2025-09-17 03:12:00

" 「坐」が教えてくれる心の稽古、それが呼吸法だ。"

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】次候

 

七十二候

第四十四候 鶺鴒鳴(せきれいなく)

「鶺鴒鳴」は9月12日~17日頃。

 水辺に住むセキレイが鳴き始める頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  " ざ " が おしえ て くれ る こころ の けいこ、それ が こきゅうほう だ。  』

 

 

 

 

 

" 心を調え、技を磨く "

​

​

 

 

私は日々の稽古の中で、

お弟子さんには

 

肉体的な技だけでなく、

心のあり方も探求する重要性を説いています。

 

 

 

 

いつも言っていることですが、

 

合氣道琴心館寺崎道場の稽古は、

単に身体を動かすことだけではありません。

 

 

 

 

道場は、

自分自身の心と向き合う場所でもあります。

 

 

 

 

​私は

道場での呼吸法に加えて、

 

日頃から

よく静かな場所で深く呼吸を整えます。

 

 

 

 

心を臍下の一点に静め、

 

口から吐けるだけを吐き、

鼻から吸えるだけを吸う。

 

決して力まず、より深く。

 

一呼吸は時間や長さではなく、

仙骨を起こしてリラックスすること。

 

 

 

それが

私たちが実践する「呼吸法」です。

 

 

 

 

 

この時間こそ、私の「一日一心」。

 

 

 

 

忙しい日々の中で、

心身の奥底へと意識を向け、

 

もう一人の自分と対話する

貴重な時間なのです。

 

 

​

 

この「静かに坐る」という行為は、

まるで自分の中にいる二人の自分、

 

 

" 感情に流されやすい自分と、

冷静に物事を見つめる

もう一人の自分が対話する " 

 

ようなものだと、私は思います。

 

 

 

​

漢字の「坐」という字は、

土の上に二人の人が並んでいる形を

表しています。

 

 

 

これはまさに、

この二人の自分が向き合い、

対話している様子を象徴しています。

 

 

 

 

​この対話を繰り返すことで、

私たちは感情の波に飲み込まれることなく、

 

心を平穏に

保つことができるようになります。

 

 

 

 

他人から

何かひどいことを言われて落ち込んだり、

 

逆に誰かの態度や言葉に

腹が立つという

 

氣持ちになったりすることも

少なくなっていきます。

 

 

 

​

ちなみに、

もう一つの「座」という漢字は、

 

「座標」「妻の座」「夫の座」のように、

場所や位置を表す名詞として使われます。

 

 

 

 

どちらも人が二人並んでいる形ですが、

その意味は少しずつ違いますね。

 

 

 

​

合氣道琴心館寺崎道場の

技の稽古は、

 

この「坐」を通して心を調え、

技を磨くことを目指しています。

 

 

 

 

心と技が一体となることで、

真の正しさへと繋がっていくのです。

​

​

 

 

 

外見では技は身体の動きですが、

その動きを司るのは「心」です。

 

 

 

どれだけ身体が強くても、

「心」が乱れていれば、技は必ず崩れます。

 

 

 

だからこそ、

私たちは技を通じて、

 

「心」という

見えない部分を鍛えているのです。

 

 

 

 

今日も、

道場で皆さんと

 

心、技、体、氣、一体の稽古が

できることを楽しみにしています。

 

 

 

​

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-09-16 03:32:00

" 稽古の道すがら、江戸の坂道に学ぶ。二合半坂編 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週も宜しくお願いいたします。

 

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】次候

 

七十二候

第四十四候 鶺鴒鳴(せきれいなく)

「鶺鴒鳴」は9月12日~17日頃。

 水辺に住むセキレイが鳴き始める頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  けいこ の みち すがら、えど の さかみち に まな ぶ。にごうはんざか へん  』

 

 

 

 

 

​​8月1日から17日まで、

東京での夏の集中稽古と

指導者育成練成稽古のため、

出張しておりました。

 

 

 

連日の暑さの中、

集まったお弟子さんたちと

 

汗を流す日々は、

私自身にとっても貴重な時間です。

 

 

​

多忙な稽古日程の合間を縫って、

かねてより心に決めていた

もう一つの目的も少しは

果たすことができました。

 

