2025-11-25 03:50:00

" 【衝撃体験】100日連続お墓参りを完遂したら人生が変わる? "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】初候

 

七十二候

第五十八候 虹蔵不見(にじかくれてみえず)

11月22日~26日ごろ。

まだ本格的な積雪になるほどではないが、冬の訪れを実感する時期で虹が見えなくなるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 しょうげき たいけん】ひゃく にち れんぞく おはか まい り を かんすい した ら じんせい が かわ る? 』

 

 ​

 

​

 

"「百日墓参り」って知っていますか? "

 

 

​

今年の7月に

ある著書で、

わずか二行の文章に出会いました。

 

「百日間続けてお墓参りをすれば、何か良いことがあるよ」

 

 

​どのような

「良いこと」があるのかは曖昧でしたが、

 

この言葉が

私の心に深く刺さりました。

 

 

 

同じ頃、

家内の知人が実際に

 

「百日墓参り」を

実践していたという話を聞き、

俄然興味が湧いたのです。

 

 

 

 

​"「終わりに近づくころ」に何が起こるのか?"

 

 

 

​

 

そして、

今年の夏、

 

私は「百日墓参り」を

やってみようと決意しました。

 

 

 

8月、

集中稽古で東京へ出張した際、

 

あるお弟子さんに

その話をすると、

驚きの答えが返ってきました。

 

 

​「あっ!それ、昔、私の故郷の兄がやりました」

 

「へぇ〜、それで何か良いことあったの?」

 

 

 

​すると、

彼女もまた、

知人も、

 

そしてネットのわずかな情報源も、

皆が口を揃えて

同じようなことを言うのです。

 

 

 

​

「それがですね、百日墓参りが終わりに近づくころ… 」

 

 

 

​具体的な内容は

プライベートなことなので、

ここではお伝えできませんが、

 

 

 

どうやら

この「終わりに近づくころ」に、

 

人生を揺るがすような

出来事や変化が訪れるらしいのです。

 

 

それは

人それぞれ

違うことは想像できますが、

 

この共通点が

私を強く惹きつけたのでした。

 

 

 

​

 

"【実践報告】100日間の挑戦がもたらした衝撃 "

 

 

 

 

​そして、

私は東京出張から神戸に帰った

翌日の令和7年8月17日から

「百日墓参り」を実践しました。

 

 

​

そして、

昨日、11月24日、

 

一日も欠かさず、

ついに100日間の挑戦を

完遂することができました!

 

 

 

 

​私の場合は、

挑戦を「やり始めたころ」と、

噂通り「終わりに近づくころ」に、

 

 

やはり人生において

大きな衝撃的な出来事が起こりました。

 

 

 

さすがに

「人生の岐路」とまでは

言い過ぎかもしれませんが、

 

それでも私にとっては

心に深く刻まれるほどの大きな出来事です。

 

 

 

 

​

" 100日間で私が体験したこと "

​

 

 

 

百日墓参りの期間中、

本当に様々なことが起こりました。

 

 

 

​

不思議な出来事

今まで感じたことのない

強いご縁を感じたり、

物事が急に動き出したり...。

 

 

​

感動した体験

ご先祖様との

繋がりを深く感じ、

心が洗われるような

感謝の念に包まれました。

 

 

​

見たことのない景色

精神的な変化だけでなく、

お参りの道中に

空や自然の美しい一瞬に

何度も出会いました。

 

 

 

​ちょっと怖かったこと

誰もいない墓地で

感じたゾクッとするような氣配も、

今となっては貴重な体験です。

 

 

 

 

​これらの出来事の一つひとつが、

私の人生観を揺さぶり、

 

大きなたくさんの

「氣づき」を与えてくれました。

 

 

 

 

​私にとっての

「百日墓参り」は、

 

ご先祖様との繋がりを見つめ直し、

自分自身の潜在意識と向き合い、

 

「これがお前の最大の欠点であり、弱さだ」

 

それをご先祖様と天地から教えられた

100日間の旅でした。

 

 

 

​

​私に一体、何が起こったのか?

 

具体的な体験談は、

このブログで話せる範囲で

 

これから一つひとつ

詳しくお話ししていきますので、

ぜひ、興味がある方はご期待ください!

