2025-12-02 03:22:00

" 「いや、今さらな」を「そら、今からやろ!」に変えよう "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】末候

 

七十二候

第六十候 橘始黄(たちばなはじめてきばむ)

12月2日~6日ごろ。

橘の実がだんだん黄色く色づき始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 「いや、いま さら な」を「そら、いま から やろ!」に かえ よ う 』

 

 

 

 

 

「それ、やってみたら?」

何かを人に勧めたら、

必ず二つの声が返ってきます。

 

 

 

​一つは、

過去を振り返り、行動をためらわせる声。

「いや、今さら、始めても遅いのではないか」

という言葉です。

 

 

これが、

私たちを立ち止まらせる

「過去の縛り」であり、

人生のエネルギーを奪う「停滞の氣」です。

 

 

​

 

そしてもう一つは、

今日を最高の始点にしようとする言葉です。

「今からな!はじめてみる」

という、未来への決意です。

 

 

 

​しかし、

多くの人が、

この「今さらな」という

 

過去への後悔の念に囚われ、

大切な今日という一日を、

 

決断の先延ばしで

消費しているように思うのです。

 

 

しかし、本当にそれで良いのでしょうか。

 

 

 

 

" ​70歳を超えた禅師の教え "

​

 

 

 

私は、

このテーマについて語る時、

ある禅師の話をよく思い出します。

 

 

 

​大正時代、

70歳を超えてから英和辞典に向かい

学んでいた禅師が、

 

弟子に「今さら」と笑われたとき、

穏やかにこう答えたと言います。

 

 

 

​

「一日に一字を学んでいくと、今度生まれてきた時、それだけ勉強が楽だからな」

 

 

​

これは、

生まれ変わりの話をしているのではないと

私は思います。

 

 

 

​「死ぬまで、欠かさず毎日一歩を進める」という、

 

人生の最後まで

学び続ける今日の覚悟を示しています。

 

 

​

「今さら」と

諦める心からは、何も生まれません。

 

 

しかし、

「今からな!」という

新鮮な一歩の勇氣こそが、

未来を創るエネルギーになるのです。

 

 

​

 

 

"「軸を定める」生き方 "

 

 

 

​人生における困難や変化は、

私たちを簡単に揺さぶります。

 

 

 

仕事、

人間関係、

恋愛、

健康、

予期せぬ出来事。

 

 

 

私たちの心が

過去の失敗や後悔に囚われていると、

 

人生の「軸」は不安定になり、

ちょっとした力で倒れてしまいます。

 

 

​

 

「今からな」という決意は、

この不安定な軸を「今、ここ」という

最も確かな一点に定め直す作業です。

 

 

 

 

​大切なのは、

自分がどれほどの経験を持っているか、

何歳であるかではありません。

 

 

 

​今日、この瞬間の決意です。

 

 

 

​過去の失敗を、「次の一歩」の力に変える。

 

 

 

​昨日より今日、ほんの少しでも成長する。

 

 

​

「今さら」とささやく自分に、

「今からだ!」と声をかける。

 

 

 

​

これこそが「一日一心」。

 

 

 

 

今日一日の人生に真摯に向き合い、

今日を新しい人生の始点として

生きる心構えです。

 

 

 

 

​過去の「縛り」から心を解き放ち、

「今からな」という決意をもって、

一歩を踏み出してみましょう。

 

 

 

 

​

​自分の人生は、

過去の物語ではなく、これから始まる物語です。

 

 

 

最高のスタートラインは、

いつも「今」ここにあります。

 

 

 

 

「そら、今からやろ!」

この言葉を口癖にして、

潜在意識に深く刻みましょう!