 

 

それは、

由緒ある江戸の坂道を巡ることです。

 

 

 

​

今回訪れたのは、

千代田区富士見町1丁目にある

「二合半坂」です。

 

 

 

​

JR飯田橋駅から目白通りへ

少し歩いた大神宮通りに交差する

 

暁星学園小学校の横から、

フィリピン大使館前へと続くこの坂道。

 

 

 

 

なぜ「二合半」というのか、

その名の由来は諸説あり、

どちらも実に興味深いものです。

 

 

 

​

 

【 説1:見方を変える大切さ 】

 

​江戸時代の書物『再校江戸砂子』には、

この坂の上から

東に日光山が半分見えた、とあります。

 

 

なぜ日光山が

半分見えると二合半なのか?

 

 

それは、

富士山の高さを「一合」「二合」と

十分割で数える習慣に由来したそうです。

 

 

 

​この坂から見えた日光山は、

西側に望む富士山に比べて

半分の高さ(五合)に見え、

 

さらにその日光山を坂上から見ると

半分しか見えなかったため、

 

「富士山の半分の、そのまた半分」

 

すなわち

「二合半」と名付けられた、というのです。

 

 

 

​

 

【 説2:謙虚さの重要性 】

 

別の説では、

この坂があまりにも急で、

 

お酒を一合飲んで登ると、

二合半も飲んだかのように酔ってしまう、と

伝えられています。

 

 

 

 

​

" 稽古も人生も、坂道と同じ " 

​

 

 

 

合氣道の稽古も人生も、

この「二合半坂」のように、

 

一見しただけでは

分かりづらい側面や、

困難な道のりがあるものです。

 

 

 

​「日光山が半分見える」

という視点は、

 

物事の本質を捉えるには、

表面的な部分だけでなく、

 

見方を変える工夫が

必要だと教えてくれているように思います。

 

 

 

合氣道の技の理合を

深く探求することで、

初めて見えてくる世界があるのです。

 

 

 

 

​また、

「急な坂道で酔ってしまう」

という話は、

 

自分の力を過信せず、

常に謙虚な氣持ちで向き合うことの

重要性を物語っているようです。

 

 

 

稽古においても、

力任せに相手とぶつかるのではなく、

 

相手の氣の方向、

相手が向かおうとする方向を尊重し、

 

自分の使う方向へと

導くことが大切になりますね。

 

 

 

 

​東京の街中に江戸時代から

ひっそりと佇むこれらの坂道は、

 

合氣道の道と通じる

多くの教えを毎回、私に与えてくれます。

 

 

 

肉体を鍛えることだけに執着せず、

物事を多角的に捉え、

 

柔軟に対応する

「素直な心」を養うこと。

 

 

 

 

何も考えずに通れば、

ただ通り過ぎるだけの坂道でも

 

学ぼうとする心さえあれば、

日常において

 

いくらでも、どこからでも、

学べるものです。

 

 

 

これこそが、

合氣道を日常に活かす「道」なのだと

改めて感じた一日でした。

 

 

 

​

私たちの

江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは

まだまだ続きます。

 

 

過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂

中坂

檜坂

狸坂

冬青木坂

七面坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

 

2025-09-12 03:33:00

​" 型を破れば、道は開ける。オリジナルという発想 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】次候

 

七十二候

第四十四候 鶺鴒鳴(せきれいなく)

「鶺鴒鳴」は9月12日~17日頃。

 水辺に住むセキレイが鳴き始める頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  かた を やぶ れ ば、みち は ひら け る。オリジナル という はっそう 』

 

 

 

 

 

​街を歩けば、

流行のファッションに身を包んだ人々、

 

SNSを開けば他人の投稿に

「いいね」、共感の嵐。

 

 

 

それらすべてが、まるで自然発生的に

生まれたかのように見えますが、

実はそうではありませんね。

 

 

​

必ず、

それを仕掛けている人、

 

つまり

「未来を先に決めている人」が

いるのですね。

 

 

​

 

 

"「オリジナル合氣道」で未来を創る "

 

 

 

 

​私ごときが僭越ですが、

合氣道の世界でも

同じことが言えると思うのです。

 

 

 

​

誰かが「こうあるべき」と

決めた型や技を

 

