 

 

YouTubeチャンネル登録者数

130万人を超える

 

その分野に精通していらっしゃる方です。

 

 

 

「似てるだけかな…いや、ご本人だ!」

 

 

 

思い切って

すれ違いざまに

 

「あ、〇〇さん!」と声をかけると、

快く振り返ってくださいました。

 

 

「いつも番組見てますよ!」と伝えると、

 

「あ、ありがとうございます」と

笑顔で返してくれました。

 

 

 

 

短い時間でしたが、その優しい笑顔に、

私は胸がいっぱいになりました。

 

 

 

 

" 専門家の多さと、日本の課題の多さ "

 

 

 

 

​日枝神社から

赤坂見附のビッグカメラまで歩く数分間、

私は考え込んでいました。

 

 

 

 

私ごときが

僭越過ぎる言い方ですが、

 

 

 

〇〇さんのような

優秀で誠実で、国益のためなら

 

テレビであろうと「本心」

ありのままに語ってくださる

 

信頼できる専門家が

この国にはまだまだ多く存在します。

 

 

 

 

にもかかわらず、

なぜこれほどまでに

多くの問題が山積しているのでしょうか?

 

 

 

個々の専門分野で

素晴らしい知識や技術を持つ人々がいても、

 

それぞれの知識や知恵が

バラバラに存在しているだけでは、

 

社会全体を

より良くしていく力にはならないと思うのです。

 

 

 

合氣道でも同じです。

 

 

 

 

個々の技がいくら優れていても、

それらを統合し、

 

全体の流れの中で

生かすことができなければ、

その真価は発揮できません。

 

 

 

" 心・技・体・氣 "

一つの「道」として統合することで、

はじめて真価を発揮するのです。

 

 

 

 

 

" 道は一つに通ず " 

 

 

 

 

​専門家と日本社会の課題、

そして合氣道。

 

 

 

一見、

関係のないように見えるこれらが、

 

この大都会で

一瞬の人との出会いを通じて、

 

私の中で不思議と繋がりました。

 

 

 

 

優れた個々の力が連携し、

一つの目的に向かって統合されること。

 

 

 

社会を良くしていく、

これからの日本を

もっともっと良くしていくためには、

 

この「統合の力」

不可欠なのではないでしょうか。

 

 

 

 

それは、

まさに合氣道琴心館寺崎道場が

目指すところでもあります。

 

 

 

 

 

​稽古で培った知恵や精神を、

日常生活や社会のあらゆる場面で

生かしていくこと。

 

 

 

 

一歩一歩、

その道を歩むことが、

 

私たち一人ひとりに

課された使命なのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