 

 

​

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-21 03:55:00

" 天から与えられた仕事をしているか? "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】末候

 

七十二候

第五十七候 金盞香(きんせんかさく)

11月17日~21日ごろ。

寒い冬の訪れとともに、可憐で香りの良い水仙が咲き始めるころ。

 

​

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 てん から あたえ られた しごと を している か? 』

 ​

 

 

「天から与えられた仕事をしているか?」

 

「その仕事が天職であると思えるか?」

 

「それが世のため人のためになっているか?」 ​

 

 

 

道場長として

毎日、道場に立つ時、

 

私は常に

この三つの問いを自らに課しています。

 

 

​

不肖私が主宰する

合氣道琴心館寺崎道場は、

単に技を教えるだけの道場ではありません。

 

 

 

 

僭越ではございますが、

私はこの道場での指導こそが、

 

まさに天から与えられた仕事「天職」で

あると確信しています。

 

​

 

 

 

 

" 未来の子どもたちのための「人間教育」"

 

 

 

 

​現代社会、

特に学校教育の場では、

 

知識やスキルを

学ぶ機会は豊富にあります。

 

 

 

しかし、

私たちが

最も大切にしなければならない

 

「核」となる部分が、

置き去りにされがちではないでしょうか。 ​

 

 

 

私が

合氣道の指導を通じて、

未来の

子どもたちに伝えたいのは、

 

 

以下の四つの柱です。

 

 

​一つ、

美しい所作と言葉

相手を敬う姿勢、

場を清める動作、

そして心ある言葉遣い、

日本人として世界に誇れる礼儀作法。

 

​

二つ、

心と身体の使い方

合氣道の技の理合いから学ぶ、

無理のない効率的な身体の使い方。

感情に流されない強い心の持ち方。

 

 

三つ、

日本人としての誇り

伝統文化への理解と、

先人たちが築いてきた精神性への敬意。 ​

 

 

四つ、

どう生きるか

困難に立ち向かう姿勢、

自己と他者への向き合い方。

人生の「道」を切り開く指針。 ​

 

 

 

これらは、

子どもたちが

これから生きていく上で、

 

どんなスキルよりも

深く、長く、

 

自分の人生を支える

人間としての土台となります。

 

 

 

 

 

" 収入ゼロでも、私は同じことをやれるか " 

 

 

 

​

道場運営は、

決して楽な道ではありません。

 

 

それでも、

なぜこの活動を続けるのか。 ​

 

 

 

それは、

たとえ、ほんの僅かでも

 

「世のため、人のため、地域のためになっている」という

強い確信があるからです。

 

 

 

 

 

子どもたちが目を輝かせ、

「ありがとうございました」と

深く一礼する姿、

 

 

また、

内氣だった子が

自信を持って発言できるようになる瞬間。

 

 

 

それこそが、

私にとって

何物にも代えがたい報酬なのです。

 

 

​

 

したがって、

もし、この活動が

 

一切の収入がない

ボランティアになったとしても、

 

私は「命の続く限りやり続けます」 ​。

 

 

 

 

私が伝えているのは、

合氣道の技を超えた「生きる道」です。

 

 

 

 

この真髄を

未来ある子どもたちに継承すること、

 

彼らが自信と誇りをもって

生きていくための「種」を蒔くこと。

 

 

 

それが

私の「天命」であり、

私にとっての「合氣道」なのです。

 

 

 

 

​私たちは皆、

他者との関係性の中で生きています。

 

 

合氣道を通じて育む「調和の心」は、

必ずや

社会全体をより良いものに

変えていくと信じています。

 

 

 

​今日も明日も、

その信念をもって

私はお弟子さんの前に立ち続けます。

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末、三連休を。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-20 03:38:00

" 無意識の所作、親の「躾」と子の「未来」 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】末候

 

七十二候

第五十七候 金盞香(きんせんかさく)

11月17日~21日ごろ。

寒い冬の訪れとともに、可憐で香りの良い水仙が咲き始めるころ。

 

​

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 むいしき の しょさ、おや の「しつけ」と この「みらい」 』

 

 

 

 

先日、

所用でとあるお店に立ち寄りました。

 

 

目的の鞄売り場のすぐ前が、

店舗の試着室スペースになっていました。

 

 

 

​そこで、

目を覆いたくなるような

光景を目にしました。

 

 

 

 

一人の男性(40~50歳くらい)が

試着室にズボンを持って入ろうとした際、

 

