" 麻布十番のコーヒーが教えてくれた『調和(アイ)』の味 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
小寒(しょうかん)次候
七十二候
第六十八候 水泉動(しみずあたたかをふくむ)
1月10日~14日ごろ。
地中では凍っていた泉が溶け動き始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 あざぶじゅうばん の こーひー が おしえ て くれ た ちょうわ(あい)の あじ 』
合氣道寺崎道場には、
一昨年の春に
「江戸の坂道巡り同好会(仮)」が発足しました。
しかし、
残念ながら発足以来、
メンバーが増える氣配が全くありません(笑)。
今も変わらず、
麻布台教室を主宰する
日本女子と私の二人きりです。
東京には、
江戸時代から続く
由緒ある坂道が今も数多く残っています。
かつて
武家屋敷が並んだ高台と、
人々がひしめき合った低地を繋ぐ坂道は、
いわば歴史の断層。
そこを歩くことは、
地形に刻まれた
古 (いにしえ) の「氣」を感じ取り、
今の自分と響き合わせる、
私にとって
道場外での大切な稽古でもあります。
昨年の夏、
東京出張の折に、
この同好会メンバーである彼女と
麻布十番周辺の坂道を巡りました。
夜とはいえ、
湿氣を帯びた
夏の熱氣が身体に纏わりつきます。
「先生、少し休憩しませんか。
あそこのローソンでコーヒーを買って、
パティオへ行きましょう」
彼女の提案に乗り、
マチカフェコーヒーのカップを手に
麻布十番商店街にほど近い
『パティオ十番』へと向かいました。
『パティオ十番』は、
麻布十番商店街の象徴的な広場です。
石畳が敷き詰められた
欧州風の佇まいの中に、
童謡『赤い靴』のモデルとなった
少女「きみちゃん像」が静かに立っています。
ここは周辺の大使館から漂う
国際的な洗練さと、
長い歴史を持つ
商店街の活氣が
見事に溶け合う、
不思議と心が安らぐ空間です。
その石段に腰掛け
一口、コーヒーを口に含んだ瞬間、
私は思わず声を上げました。
「……ん? なんだこれは。こんなに美味かったか?」
いつも飲んでいる
ローソンのコーヒーとは、
明らかに奥行きが違うのです。
「麻布十番のコーヒーは格別だな」と
驚く私に、
彼女は不思議そうに首を傾げました。
「えっ、そうですか? いつもの美味しいマチカフェですよ。……
でも、確かにこの石畳とこの街の空氣が
味わい深くするのかもしれませんね」
神戸に戻り、
地元のローソンで
同じコーヒーを飲んでみましたが、
やはり
あの時の味には及びません。
神戸のお弟子さんに
この話をすると、
「師範、『氣』のせいじゃないですか?」と
笑われてしまいました。
確かに
その通りなのかもしれません。
そこで
今年のお正月、
真実を確かめるべく
再び同じ場所を訪れました。
冬の澄んだ空氣の中、
同好会メンバーの日本女子と二人、
また同じ場所で
マチカフェを手に取りました。
「……やはり、美味い。これは氣のせいじゃないな」
私が確信を持って言うと、
彼女も今回は少し深く頷きました。
「師範、もしかしたら
この場所の『氣』が、私たちがコーヒーを味わう
五感を開かせているのかもしれませんね」
人間は「氣の持ちよう」一つで、
身体の強さも、柔軟性も、
そして世界を
どう捉えるかさえも劇的に変わります。
合氣道の「合(アイ)」は、
「愛(アイ)」でもあります。
それは、
対象を否定せず、
すべてを受け入れ、
調和(アイ)すること。
この麻布十番の
洗練された景観、
きみちゃん像が見守る
パティオ十番の静謐 (せいひつ) 、
そして
江戸から続く街の呼吸。
それらが
渾然一体 (こんぜんいったい) となった
場のエネルギー(氣)を、
心が真っ直ぐに受け入れたとき、
私の中に「調和(アイ)」が生まれました。
心が周囲と調和し、
余計な力みが抜ければ、
五感は
最も純粋な状態へと導かれます。
「味が違う」と感じたのは、
コーヒーの成分が変わったからではなく、
受け取る側の
私の「氣」が整い、
この街と調和(アイ)した結果だったのです。
「美味い」と感じる
心の中にこそ、真実がある。
200円足らずの
一杯のコーヒーを通して、
合氣の理(ことわり)を
再確認した、
東京の冬の昼下がりでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 【穴場情報あり】 冬の富士山と東京駅の裏ワザ "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
小寒(しょうかん)次候
七十二候
第六十八候 水泉動(しみずあたたかをふくむ)
1月10日~14日ごろ。
