2024-10-08 04:02:00

" 護られている "

今朝も目覚めることができた、

ありがとう。

 

 

『まもられて いる』

 

 

私が現役サーファーだった

一昔前でも

ウェットスーツの

改良のお陰で、

真冬でも快適に

サーフィンできた。

 

当時は

背中の防水ジップから

ほんの僅かに

海水が入る程度であった。

 

現代では

さらに進化した

ウェットスーツの登場で

サーファーは

より快適になった。

 

 

サーフィン用に開かれた

サーフポイントには

 

温かいシャワーも

完備されているから

なんの問題もないが、

 

人知れず

波のある場所には

シャワーなどないものだ。

 

たとえ、

真冬であっても

海から上がれば、

シャワーは浴びたい。

 

そのために、

20リッターのポリタンクに

あらかじめ、

自宅から水を入れて

車に積んでおく。

 

寒風身を突き刺す、

真冬の野外で

氣合いを込めて

頭から水をかぶる。

 

当時の私は

「氣を出す」ことを

知らなかったから、

 

あたり構わず、

「うぉぉぉ~」

雄叫びをあげながら

かぶる。

 

あまりの冷たさに

黙ってかぶれないのだ。

 

一瞬にして、

身体が凍って

しまうのではないかと思う。

 

しかし、

熱を測っても

36度の平熱なのだ。

 

凍ってはいないし、

体温も下がってはいない。

 

それどころか、

タオルで身体を拭いて

洋服に着替えると、

 

逆にポカポカしてくる。

 

あまりの心地よさに

うつらうつらと

昼寝までしてしまうほどだ。

 

 

本当に

人間の身体の設計には

驚かされる。

 

天地大自然から

与えられた、

見事な

身体の設計である。

 

 

触れば、

大火傷ですまないほどに

赤々と、

いこった炭であっても

 

20リッターの

水をかければ、

冷えてしまうというのに。

 

 

本当にありがたいことです。

 

 

ここに

人間の身体は

物ではないことが

立証できる。

 

 

天地大自然から

いただいた賜であると思う。

 

 

このように、

私達人間は

天地大自然に護られて

生きているということになる。

 

 

そうであるなら、

自分で自分を

守ることなど、

 

本当に必要なことだろうか。

 

 

仮に、

必死のパッチで

自分を自分で

守れたとしても、

 

私達は

この世に生まれた限り、

いつかは死ななくては

ならないのだ。

 

いくら守っても

死ぬ時は死ぬのだ。

 

自分で自分を守ることほど

疲れるものはない。

 

 

それを必死で

やっている人の多くが

病んだり、怪我をしたり

廃人のような姿になる

場合が多々ある。

 

 

今まで、

そういう人を

たくさん見てきました。

 

 

その姿を通して、

自分で自分を守るという

ことが、

いかに天地の大道から外れ、

それとは真逆の方向に

歩んでいる。

 

まさしく

「理に適ってない」

 

それを学ばせていただいた。

 

「理に適ってない」ことを

「無理」というのである。

 

 

我々のことは

心配しなくても

天地大自然が

ちゃんと護っていて

くださるのだから、

 

安心して

やるべきをやる。

 

世のため、人のために

なること、

 

たとえ、

それが小さな事でも

自分にできる

精一杯のことを

 

やれば良いだけだ。

 

 

なんて簡単なこと

なのだろうと、

毎日、思うのでありまする。

 

 

最後までお読みいただき、

ありがとうございました。

 

道場長 拝