脱いだ履き物(サンダル)を

あたり構わず脱ぎ散らかして

そのままにしてしまったのです。

 

 

それは、

試着室の前を通る人を

塞ぐかのように散乱していました。

 

​

 

本来、

履き物を脱ぐという行為には、

わずかな時間であっても、

 

「次に履く時のこと」

「その場を使う人のこと」を考える、

一種の作法が伴うはずです。

 

 

 

それは

合氣道の道場における

「履物を揃える」という、

ごく基本的な所作と全く同じです。

 

 

​

 

" 履き物を揃える、一つの教え "

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場では、

この「履物を揃える」という

所作を非常に重んじます。

 

 

 

これは、

単に見た目の美しさや

整頓のためだけではありません。

 

 

​

 

 

それは「心」の整頓です。

 

それは「次の人」への配慮です。

 

​それは「自分」を律する修業です。

 

 

​

 

 

履き物が

バラバラに散らかった状態は、

 

そのまま

その人の「心の乱れ」を象徴しています。

 

 

 

自己中心的な振る舞いであり、

「公」の場における

「道」の欠如と言わざるを得ません。

 

 

 

まことに見苦しく、

一日本人として、

とても恥ずかしく思いました。

 

 

 

 

​

" 躾は連鎖する。

親の「行い」は子の「未来」"

 

 

 

​この男性は、

おそらく幼少期に

 

「履き物を揃える」という

基本的な躾を

受ける機会がなかったのでしょう。

 

 

​

そして、

もしこの男性に

子どもがいるとすれば、

 

その子どもたちも、

親である彼の「行い」を

無意識のうちに学んでしまいます。

 

 

 

注意する

親の姿を見ていないのですから、

 

彼らもまた、

同じように

履き物をバラバラにしてしまうでしょう。

 

 

 

 

​「躾」とは、

「身を美しく」と書きます。

 

 

 

親から子へ、

目上から目下へと

受け継がれていくものです。

 

 

 

 

​

" 常に「道場」の意識を持つ "

 

 

 

​私たちは、

道場を一歩出た場所でも、

 

常に

「道場にいるのと同じ心」を

持ち続けるべきです。

 

 

 

 

​試着室の前であっても

お風呂屋さんのトイレであっても、

 

「履物を揃える」という

たった一つの行いが、

その人の「人間性」を映し出します。

 

 

​

 

他者への配慮、

自らを律する心。

 

 

 

 

この当たり前の「道」を、

 

私自身も日々の稽古と

生活の中で実践し続け、

 

お弟子さんたち(特に子どもたち)に

伝えていきたいと改めて強く誓いました。

 

 

 

​

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-19 03:15:00

" 学びは役割を引き受けた後に始まる "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】末候

 

七十二候

第五十七候 金盞香(きんせんかさく)

11月17日~21日ごろ。

寒い冬の訪れとともに、可憐で香りの良い水仙が咲き始めるころ。

 

​

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

 

『 まなび は やくわり を ひきうけ た あと に はじま る 』

 

 

 

 

" 即断即行!「快諾力」が人生を拓く "

 

 

 

​人生の質、

そして人間的な深みは、

 

誰と時間を共にするかで

劇的に変わってきます。

 

 

 

​私が心から信頼し、

ずっと

一緒にいたいと願う人物像。

 

 

それは、

どんな困難な

仕事や役割を頼まれても、

 

即座に

「それ得意です!」

「私にやらせてください!」と

快く引き受けられる人です。

 

 

 

​

 

"「やります!」が先、学びは後 — 師範自身の体験 "

 

 

 

​

 

 

大切なのは、

引き受けた時点で

 

「得意である」必要は

全くないということです。

 

 

 

​これは、

何を隠そう

私自身の歩んできた道でもあります。

 

 

 

 

​私自身、

合氣道を始めたのは

五十歳という遅いスタートでした。

 

 

にもかかわらず、

 

私の師匠である

兵庫県合氣道連盟会長

合氣道琴心館館長の

 

琴地 茂先生から

「明日から大学へ指導に行きなさい」

 

そう命ぜられ、

 

合氣道琴心館の

末席に加えていただいた

わずか一年後には、

 

大学の合氣道部で

指導を任されることになりました。

 

 

 

当時の私の級は四級。

 

 

