2026-03-02 03:24:00

" 「八紘一宇」に込められた本当の願い。市谷亀岡八幡宮で氣を感じる【男坂・女坂】編 "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)末候

 

七十二候

第六候 草木萠動(そうもくめばえいずる)

3月1日~4日ごろ。

 

やさしく照らす太陽のもと、

春の雨が草木を芽吹かせ、薄緑に色づくころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 はっこういちう に こめられ た ほんとう の ねがい。いちがやかめがおかはちまんぐう で き を かんじる【おとこざか・おんなざか】へん 』

​ 

 

 

 

 

 

2月26日のブログでは、

防衛省の

「市ヶ谷地区見学」を待つ間、

 

市谷周辺の

江戸の坂道巡りに出発し、

 

 

​狂歌師・島田左内の

息遣いを感じる

 

「左内坂」を

上りきったところまで

お話ししました。

 

 

「左内坂」のエントリーは こちら から。

​ 

 

 

 

左内坂の急勾配で

江戸の人々と少しだけ

 

呼吸をシンクロさせた私は、

​次なる古(いにしえ)の地へと

歩みを進めました。

​ 

 

 

 

 

外濠通り沿いに

見えてくるのが、

 

深い緑に包まれた

「市谷亀岡八幡宮(いちがやかめがおかはちまんぐう)」です。

 

 

 

 

 

​室町時代後期の武将、

太田道灌 (おおたどうかん) が

江戸城の西の守護として

 

鎌倉の鶴岡八幡宮を

勧請(かんじょう)したのが

 

始まりとされる、

大変由緒ある神社です。

 

 

鶴岡 (鶴) に対して、

亀岡 (亀) と

名付けられたそうです。

 

 

 

​ 

 

鳥居をくぐると、

目の前には

 

高台の境内へと続く

立派な石段が現れます。

 

 

 

​ここが今回の主題である

 

「男坂(おとこざか)」と

「女坂(おんなざか)」です。

 

 

 

​ 

 

神社や寺院の

石段には、

 

まっすぐで

急勾配な「男坂」と、

 

少し迂回しながら

緩やかに上る「女坂」が

 

並行して造られていることが

よくあります。

 

 

 

 

​ここ市谷亀岡八幡宮でも、

正面にそびえる

急な石段が「男坂」。

 

 

その脇から、

比較的緩やかに

 

境内へと

導いてくれるのが「女坂」です。

​ 

 

 

 

その時の

自分の体調や、

 

心の状態

(氣の持ちよう)に合わせて

 

上る道を選ぶのも、

歴史歩きの楽しさの一つですね。

​ 

 

 

 

 

そして、

この石段を上りきった境内で、

 

私にとって

非常に感慨深い

 

ある石碑との

出会いがありました。

 

 

​ 

 

それが、

「八紘一宇(はっこういちう)」

と刻まれた石碑です。

 

 

​ 

 

「八紘一宇」という言葉。

 

​

 

戦後、

この言葉はGHQ

(連合国軍最高司令官総司令部)によって、

 

「軍国主義・超国家主義を

象徴するスローガンである」として、

 

公の場での

使用を禁止されました。

 

 

 

​そのため、

現代においても

どこかタブー視されたり、

 

再び戦争を起こすかのような

ネガティブな印象を

 

持たれたりすることが

あるかもしれません。

​ 

 

 

 

しかし、

私は全くそうは思いません。

 

 

 

 

 

なぜなら、

この「八紘一宇」の

 

本当の意味を知ると、

全く違う景色が

見えてくるからです。

​ 

 

 

 

この言葉のルーツは

『日本書紀』に記された、

 

初代・神武天皇が

即位される際の

建国の詔(みことのり)

 

 

「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」

 

というお言葉にあります。

 

 

 

​

「八紘」は

天地の八方向、

つまり世界中を指し、

 

「宇」は

一つの家を意味します。

 

 

​

つまり、

「世界中の人々が、

まるで一つの家族のように

睦 (むつ) み合い、

仲良く暮らせる

平和な世界にしよう」

 

という、

壮大で美しい願いなのです。

 

 

​ 

 

決して

他国を侵略するだとか、

 

軍国主義の

言葉などではないと私は思います。

 

 

​

 

私たち

日本人の根底に

古くから流れる、

 

「和(調和)」を重んじる

美しい精神そのものだと、

私は思っています。

​ 

 

