2025-11-17 03:19:00

" 宇宙の真理。「行き詰まり」は幻想、人生は停滞しない "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】末候

 

七十二候

第五十七候 金盞香(きんせんかさく)

11月17日~21日ごろ。

寒い冬の訪れとともに、可憐で香りの良い水仙が咲き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 うちゅう の しんり。 「いきづまり」は げんそう、じんせい は ていたい しない 』

 

 

 

 

 

​「どうにも進まない」

「袋小路に入った」

「もう手詰まりだ」

 

 

私たちは人生の中で、

時として

 

友人から、知人から、

あるいは自分自身の内側から、

 

「行き詰まり」という言葉を

聞くことがあります。

 

 

 

​

しかし、

 

本当に私たちの世界は、

そして私たちの人生は

「行き詰まる」ことができるのでしょうか?

 

 

 

私たちが生きる

この大宇宙の営みを考えてみましょう。

 

 

 

 

​

" 宇宙の真理は「停滞しない」という動かしがたい事実 "

​

 

 

 

私たちが暮らす

この地球は、

 

私たちが寝ている間も、

悩んでいる間も、

 

決して

立ち止まることはありません。

 

 

 

​地球は毎日、自転し続けています。

 

地球は太陽の周りを公転し続けています。

 

 

​

この壮大な宇宙の営み、

大自然の法則は、

 

絶えず動き、変化し、

進化し続けることで成り立っています。

 

 

宇宙に「停滞」という状態は存在しません。

 

 

そして、

私たち人間は、

この「決して止まらない」

宇宙の中で、

生かされている存在です。

 

 

​

 

​私たちは、

毎日歳を取り、

細胞が入れ替わり、

 

考え方が変わり、

経験を積み重ねています。

 

 

物理的にも精神的にも、

私たちは一瞬たりとも

 

「昨日と同じ自分」でいることはできません。

 

 

 

​人間は毎日、

過去に向かって

進んでいるのではなく、

 

未来に

向かって変化しています。

 

 

 

​この事実を前に、

「行き詰まる」という考えは、

 

宇宙の真理に照らして

絶対にあり得ないと

言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 

​もし

「行き詰まった」と

感じる瞬間があるとしたら、

 

それは

外部の事実ではなく、

自分の内側で生まれている「幻想」です。

 

 

​

それは、

特定の目標に対する「期待」と、

現在の状況との間に生じた「ズレ」を、

 

自分の心が

勝手に「停滞」と解釈しているに過ぎません。

 

 

 

 

私たちは今も呼吸をし、

心臓を動かし、思考しています。

 

 

これは最大の「動き」です。

 

 

物理的な大きな変化がなくとも、

内側では必ず何かが動いています。

 

 

 

​

行き詰まりとは、

 

たとえば、

地図のゴールにたどり着くための

「道」が見えなくなった状態です。

 

または、

進む方向が間違っているかもしれません。

 

 

​地図(目標や計画)自体が

現状に合っていないかもしれません。

 

 

​

そこで、

立ち止まるのではなく、

「進む方向」を見直す時なのかもしれません。

 

 

少し横に動いたり、

別のルートを探したり、

 

「動きのベクトル」を変える

ことも、

 

停滞を破る一つの方法です。

 

 

​

 

 

"「小さな変化」を成長と定義する "

 

 

 

 

​昨日の自分より、

 

ほんの少しだけ知識が増えた、

感情をコントロールできた、

新しい場所に足を踏み入れた。

 

 

どんなに小さな変化でも、

それは「前進」であり、「成長」です。

 

 

​

 

常に動き続ける

大宇宙の法則に倣(なら)い、

 

「大きな成果」ではなく

「小さな変化」を

積み重ねることを意識しましょう。

 

 

​

​私たちは、

常に変化し続ける大宇宙の一部です。

 

 

 

人生は、絶対に停滞しません。

 

 

 

 