地中では凍っていた泉が溶け動き始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【あなば じょうほう あり】 ふゆ の ふじさん と とうきょう えき の うら わざ 』
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
早いもので、
1月も既に2週間が経ちました。
年明けから少しの間、
ブログの執筆を
お休みさせていただいておりましたが、
本日から、
道場長ブログ「ぼくらの合氣道」を
再開いたします。
皆さま、
どのような
お正月を過ごされましたでしょうか。
私は今年のお正月、
東京へ出張しておりました。
例年は
夏のお盆の時期に行っていた
東京出張ですが、今回は冬の訪問です。
冬に来て
本当に良かったと
しみじみ感じたことの一つ、
それは
往路の新幹線の車窓から、
息を呑むほど美しい富士山に出会えたことです。
人生でこれほどまでに
鮮明で美しい富士山を見たのは
初めてかもしれません。
新富士〜三島間、
そして小田原〜新横浜間では、
その雄大な姿が
くっきりと浮かび上がっていました。
そして今回、
初めての発見がありました。
なんと
浜名湖の辺りからも、
小さくではありますが
富士山の山頂部分が見えたのです。
冬の澄み切った空氣が、
遠くの景色まで
鮮明に届けてくれたのでしょう。
大自然が見せてくれる
一期一会の景色に、
心を洗われる思いがしました。
また、東京では
こんな心温まるエピソードもありました。
ある日、
地下鉄への乗り換えで
地下道を歩いていたときのことです。
すれ違いざまに
外国の方が「良いお年を!」と
声を掛けて歩いていかれました。
もちろん
年が明けていますから、
日本語としては
「あけましておめでとう」が正解です。
しかし、
その方の屈託のない様子に、
思わず笑みがこぼれてしまいました。
新年の一般的な挨拶では
ないにしても、
そこには
「相手の幸せを願う心」があり、
とても和やかで
ほっこりとした
氣持ちにさせていただきました。
言葉の正確さは
大切なことですが、
それより、
心の交流を感じた瞬間でした。
今回の東京出張は、
記憶に残る色々な思い出ができました。
その鮮明な
記憶が薄れないうちに、
また一つひとつ、
このブログでご紹介していこうと思います。
最後に、
この記事を読んでくださった皆様へ、
東京出張で得た
「少しだけ良い情報」をお届けします。
もし皆様が
東海道新幹線で東京駅を利用されるなら、
降り口、乗り口は
「日本橋口」が絶対におすすめです。
「えっ、これが本当に東京駅?」と
疑いたくなるほど
人が少なく、静かです。
お土産売り場も
比較的空いており、
ゆったりと買い物ができます。
" なぜ日本橋口は空いているのか?"
「なぜこんなに快適なのに人がいないの?」と
不思議に思われるかもしれませんが、
実は構造上の
明確な理由があります。
それは、
日本橋口が新幹線の「16号車」の
さらに奥にあるからです。
これを
今回の旅程(新大阪⇔東京)で言うと、
位置関係はこうなります。
往路(東京に着いた時):
ホームに滑り込んだ新幹線の、
進行方向「一番先頭」のさらに先。
復路(東京から帰る時):
これから乗る新幹線の、
進行方向「一番後ろ」のさらに奥。
つまり、
到着時も出発時も、
多くの方が利用する
中央口や南口(1号車寄り)とは真逆の、
ホームの端の端まで歩く必要があるのです。
人の波は
自然と中央へ流れていくため、
日本橋口はぽっかりと空いた
「エアポケット」のようになっているのですね。
" 利用時の注意点と活用法 "
日本橋口は
「知る人ぞ知る出口」ですが、
利用には少しコツがいります。
JR在来線への乗り換えは
残念ながらNGです。
日本橋口の改札を出てしまうと、
山手線や中央線などの
JR在来線へ構内乗り換えができません。
一度外に出てしまうことになるため、
「新幹線からJRの電車に乗り換える人」は
使わないほうがよさそうです。
また、
新幹線の1〜5号車に
乗っている時も要注意です。
日本橋口は
16号車側にあるため、
1号車付近から歩くと
ホーム上で約400メートル(徒歩5分以上!)
歩くことになります。
荷物が多い時は、
10号車〜16号車付近に
乗車している時に
利用するのがスマートです。
" こんな人には「最強」の出口です "
タクシーや送迎を利用する方:
改札を出てすぐ目の前にタクシー乗り場があり、
中央口ほど並ばずに乗れます。
地下鉄「東西線」に乗る方::
改札を出て広場を抜ければ、
すぐに東西線の
「大手町駅」や「日本橋駅」への入り口があります。
人と待ち合わせをする方:
出口からすぐの所に
「スターバックスコーヒー」があるので、
分かりやすい目印にもなります。
用途に合わせて使い分ければ、
あの 雲霞 (うんか) の如し、
東京駅の人混みを
避けてスマートに移動できます。
試してみる価値、めちゃくちゃありますよ!
