2026-01-15 03:10:00

" 江戸の記憶を歩く。坂道巡り【芋洗坂編】 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小寒(しょうかん)末候

 

七十二候

第六十九候 雉始雊(きじはじめてなく)

1月15日~19日ごろ。

雄のキジがメスに恋焦がれて鳴き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​えど の きおく を ある く。さかみち めぐ り【いもあらいざか へん】 』

 

 

 

 

 

 

お正月の東京出張。

 

華やかな大都会の景色も良いですが、

 

私が心惹かれるのは、

その足元に残る「江戸の記憶」です。

 

 

 

東京には、

江戸時代から続く

由緒ある坂道が数多く残されています。

 

 

 

 

​今回は、

その中から六本木の

「芋洗坂(いもあらいざか)」を

歩いた時のお話です。

 

 

​

 

 

" 六本木の喧騒と、静かなる歴史 "

 

 

 

​

六本木交差点、

アマンドの脇から

麻布十番方面へと下るこの坂道。

 

 

その長い坂を下るとテレビ朝日が見えてきます。

 

 

 

 

煌びやかな看板や

行き交う人々の

賑わいに目を奪われがちですが、

 

 

ふと足元を見れば、

そこには

江戸時代から続く坂道が存在しています。

 

 

​

「芋洗」という名の由来は、

かつて坂の周辺で芋が売られていたとも、

 

坂下を流れる川、

現在では地下に設けた水路である

暗渠 (あんきょ) で

 

芋を洗っていたからとも言われています。

 

 

 

 

1700年代には

すでにその名が記されており、

 

この一帯には

長門長府藩主・毛利家の

上屋敷があったとされる。

 

 

赤穂浪士のうち、

武林 隆重 (たかしげ) 通称は唯七(ただしち)ら、

 

10人の武士がこの屋敷で

切腹したと伝えられる歴史的な場所です。

 

 

 

 

​

"「古(いにしえ)」と同じ地を踏むということ "

​

 

 

 

 

合氣道に限らず

「稽古」という言葉には、

 

「古(いにしえ)を稽(かんが)える」

という意味があります。

 

 

 

 

昔のことに思いを馳せ、

今を生きる指針とする。

 

 

 

​

今回の「芋洗坂」に限らず、

 

この「江戸時代から続く由緒ある東京の坂道」を

歩くとき、

 

「かつての人々と同じ地を踏んでいる」

という感覚をいつも大切にしています。

 

 

​

 

現在では

舗装こそされていますが、

 

その土地の起伏は

数百年前と同じなのかもしれません。

 

 

 

かつての武士や町人たちも、

この勾配を上り下りし、

四季の風を感じていたのでしょう。

 

 

 

 

 

私たちが歩く靴音の奥に、

 

草鞋(わらじ)が土を踏みしめる音や、

当時の人々の息遣いが

重なって聞こえるような氣がします。

 

 

 

​

道場だけが稽古場ではありません。

 

 

 

​

時代が移ろい、

景色がどれほど変わろうとも、

土地に刻まれた記憶は消えません。

 

 

 

 

「東京都港区六本木」という

商業施設、オフィスビル、

大使館などが集まる国際的なエリア。

 

 

その煌びやかで変化の激しい街だからこそ、

 

 

変わらない坂道の存在が、

より一層「不動のもの」として心に響きます。

 

 

 

​

ただ静かに、歴史ある道を歩く。

 

 

 

それだけで、

先人たちと意識を同調させる

(結ぶ)ことができる。

 

 

 

これもまた、

合氣道 師範としての

精神を養う大切な時間だと感じています。

 

 

 

​

私たちの

江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは

まだまだ続きます。

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