" 古の武将の記憶。東京都北区【大炊介坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
白露【はくろ】次候
第四十四候 鶺鴒鳴【せきれいなく】
九月十二日~十六日ごろ。
鶺鴒(せきれい)が鳴き始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 いにしえ の ぶしょう の きおく。とうきょうと きたく【おおいのすけざか】へん 』
今年の1月の東京出張の折、
稽古の合間を縫って
「江戸の坂道巡り同好会」の活動として
様々な坂道を歩きました。
その時に文京区に残る
いくつかの江戸の坂道を案内してくれた、
文京区生まれ・文京区育ちの
生粋の江戸女子であるお弟子さんがいました。
なんとその際、
彼女が合氣道琴心館寺崎道場の
「江戸時代から続く由緒ある坂道巡り同好会」に
正式に入会してくれたのです!
発足した当初から、
部員は私と麻布台教室を主宰する
つぶらやひとみの2名だけでしたが、
これでついに同好会は3名となりました。
今年の夏の東京出張では
その新しい仲間であるお弟子さんの案内により、
「江戸の坂道巡り」の新たな1ページとして、
北区の旧古河庭園に隣接する
由緒ある坂道を歩いてまいりました。
向かったのは、
北区西ヶ原一丁目にある
「大炊介坂(おおいのすけざか)」です。
中世の武将・保坂大炊介に
因んで名付けられ、
坂の上に平塚神社があることから
「宮坂」とも呼ばれていたそうです。
また、かつて
樹木が鬱蒼と茂っていたことから
「暗闇坂」という別名もあったそうです。
暗闇坂といえば、港区をはじめとして
「暗闇坂」という
名のつく坂はいくつかありますね。
以前歩いた
港区元麻布の「暗闇坂」は、
その昔、昼間でも暗いほど
木々が鬱蒼と茂っていたことから
名付けられた歴史ある坂でした。
その暗さから
幽霊や妖怪の伝説も生まれ、
人々から恐れられていたそうです。
表面がアスファルトに変わった
現代であっても、
「大炊介坂」の足裏から伝わる
大地の起伏そのものは
江戸の昔から
それほど変わっていないであろうと、
深く古(いにしえ)を感じ入ります。
合氣道の体捌きと同じように、
自然の傾斜に逆らわず、
「臍下の一点」に心を静め、
深くゆったりとした呼吸で歩を進める。
かつての武将が
どのような景色をその眼差しに映して
この起伏を歩んだのか、
そっと目を閉じ、
その氣配に自らの五感を澄ませてみました。
新しい仲間も加わり、
私たちの江戸時代から続く
由緒ある東京の坂道巡りは
まだまだ続きます。
次に向かった
「モチ坂」での体験につきましては、
また次回の記事へと続きます。
過去の坂巡りのエントリーはコチラから
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合氣道琴心館寺崎道場が大切にしているのは、
無理なく自然の理(ことわり)に沿って
歩みを重ね、
日々の生活の中で
無駄な力みを手放しながら、
自ら率先躬行して
周囲の人の心に温かい灯火を灯すあり方を
共に探究していくことです。
日々の生活に活きる氣づきを
この道場長ブログ
『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
歴史の面影から現代をより良く生きるヒントが、
ここにあるかもしれません。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