" 休日でも心は遊ばせない "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節氣
啓蟄 ( けいちつ ) 末候
七十二候
菜虫化蝶 なむしちょうとなる
第九候
「啓蟄」は次候から末候へと移り、「菜虫化蝶」は3月15日~19日くらいにあたります。
冬を越した菜虫(青虫)が美しい蝶へと羽化する頃を意味します。
日差しが暖かくなり、春の訪れを感じられます。
自然の美しさと生命の力強さを感じることができる素晴らしい時期ですね。
今日のお題
『 きゅうじつ でも こころ は あそばせ ない 』
合氣道寺崎道場の指導者育成講習で
私が指導者の皆さんにいつも話すことは、
「その道で一流になろうと思うなら、
休みなく常に思考を巡らせ、
自己を成長させ続けなければならない。」
ということです。
これは指導者や組織、団体のトップという
立場以外の人にも
十分当てはまることなのです。
もちろん、
それは365日、1年中休みなく、
常に仕事に没頭するということではありません。
適度な休息や娯楽は、
心身の健康を保つ上で重要です。
たまには映画や温泉、釣りや旅行といった
趣味などにリフレッシュできる
時間を設けることも必要なことです。
しかし、
大事なことは
" 肉体を休ませ、
娯楽に興じていたとしても、
心も遊ばせ精神まで安息させてはならない。"
ということです。
温泉の湯煙から、
滴り落ちる一滴の水さえ、
新たな着想を得るように、
映画のワンシーンに
仕事への思いを重ねるように、
常に思考を働かせるべきであります。
人間の心というものは、
一日でも放っておけば
いくらでも、怠けるのです。
" どのようなときも、心は遊ばせてはいけません。"
休日、休養日を遊びに興じ、
思考停止に陥るような人は、
その道の一流には不適格で、
二流、三流であると言わざるを得ない。
また、
そのような指導者、リーダーからは
二流、三流の部下しか生まれないのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 小事が大事を生む "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節氣
啓蟄 ( けいちつ ) 末候
七十二候
菜虫化蝶 なむしちょうとなる
第九候
「啓蟄」は次候から末候へと移り、「菜虫化蝶」は3月15日~19日くらいにあたります。
冬を越した菜虫(青虫)が美しい蝶へと羽化する頃を意味します。
日差しが暖かくなり、春の訪れを感じられます。
自然の美しさと生命の力強さを感じることができる素晴らしい時期ですね。
今日のお題
『 しょうじ が だいじ を うむ 』
「小事が大事(小事が大事を生む)」という
ことわざがある。
「大きな目標を実現しようと思うなら、小さなことを怠ってはいけない」
という意味です。
「小さなこと」を大切にする姿勢は、
合氣道だけでなく、
人生のあらゆる場面で重要です。
「小さなこと」を確実にする人は、
間違いなく大きな仕事ができるのです。
それは大人も、子どもも同じです。
合氣道の場合は、
" 上達する人 " と " 上達しない人 " は、
技術的な素質ももちろんありますが、
やはり「心の持ちよう」が
大きく影響します。
とくに
子ども親子クラスにおいては
「自分は成長できる人間です」
「成長できない人間です」
という意識が、
全身から滲み出てくるのがよくわかります。
例えば、
稽古の最初に行う
柔軟運動、合氣体操の一つをとっても、
いい加減にする子は決して伸びません。
「体操なんて適当にやっていたらいいだろう」
という氣持ちが、
その態度に表れているのです。
一方で、
体操や受け身、体捌きといった
基本的な動作を
教わった通り確実にする子は、
間違いなく高度な技を習得できます。
そして、
近い将来において
道場全体の稽古をリードする
存在になるでしょう。
合氣道に限らず、
「小さなこと」を
おろそかにしているような子は
将来、使いものにならず、
一方で、
たとえ「小さなこと」でも
教えられた基本を守る子は、
やがて社会の役にも立ち、
人の役に立つ
立派な大人に育ってゆくのでありまする。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 運命とは命を運ぶもの "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節氣
啓蟄 ( けいちつ ) 末候
七十二候
菜虫化蝶 なむしちょうとなる
第九候
「啓蟄」は次候から末候へと移り、「菜虫化蝶」は3月15日~19日くらいにあたります。
冬を越した菜虫(青虫)が美しい蝶へと羽化する頃を意味します。
日差しが暖かくなり、春の訪れを感じられます。
自然の美しさと生命の力強さを感じることができる素晴らしい時期ですね。
今日のお題
『 うんめい とは いのち を はこぶ もの 』
" 運命だからと初めから諦めちゃいけない。
運命とは命を運ぶと書く。
自分の命を自分で運んで、自分の道を開くしかない。 "
これは、
海軍軍人・零戦のエースパイロットであった、
著書『大空のサムライ』で有名な
坂井三郎さんの言葉です。
この言葉はとても力強く、
運命について、深く考えさせられます。
運命とは何か?