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

 

2025-12-01 03:33:00

" 師走こそ整えるべき「自律神経」と呼吸法 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】次候

 

七十二候

第五十九候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

11月27日~12月1日ごろ。

「朔風(さくふう)」とは北風のことで、冷たい北風(木枯らし)が吹き、木の葉をすっかり払い落としてしまうころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 しわす こそ ととのえ る べき「じりつしんけい」と こきゅう ほう 』

 

 

 

 

 

今年も早いもので、

今日から12月、師走に入りました。

 

 

​この「師走(しわす)」という言葉は、

「師(僧侶など)」も走り回るほど忙しい、

 

という意味から

来ていると言われています。

 

 

 

 

年の瀬を迎え、

仕事納めや大掃除、

新年の準備など、

 

誰もが

心身ともに余裕を失いがちな時期です。

 

 

​

この時期は

毎年、焦りや氣の緩みから来る

事件や事故が増加する傾向にあります。

 

 

​

しかし、

この慌ただしい師走だからこそ、

 

私たちは

「心を平穏に保つ稽古」を、

 

日常の中で

意識的に行う必要があると思うのです。

 

 

 

​

 

" 合氣道の教え:乱れた時こそ、中心を意識する "

 

 

 

​合氣道では、

相手の攻撃や予期せぬ事態に直面した時、

 

まず

自分自身の姿勢を整え、

 

「中心」を崩さず

冷静に対応することを技の中で学びます。

 

 

 

心身の中心が乱れると、

技も乱れ、

 

相手を投げることができません。

また、

無用な怪我にも繋がります。

 

 

 

​

 

師走の「忙しさ」は、

たとえるなら

周囲からの波や攻撃のようなもの。

 

 

その波に

飲まれないためにも、

 

自分の内側、

つまり心身の土台である

「自律神経」を調えることが不可欠です。

 

 

 

​

 

 

" 自律神経を調える「究極の呼吸法」"

 

 

 

 

​自律神経は、

私たち自身の意思ではコントロールできない、

 

心臓の動きや

消化器の働きを司る重要な神経です。

 

 

 

この自律神経こそが、

心身の平穏と深い関わりを持っています。

 

 

​

 

自律神経には、

活動時に優位になる「交感神経」と、

 

リラックス時に優位になる

「副交感神経」があります。

 

 

 

乗り物にたとえるなら、

交感神経がアクセルで、

副交感神経がブレーキのようなものでしょうか。

 

 

 

​

そして、

この二つのバランスを

 

意図的に整えることができる

一つの方法が、「呼吸法」なのです。

 

 

 

長く静かに息を吐く時

副交感神経が優位になり、

リラックス・心身の平穏につながります。

 

 

一方で、

ゆっくり深く息を吸う時

交感神経が優位になり、

集中力・活動力につながります。

 

 

 

 

 

" 師走に実践すべき「心の安定呼吸」"

 

 

 

 

呼吸法で大切なのは、

「吐きに任せ、吸いに任せる」

ことです。

 

 

​そして、

もう一つ大切なことは「姿勢を正す」こと。

 

 

姿勢が乱れていては深く長い呼吸はできません。

 

 

椅子に座っている時でも、

仙骨を起こし、上半身の力を抜きます。

 

 

 

​

長く吐く(最重要)

口をあいうえおの「あ」または

はひふへほの「は」、に開け、

 

遠くに吐き出すように、

体の中の悪い氣をすべて出し切るイメージで、

 

時間をかけて

ゆっくりと息を吐き切ります。

 

 

 

​自然に吸う(吸うに任せる)

吐き切ったら、

力まず自然と鼻から

空氣が入ってくるのを待ちます。

 

自然に任せ、入ってくるだけ吸います。

但し、力んではいけません。

 

 

 

吐くときも吸うときも

無理に長くしようと思うと、

自然に心身は力んでしまいます。

 

 

これでは、

せっかくの呼吸法も

効果は少なくなってしまいます。

 

 

 

 

まずは、

自分自身の吐ける範囲で、

吸える範囲で実践してみましょう。

 

 

 

 

呼吸法は

吐きではじめて、吐きで終わる

ようにしましょう。

 

​

 

 

慌ただしいこの時期、

意識的に

副交感神経を優位にすることで、

 

緊張や焦りが和らぎ、

 

心身ともに健康体で

この慌ただしい時期を乗り越える

土台ができます。

 

 

 

​

 

 

" 新たな年を迎えるために "

 

 

 

 

​「呼吸」は、

私たちが生まれてから死ぬまで、

 

一瞬も

欠かすことのない生命活動そのものです。

 

 

 

この最も欠かすことのできない

生命の営みをを

 