ただ「なぞるだけ」では、

本当の真理には

たどり着けないのではないでしょうか。

 

 

 

​

合氣道の技の稽古は、

相手の動きに無理に逆らわず、

 

その相手の氣の方向を尊重して

自分の中心、

つまり「自分の軸」を保つことにあります。

 

 

 

 

相手の攻撃を受け流し、

自分の進みたい方向に導くように、

 

人生においても、

誰かがつくり出した流れに

ただ乗るのではなく、

 

自分の「中心」を見つけ、

未来を「先に」決めてしまう

という「生き方」。

 

 

 

​

たとえば、

ファッション業界では

 

一年半先の流行が

決められていると言われています。

 

 

パリコレでチェック柄が多用されれば、

それが翌年のトレンドになるように、

 

私たちも

「私はこうありたい」という

 

未来を先に決めてしまうという

生き方もあるのではないでしょうか。

 

 

 

 

「私はこういう人生を送りたいから、こういう選択をする」と

 

決めてしまえば、

他人に何を言われても

自信を持っていられます。

 

 

 

​

​中には

それを誹謗中傷する人も

あるかもしれません。

 

 

 

合氣道の受け身に例えるなら、

相手からの批判や雑音も、

 

涼しい顔をして

受け身をとることでその衝撃を吸収し、

 

自分のエネルギーに変えて

立ち上がることができます。

 

 

 

 

そして、

自分がその言葉通りの人生を

心から楽しんでいれば、

 

周囲は次第に共感し、

やがて自分の「生き様」に

 

憧れるようになる人も

現れるようになるかもしれません。

 

 

 

 

 

​

" 合氣道琴心館寺崎道場が目指すもの "

 

 

 

 

​私が主宰する

合氣道琴心館寺崎道場は、

 

私の師範である琴地茂先生から

教えていただいた

 

大切な技を継承する一方で、

日々、私はあえて他流派の技も研究します。

 

 

 

 

それに対して、

否定的な意見も当然あることでしょう。

 

 

 

 

しかし、

師範から教わった技の真理が、

 

他流派の技を複合し

試行錯誤することで

 

師範から教わった技の

一つひとつ、部分部分に、

 

非常に理に適った真理が

見えてくることが少なくないのです。

 

 

 

 

​真理が分かれば、

それはもはや流派の技ではなく、

 

私自身のオリジナルな

合氣道として捉えることができると思います。

 

 

​

これは、人生においても同じですね。

 

 

 

​誰かが築いた

大きな組織の中で、

 

その組織のトップを

追い抜こうとしても、それは至難の業です。

 

 

 

 

たとえば、

経営の神様と称される松下幸之助氏や、

 

圧倒的な影響力を持つ作家・村上春樹氏と

同じ土俵で同じような活動をしても、

彼らを超えることは難しいでしょう。

 

 

 

​

しかし、

自分だけの「オリジナル」なら話は別です。

 

 

 

​

自分にしか生み出せない世界観、

自分だけのフィールドを

築いてしまえば、

 

どんなに優れた人にも

劣ることはありません。

 

 

 

​

 

" 合氣道を通して「日本人」としての誇りを伝える "

 

 

 

 

​いつも事あるごとに

このブログで言っていることですが、

 

合氣道琴心館寺崎道場が

目指すのは、

 

単に技を教えることだけでは

ありません。

 

 

​

私は日々、

様々なことを学び続けています。

 

 

 

それは誰でも

無料で情報を得られるような、

 

ネットやSNSの

無責任な情報等とは全く違います。

 

 

​

世界各国に深いパイプを持ち、

その専門分野では

 

国内で比較する人がいないほど、

信頼できる専門家の先生に

正当な授業料を納め、

 

 

学校教育では教えてもらえない

 

正しい歴史認識、

現在の国際情勢、

 

安全保障、危機管理、テロ対策、

資源エネルギーから政治経済まで、

 

学び続けています。

 

 

それは、

幅広い知識を身につけるためです。

 

 

 

​

そして、

それらの知識を

私自身が学び続けることで、

 

合氣道の稽古の中で、

若い弟子たちに

真に伝えることができるのです。

 

 

​

 

今の日本には、

日本人としてどう生きていくのか、

 

