2025-09-19 03:00:00

" 利他を究める ​技と心 ​それが成長への道 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】末候

 

七十二候

第四十五候 玄鳥去(つばめさる)

「玄鳥去」は9月18日~22日頃。

 春先に日本にやってきたツバメが、子育てを終えて、南へと帰っていく頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  りた を きわめ る ​わざ と こころ ​それ が せいちょう へ の みち  』

 

 

 

 

​" 稽古の根底にある「利他」の精神 "

 

​

 

 

合氣道琴心館寺崎道場で

学ぶの技は、

 

自分の力を

誇示するものではありません。

 

 

 

相手の攻撃を

正面から受け止めるのではなく、

 

その力 (氣 )と調和し、

尊重して、それを導きます。

 

 

 

​このプロセスは、

言い方をかえれば

 

まるで相手の力を借りて

自分も成長しているかのようです。

 

 

 

相手を

いかに安全に投げられるか、

いかにスムーズに技をかけるか、

 

常に

相手の " 氣の動き " や " 呼吸 " 、

 

そして

その相手の状態を深く観察し、

繊細な氣遣いをもって行います。

 

 

 

 

これは、ある意味

「自分のため」ではなく、

 

「相手のため」に

技をかけることに通じます。

 

 

​

 

" 全てにおいて向上する

「天地大自然の法則」"

 

 

 

​自分が上達することだけを

考えていては、

いつまで経っても上達できません。

 

 

 

そうではなく、

 

組む相手が

どうすれば上達できるかを考え、

 

常に、

" 相手の成長を第一 " に稽古に臨む。

 

 

 

 

これは、

合氣道の世界だけに

通用する特別な教えではありません。

 

 

 

 

相手を尊重し、

相手の成長を助けることは、

 

巡り巡って

自分の成長に繋がるという、

 

" 天地大自然の普遍的な法則 "

なのです。

​

 

 

 

ただ、

頭ではそれを分かっていても、

 

本当にこの真理を理解し、

実践している人はごくわずかのように思います。

 

 

 

 

多くの人は、

自分の得になることばかりを追い求め、

目先の利益に囚われてしまいます。

 

 

 

それでは、

本当の意味での成長や向上は望めません。

 

 

 

 

​相手を成長させ、

その動きを学び、自らの技を磨く。

 

 

 

 

この「利他」の精神こそが、

自分を真に向上させる道なのです。

 

 

 

​

 

今週もありがとうございました。

 

 

9月20日 (土) 、9月21日 (日) の

兵庫キャナルタウン合氣道教室のお稽古は

勉強会で師範不在のため、お休みです。

 

 

 

良い週末を。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-09-18 03:46:00

" 東京の坂道巡り、技の深淵を学ぶ。狸穴坂編 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】末候

 

七十二候

第四十五候 玄鳥去(つばめさる)

「玄鳥去」は9月18日~22日頃。

 春先に日本にやってきたツバメが、子育てを終えて、南へと帰っていく頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  とうきょう の さかみち めぐ り、わざ の しんえん を まな ぶ。まみあなざか へん  』

 

 

​

​

​8月の夏期集中稽古、指導者育成練成指導。

 

その東京への

出張のもう一つの目的。

 

それは、

江戸の歴史が息づく坂道を巡ること。

 

 

 

今日は麻布にある

「狸穴坂(まみあなざか)」のお話です。

 

​

 

狸穴坂は、

東京都港区麻布にある坂です。

 

 

麻布台二丁目と

麻布狸穴町の境界に位置しており、

 

外苑東通りの

ロシア大使館の西側を南に下っています。

 

 

 

 

この坂は

「麻布七不思議」の一つに数えられ、

 

古くから

多くの物語が語り継がれてきました。

 

 

 

 

地元では昔、

このあたりに狸が出没し、

人を化かしたという言い伝えがあります。

 

 

 

ある時、

赤ん坊の泣き声に騙された人が、

抱き上げたものが石のお地蔵様だった、

 