意識的に

コントロールすることで、

 

私たちは

自分の心のあり方をコントロールできます。

 

 

 

 

​事件や事故を未然に防ぎ、

充実した年の瀬を過ごすために。

 

 

 

今日から

一つ一つの呼吸を大切に、

そこに意識を向け、心を平穏に保ちましょう。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-28 03:20:00

" ​【感謝の縁】卒業50年目のクラス会で体感した「氣」の円 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】次候

 

七十二候

第五十九候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

11月27日~12月1日ごろ。

「朔風(さくふう)」とは北風のことで、冷たい北風(木枯らし)が吹き、木の葉をすっかり払い落としてしまうころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【かんしゃ の えん】そつぎょう ごじゅう ねん  め の くらす かい で たいかん した「き」の えん 』

 

 

 

 

 

" 卒業から半世紀、記念すべき「50年目の節目」"

 

 

​

先日の11月23日、

中学時代のクラス会 (3年4組クラス会) に

出席しました。

 

 

 

昨年と同じ日、

同じ場所、

同じ部屋での開催でした。

 

 

しかし、

今回は特別な重みがありました。

 

 

 

それは、

当時(卒業時)から数えて

50年目という、

 

人生の大きな

節目を迎えるクラス会だったからです。

 

 

​

 

このクラス会は、

私たちが中学を卒業した直後、

 

「オリンピックが開催される年に皆で会おう」

という約束のもと始まりました。

 

 

 

以来、

50年間、コロナ禍による中止を除き、

連綿と続いてきた私たちの歴史そのものです。

 

 

 

​

当時の私たちは中学3年生。

 

その私たちは、

すでに還暦を数年前に超え、

 

当時の担任の先生も、

傘寿(80歳)をすでに超えられた

ご壮健なご年齢となられました。

 

 

 

 

​会の開催頻度も、

当初の「4年に1回」から「2年に1回」になり、

 

さらにこの数回は

「1年に1回」と、

皆の思いが強まるにつれ、頻度が上がってきました。

​

 

 

 

卒業して半世紀。

 

 

 

この長い年月を経て

再び集うということ自体、

実に尊い「ご縁」だと改めて感じます。

 

 

​

 

 

今回のクラス会は、

私が今まで参加した中で、

 

間違いなく

 過去一最高のクラス会 でした。

 

 

 

 

 

​

"「氣」の同調が作り出した温かな円 "

 

 

 

​

 

 

今回の参加者は、

当時の担任の先生と私たち9名。

 

 

 

長方形のテーブルを囲んでの湯葉の懐石でした。

 

 

 

​席には、

昨年は欠席だったが

今年は出席してくれた人もいました。

 

 

また、

残念ながら

日程的に欠席になった人もいました。

 

 

 

 

その参加者の変化もまた、

時の流れであり、

この日の「氣」を作る重要な要素でした。

 

 

​

 

 

通常、

長方形のテーブルは、

 

どうしても

席によって会話の中心から外れたり、

隔たりが生まれがちです。

 

 

 

しかし、

この日のテーブルには、

 

席順や形を超越した、

まるで一つの大きな輪のような、

温かな空氣が流れていました。

 

 

​

 

それは、

参加者一人ひとりの「思い」が、

 

その場の「氣」と共鳴し、

互いに調和し合っていたからに他なりません。

 

 

 

 

​まるで、

長方形の四隅の角が自然と削り取られ、

 

美しい

楕円形の円として繋がっているようでした。

 

 

 

これは

合氣道の稽古で私たちが目指す境地、

「和合(わごう)」の心 に通じる

ものでありまする。

 

 

​

 

 

 

"「過去一」の価値は一期一会にある "

 

 

 

 

​

今回、

この上なく温かい会となりました。

 

​しかし、

今回のクラス会が

過去一だったからといって、

 

次回も

同じようになる保証はどこにもありません。

 

 

 

 

 

​参加者が変わり、

日が変わり、

場所が変われば、

 

その場の「氣」は当然変わる。

 

 

 

 

だからこそ、

この日の、

このメンバーでの、

 

この空間で生まれた

「和合」の瞬間は、

 