対して、

指導する立場の学生たちは

皆、二級でした。

 

 

経験も技も、

そして級も、

私より彼らの方が上だったのです。

 

 

 

​その指導の場では、

数多くの苦い思いも経験しました。

 

 

 

しかし、

その時「指導者」という役割を快諾し、

引き受けたからこそ、

今の私がある。

 

 

 

 

​多くの人は、

技を深く習得し、

 

知識を積み重ねてから

「師範」という

立場になると考えるでしょう。

 

 

 

しかし、

私の場合は、

 

まず師範という

役割になってから、

 

文字通り

合氣道を一から学びました。

 

 

 

 

「教える」という

責任を負ったことで、

 

否応なく

 

誰よりも深く、

誰よりも真剣に

 

稽古に

打ち込まざるを得なくなったのです。

 

 

 

 

​

" 快諾力の後に秘められた成長のサイクル "

 

 

 

 

​「やります!」と手を挙げた後、

その役割を果たすために

必死に学び、調べ、

知識や技術を身につけていく。

 

 

 

この

「まず引き受ける→すぐに学ぶ・実行する」という

 

サイクルこそが、

人間を最も早く、

そして深く成長させる原動力なのです。

 

 

 

これは成長のための大原則です。

 

 

 

​にもかかわらず、

それを分かってない人が多くいます。

 

 

 

 

しかし、

そんな中で

 

私の弟子たちの中にも、

この快諾力を持った若者、

志を持った日本女子が3人、4人といます。

 

 

 

彼女らと一緒にいると、

本当に楽しく、場が明るくなります。

 

 

 

そして何より、

その前向きな姿勢、

貪欲な学びの姿勢からは、

 

私自身も

「まだまだだな」と襟を正す

多くの学ぶべき点があるのです。

 

 

 

 

彼女らは、

道場、

そして社会にとって

 

不可欠な存在へと

確実に成長していくでしょう。

 

 

 

 

 

​" 信頼とチャンスを遠ざける姿勢 "

 

 

 

 

​一方で、

残念ながらその対極にいる人もいます。

 

 

 

​声をかけられても、

 

うつむき、

手も上がらず、声も出ず、

 

私と

目を合わすことすらできない人。

 

 

 

不安からか、

挑戦を避け、

 

自分を小さな枠に

閉じ込めてしまうような人です。

 

 

 

​このような

受動的な姿勢では、

 

人生において

チャンスも、

重要な役割も、大きな仕事も、

 

決して

回ってくることはありません。

 

 

 

なぜなら、

他者からの

信頼関係の構築ができないからです。

 

 

 

 

​大事な局面で

「この人に任せても大丈夫だろうか?」

という疑念が生まれてしまう。

 

 

一緒にいても場が重くなり、

共にいる喜びを感じることが難しい。

 

 

 

結果として、

人望も信頼も得られず、

成長の機会から遠ざかってしまうのです。

 

 

​

 

合氣道の稽古は、

人生という舞台で、

 

いかに積極的に、

主体的に生きるかを学ぶ場であります。

 

 

 

​人生は人選びで大きく変わります。

 

 

 

​私たちは、誰と共に生きていくか。

 

 

 

​そして、

自分自身は、

 

誰かに「一緒にいたい」と

思われる人間であるか。

 

 

 

 

​「快く引き受け、後に必死で学ぶ」

という姿勢は、

 

合氣道の

「受け」の精神にも通じます。

 

 

相手の技を正面から受け入れ

そこから次の自分の動きを生み出す。

 

 

 

この

「まず受け入れる」

精神こそが、

人生を切り開く鍵となります。

 

 

 

​

「それ、私にやらせてください!」

 

 

 

​その一言が、

 

あなたの人生をより深く、

より楽しいものへと導く

最初の一歩となるでしょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-18 03:21:00

" もし今日が人生最後の一日なら、あなたは「時間潰し」をしますか? "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 本日は、二十四節氣

立冬【りっとう】末候

 

七十二候

第五十七候 金盞香(きんせんかさく)

11月17日~21日ごろ。

寒い冬の訪れとともに、可憐で香りの良い水仙が咲き始めるころ。

 

​

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

 

『 もし きょう が じんせい さいご の いち にち なら、あなた は 「じかん つぶ し」を します か? 』

 

 

 

 

「時間潰しには〇〇がいいですよ」

 

「暇潰しに最適ですよ」

 

 「いい暇潰しになりました」

 

 

時々、

軽々しく

他人に対して口にする人がある。

 

 

 

​あえてはっきりと言いましょう。

 

 

 

私は、

「時間潰し」という言葉が大嫌いです!