「運命」という言葉は、
「命を運ぶ」と書きます。
つまり、
自分の人生をどのように進めるかは、
自分自身の行動に
かかっているということですね。
一方で、
定められ宿った命。
これを「宿命」といいます。
生まれた場所や時代など、
自分ではどうすることもできない
「宿る命」。
その中でどのように生きるか、
つまり
「宿命」は変えられないが、
「運命」は、自分の選択と行動によって
変えられるものです。
なぜ諦めてはいけないのか?
「運命だから」と諦めてしまうことは、
自分の可能性を否定することに
繋がると思うのです。
どのような困難な状況でも、
自分の意志で道を切り開くことで、
「運命」はより良い方向に
変わっていく可能性があります。
自分の道を開くためには、
目標を持ち、
それに向かって努力を続けることが大切です。
" 失敗を恐れず、
積極的に行動することで、新たな道が開ける。"
私はそう信じています。
周囲の人々との繋がりを大切にし、
支え合いながら進むことも
重要なことだと思います。
私たちは、
生きている間、
今この瞬間も
自分の命を自分で運んでいるのですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" あなたはウサギ? それともカメ? "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節氣
啓蟄 ( けいちつ ) 次候
七十二候
桃始笑 ももはじめてわらう
第八候
「啓蟄」は初候から次候へと移り、「桃始笑」は3月10日~14日くらいにあたります。
桃のつぼみがほころび、花が咲きはじめるころ。
昔は花が咲くことを「笑う」とか「笑む」といっていたそうです。
「桃始笑」という言葉を見るだけで、優しい笑顔になりますね。
花も人も笑うと、その周囲までもが明るくプラスの氣で満たされますね。
今日のお題
『 あなた は ウサギ? それとも カメ? 』
足の速いウサギと
足の遅いカメが競争をします。
ウサギは自分の足の速さに自信を持ち、
途中で昼寝をしてしまいます。
一方、
カメはゆっくりと着実に進み続け、
最終的にウサギよりも
先にゴールにたどり着き、競争に勝利します。
この「ウサギとカメ」は、
イソップ寓話の一つとして知られるお話ですね。
たとえば、
合氣道の技をすぐ覚えて上手な子に
アドバイスをすると
何をやってもすぐできるようになる。
一方で、
下手な子はなかなか思うようにいかない。
ところが、
できるようになったうまい子が、
いつの間にか、
その練習をやめてしまうのに対し、
下手な子は粘り強くそれを続け、
いつかはできるようになる。
そして、
継続することの大切さを知っている彼らは、
できるようになった後も
なお練習を続けるため、
結局は、
前者よりも力をつけることが多いのです。
私もこれまでの人生を振り返れば、
どちらかというと下手な子のタイプで、
「ウサギとカメ」でいうなら、当然カメなのです。
私は人の10倍やらなければ、
人並みにはなれないのです。
合氣道も然り、
今まで全ての物事において、
何をしてもそうでしたから。
「それだけは今でもそうなんだ」と
自分でよく分かっている。
それと、
自分にできることは
何事も粘り強く継続できること。
仕事でも毎日、
同じ作業をコツコツやることが得意です。
だから、
この毎日のブログの執筆作業も苦にならない。
たとえば、
野球界のイチローや松井秀喜さん、
現役では大谷翔平選手など、