さあ、

今日も一歩、

新たな方向へと動き出しましょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-14 03:40:00

" 「烏合の衆」にしないために、「全体」を創る長の役割 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】次候

 

七十二候

第五十六候 地始凍 (ちはじめてこおる)

11月12日~16日ごろ。

寒さで大地が凍り始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 「うごう の しゅう」に しな い ため に 、「ぜんたい」を つく る ちょう の やくわり 』

 

​

 

 

私は東京出張、

その他の出張も

 

現地での宿泊は

全て " アパホテル " を利用しています。

 

 

 

それは単に

快適で綺麗で

立地が良いから、

 

それだけではなく

その経営理念が素晴らしいことにあります。

 

 

 

アパホテル創業者の

元谷外志雄 (もとや としお) 氏の

 

座右の銘に

 

「全体の中に部分があり、部分を集めても全体とはならない」

 

という言葉があります。

 

 

 

 

 

この言葉は、

企業や組織の経営者にとって

深く響くものです。

 

 

 

 

 

僭越ではありますが、

合氣道琴心館寺崎道場を主宰する

 

不肖私にとっても、

まさに的を射た言葉だと感じています。

 

 

 

​

 

" 「烏合の衆」と化した軍はまとまらず分裂する "

 

 

 

​

元谷氏は、

 

「部隊長をいくら集めても、

全体を俯瞰(ふかん)して

全軍を指揮する指揮官が最も大事である。

 

その部隊長に

的確に指示・命令を出さなければ、

その軍は烏合の集に等しい」

 

とも述べられています。

 

 

 

 

「烏合の衆(うごうのしゅう)」とは、

 

カラスの集団のように

規律や統制がまったくない、

 

ただ寄り集まっただけの

集団を指す言葉です。

 

 

 

 

これは企業経営における

「社長の役割」を端的に

表していますが、

 

私たち

合氣道道場の主宰者にも

まったく同じことが言えると思います。

 

 

​

 

たとえば、

 

優秀な指導者が多数いたとしても、

それぞれが

自分のやり方で指導するだけでは、

 

道場全体の

理念や技術が統一されず、

 

かえって

混乱を招くことがあります。

 

 

 

個々の

稽古、指導は充実していても、

 

全体として見たときに、

一貫性のない

「烏合の衆」となってしまうのです。

 

 

 

 

 

​" 全体像を共有し、次世代へつなぐ "

 

 

 

 

合氣道琴心館寺崎道場では、

この「全体」を大切にするために、

 

月に2回、

オンラインで各教室の指導者と

情報や意見交換を行い、

 

春・夏・冬に

指導者育成練成集中稽古を

年3回実施しています。

 

 

 

この稽古は、

単に技術を教える場ではありません。

 

 

 

指導者と、

それを目指す者全員が、

 

合氣道琴心館寺崎道場の

根幹にある

 

「日本人としてどう生きるか」

 

という理念を

深く共有するためのものです。

 

 

​

 

日本は世界でも類を見ない、

令和7年現在で

 

2685年という

悠久の歴史を持つ国です。

 

 

 

神話から現代まで

途切れることなく続いてきた、

 

世界でたった一つの

日本国の一員であるという誇り。

 

 

そして、

この日本発祥の武道である合氣道を

後世に伝えること。

 

 

 

 

合氣道琴心館寺崎道場の

指導者である

 

私たちは、

この心を次世代に継承していくことを

使命としています。

 

 

 

 

指導者全員が

この「全体像」を理解し、

 

同じ方向を向いて

指導することで、

 

道場全体が

一つの有機体として機能するのです。

 

 

 

 

​

" 全体を見通す「目」の重要性 "

​

 

 

 

 

指導者には、

個々の部分だけでなく、

 

道場全体、

そしてその先に続く

 

日本の歴史と

未来を見通す「目」が求められます。

 

 

 

この「目」がなければ、

いくら熱心に指導しても、

 

その情熱は

一過性のものになってしまうでしょう。

 

 

 

 

​

元谷氏の言葉は、

単なる組織論を超え、

 