 

​

 

この世から

『時間潰し』『暇潰し』という

言葉がなくなることを願っています。

 

 

 

「いい暇潰しになりました」

 

 

そんなことを言う

人ほど、

 

人生を無駄に過ごし

 

病を恐れ、

医者に頼り、

死に至る時に必ず、狼狽える人なのです。

 

 

 

 

なぜなら、

その言葉は、

 

我々人間が持つ、

いや、「生きとし生けるもの」

 

命あるもの全てが持つ

最も尊いもの、

 

すなわち

『命』を粗末にしている証だからです。

 

 

​

 

「退屈だから」

「やることがないから」

「待ち合わせの時間までの間」などと、

 

無為に過ごして、

 

それを軽く

「時間潰し」と言う人がいますが、

本当にそうでしょうか?

 

 

 

​

本来、

武道の修業とは、

 

己の命と時間を懸けて、

道を極めようとする営みです。

 

 

畳の上で流す一滴の汗は、

決して「潰された」時間から

生まれるものではありません。

 

 

 

それは、

全身全霊で「今」を生きた証です。

 

 

​

 

 

" あなたは 「潰しますか?」か「磨きますか?」:人としての態度 "

 

 

 

​合氣道の稽古では、

「今、この瞬間」に全身の神経を

集中させます。

 

 

技が生まれ、

氣が満ちるのは、

 

寸分も氣を抜かぬ、

真剣な一瞬の積み重ねです。

 

 

 

​この真剣さこそが、

人生のすべてにおいて

 

持つべき姿勢だと、

私は確信しています。

 

 

 

​

もし、

今日が人生最後の一日だと

わかっていたとしたら、

 

一体誰が、

自分の命の残りを

「潰そう」と考えるでしょうか?

 

 

 

残された時間を

慈しみ、

 

大切に、意味のあるものとして

「活かそう」とするはずです。

 

 

 

​「時間潰し」とは、

その「時間を活かす」

努力を放棄している状態を指します。

 

 

 

それは怠慢であり、

武道の道に生きる者として、

絶対に許容できない態度です。

 

 

​

 

道場長として、

私は日々こう行動しています。

 

 

​

 

命の限りを伝える

 

私の命が尽きる直前まで、

合氣道の真髄、

 

そして私が学んだ「生きる姿勢」を、

お弟子さんたちに魂を込めて伝えます。

 

伝えるべきことは、

一つ残らず、全身全霊で伝えます。

 

 

 

​愛と感謝の表明

 

家族や、

共に歩んでくれた人々に、

 

心からの感謝と尊敬を、

力強く、そして明確な言葉で伝えます。

 

 

​

後悔の種は、一切残さない、最高の「一日一心」稽古

 

そして、

私は今日も

 

自分自身の「道」に対する、

 

最高に研ぎ澄まされた、

「これが最後かもしれない」

稽古を全うします。

 

 

それは

「時間潰し」とは対極にある、

 

命を磨き上げる時間であり、

合氣道という道に対しての「礼儀」です。

 

 

​

 

 

" 「一日一心」:命を輝かせるための哲学 "

 

 

 

 

​僭越ながら、

不肖私が毎日書く

このブログ「一日一心」とは、

 

「今日という一日は、

二度と手に入らない

尊い命のかけらである。

だからこそ、

その一瞬たりとも氣を緩めず、

心を尽くして懸命に生き抜け」

 

という、私の哲学です。

 

 

​

 

​

暇や時間を「潰す」ような

愚かなことはやめ、

 

その時間を、

自分の夢、愛、

 

自分を

「磨き上げる」時間に変えましょう。

 

 

​私たちには、

皆平等に

 

今日という、

尊い一日が与えられています。

 

 

​

道場での稽古と同じように、

その一日、

その僅かな時間にも

 

真剣に向き合い、

全身全霊で活かしきりましょう。

 

 

それが、

真に生きる賢者の覚悟の証です。

 

 

​

暇や時間を潰して

生きるような

 

愚か者にだけは

なってはいけませぬ!

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