二度と繰り返されない、唯一無二の価値あるもの。

まさに「一期一会」ですね。

 

 

 

 

 

 

​" 幹事の「力み」を消した試練と合氣道の理 "

 

 

 

 

​

 

今回の私は、

幹事としてやるべきことが山積みでした。

 

 

時代の変化に対応し、

今後のクラス会運営の在り方を

根本から変えるための提言と、

 

皆の意見を聞き、

まとめることが私の責務でした。

 

 

​

・アナログからデジタル化へ(連絡手段のLINE化)

​・手書きのクラス会ノートの廃止

​・個人情報の観点からの卒業生住所録の破棄

​・案内状の郵送の可否

​・繰越金の廃止と、現金の徴収をデジタル化(PayPay)へ

 

 

 

​これらを当日、

皆に意見を聞き、

 

決定する

重要な進行役を担っていました。

 

 

 

本来なら、

二、三日前から資料をまとめ、

 

進行をシミュレーション

しなければならないほどの準備が必要でした。

 

 

 

 

​しかし、

私はクラス会前日になっても、

 

進行のこと、

皆をどうまとめるかということ、

何も考えることができませんでした。

 

 

 

 

​それは、

クラス会とは全く関係のない、

 

何の前触れもなく

突然襲ってきた

 

私の存在価値さえ揺るがすほどの

他者からの背信行為という、

個人的な試練に見舞われていたからです。

 

 

​心に大きな衝撃を受け、

まだまだ

未熟な心身がその出来事に引きずられ、

 

正直、

クラス会のことに

意識を集中させる余裕がありませんでした。

 

 

 

 

※よろしければ

関連する直近のエントリーをご覧ください。

↓↓↓

 

11月25日のエントリー

11月26日のエントリー

一つ前のエントリー

 

​

 

しかし、

結果として、

 

それが良かったのかもしれないと、

今、振り返って強く思っています。

 

 

​

なぜなら、

順調な日々であれば、

 

私の性格から言って、

クラス会前日はあれこれと考え、

 

どう進行するか、

どう皆をまとめるかと、

必死に頭を巡らせたことでしょう。

 

 

それは

その場を取り仕切る幹事としての

やるべき責務ですから。

 

 

 

 

さはさりながら、

 

その思考と準備が、

知らず知らずのうちに

無意識の「心の力み」になるのです。

 

 

​

 

幹事である私の心に「力み」があれば、

その場の「氣」にも

 

そのままその力みが伝わり、

ギクシャクさせる要因になりかねません。

 

 

 

​何も考えることが

できなかったからこそ、

 

当日、心身ともに

何の「力み」もなく、

自然体で臨むことができました。

 

 

 

 

​参加者の皆の温かい言葉や、

先生の笑顔を、

 

ただ受け止め、

流れに身を任せて進行する。

 

 

​

 

この「力みのなさ」こそが、

この場を温め、

 

 

長方形のテーブルを

円形の「和合」へと導いた

 

要因の一つで

あったと僭越ながら確信しています。

 

​

 

 

それはまさに、

合氣道そのものの 理(ことわり)です。

 

 

 

​力で対抗せず、

相手の「氣」を受け入れ、無心で流れに乗る。

 

 

この日、

私はクラス会という場で、

「合氣道の神髄」を体現し、

学ばせてもらったように感じています。

 

 

​

 

 

 

 

" 次へ繋ぐ「心」"

 

 

 

 

​皆の心が一つになり、

この「最高のクラス会」という

結果を生み出したこと。

 

 

これは、

私の心の力みが消えたことと、

皆の温かい

心と響き合った証だと信じたいです。

 

 

 

​

この「和合」の氣を、

次期幹事に引き継ぎ、

 

2年後の再会に向け、

さらに素敵な

クラス会となるよう願っています。

 

 

 

 

​合氣道琴心館寺崎道場が

目指すことの一つは、

 

生涯を通じて

技、生き方ともに「円」を追求します。

 

 

 

 

この日のクラス会で、

 

私は「人生の円と縁」 、

「心の円と縁」の美しさを、

 

同級生たちから

教えてもらったような氣がします。

 

 

 