一流選手たちは天才と呼ばれるほど
秀でたセンスを持ちながらも、
決して慢心せず、ひたすら継続を重ねる。
これが、
彼らが常に高みを目指し、
進化し続ける理由ではないだろうか。
そして、
彼らが私たちに示してくれる、
最も大切な教訓でもあるように思うのです。
これこそが、
私たちが共に目指すべき、
最高の境地であると、私は思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝
" 決意なき者に未来はない "
今朝も目覚めることができた、
ありがとう。
本日は、
二十四節氣
啓蟄 ( けいちつ ) 次候
七十二候
桃始笑 ももはじめてわらう
第八候
「啓蟄」は初候から次候へと移り、「桃始笑」は3月10日~14日くらいにあたります。
桃のつぼみがほころび、花が咲きはじめるころ。
昔は花が咲くことを「笑う」とか「笑む」といっていたそうです。
「桃始笑」という言葉を見るだけで、優しい笑顔になりますね。
花も人も笑うと、その周囲までもが明るくプラスの氣で満たされますね。
今日のお題
『 けつい なき もの に みらい は ない 』
師範や先輩の動きを自分の目で見て
頭でその通りのイメージを想像して
技を盗み、身体で覚える。
それがやがて自分の「潜在意識」の
奥深くまで入り込む。
その先に「氣が出る」。
技を習得できるかどうかは、
自身の強い意志にかかっている。
合氣道琴心館に入門当時の私は、
毎日、本部道場での稽古が終われば、
自分自身の道場でお弟子さんが待っている。
そのお弟子さん方に、
その日に習った技を「伝える」。
当時はまだまだ「教える」というより
「伝える」ことしか出来ませんでした。
常に師範の動きを注視し、
一つ一つの技を徹底的に模倣しようと努めました。
師範の身体の動きの一挙手一投足を
徹底的に真似することから始めて、
ある程度一つの技が出来るようになったら、
次に師範の氣を感じ取ることに専念しました。
「合氣道は形やないんや、中身なんや」
そう師範は教えてくれました。
その中身というのが「氣」なのです。
その「氣」を感じ取るには、
師範の受けを取るのが一番です。
直接そのままダイレクトに
師範の「氣」が伝わってきますから。
" 見て、真似して、盗みとる "
" 盗む " というと
言葉は良くないかもしれませんが、
師範や先輩に教えてもらおうという
受け身の姿勢では、
決して上達は望めません。
自ら積極的に上の者の技術を盗み、
鍛錬し、向上していく必要があるのです。
なぜなら、
教えられたことは記憶から抜け落ちやすいからです。
与えられた知識は、
受け身になりがちで、
深く理解しようとする意識が
薄れてしまうため、すぐに忘れてしまうのです。
しかし、
自ら苦労に苦労を重ね、
何度も試行錯誤を繰り返し、
ようやく盗み取った技術は、
自分の血となり肉となり、
潜在意識の奥深くまで入り込み、
決して忘れることはありません。
これは、仕事でも同様でしょう。
安易に与えられた知識は、
すぐに忘れ去られてしまいます。
しかし、
自ら「必ず自分のものにしよう」と
強く願い、苦労して、
ようやく盗み取った技術は、
決して忘れることはないのです。
何事であっても、
自ら「深く正しく学ぼう」とする
決意なき者は絶対に成就しない。
これ人生における、
天地大自然の絶対的大法則でありまする。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