日本人としての誇りを持って

生きることの

 

重要性を若者に伝える

必要があります。

 

 

 

合氣道は日本発祥の武道です。

 

 

 

そうであるなら、

 

日本の根幹を深く学び、

日本人としての誇りを持って生きることが

 

私たち合氣道家の責務でもあると、

私は強く思います。

 

 

 

 

またそれが、

日本という国に生まれた

私たちに課せられた使命でもあると、

私は考えています。

 

 

 

​

合氣道を通して、

技の習得はもちろんのこと、

 

一人の人間として、

そして日本人としてどう生きていくのか。

 

 

 

単なる

どこにでもある合氣道道場ではなく、

 

合氣道琴心館寺崎道場を主宰する

不肖、私は自分だけのオリジナルな

合氣道の道を堂々と歩むこと。

 

 

 

それを魂から

次世代に伝え、指導することこそ、

 

合氣道琴心館寺崎道場が

ここに存在する理由なのです。

 

 

 

この先も、

その根幹が揺らぐことは決してございませぬ。

 

 

​

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-09-11 03:46:00

" 知識を「経験」で磨く思考法 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】初候

 

七十二候

第四十三候 草露白(くさのつゆしろし)

「草露白」は9月7日~11日頃。

 

二十四節氣は「白露」へと移りました。

日中の暑さは変わらず厳しいですが、朝夕は少し涼しくなってきました。

「草露白」は草に降りた露が白く輝いて見える頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  ちしき を「けいけん」で みが く しこう ほう 』

 

​

 

 

 

人間は、あらゆる所で

知り得た知識を

 

そのまま

他人にアウトプットするだけでは、

 

本当の意味での「知識を得た」

ことにはならないと、

私は思うのです。

 

 

 

​したがって、

その知識を経験や見聞を通して

深く検証することで、

 

単なる知識や情報が

自分だけの

「本当の知恵」へと昇華されます。

 

 

 

​

​

" 読書は「知恵の木」を育てる時間 "

 

 

 

 

​私は合氣道師範を拝命してから、

ありがたいことに

 

日々の稽古や指導に加えて、

さまざまな素晴らしい書籍と出会い、

それを読む機会、ご縁に恵まれています。

 

 

 

​

ジャンルは

哲学書、歴史書、ビジネス書、

政治経済、安全保障、小説など

多岐にわたります。

 

 

 

 

​書籍から得られる知識は、

先人の知恵や思想が凝縮された宝物です。

 

 

 

 

 

​しかし、

ただ読むだけで「はい、わかった」と

 

頭に入れるだけでは、

本当の意味で

自分の知恵や力にはなりません。

 

 

​

 

私たち人間は、

外部から取り入れた情報を、

 

そのまま出力するだけでは、

単なる「情報の伝達者」でしかないと、

私は思うのです。

 

 

 

 

​では、

どうすればその知識を

自分自身のものにできるのでしょうか。

 

 

 

 

 

​私は、

それが「経験」と「見聞」による

検証 だと考えています。

 

 

 

​

 

たとえば、

ビジネス書で学んだ

コミュニケーション術を、

 

道場でお弟子さんや

保護者の方々との対話で試してみる。

 

 

 

あるいは、

小説で描かれる人間の心の機微を、

 

指導中に感じた感情と

照らし合わせて深く考察する。

 

 

 

​

こうした実践と考察を通じて、

知識は単なる活字ではなく、

 

心身を通じて得た「知恵」

いわゆる自分の「血」となり「骨」へと

変わっていくのです。

 

 

 

​

 

このプロセスを、

自分の中に「思想の大樹」を

育てることに例えたら、

 

 

​

読書で得た新しい知識は、

その大樹につける

新しい葉っぱのようなものです。

 

 

 

​ただ闇雲に適当に

葉をつけるのではなく、

 

「この葉は、この枝につけてみよう。

すでに生えているあの葉と並べて、

どう見えるか試してみよう」と、

 

意識的に配置する。

 

 

 

 

​

そうすることで、

大樹はより強固になり、

 

どこに何があるのかを

自分がしっかり把握できるようになります。

 

 

 

 

​必要なときに、必要な知恵を

すっと引き出すことができるのは、

 

日頃から

こうした整理を意識しているからです。

 

 

 

​

単に知識を詰め込むだけでなく、

それを自分の血肉とすることで、

 

初めて人間は

真の賢者 になれるのではないでしょうか。

 

 

決して、

私が「真の賢者」だ

などと言っているのではありません。

 

 

 

私はまだまだ未熟者であり、

発展途上にある身です。

 

 

さはさりながら、

「真の賢者」を目指す一人の合氣道家です。

 

 

 

​

皆さんは、

日々取り入れている知識を

どのように育てていきますか?