​この「氣」を大切に、

また日々の稽古と生活に活かすよう励みます。

 

 

 

 

​今回のクラス会参加者、

そして担任の先生に、心より感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-27 03:18:00

" 【感動】100日墓参りで私が見た「命の移ろい」 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】次候

 

七十二候

第五十九候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

11月27日~12月1日ごろ。

「朔風(さくふう)」とは北風のことで、冷たい北風(木枯らし)が吹き、木の葉をすっかり払い落としてしまうころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【かんどう】ひゃくにち はか まい り で わたし が み た「いのち の うつろい」 』

 

 

 

 

 

" 試練の旅路:酷暑の中で始まった百日 "

 

 

 

 

前のエントリーと

一つ前のエントリーからの続きになります。

 

​

8月17日。

世間がお盆休みを終え、

日常に戻り始めた頃、

 

私は東京出張から神戸に帰った翌日から

「百日墓参り」を始めました。

 

 

 

一日も欠かさず、

毎日続けて百日間墓参りをする

この旅の始まりは、試練の連続でした。

 

 

 

​前半は、

突然家族に降りかかった

深刻な事件と

混乱への対応に追われる日々。

 

 

 

そして

終わりかけには、

 

あることがきっかけで

私自身の

存在意義を揺るがすほどの

深い心の傷を負うことになりました。

 

 

​

 

まさに、

人生の谷間に

立たされたような100日間。

 

 

 

 

しかし、

この困難な旅路を振り返ると

悪いことばかりではなく、

 

心に残る

大きな感動と深い氣づきがありました。

 

 

 

 

それは、

毎日お参りした

 

墓園の景色が教えてくれた、

「命の移ろい」です。

 

 

​

 

 

 

" 蝉時雨から紅葉まで、毎日変わる景色。困難の中で色づいた100日の日々 "

​

 

 

 

 

 

墓園のある山々は、

8月半ばの時点では鮮やかな緑一色でした。

 

​

 

 

酷暑の音(8月)

突き刺さるような日差しの中、

ミーンミーンと鳴くアブラゼミや、

シャーシャーとけたたましいクマゼミの

「蝉時雨(せみしぐれ)」が毎日のお供でした。

 

 

その熱氣と騒がしさこそが、

当時の私の

心の混乱を表しているようでした。

 

 

​

秋の訪れ(9月)

まだまだ酷暑が残る9月ですが、

やがて、

力強い蝉の鳴き声は

ツクツクボウシやヒグラシへと静かに変わり、

 

氣づけば日陰の草むらからは、

コオロギやスズムシの

控えめで美しい音色が聞こえ始めました。

 

この頃、

私の家族に降りかかった混乱も

一応の収束を迎え、

心のなかに静けさが戻りつつありました。

 

 

 

​色づく山(10月〜11月)

そして、

いよいよ山の緑が少しずつ色づき始めます。

 

毎日見ているからこそ氣づける、

その微細な変化。

 

夕陽を背景に黄金に輝くイチョウ、

真っ青な空に燦然と輝く

赤茶色に染まる雄大なメタセコイア、

真っ赤に燃える紅葉の樹木。

 

そのコントラストは圧巻でした。

 

 

 

​私にとって、

これほどまでに季節の移ろいを毎日、

 

ゆっくりと、

少しずつ眺める経験は初めてのことでした。

 

 

 

 

 

​

" 自然が教える「時」と「受け入れ」"

​

 

 

 

 

 

100日間、

同じ場所へ通い続けることで、

私は大自然から多くを学びました。

 

 

 

​大自然は、

酷暑や嵐といった

「困難」を乗り越えたからこそ、

 

あんなにも

「見事な色」を世界に見せてくれるのです。

 

 

 

そして、

どんなに美しい紅葉も、

やがては葉を落とし、雪の季節を迎えます。

 

 

​

 

これは、

人生の試練と同じではないでしょうか。

 

 

 

​

何の前触れもなく

突然のように、

 

私に降りかかった

大きな危機や心の傷も、

 

その時期にはあまりに辛く、

不条理に感じました。

 

 

 

まだ死んではいないので、

「輪廻転生」があるのか?ないのか?