私たちが何を大切にし、

何を未来へつないでいくべきかという、

 

根本的な問いを

投げかけているように思いますね。

 

 

 

​

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-13 03:00:00

" 「頑張る」があなたをダメにする "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】次候

 

七十二候

第五十六候 地始凍 (ちはじめてこおる)

11月12日~16日ごろ。

寒さで大地が凍り始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 「がんば る」が あなた を ダメ に する 』

 

 

 

 

" 力を出すには、絶対に「頑張ってはいけない」 ​"

 

 

 

 

頑張るから疲れる。

 

頑張るから失敗する。

 

頑張るから出来なくなる。 ​

 

 

 

これは、

私がこれまでの修行と、

生活、

指導の中でたどり着いた結論です。

 

 

 

 

道場に体験に来た人や

入門間もないお弟子さんに、

 

「頑張ってみて」と言うと、

 

皆が皆、そろって

身体のあらゆる所に力を入れて力みます。

 

 

「はい!頑張ります」と

言っては、

 

身体だけでなく

心までも力ませます。

 

​

人間、

瞬間的に力んだり、

力を入れることはできますが、

 

何時間も

その状態は維持できませんね。

 

 

だから、

何をしても上手くいかないのです。

 

 

上手くいかないだけでなく、

健康体とも言えません。

 

 

 

何故、わざわざ、

 

失敗するように

不健康になるように、

 

自分の心身を

使う必要があるのでしょうか?

 

 

 

 

 

私自身、

「頑張る」という言葉を使わなくなって、

 

どれくらいの

月日が経ったでしょうか。

 

 

 

しかし、

以前は、ふとした瞬間に

 

口から

その言葉が出ることがありました。

 

 

 

 

それは、

幼少期から親や先生、

 

周囲の人々から

「頑張れ、頑張れ」と

励まされ続けてきた結果、

 

「頑張り」が

潜在意識に深く、

強固に根付いてしまっていたからです。

 

 

​

 

 

無意識の領域にまで

浸透した言葉を排除するのは、

想像以上の訓練が必要です。

 

 

 

 

しかし、

その訓練を重ねた今、

私は自信を持って言えます。

 

 

 

「頑張る」という言葉は、

私たちの可能性を閉ざす鎖であると。

 

 

​

 

 

"「頑張る」の本当の意味を深く知る "

 

 

 

 

改めて

「頑張る」という言葉の語源を探ると、

「我を張る」に行き着きます。 ​

 

 

 

これはつまり、

無駄なエゴや力み、

自己中心的な意地を立てる行為です。

 

 

 

 

合氣道で求める

「自然で最大の力」とは真逆の状態です。 ​

 

 

 

 

私たちは、

この「我を張る」行為を

 

「努力」や

「熱意」と勘違いしています。

 

 

 

 

頑張るという言葉が

自然に出てくるうちは、

 

いつまで経っても「我」に執着し、

 

不必要な力みの中で、

心身ともに

疲弊し続けることになります。 ​

 

 

 

 

 

したがって、

私はこのブログを

読んでくださっている、

 

あなたにも、

そして道場生にも、

 

「頑張れ」とは絶対に言いません。

 

 

​

 

 

" 最大限の力を発揮する「正しさ」とは "

 

​

 

 

 

では、

「頑張らない」状態とは、

 

ただの「無氣力」や

「虚脱状態」と同じなのでしょうか? ​

 

 

もちろん違います。

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場では、

この「リラックス」と

「虚脱状態」との決定的な違いを、

 

日々の

稽古の中で指導しています。

 

 

 

 

​技、体操、

そして呼吸法等を通して、

 

自身の心と身体が

どのような状態にあるときに、

 

最も大きな力、

最もスムーズな動きが

生まれるのかを深く探求します。 ​

 

 

 

自身の持つ

最大限の力を発揮しようと思えば、

絶対に頑張ってはいけません。 ​

 

 

 

正しくは、

心身を解放し、

流れに任せることです。

 