という逸話には

思わず引き込まれました。

 

 

​

狸穴坂の名前の由来には

諸説あり、

 

 

最も有名なのは

「まみ(雌ダヌキ、アナグマなどの古語)」が

住む穴があったという説です。

 

 

また、

遥か昔に銅が産出した採鉱の穴、

 

間府穴 まぶあな(銅を採るために掘った穴)が

あったとも伝えられており、

 

採鉱の穴(まぶ)が、

語源という説もあるようです。

​

 

 

 

 

驚くべきことに、

この「狸穴」という地名は、

 

「麻布永坂町」とともに、

江戸時代からほとんど変わらずに

現代まで残っている貴重なものなのですね。

 

 

 

 

古の時代から続くこの坂を歩くと、

 

まるで先人たちの

息吹が聞こえてくるようでした。

 

​

 

坂道巡りの体験は、

私にとって

合氣道の稽古に強く通じるものがあります。

 

 

 

 

技の形を

ただ身体でなぞるだけでは、

本質にはたどり着けません。

 

 

 

 

その奥にある

合氣道の先人達が

残してくれた教えや知識。

 

その中から一つひとつの技が生まれた。

 

 

 

その背景に思いを馳せることで、

より深い学びが得られます。

 

 

 

​

 

今回の東京出張は、

坂の物語に触れることで、

 

改めて技の「深淵」を

追求することの

 

大切さを感じた、

素晴らしい学びの機会となりました。

 

 

 

​

今後も、

稽古を通じて

 

合氣道の奥深さを探求し、

お弟子さんと共に精進してまいります。

 

 

 

 

そして、

私たちの

江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは

まだまだ続きます。

 

 

 

過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂

中坂

檜坂

狸坂

冬青木坂

七面坂

二合半坂

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-09-17 03:12:00

" 「坐」が教えてくれる心の稽古、それが呼吸法だ。"

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】次候

 

七十二候

第四十四候 鶺鴒鳴(せきれいなく)

「鶺鴒鳴」は9月12日~17日頃。

 水辺に住むセキレイが鳴き始める頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  " ざ " が おしえ て くれ る こころ の けいこ、それ が こきゅうほう だ。  』

 

 

 

 

 

" 心を調え、技を磨く "

​

​

 

 

私は日々の稽古の中で、

お弟子さんには

 

肉体的な技だけでなく、

心のあり方も探求する重要性を説いています。

 

 

 

 

いつも言っていることですが、

 

合氣道琴心館寺崎道場の稽古は、

単に身体を動かすことだけではありません。

 

 

 

 

道場は、

自分自身の心と向き合う場所でもあります。

 

 

 

 

​私は

道場での呼吸法に加えて、

 

日頃から

よく静かな場所で深く呼吸を整えます。

 

 

 

 

心を臍下の一点に静め、

 

口から吐けるだけを吐き、

鼻から吸えるだけを吸う。

 

決して力まず、より深く。

 

一呼吸は時間や長さではなく、

仙骨を起こしてリラックスすること。

 

 

 

それが

私たちが実践する「呼吸法」です。

 

 

 

 

 

この時間こそ、私の「一日一心」。

 

 

 

 

忙しい日々の中で、

心身の奥底へと意識を向け、

 

もう一人の自分と対話する

貴重な時間なのです。

 

 

​

 

この「静かに坐る」という行為は、

まるで自分の中にいる二人の自分、

 

 

" 感情に流されやすい自分と、

冷静に物事を見つめる

もう一人の自分が対話する " 

 

ようなものだと、私は思います。

 

 

 

​

漢字の「坐」という字は、

土の上に二人の人が並んでいる形を

表しています。

 

 

 

これはまさに、

この二人の自分が向き合い、

対話している様子を象徴しています。

 

 

 

 

​この対話を繰り返すことで、

私たちは感情の波に飲み込まれることなく、

 