それは分かりませんが、

 

もし、あるとするなら

「もう二度と人間には生まれたくない」

 

「人間って一体、何なんだ?」

 

詐欺や背信の中で生きていたら、

人間なんて信用できなくなる。

 

 

そんなことも思いました。

 

 

 

 

しかし、

それら詐欺や背信行為も

 

 

もしかすると、

 

「師範として、人間として、さらに大きく飛躍するために必要な、心の葉が色づく前の試練」

 

だったのかもしれません。

 

 

​

 

「受け入れ、耐え、そして時が来れば、必ず景色は変わる」

 

 

​

今はそう信じて、

前を向いて歩いていこう。

 

 

 

この100日間、

自然が私に教えてくれたのは、

まさにこの「道の理」でした。

 

 

 

 

そして、

その美しい紅葉の景色は、

 

困難な時期を乗り越えるための、

 

ご先祖様からの

「よく続けたな」という

 

静かな励ましと

ご褒美のように感じられたのです。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-11-26 03:58:00

" 【試練】100日墓参りが終わりに近づいたころ、私は生きる意味を問われた "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小雪【しょうせつ】初候

 

七十二候

第五十八候 虹蔵不見(にじかくれてみえず)

11月22日~26日ごろ。

まだ本格的な積雪になるほどではないが、冬の訪れを実感する時期で虹が見えなくなるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 【しれん】ひゃくにち はか まいり が おわ り に ちかづ い た ころ、わたし は いき る いみ を とわれ た 』

 

 

 

 

 

" 毎日が修行、道程は平坦ではない "

 

 

 

 

 

一つ前のエントリー からの続きです。

 

​

自宅から墓園までは

車で15分から20分という距離。

 

 

正直、

「これくらいなら毎日簡単だろう」

「終わった時の達成感も味わいたい」

などと、

 

軽い氣持ちで始めた

「百日墓参り」でしたが、

そうは簡単なものではありませんでした。

 

​

体調が優れない日や、

どうしても

外せない指導や用事と重なった日。

 

時には家族が車を使うため、

バスと徒歩で向かう日もありました。

 

 

 

百日間、

欠かさずやり遂げるには、

 

想像以上の

困難と覚悟がつきまとうものでした。

 

 

 

まさに、

合氣道の稽古と同じく、

「継続は力なり」を試されている日々でした。

 

 

​

 

 

"「やり始め」に襲いかかった暗雲 "

 

 

 

​

 

そして、

この百日墓参りを始めたころから、

 

私たち家族は

予期せぬ大きな混乱というか、

事件に巻き込まれました。

 

 

 

​日に日に

その実態が明らかになっていきました。

 

 

警察、司法書士、弁護士、

専門家への相談や関係機関との協議…。

 

 

解決に向けて

相当な時間とお金と労力を費やし、

私たち家族は皆、相当疲弊しました。

 

 

 

10月になる頃には

一応の収束を見ましたが、

 

この間の

家族の精神的な消耗は計り知れません。

 

 

​

 

当時私は、

この解決への道のりこそが、

 

日々の百日墓参り、

すなわち

ご先祖様への感謝と自分自身の内省が

導いた結果だと信じていました。

 

 

 

これでようやく、

良い方向へ向かっていくだろうと、

心からそう思っていたのです。

 

 

 

 

 

​"「終わりに近づくころ」に訪れた最大の試練 "

 

 

 

 

​しかし、

「終わり良ければすべて良し」とは

いきませんでした。

 

 

 

​百日墓参りが

終わりに近づくころ、

 

今度は

私自身に重大な出来事が起こったのです。

 

 

 

 

​内容は

伏せさせていただきますが、

 

それは私自身の信念と、

人間としての存在意義さえも

 

根底から揺るがすほどの、

あまりに重い心の傷でした。

 

 

今も

この深い傷は癒されることはありません。

 

 

 

​

私は、

常に自分自身の欲を

可能な限り捨て、

 

世のため、人のため、

地域のため、

未来の子どもたちのために、

 

自らの命を削ってでも

全身全霊で

お弟子さんの前に立とうと生きてきました。

 

 

 

 

