" 日本の国旗と国歌を大切にするとともに、他国のそれに敬意を示そう "
国旗と国歌は
それぞれの国家の
独立と尊厳を表す
象徴であります。
従いまして、
自国の国旗と国歌を
大切にするとともに、
他国のそれに
敬意を示すことが
国際的な礼儀とされています。
わが国では
平成十一年に
「国旗及び国歌に関する法律」が
制定され、
日本の国旗は「日章旗(日の丸)」に、
国歌は「君が代」と
定められました。
道場長 拝
" 街は復興しても、あの経験は一生忘れることは出来ない "
1995年1月17日
午前5時46分
地下の奥深くから
「ズドーン」という
乾いた大音量で目が覚めた。
今まで聞いたことのない
凄まじい音だった。
「何が起こった」
と思った途端、
激しい縦揺れで
身体は宙に浮いた。
何とか敷布団にしがみつき、
「キュッキュッ」
と家がきしむ音と
激しい横揺れ
「家が潰れる」
そう思った。
泣きわめく
母の頭の数十センチ横に
テレビが落ちていた。
もし頭に落ちていたらと
思うとゾッとした。
傾いた家の玄関をこじ開け、
裸足で外へ出ると
ガス管が破裂しているのだろう
強烈なガスの匂いがしていた。
阪神淡路大震災
あれから29年だ。
元旦に起きた
能登半島地震では
まだ住宅被害の
全体状況は
把握出来ていない。
被災された方々の
ことを思うと胸が痛い。
長引く避難生活の
ストレスも
経験したからこそよく分かる。
街は必ず復興するが、
あの経験をした人は
一生忘れることは出来ない。
道場長 拝
" 袋の味には「お」は必要だ。しつけには「お」はいらない "
「家庭のお袋の味が袋の味になって、取れた『お』が、しつけの上についてしまい、押し付け(おしつけ)になっている」
という話を耳にします。
お袋の味というのは、
子どもの時に
母が作ってくれた
料理の味のことを
意味する言葉ですが
近年、
手間を省き
袋を切ってお湯を注ぐだけの
料理と呼べない製品が
多くなっている。
そのお袋の味が
袋の味になって
取れた「お」が
しつけの上に付いて
「おしつけ」に。
親の考えや知識、
価値観を
子どもに押し付けてはいないか。
しつけと称して
おしつけ(押し付け)に
なってはいけない。
身が美しいと
書いて躾(しつけ)と読む。
躾に「お」は不要だ。
袋には「お」は必要だ。
「お袋の味」が分かる
子ども達が増えることを
願って止まない。
道場長 拝
" 進歩というやつはゆくりなくも表れる "
出来ない技や心身の使い方を
悲観するんじゃない。
正しく稽古を重ねれば、
昨日、出来なかった
技や心身の使い方が
予想もしないで
突然、出来るようになる。
それは出来なくとも、
諦めずに
正しく弛まず努力を
重ねた証だ。
少しばかりの
稽古の積み重ねで
出来ないのは当たり前だ。
継続
無くして
進歩はあるまい。
道場長 拝
「みんなで合格しよう」は氣が出る合言葉だ "
2024年1月13日(土)と14日(日)は
2024年度大学入学共通テストが
実施される。
受験生は誰しも
自分が合格することを願っている。
その思いは
強いほうが良いに決まっている。
しかし、
その強い思いが
無意識に
心身の力みになる場合が多い。
そうなってくると、
心と身体を
自由にのびのびと
使えなくなり、
他の受験生が皆、自分より
優れているように見えてきて、
氣後れしてしまう。
力めば力むほど
焦ってしまい、
持てる力を
最大限に発揮出来なくなる。
そこで、
少し思考を変えてみる。
「よし!みんな同じ目的で集まった仲間なんだ。だから、みんな全員で合格しよう!」
自分が受験する
試験会場のみんなで
合格するんだ。
そう思ったら、
なんだか
余分な力みが
取れて
落ち着いてくる。
リラックスするから、
持てる力を
最大限発揮することが出来るんだ。
その心身の状態を
"氣が出ている"というのだ。
道場長 拝