それでは本年も、
道場での稽古とともに、
この道場長ブログ
「ぼくらの合氣道」も
どうぞご贔屓 (ひいき) に。
共に心身を磨いてまいりましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 魂からの「ありがとう」。笑顔で迎える2026年へ "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
冬至【とうじ】末候
七十二候
第六十六候 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)
12月31日~1月4日ごろ。
降り積もった雪の下の大地から麦が目を出すころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 たましい から の「ありがとう」えがお で むかえ る 2026 ねん へ 』
2025年も、
残すところあと数時間となりました。
大晦日の静けさの中で、
この一年を振り返り、
今年最後の
道場長ブログ「ぼくらの合氣道」を
執筆しています。(現在12月31日 16時18分)
今年は、
道場にとって、
そして
私自身にとって
本当に「実り多き年」でした。
特に、
中学生から高校生、
そして20代・30代の
若者たちの
目覚ましい成長には、
目を見張るものがありました。
彼らが
真っ直ぐな瞳で
稽古に打ち込む姿を見ることは、
師範として
何よりの喜びであり、
今の私の「生き甲斐」そのものです。
生きていると、
楽しいことばかりではありませんよね。
時には辛く、
悲しい壁にぶつかることもあります。
私自身、
まだまだ未熟者のヒヨッコです。
したがって、
心が折れそうになる
瞬間がないわけではありません。
けれど、その度に
「お前さんの心だろ?」
「それなら折るな!」
そう自分に言い聞かせて
その都度、対処しています。
そんな中で
道場に行けば彼ら、彼女らがいる。
ひたむきに汗を流す姿、
屈託のない笑顔、
そして技が
綺麗に決まった時の
「できた!」という喜びの表情。
それらを見るたびに、
「ああ、明日もまた心を新たにして生きていこう」と、
私の方が背中を押されるのです。
また、
小学生の子どもたちにも、
嬉しい変化がありました。
数名ではありますが、
確かな「向上の兆し」が見え始めたのです。
それはほんの
「僅か」な変化かもしれません。
ですが、
この「僅か」こそが何より尊いのです。
成長していないのではありません。
この小さな
積み重ねこそが、
やがて大きく
飛躍するための「種」になるからです。
焦らず、
水をやり続けることの大切さを、
子どもたちが教えてくれています。
そしてもう一つ、
私には自慢のお弟子さんがいます。
80歳を超えてなお、
一日たりとも休まず、
誰よりも熱心に
道場に通ってくださる方です。
ご高齢を
言い訳にすることなど一切なく、
不平不満も漏らさず、
若い人と同様に
畳の上で受け身をとられます。
その姿を見ていると、
「先生、人はこうして年をとっていくんやで」と、
無言のうちに
諭していただいているような
氣がしてなりません。
私のほうが
はるかに年下ではありますが、
その生き様、
稽古に向き合うお姿には、
ただただ敬服するばかりです。
師として
前に立ってはいますが、
人として
大切なことを私の方が教わっています。
若者たちのエネルギー、
子どもたちの可能性、
そして
シニアの方の円熟した姿勢。
合氣道という
場を主宰することで、
このように
素晴らしい方々と
「ご縁」をいただけたこと。
これにはもう、
感謝、感謝、感謝、
感謝、感謝、感謝、感謝、
『 感謝 』の
言葉しか見つかりません。
こんなにも
素敵なお弟子さんたちに囲まれて、
私は本当に幸せ者です。
2025年が
終わろうとしている今、
お弟子さん
一人ひとりの顔を思い浮かべています。
今年一年、
皆様が道場で発せられた
一字一句、
一挙手一投足に至るまで、
その全てが有難く、
私の心に深く沁みています。
魂から、
ありがとうございました。
合氣道は終わりのない道です。
来年も、
そしてこれからも、
この道を
皆様と共に一歩一歩、
歩んでいける
ことを心より願っています。
来る2026年が、
皆様にとって
今年以上に実り多き、
素晴らしい一年になりますように。
どうか皆様、
笑顔あふれる新年をお迎えください。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 喧騒なき京都で愛弟子と交わした「氣」の対話 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
冬至【とうじ】次候
七十二候
第六十五候 麋角解(さわしかのつのおつる)
12月26日~30日ごろ。
雄の鹿の角が落ちるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 けんそう な き きょうと で まなでし と かわ し た「き」の たいわ 』
新年を迎えるにあたり、
今年は例年になく
入念に家の大掃除を行いました。
道場だけでなく、
自宅の隅々まで埃を払い、
場を清める。
今朝からは、
歳神様をお迎えするための
準備を整えています。
自分の部屋も
模様替えを済ませました。
不思議なもので、
配置を少し
変えるだけで「氣」の流れが変わり、
心まで
澄み渡っていくのを感じます。
氣持ちも新たに、
清々しい新年を迎えられそうです。
みなさまは、
どのような
年の瀬をお過ごしでしょうか?
