" 他力本願 "
「たりきほんがん」
例えば
サッカーのワールドカップや
野球のWBCなどでは
決勝トーナメントへ
勝ち上がるための
グループステージでの戦いがある。
勝ち点や得失点差などで
上位2チームが
決勝トーナメントに
進むことができる。
「他の代表チームの結果次第になった。もはや決勝トーナメントへ進むのは他力本願だ」
自力で予選突破が
不可能になった時に
よく耳にする言葉だ。
スポーツ以外でも
「そのような考えは他力本願でしかない」
このように他人をあてにする
無責任でネガティブな意味で
使われることが多い。
しかし、
本来の意味は
仏様の力をお借りする。
「他力」とは
他人の力ではなく
仏様が人々を救おうとする
願いの力を指すものであり、
人生の最後において
自分の力を超えた存在に
導いてもらうという
願いの言葉だ。
仕事でも生き方でも
事にあたっては、
自分の力の限りを尽くして、
あとは大いなる存在に
自分自身をゆだねる。
その大いなる存在とは
神であり、仏様であり、
天地大自然である。
それが本来の
「他力本願」であります。
道場長 拝
" 人として進歩し、成長するには "
まず成功者といわれる人達の
著書を読むことだ。
繰り返し繰り返し
何度でも読むことだ。
くだらないテレビ番組や
SNSなど見る暇があったら、
成功者といわれる人の著書を
片っ端から読むことだ。
たくさんの人の本を読んで、
自分で取捨選択が
出来るようになることだ。
本物の成功者の著書には
引き寄せられるものがある。
それを繰り返し何度でも読む。
そのうち成功者と
いわれる人たちは、
『こういう考えでやってたのか』
というのが、わかってくる。
どのような心構えで仕事をし、
毎日を生活しているのか。
それが重要だ。
成功する人というのは
何をしても成功するように
できている。
共通した心構えを
持っているからだ。
まずはそれをじっくり学び、
真似て実践する
習慣をつけることから
はじめてみる。
誰だって
最初は真似から始まるんだよ。
良いことは
どんどん真似したら良いと思う。
そのうち
それが身に付いてくるから。
よーく人を観察していたら
分かってくることがある。
それは絶対に
成功しない人というのは
成功しない共通した
心や考え方を持っているから、
そんなのは真似したらダメだ。
道場長 拝
" 大銀杏の教え "
「お西さん」の愛称で知られる
京都の西本願寺には
樹齢約400年の大銀杏がある。
秋には見事な黄色に染まる。
根っこを
天に広げたような形から
「逆さ銀杏」とも呼ばれ、
京都市の天然記念物に
指定されている。
本願寺に火災があった時、
この銀杏から水が噴き出して
消し止めたという伝説から、
「水吹き銀杏」とも
呼ばれているらしい。
先日、参拝した際に
その大銀杏の前に立った時、
自分の根っこの
足らずに氣付かされた。
「この大銀杏の根っこに比べたら、
お前の根っこなど強風で折れてしまうぞ」
そう言われている氣がした。
まだまだ私は努力が足りない。
そう氣付かされた。
折角のこの氣付きを
蔑ろにしてはいけない。
ご先祖様と大銀杏の御心
ありがたいことである。
道場長 拝
" 絶対に成功しない人の条件 その三 "
楽をして仕事をしようとする人、
そういうことが可能だと思っている人 。
あるお店で、
あるお弁当屋さんの
店主が言っていた言葉が
「それなりに店は忙しいし、利益もそこそこあるが、決して身体は楽じゃない。楽して儲けたいよ」
別に店主とは
知り合いでもないし、
そこのお弁当を買って
食べたこともないから、
聞く氣もなかったが、
そういう会話が耳に入ってきた。
もしかしたら、
それが本心では
ないのかも知れない。
「お店忙しそうですね」
と聞かれて謙遜した言い方を
しただけかも知れないが、
そういう言葉が
自分の口から出たことは
事実である。
楽がしたいから
手を抜いた時から
そのお店は衰退に
向かうだろう。
楽して金儲けなど
この世に存在しない。
お客様が
満足していただけるように、
例えば常連の方が
「美味しい美味しい」と言って
喜んでくれる顔を思いながら
一生懸命、
それに打ち込めば、
世間が放ってはおかない。
店主がその氣持ちを
持ち続けて、
自分の利益じゃなくて
誰かの役に立つことを
優先して必死にやっていると、
お客様は絶対に離れない。
一生懸命とは
命がけで物事をすることを言う。
そこに心が向いている時、
人は「辛い」とか
「しんどい」などの意識はない。
「氣が出ている」からだ。
道場長 拝
" いつまでも狭さに囚われていたら伸びない "
イギリスは
十数回戦争に負けている。
そのたびに
占領軍との間に
子が産まれた。
数多くの民族の血が
混ざり合ったところに
非常に優秀な
人間が育ったという。
自分自身の経験に基づく
人生観や世界観。
仕事に対する
哲学や思想も
相反する他のものと
交わり合い、
それを呑み込む。
一つの狭いところに
囚われ修養しても、
ある一定のところで
進歩は止まってしまう。
十年一区切り、
その中で寝食を忘れた
必死の二年間を修養して、
そこに盤石な揺るぎない
基礎が出来上がったならば、
相反する他のものを
貶すことなく、
排除するでもなく、
溶け合い、
自ら学ぼうとする心を持てば、
そこに立派なものや
育ちが生まれる。
やがて
その育ちが
より深く柔らかみを増して
盤石な基礎と溶け合う。
人の上に立つ者は、
より油断せず
実践しなければならない。
慢心は
やがて地位も名誉も
枯れしぼむことになる。
道場長 拝