心を平穏に

保つことができるようになります。

 

 

 

 

他人から

何かひどいことを言われて落ち込んだり、

 

逆に誰かの態度や言葉に

腹が立つという

 

氣持ちになったりすることも

少なくなっていきます。

 

 

 

​

ちなみに、

もう一つの「座」という漢字は、

 

「座標」「妻の座」「夫の座」のように、

場所や位置を表す名詞として使われます。

 

 

 

 

どちらも人が二人並んでいる形ですが、

その意味は少しずつ違いますね。

 

 

 

​

合氣道琴心館寺崎道場の

技の稽古は、

 

この「坐」を通して心を調え、

技を磨くことを目指しています。

 

 

 

 

心と技が一体となることで、

真の正しさへと繋がっていくのです。

​

​

 

 

 

外見では技は身体の動きですが、

その動きを司るのは「心」です。

 

 

 

どれだけ身体が強くても、

「心」が乱れていれば、技は必ず崩れます。

 

 

 

だからこそ、

私たちは技を通じて、

 

「心」という

見えない部分を鍛えているのです。

 

 

 

 

今日も、

道場で皆さんと

 

心、技、体、氣、一体の稽古が

できることを楽しみにしています。

 

 

 

​

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2025-09-16 03:32:00

" 稽古の道すがら、江戸の坂道に学ぶ。二合半坂編 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週も宜しくお願いいたします。

 

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】次候

 

七十二候

第四十四候 鶺鴒鳴(せきれいなく)

「鶺鴒鳴」は9月12日~17日頃。

 水辺に住むセキレイが鳴き始める頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  けいこ の みち すがら、えど の さかみち に まな ぶ。にごうはんざか へん  』

 

 

 

 

 

​​8月1日から17日まで、

東京での夏の集中稽古と

指導者育成練成稽古のため、

出張しておりました。

 

 

 

連日の暑さの中、

集まったお弟子さんたちと

 

汗を流す日々は、

私自身にとっても貴重な時間です。

 

 

​

多忙な稽古日程の合間を縫って、

かねてより心に決めていた

もう一つの目的も少しは

果たすことができました。

 

 

 

それは、

由緒ある江戸の坂道を巡ることです。

 

 

 

​

今回訪れたのは、

千代田区富士見町1丁目にある

「二合半坂」です。

 

 

 

​

JR飯田橋駅から目白通りへ

少し歩いた大神宮通りに交差する

 

暁星学園小学校の横から、

フィリピン大使館前へと続くこの坂道。

 

 

 

 

なぜ「二合半」というのか、

その名の由来は諸説あり、

どちらも実に興味深いものです。

 

 

 

​

 

【 説1:見方を変える大切さ 】

 

​江戸時代の書物『再校江戸砂子』には、

この坂の上から

東に日光山が半分見えた、とあります。

 

 

なぜ日光山が

半分見えると二合半なのか?

 

 

それは、

富士山の高さを「一合」「二合」と

十分割で数える習慣に由来したそうです。

 

 

 

​この坂から見えた日光山は、

西側に望む富士山に比べて

半分の高さ(五合)に見え、

 

さらにその日光山を坂上から見ると

半分しか見えなかったため、

 

「富士山の半分の、そのまた半分」

 

すなわち

「二合半」と名付けられた、というのです。

 

 

 

​

 

【 説2:謙虚さの重要性 】

 

別の説では、

この坂があまりにも急で、

 

お酒を一合飲んで登ると、

二合半も飲んだかのように酔ってしまう、と

伝えられています。

 

 

 

 

​

" 稽古も人生も、坂道と同じ " 

​

 

 

 

合氣道の稽古も人生も、

この「二合半坂」のように、

 

一見しただけでは

分かりづらい側面や、

困難な道のりがあるものです。

 

 

 

​「日光山が半分見える」

という視点は、

 

物事の本質を捉えるには、

表面的な部分だけでなく、

 