さて、
そんな大掃除の時間を過ごす少し前、
私は京都を訪れていました。
二ヶ月に一度の恒例、
ご先祖様の永代経読経で
西本願寺へ参拝するためです。
何かと
忙しかった11月を乗り越え、
まだ紅葉が残る
12月初めには行きたかったのですが、
近年の京都は
どこへ行っても人、人、人…
「いつ行こうか?」と迷っていたころ、
合氣道寺崎道場 師範部長である
中島さんからLINEが入りました。
「寺崎先生、
クリスマス明けに仕事で京都へ参ります。
もしご都合がよろしければ、
お食事でも
ご一緒させていただきたく存じます」
彼女は東京で
恵比寿教室を主宰する道場長であり、
神奈川も含めた
四つの道場と教室、
そこで指導にあたる
10名の指導者とそれを目指す者、
さらには、約50名の
門下生を束ねる師範部長でもあります。
私とは
もう40年以上の付き合いになりますが、
私の目指す道を
誰よりも深く理解し、
手となり足となって
道場を支えてくれる。
私にとっては
単なる弟子という枠を超えた、
背中を預けられる
かけがえのない
「良き片腕」とも呼べる存在です " 。
私は神戸、
彼女は東京。
物理的な距離に加え、
年明けには
私が東京へ出張する予定があるものの、
そこでは
多くのお弟子さんたちの
指導に追われることになります。
二人でじっくりと
膝を突き合わせて
話す時間はなかなか取れません。
だからこそ、
今回の中島さんからのお誘いは
絶好の機会でした。
待ち合わせは、
「スターバックス 京都烏丸六角店」。
聖徳太子建立と伝わる
「六角堂」に隣接し、
ガラス窓から
御堂を間近に望める
京都屈指のロケーションです。
店に着くと、
彼女はすでに席に座っていました。
その後ろ姿からは、
凛とした上品な「佇まい」がうかがえます。
実はこの日本女子、
合氣道を始めるずっとずっと前
10代から20代まで
映画やドラマ、
テレビ番組の司会といった
芸能界の仕事をしていました。
(それ以上は彼女に強く口止めをされているため詳しくは話せませんが😅)
「常に人から見られる世界」に身を置いていた経験。
それは、
指先の角度一つ、
視線の配り方一つで
相手にどう映るかという、
極限まで研ぎ澄まされた
身体意識を彼女に植え付けました。
さらに、
数々の台本を読み込み、
役柄の感情を
咀嚼(そしゃく)してきた経験と、
生放送の司会で
培った瞬発力のある言語化能力。
それらが
今の彼女の、
的確で心に響く
指導力=「語彙力と表現力」の
源泉となっています。
合氣道で練り上げた「氣」と、
芸能界で磨いた「魅せる力」。
その二つが融合し、
あの「美しい佇まい」が作られているのでしょう。
店を出て、
私たちは先斗町へと向かいました。
クリスマスが過ぎた年末の京都は、
嘘のように人が少なく静かでした。
あれほど多かった
中国からの観光客も、
今はほとんど見かけません。
かつて社会問題とまで言われた
「オーバーツーリズム」は幻だったのか?と
錯覚するほどです。
さすがに
四条河原町界隈は
外国の方々で溢れていましたが、
それでも
身動きが取れないほどの
春や秋とは大違いです。
この時期は、
本来の京都の風情を味わいながら
歩くことができる
貴重な季節なのかもしれませんね。
並んで歩いていると、
ふと彼女が口を開きました。
「先生、こんなに空いているなら、
どうせなら一日、二日早めて
賑やかなクリスマスに来れば良かったかな?」
そう言った直後、
彼女は自分でハッとしたように
悪戯っぽく微笑み、こう続けました。
「……あ、いえいえ。
クリスマスの京都だなんて、
私たちにはあまりにも『青春』過ぎますね(笑)」
その絶妙な
一人ツッコミに、
私も思わず声を上げて笑ってしまいました。
しかし、
この静けさは贅沢です。
石畳を打つ靴音、
鴨川を渡る風の音、
時折ちらつく細雪…
古都が本来持っている
息遣いが肌で感じられる。
「やっぱり、京都はこうでなくちゃ」と
改めて思います。
日が暮れた先斗町、
彼女がとっておきだと語る
京料理店の暖簾をくぐりました。
鴨川を望む席で、
繊細な懐石料理と
種類豊富な日本酒に舌鼓を打ちながら、
話題は
自然と深いところへ及びます。
40年前の昔話や
道場運営の話はもちろんのこと、
彼女の口から出るのは、