 

 

すなわち、

正しくリラックスすることです。

 

 

​

力を抜ききった状態から、

一瞬で芯の通った

「落ち着き」と「集中」が生まれます。

 

 

 

この「落ち着き」こそが、

合氣道で言う不動心であり、

私たちが目指す境地です。 ​

 

 

 

 

 

" 稽古は「頑張り」を「リラックス」に書き換える作業 "

 

 

​

 

 

幼少期から

積み重ねられた

 

「頑張る」という潜在意識を、

 

「リラックス」と

「落ち着き」に書き換えること。

 

 

 

 

これが、

合氣道琴心館寺崎道場の修行であり、

人生の修行でもあると私は確信します。 ​

 

 

 

 

無駄な力を捨て、

真の自分を取り戻す道。 ​

 

 

 

合氣道琴心館寺崎道場では、

その道筋を、

身体と心を通して共に歩んでいきます。 ​

 

 

 

 

共に

「我を張る」生き方から、

「流れに任せる」生き方へと転換しましょう。

 

 

​

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-12 03:23:00

" 未来の師範はここにいる!「栴檀は双葉より芳し」"

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】次候

 

七十二候

第五十六候 地始凍 (ちはじめてこおる)

11月12日~16日ごろ。

寒さで大地が凍り始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 みらい の しはん は ここ に いる!「せんだん はふたば より かんば し」 』

 

 

 

 

 

" 稽古か遊びか?道場で見つけた大きな覚悟 "

 

 

 

 

合氣道道場長として、

日々多くの小学生の稽古を指導しています。

 

 

道場での

子どもたちの立ち居振る舞いは、

本当にさまざま。

 

 

その姿を見つめることは、

彼らの成長の奥深さを感じさせてくれます。

 

 

​

 

" 稽古を「遊び」の延長にしてしまう子 "

 

 

 

​道場に慣れてきた子や、

まだ切り替えが

難しい子どもたちの中には、

 

稽古と遊びの区別が

あいまいになってしまう子がいます。

 

 

 

​「先生の話が長いな」

「次はいつ自分の番だろう?」

 

 

そんな氣持ちから、

つい隣の友達を突っついたり、

 

座っているときに

身体がグラグラしてしまったり。

 

 

これは、

集中力が続かない姿です。

 

 

彼らの「元氣」が、

「学ぶ時間」という枠に

収まりきっていない証拠でしょう。

 

 

指導者は、

そのエネルギーをどうやって

 

「集中する力」へと変えていくか、

常に工夫を凝らさねばなりません。

 

 

​

 

 

" 入門時から光る「学びの姿勢」の芽 "

 

 

 

 

​しかし、

そんな中で、

 

道場に入門した頃から、

私たち指導者がハッとさせられる

子どもたちがいます。

 

 

 

​彼らは、

道場での「立ち居振る舞い」が

 

他の子どもたちとは

少し違うのです。

 

 

 

​「稽古の時間だ」と、

自分の中で氣持ちを切り替え、

 

真剣な眼差しで

先生の話を聞こうとする。

 

 

 

​自分の練習が

終わっても、

 

他の子の

稽古を静かに見て、

 

何かを

学ぼうとしている。

 

 

 

​挨拶や礼、

一つ一つに、

「きちんとしなきゃ」という

意識が感じられる。

 

 

​

 

 

​「栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し」

 

 

 

 

​これは、

香りの良い栴檀の木は、

 

芽(双葉)の時から

良い香りがするということ。

 

 

 

つまり、

将来立派になる人は、

 

子どもの頃から

その片鱗を見せている

という意味のことわざです。

 

 

 

 

​彼らが持つ

「芳しさ」とは、

技の上手さではありません。

 

 

彼らの持つ、

「集中しようとする力」

「自分を律する力」、

 

 

そして何よりも

「TPOをわきまえる」という、

 

社会で通用する

立派な人になるための姿勢の

芽生えなのです。

 

 

 

​

 