見方を変える工夫が

必要だと教えてくれているように思います。

 

 

 

合氣道の技の理合を

深く探求することで、

初めて見えてくる世界があるのです。

 

 

 

 

​また、

「急な坂道で酔ってしまう」

という話は、

 

自分の力を過信せず、

常に謙虚な氣持ちで向き合うことの

重要性を物語っているようです。

 

 

 

稽古においても、

力任せに相手とぶつかるのではなく、

 

相手の氣の方向、

相手が向かおうとする方向を尊重し、

 

自分の使う方向へと

導くことが大切になりますね。

 

 

 

 

​東京の街中に江戸時代から

ひっそりと佇むこれらの坂道は、

 

合氣道の道と通じる

多くの教えを毎回、私に与えてくれます。

 

 

 

肉体を鍛えることだけに執着せず、

物事を多角的に捉え、

 

柔軟に対応する

「素直な心」を養うこと。

 

 

 

 

何も考えずに通れば、

ただ通り過ぎるだけの坂道でも

 

学ぼうとする心さえあれば、

日常において

 

いくらでも、どこからでも、

学べるものです。

 

 

 

これこそが、

合氣道を日常に活かす「道」なのだと

改めて感じた一日でした。

 

 

 

​

私たちの

江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは

まだまだ続きます。

 

 

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雁木坂

中坂

檜坂

狸坂

冬青木坂

七面坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

 

2025-09-12 03:33:00

​" 型を破れば、道は開ける。オリジナルという発想 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

本日は、二十四節氣

白露【はくろ】次候

 

七十二候

第四十四候 鶺鴒鳴(せきれいなく)

「鶺鴒鳴」は9月12日~17日頃。

 水辺に住むセキレイが鳴き始める頃。

 

 

 

 

 

 今日の " 道場長の一日一心 " 

『  かた を やぶ れ ば、みち は ひら け る。オリジナル という はっそう 』

 

 

 

 

 

​街を歩けば、

流行のファッションに身を包んだ人々、

 

SNSを開けば他人の投稿に

「いいね」、共感の嵐。

 

 

 

それらすべてが、まるで自然発生的に

生まれたかのように見えますが、

実はそうではありませんね。

 

 

​

必ず、

それを仕掛けている人、

 

つまり

「未来を先に決めている人」が

いるのですね。

 

 

​

 

 

"「オリジナル合氣道」で未来を創る "

 

 

 

 

​私ごときが僭越ですが、

合氣道の世界でも

同じことが言えると思うのです。

 

 

 

​

誰かが「こうあるべき」と

決めた型や技を

 

ただ「なぞるだけ」では、

本当の真理には

たどり着けないのではないでしょうか。

 

 

 

​

合氣道の技の稽古は、

相手の動きに無理に逆らわず、

 

その相手の氣の方向を尊重して

自分の中心、

つまり「自分の軸」を保つことにあります。

 

 

 

 

相手の攻撃を受け流し、

自分の進みたい方向に導くように、

 

人生においても、

誰かがつくり出した流れに

ただ乗るのではなく、

 

自分の「中心」を見つけ、

未来を「先に」決めてしまう

という「生き方」。

 

 

 

​

たとえば、

ファッション業界では

 

一年半先の流行が

決められていると言われています。

 

 

パリコレでチェック柄が多用されれば、

それが翌年のトレンドになるように、

 

私たちも

「私はこうありたい」という

 

未来を先に決めてしまうという

生き方もあるのではないでしょうか。

 

 

 

 

「私はこういう人生を送りたいから、こういう選択をする」と

 

決めてしまえば、

他人に何を言われても

自信を持っていられます。

 

 

 

​

​中には

それを誹謗中傷する人も

あるかもしれません。

 

 

 

合氣道の受け身に例えるなら、

相手からの批判や雑音も、

 

涼しい顔をして

受け身をとることでその衝撃を吸収し、

 

自分のエネルギーに変えて

立ち上がることができます。

 