日本の教育、
精神性、
そして
この国の未来への強い危機感です。
彼女は
未来の日本の在り方を
真剣に考え、
憂い、
そして
自分たちに何ができるかを
模索する「国士」でもあります。
「合氣道を通じて、
日本人が失ってきた
芯を取り戻したいんです」
その眼差しは、
かつての女優のそれでもなく、
ただの指導者のものでもなく、
確固たる志を持った
一人の日本人としての
土台を湛(たた)えていました。
静寂の京都で、
美味しい料理と酒、
そして
最も信頼する愛弟子との語らい。
新たな年を迎える前に、
互いの魂が共鳴するような
熱い時間を過ごせたことに感謝しつつ、
私も心新たに新年を迎えたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 「懐手して宇宙見物」 新しい自分に出会うための年末年始 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
冬至【とうじ】次候
七十二候
第六十五候 麋角解(さわしかのつのおつる)
12月26日~30日ごろ。
雄の鹿の角が落ちるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 「ふところで して うちゅう けんぶつ」 あたらし い じぶん に であ う ため の ねんまつ ねんし 』
" 順調な時こそ「心の蓋」を疑う "
クリスマスも終わり
一年の締めくくり、
皆様いかがお過ごしでしょうか。
物事が順調に運び、
穏やかな年末を迎えている方も
多いかと思います。
しかし、
そんな時こそ、
実は「心の油断」が忍び寄る
時期でもあります。
平穏な日々が続くと、
私たちの脳は「今のままで十分だ」
という甘い囁きを始めます。
脳には、
変化を嫌い、
現状を維持しようとする
横着な性質があるからです。
「せっかく上手くいっているのだから、新しい挑戦などせず、このまま波風を立てずにいよう」と。
しかし、
そうして現状に安住し、
新しいことへの挑戦に「蓋」をした瞬間、
私たちの世界は途端に狭まり始めます。
一つ諦めるごとに
世界は一つ縮み、
やがて
その狭い視界だけが
「世界のすべて」だと思い込んでしまうのです。
中国の故事に
「夜郎自大(やろうじだい)」
という言葉があります。
辺境の小国が、
強大な帝国の存在を知らずに
「自分たちが世界一だ」と威張っていた物語です。
自分の実力を過信し、
内側に閉じこもった時、
耳元では
「今のままで大丈夫だ」という
声が聞こえてきます。
しかし、
それは大海を知らぬ井戸の底で、
自分の声が
壁に跳ね返っているだけの
「こだま」に過ぎません。
果てしない大海に
身を置いていれば、
声は無限に広がり、
こだまなど返ってこないはず。
もし自分の内側に
安堵の声が響いていると感じたら、
「ああ、自分はまだ井の中の蛙だったな」
と思い直す。
その謙虚さこそが、
再び新しい世界へ
飛び出すためのエネルギーとなります。
物理学者の寺田寅彦氏は、
次のような歌を残しました。
好きなもの
イチゴ、珈琲、花、美人
懐手(ふところで)して宇宙見物
この「懐手して宇宙見物」という
言葉が趣があっていいですね。
年末年始のひととき、
着物の懐に手を入れ、
ゆったりとした心で夜空を見上げる。
宇宙の圧倒的な
広大さに比べれば、
自分一人の成功も、
あるいは小さな行き詰まりも、
「小せえ、小せえ」と笑い飛ばせるはずです。
それくらいの
心に余裕があれば、
自分の小ささを素直に認め、
「よし、来年はあの広い海まで行ってみよう」と、
軽やかな心で
新しい一歩を
踏み出すことができるかもしれませんね。
" 順調な時ほど、意識して井戸の外へ "
一年を振り返り、
今の自分に満足しそうになったら、
宇宙の広さを思い出してみる。
合氣道琴心館寺崎道場
2025年の稽古も、
会員の皆さまのおかげで
実り多きものとなりました。
来る2026年が、
皆さまにとって
さらなる「挑戦」と
「発見」に満ちた、
素晴らしい年となることを
心より願っております。
それでは、
どうぞ素敵な年末年始をお過ごしください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