​来年の9月から始まる

私たちの活動である

 

「コベカツクラブ」(※)の運営にも

関わるこの出来事は、

 

そのすべてを

全否定されたような、

非常に不条理な心の重傷です。

 

 

 

(※)コベカツクラブとは:

神戸市が全国に先駆けて行う

中学部活動の地域連携・外部委託を担い、

各団体の指導を通じて

地域の子どもたちの健全育成を支援する活動です。

 

 

 

 

世の中には

努力しても報われないことも多々あります。

 

 

命をかけて

したことであっても

評価されないこともあるのです。

 

 

 

それは重々承知してます。

 

 

 

 

報われなくても、

評価されなくても構いません。

 

 

 

しかし、

合氣道琴心館寺崎道場として

「コベカツに参入できなくなる」ことは、

 

私の合氣道師範としての

使命を果たす上での

 

私の存在価値すら無くなるほどの

大きなものであると痛感しました。

 

 

​

​

「百日墓参りの終わりに近づくころとは、こういうことなのか…」

 

 

 

 

知り合いは皆、

私とは真逆で

終わりに近づくころに良くなったというのに…

 

 

なぜ私だけが、

こんなにも足を引っ張られるのか。

 

 

 

 

百日目の11月24日、

私は一人、

 

お供えした

線香が燃えるのをぼんやり眺めながら、

 

墓園までの道中で車から流れていた

アデル『Rolling in the Deep』

 

本日のインスタグラムのストーリーの曲も

『Rolling in the Deep』です。

@aikido.terasakidojoからどうぞ。

 

 

 

この曲が

私の頭のバックグラウンドで

リピート再生を続けていました。

 

激しい怒りをぶつける歌詞ですね。

 

 

 

 

私もまた、

ただその理不尽さや

 

何故、この局面で

こんなにも

足を引っ張られなければならないのか?

 

 

それを心の中で問い続けていました。

 

 

 

 

百日墓参りを始めたころに

期待していた、

 

終わった時の清々しい達成感など、

微塵も感じられません。

 

 

それは

この記事を書いている今現在でも

感じません。

 

​

 

 

" 線香の火が教えた「飛躍の法則」"

 

 

 

​

 

いくら考えても、

堂々巡り、

現状が大幅に変わることはありません。

 

 

 

​ならば、

この残された限られた、

 

困難な環境の中で、

やれるだけのことをやる以外に道はない。

 

 

ダメでもともと、

また一から始めれば良い。

 

 

 

​線香が燃えるのを眺めるうち、

ふと一つの思いが脳裏をよぎりました。

 

 

 

​

 

「良くなる前には、一度、大きく悪くなる」

 

 

 

​

 

大きく

上に飛び上がろうとしたら、

 

一度深く膝を曲げ、

下へ沈まねばなりません。

 

 

下がるからこそ、

その反動で大きく飛躍できる。

 

 

 

​

「これだったのか!」

 

 

 

​

百日墓参りで

私がご先祖様、

そして天地から教えられたのは、

 

 

「身を引き締め、この状況を突破しなさい」

 

 

という

メッセージだったのかもしれません。

 

 

 

「終わったからといって、油断するなよ」

という戒めなのかもしれません。

 

 

​

そうか、

これが私の「突破すべき壁」なんだ。

 

 

​

 

この困難を

乗り越えることができたら、

絶対に道は拓け、願いは成就する。

 

 

 

 

コベカツクラブはじめ

私が行おうとしていることが、

 

天地のご意思に適っていることならば、

きっと天地は応援してくれるはず。

 

 

​

 

その思いを胸に、

今日も私は

道場に立つほか道はないのでありまする。

 

 

 

 

こんなとき、

師匠ならどうするだろうか?

 

 

今すぐにでも

永田町の議員会館に行って

ご指導を賜りたい氣持ちですが、

 

そんなこと

実現するはずもありませぬ。

 

 

でも、

こんな言葉を残してくださっています。

 

 

 

怒り、悲しむより、

他人のせいにするより、

 

まずは

全部自分に引き寄せて、

全部受け止めて、

 

大笑いしてから憤激しよう。

 

それなら

余裕を持って立ち上がれる。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