 

 

 

そして、

自分がその言葉通りの人生を

心から楽しんでいれば、

 

周囲は次第に共感し、

やがて自分の「生き様」に

 

憧れるようになる人も

現れるようになるかもしれません。

 

 

 

 

 

​

" 合氣道琴心館寺崎道場が目指すもの "

 

 

 

 

​私が主宰する

合氣道琴心館寺崎道場は、

 

私の師範である琴地茂先生から

教えていただいた

 

大切な技を継承する一方で、

日々、私はあえて他流派の技も研究します。

 

 

 

 

それに対して、

否定的な意見も当然あることでしょう。

 

 

 

 

しかし、

師範から教わった技の真理が、

 

他流派の技を複合し

試行錯誤することで

 

師範から教わった技の

一つひとつ、部分部分に、

 

非常に理に適った真理が

見えてくることが少なくないのです。

 

 

 

 

​真理が分かれば、

それはもはや流派の技ではなく、

 

私自身のオリジナルな

合氣道として捉えることができると思います。

 

 

​

これは、人生においても同じですね。

 

 

 

​誰かが築いた

大きな組織の中で、

 

その組織のトップを

追い抜こうとしても、それは至難の業です。

 

 

 

 

たとえば、

経営の神様と称される松下幸之助氏や、

 

圧倒的な影響力を持つ作家・村上春樹氏と

同じ土俵で同じような活動をしても、

彼らを超えることは難しいでしょう。

 

 

 

​

しかし、

自分だけの「オリジナル」なら話は別です。

 

 

 

​

自分にしか生み出せない世界観、

自分だけのフィールドを

築いてしまえば、

 

どんなに優れた人にも

劣ることはありません。

 

 

 

​

 

" 合氣道を通して「日本人」としての誇りを伝える "

 

 

 

 

​いつも事あるごとに

このブログで言っていることですが、

 

合氣道琴心館寺崎道場が

目指すのは、

 

単に技を教えることだけでは

ありません。

 

 

​

私は日々、

様々なことを学び続けています。

 

 

 

それは誰でも

無料で情報を得られるような、

 

ネットやSNSの

無責任な情報等とは全く違います。

 

 

​

世界各国に深いパイプを持ち、

その専門分野では

 

国内で比較する人がいないほど、

信頼できる専門家の先生に

正当な授業料を納め、

 

 

学校教育では教えてもらえない

 

正しい歴史認識、

現在の国際情勢、

 

安全保障、危機管理、テロ対策、

資源エネルギーから政治経済まで、

 

学び続けています。

 

 

それは、

幅広い知識を身につけるためです。

 

 

 

​

そして、

それらの知識を

私自身が学び続けることで、

 

合氣道の稽古の中で、

若い弟子たちに

真に伝えることができるのです。

 

 

​

 

今の日本には、

日本人としてどう生きていくのか、

 

日本人としての誇りを持って

生きることの

 

重要性を若者に伝える

必要があります。

 

 

 

合氣道は日本発祥の武道です。

 

 

 

そうであるなら、

 

日本の根幹を深く学び、

日本人としての誇りを持って生きることが

 

私たち合氣道家の責務でもあると、

私は強く思います。

 

 

 

 

またそれが、

日本という国に生まれた

私たちに課せられた使命でもあると、

私は考えています。

 

 

 

​

合氣道を通して、

技の習得はもちろんのこと、

 

一人の人間として、

そして日本人としてどう生きていくのか。

 

 

 

単なる

どこにでもある合氣道道場ではなく、

 

合氣道琴心館寺崎道場を主宰する

不肖、私は自分だけのオリジナルな

合氣道の道を堂々と歩むこと。

 

 

 

それを魂から

次世代に伝え、指導することこそ、

 

合氣道琴心館寺崎道場が

ここに存在する理由なのです。

 

 

 

この先も、

その根幹が揺らぐことは決してございませぬ。

 

 

​

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