" 大切なのは、誰もが「芳しい芽」を持っていると信じること "

 

 

 

​

幼い頃から

集中して稽古に取り組める子は、

素晴らしい資質を持っています。

 

 

彼らは、

これから多くのことを吸収し、

大きく伸びていくでしょう。

 

 

 

 

​一方で、

最初は遊びのつもりだった子も、

「だから伸びない」ではありません。

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場は、

未熟な芽を、時間をかけて、

 

じっくりと

育てていく道場です。

 

 

 

 

稽古の中で、

誰かを思いやる氣持ちや、

 

失敗してもやり抜く

「心の強さ」を学びます。

 

 

 

遊びと稽古の区別が

曖昧だった子が、

 

ある日、

ふとした瞬間に

 

「真面目に取り組むことの面白さ」

に氣づき、

 

一氣に集中力を発揮し始める姿も、

私は数多く見てきました。

 

 

 

 

​道場長である私の使命は、

既に光る「立派な人の芽」を

大切に育むとともに、

 

まだ芽が出ていない

全ての子どもたちの中に、

 

必ず「芳しい芽」があると信じ、

そのきっかけを

作ってあげることだと心得ています。

 

 

 

 

​合氣道の稽古を通じて、

心と身体を整え、

 

未来の自分を支える

「集中力」と「礼儀」を

一緒に育んでいきましょう。

 

 

​

今日も道場に集う子どもたちの、

未来の「芳しさ」を楽しみに、

精一杯指導に当たります。

 

 

​

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-11 03:14:00

" 心の静寂 (しじま) は「戻る場所」にあり "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】初候

 

七十二候

第五十五候 山茶始開(つばきはじめてひらく)

11月7日~11日頃。

山茶花(さざんか)の花が咲き始める頃。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 こころ の しじま は「もど る ばしょ」に あり 』

 

 

 

 

合氣道の修行の真価は、

技の技術の習得だけではなく、

 

私たちが日常で晒される

「心の波立ち」を

鎮める術を学ぶことにあります。

 

 

 

​

道場での稽古中においても、

様々な場面で心に乱れか生じます。

​

 

 

技が上手くいかない時の焦り。

強い相手に向き合った時の恐怖や力み。

周囲の視線や雑念による集中力の欠如など。

 

 

​

これらはすべて、

自身のパフォーマンスを阻害し、

怪我の原因にもなりかねません。

 

 

 

​

" 基本稽古が心の軸を整える "

​

 

 

では、

私たちはどうすれば

 

その乱れを少しでも

無くすことができるのでしょうか?

 

 

 

​

それが、

私たちが道場で日々繰り返す

「基本稽古」です。

 

 

 

​一見、

単調にみえる、

 

「受け身」や「足捌き」、

「力みのない姿勢」や「臍下の一点」等を

繰り返し確認し行うことは、

 

身体に中心軸を刻むと同時に、

心に「静寂」という落ち着きを

築いています。

 

 

 

 

たとえば、

 

力んでしまった時には

 

基本の姿勢と

身体の重みを最下部に戻すことで、

心の動揺を静めます。

 

 

​

 

迷いが生じた時には

複雑なことを考えるのをやめ、

 

ゆっくりと

心と身体の使い方を再確認しながら、

 

基本動作に意識を集中させることで、

思考の渦から抜け出します。

 

 

 

 

​この、

「基本に戻ることで得られる、一切の雑念のない状態」

こそが、

 

「心の静寂」です。

 

 

 

 

​

​「心の静寂」は、

自分が最も困難な状況に陥った時、

 

いつでも立ち返り、

戻ることのできる、揺るぎない場所です。

 

 

​

 

稽古を重ねるごとに、

この静寂は深まり、

 

自分自身の

日常生活にも波及していきます。

 

 

 

​

技の優劣ではなく、

まず「心の静寂」という

戻る場所を忘れないこと。

 

 

 

 

それが、

豊かな人生を送るための

価値ある合氣道の修行ですね。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