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-09-10 03:07:00

" その覚悟がない者は来るべからず "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】初候

 

七十二候

第四十三候 草露白(くさのつゆしろし)

「草露白」は9月7日~11日頃。

 

二十四節氣は「白露」へと移りました。

日中の暑さは変わらず厳しいですが、朝夕は少し涼しくなってきました。

「草露白」は草に降りた露が白く輝いて見える頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  その かくご が ない もの は くるべからず 』

 

 

 

 

​" その覚悟、ありますか?"

​

 

 

 

心身ともに強くなるために、

また、世のため、人のために

 

少しでも役立つ人間になれるように、

道場に熱心に通う人がいる。

 

 

 

一方で、

入門前からさまざまな条件を

提示する人がいる。

 

 

 

 

​「昇級審査は受けなくてもいいですか?」

「演武大会は出なくても大丈夫ですか?」

 

 

中には、

 

「道着は着なくてもいいですか?」

「本氣になるのが嫌なので道着は着たくありません」

 

ごく稀に少数だが、

 

こういった

呆れるような質問を

入門前からする人もいる。

 

​

 

 

そして、

口にこそ出さないが、

 

「お月謝を納めてまでやりたくない」

 

そのように思っている人も実際にいる。

 

 

 

 

正直なところ、驚きを隠せません。

 

 

 

そのような人たちは

何のために、

何を学びに来たいと思っているのでしょうか。

 

 

​

 

合氣道琴心館寺崎道場は、

単に身体を動かす場ではありません。

 

 

 

日本人としての生き方を学び、

礼儀を学び、

心身を鍛え、

氣を出し、

自分自身と向き合い、

 

その立ち居振る舞いを

日常生活において存分に発揮し、

 

世の中のためになるよう

練成する場所です。

 

 

 

 

昇級や昇段、

演武大会への参加は、

その自身の成長を確かめる大切な機会。

 

 

 

自分の都合だけで

昇級できたり

演武大会に出場したりはできません。

 

 

 

その人の稽古中の

態度や稽古量、

 

技の理解度や

習得の大小などを考慮して、

道場長が決めるもの。

 

 

 

 

そして、

道着は稽古への心構えを整え、

 

道場全体の一体感を生むための

大切な道具です。

 

 

 

 

​入門前から

「これはやらない」

「あれはしたくない」という姿勢では、

 

到底、その真髄に

触れることは難しいでしょう。

 

 

 

 

これまで、

そうした者が長く稽古を

続けられた例は一例もありません。

 

 

 

そういった者は

何をしても、

どのような場、環境に身をおいても

 

何一つ、手にできるものはなく、

人にも信頼されない。

 

 

 

 

 

学びの場というものは、

まず「やってみよう」

という、

前向きな「氣持ち」と

「覚悟」から始まります。

 

 

 

 

 

道場長が

入門者へ求める

『たった一つのこと』

 

それは

" 全てを受け入れなさい "

ということ。

 

​

 

 

 

もし、

あなたが本氣で

 

私が主宰する

合氣道琴心館寺崎道場の合氣道を

学びたいと願うなら、

 

ぜひ一度、

道場に足を運んでみてください。

 

 

私たちは、

その熱意を心から歓迎します。

 

 

 

 

 

しかし、

もし少しでも

 

「あれはいらない」

「それはしたくない」という

氣持ちがあるなら、

 

当道場は

あなたの学びたいことを習得できる

場ではありません。

 

 

 

​

学ぶ前から

「したくない」というものを

決めるのではなく、

 

全てを受け入れて

挑戦する覚悟を持ってください。

 

 

それが、

あなたの成長への

助長の第一歩となるはずです。

 

 

 

 

​

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