2026-03-02 03:24:00

" 「八紘一宇」に込められた本当の願い。市谷亀岡八幡宮で氣を感じる【男坂・女坂】編 "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)末候

 

七十二候

第六候 草木萠動(そうもくめばえいずる)

3月1日~4日ごろ。

 

やさしく照らす太陽のもと、

春の雨が草木を芽吹かせ、薄緑に色づくころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 はっこういちう に こめられ た ほんとう の ねがい。いちがやかめがおかはちまんぐう で き を かんじる【おとこざか・おんなざか】へん 』

​ 

 

 

 

 

 

2月26日のブログでは、

防衛省の

「市ヶ谷地区見学」を待つ間、

 

市谷周辺の

江戸の坂道巡りに出発し、

 

 

​狂歌師・島田左内の

息遣いを感じる

 

「左内坂」を

上りきったところまで

お話ししました。

 

 

「左内坂」のエントリーは こちら から。

​ 

 

 

 

左内坂の急勾配で

江戸の人々と少しだけ

 

呼吸をシンクロさせた私は、

​次なる古(いにしえ)の地へと

歩みを進めました。

​ 

 

 

 

 

外濠通り沿いに

見えてくるのが、

 

深い緑に包まれた

「市谷亀岡八幡宮(いちがやかめがおかはちまんぐう)」です。

 

 

 

 

 

​室町時代後期の武将、

太田道灌 (おおたどうかん) が

江戸城の西の守護として

 

鎌倉の鶴岡八幡宮を

勧請(かんじょう)したのが

 

始まりとされる、

大変由緒ある神社です。

 

 

鶴岡 (鶴) に対して、

亀岡 (亀) と

名付けられたそうです。

 

 

 

​ 

 

鳥居をくぐると、

目の前には

 

高台の境内へと続く

立派な石段が現れます。

 

 

 

​ここが今回の主題である

 

「男坂(おとこざか)」

「女坂(おんなざか)」です。

 

 

 

​ 

 

神社や寺院の

石段には、

 

まっすぐで

急勾配な「男坂」と、

 

少し迂回しながら

緩やかに上る「女坂」が

 

並行して造られていることが

よくあります。

 

 

 

 

​ここ市谷亀岡八幡宮でも、

正面にそびえる

急な石段が「男坂」

 

 

その脇から、

比較的緩やかに

 

境内へと

導いてくれるのが「女坂」です。

​ 

 

 

 

その時の

自分の体調や、

 

心の状態

(氣の持ちよう)に合わせて

 

上る道を選ぶのも、

歴史歩きの楽しさの一つですね。

​ 

 

 

 

 

そして、

この石段を上りきった境内で、

 

私にとって

非常に感慨深い

 

ある石碑との

出会いがありました。

 

 

​ 

 

それが、

「八紘一宇(はっこういちう)」

と刻まれた石碑です。

 

 

​ 

 

「八紘一宇」という言葉。

 

 

戦後、

この言葉はGHQ

(連合国軍最高司令官総司令部)によって、

 

「軍国主義・超国家主義を

象徴するスローガンである」として、

 

公の場での

使用を禁止されました。

 

 

 

​そのため、

現代においても

どこかタブー視されたり、

 

再び戦争を起こすかのような

ネガティブな印象を

 

持たれたりすることが

あるかもしれません。

​ 

 

 

 

しかし、

私は全くそうは思いません。

 

 

 

 

 

なぜなら、

この「八紘一宇」

 

本当の意味を知ると、

全く違う景色が

見えてくるからです。

​ 

 

 

 

この言葉のルーツは

『日本書紀』に記された、

 

初代・神武天皇が

即位される際の

建国の詔(みことのり)

 

 

「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」

 

というお言葉にあります。

 

 

 

「八紘」は

天地の八方向、

つまり世界中を指し、

 

「宇」は

一つの家を意味します。

 

 

つまり、

「世界中の人々が、

まるで一つの家族のように

睦 (むつ) み合い、

仲良く暮らせる

平和な世界にしよう」

 

という、

壮大で美しい願いなのです。

 

 

​ 

 

決して

他国を侵略するだとか、

 

軍国主義の

言葉などではないと私は思います。

 

 

 

私たち

日本人の根底に

古くから流れる、

 

「和(調和)」を重んじる

美しい精神そのものだと、

私は思っています。

​ 

 

 

 

 

急峻 (きゅうしゅん) な

「男坂」

 

一氣に

上り切ったときの

 

天地と繋がるような

深い呼吸。

 

 

「女坂」の緩やかな

カーブに込められた、

 

人々への

優しさと思いやり。

 

 

 

​そして、

境内に威風堂々とした

 

「八紘一宇」

石碑の前に立ったとき。

 

 

​ 

 

そこには、

戦火の時代を越えて

 

「世界がひとつの家族のように平和であってほしい」

 

と願った、

 

先人たちの

切なる祈りの「氣」

 

確かに

残されていました。

 

 

 

歴史の残心に触れ、

目に見えない「氣」を感じ取る。

 

 

 

この感性の

練磨こそが、

 

合氣道における

「争わない・和合の精神」

 

より深く

理解することに繋がるのです。

​ 

 

 

私たちの

古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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道場長 拝