" 身体の故障や病は天地からの貴重なお便りだ "
身体の故障や病は
間違った
心身の使い方や
食事のあり方、
生活習慣を
省みて
正しい生き方をしなさい。
という
天地が届けてくれた
あなたの
間違った
生き方への
大切なお便りだ。
その大切なお便りは
捨てたり、
破いたり、
何処かに
しまっておくものではなく、
まず熟読することだ。
読んで学んで
感謝して
改めてこそ、
人として
真の
正しい生き方を
天地から
教えてもらえる。
道場長 拝
" 靖國の桜を後世に残そう "
毎年四月に行われる
千代田のさくらまつりでは、
国内外からの多くの人で賑わい、
美しい桜に心を打たれる。
暖冬は桜開花に
影響があるのか知らないが、
今年の開花時期が
氣になるところだ。
私にとって
千代田のさくらまつりは
一年で一番楽しみにしている行事だ。
それほどまで
人の心に感動を与える
都内有数の桜の名所として
多くの参拝者が親しむ
靖國神社の多くの桜が
倒木の危機にあるというのだ。
衰弱の主な原因は
寿命を超える樹齢、猛暑、
また多くの人の踏圧による土壌などらしい。
今の境内林としての役割を
維持し続けるためには、
「世代交代」を
進めていくことが
不可欠とのこと。
世代交代には少なくとも
十年以上はかかる管理が
必要不可欠のようだ。
靖國の桜といえば、
先の大戦で散華された
英霊の方々が
「靖國の桜となってまた会おう」と
再会を誓った特別な想いが
込められており、
我々を見守って下さっている。
また、境内に咲くソメイヨシノは
東京管区気象台が指定した
開花・満開を観測する対象の
標本木もある。
この平和への願いが込められた
「靖國の桜」を守る。
減衰する樹々を手入れし
次代へ繋ぐプロジェクトとして、
ここに「靖國神社の桜を守る」
クラウドファンディングが
実施されている。
わが国が誇る
この特別な桜を
後世に残すことが、
今を生きる
我々の責務の一つでは
ないだろうか。
道場長 拝
" 日本の国旗と国歌を大切にするとともに、他国のそれに敬意を示そう "
国旗と国歌は
それぞれの国家の
独立と尊厳を表す
象徴であります。
従いまして、
自国の国旗と国歌を
大切にするとともに、
他国のそれに
敬意を示すことが
国際的な礼儀とされています。
わが国では
平成十一年に
「国旗及び国歌に関する法律」が
制定され、
日本の国旗は「日章旗(日の丸)」に、
国歌は「君が代」と
定められました。
道場長 拝
" 街は復興しても、あの経験は一生忘れることは出来ない "
1995年1月17日
午前5時46分
地下の奥深くから
「ズドーン」という
乾いた大音量で目が覚めた。
今まで聞いたことのない
凄まじい音だった。
「何が起こった」
と思った途端、
激しい縦揺れで
身体は宙に浮いた。
何とか敷布団にしがみつき、
「キュッキュッ」
と家がきしむ音と
激しい横揺れ
「家が潰れる」
そう思った。
泣きわめく
母の頭の数十センチ横に
テレビが落ちていた。
もし頭に落ちていたらと
思うとゾッとした。
傾いた家の玄関をこじ開け、
裸足で外へ出ると
ガス管が破裂しているのだろう
強烈なガスの匂いがしていた。
阪神淡路大震災
あれから29年だ。
元旦に起きた
能登半島地震では
まだ住宅被害の
全体状況は
把握出来ていない。
被災された方々の
ことを思うと胸が痛い。
長引く避難生活の
ストレスも
経験したからこそよく分かる。
街は必ず復興するが、
あの経験をした人は
一生忘れることは出来ない。
道場長 拝
" 袋の味には「お」は必要だ。しつけには「お」はいらない "
「家庭のお袋の味が袋の味になって、取れた『お』が、しつけの上についてしまい、押し付け(おしつけ)になっている」
という話を耳にします。
お袋の味というのは、
子どもの時に
母が作ってくれた
料理の味のことを
意味する言葉ですが
近年、
手間を省き
袋を切ってお湯を注ぐだけの
料理と呼べない製品が
多くなっている。
そのお袋の味が
袋の味になって
取れた「お」が
しつけの上に付いて
「おしつけ」に。
親の考えや知識、
価値観を
子どもに押し付けてはいないか。
しつけと称して
おしつけ(押し付け)に
なってはいけない。
身が美しいと
書いて躾(しつけ)と読む。
躾に「お」は不要だ。
袋には「お」は必要だ。
「お袋の味」が分かる
子ども達が増えることを
願って止まない。
道場長 拝