 

 

 

​

急峻 (きゅうしゅん) な

「男坂」を

 

一氣に

上り切ったときの

 

天地と繋がるような

深い呼吸。

 

 

​「女坂」の緩やかな

カーブに込められた、

 

人々への

優しさと思いやり。

 

 

 

​そして、

境内に威風堂々とした

 

「八紘一宇」の

石碑の前に立ったとき。

 

 

​ 

 

そこには、

戦火の時代を越えて

 

「世界がひとつの家族のように平和であってほしい」

 

と願った、

 

先人たちの

切なる祈りの「氣」が

 

確かに

残されていました。

 

 

 

​

歴史の残心に触れ、

目に見えない「氣」を感じ取る。

 

 

 

​

この感性の

練磨こそが、

 

合氣道における

「争わない・和合の精神」を

 

より深く

理解することに繋がるのです。

​ 

 

 

私たちの

古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

綱坂 安全寺坂 左内坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-27 03:20:00

" 人生は「誰に出会うか」で決まる "

​今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)次候

 

七十二候

第五候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2月24日~28日ごろ。

 

春霞のため、

遠くの山や景色がほのかに現れては消え、

幻想的な情景をつくります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​ じんせい は「だれ に であう か」で きまる  』

​

 

 

 

生まれたとき、

私たちの知識は「空」です。

 

 

まるで真っ白な

キャンバスのように、

何も描かれていません。 ​

 

 

 

では、

その空の身体に、

心に、

 

何が

入ってくるのでしょうか。

 

 

 

 

一番初めに入るのは、

親の「口癖」です。

 

 

親が日常的に

発する言葉の数々が、

 

知らず知らずのうちに

子どもの性格の根底へと

染み込んでいきます。

 

 

 

 

そして

成長するにつれ、

 

友人たちの

口癖や価値観も、

 

自分の考え方の

一部として

組み込まれていくのです。

 

 

 

 

​" 日常に潜む「言葉」の影響力 "

 

 

 

​影響を受けるのは、

身近な人から

だけではありません。

 

 

 

現代では、

私たちが日々

見聞きする

 

テレビのニュース、

YouTubeの動画、

 

スマートフォンの画面から

とめどなく流れてくる

SNSの言葉や映像たち。

 

 

 

 

さらに、

職場での上司の愚痴や、

同僚との何氣ない会話。

 

 

 

 

こうした日常を取り巻く

すべての「言葉の環境」が、

 

少しずつ、確実に、

私たちの性格や

思考の癖を形成しています。

 

 

 

​誰もが皆、

周りの環境から

 

多大な影響を

受けて生きているのですね。

 

 

​

 

" 人は「出会った人」によって作られる "

 

 

 

​

言い換えれば、

「人は、出会った人(や言葉)によって作られている」

ということです。

 

 

 

 

だからこそ、

良い影響を

与えてくれる人に出会うか、

 

 

そうでない人に

出会うかで、

 

 

人生の歩み方は

大きく変わってきます。 ​

 

 

 

 

 

そこで

大切なのは、

 

「自分はどんな生き方がしたいのか?」を

明確にすることです。

 

 

 

 

自分だけが

儲かれば良いと思って

仕事をするのか?

 

 

 

社会が良くなるように

働くのか?

 

 

​

 

 

私の場合は、

合氣道を通じて

 

「地域、社会、世の中のため、そして人のために役立つ人間になりたい」

 

という強い思いがあります。

 

 

そして同時に、

「そのような志を持つ人を育てたい」

という目標があります。

 

 

 

「未来を担う子どもたちが、日本人として誇りを持てるように」 ​

 

 

 

そう志を立て、

毎日そう願いながら

行動していると、

 

不思議な

ことが起こります。

 

 

 

 

出逢う人、

手にする本、

 

そして

スマートフォンから

流れてくる

 

SNSの

タイムラインでさえも、

 

自分が学ぶべき

必要な情報ばかりが

 

目に飛び込んでくるように

なるのです。

 

 

 

 

 

" 合氣道における「出会い」の重要性 "

 

​

 

 

これは、

合氣道の稽古においても

全く同じことが言えます。

 

 

 

合氣道という

同じ武道であっても、

 

「出会う師範」によって、

 

道の歩み方や、

 

そこから学ぶ

人生の生き方は

大きく違ってきます。

 

 

 

 

技の形だけでなく、

 

心のあり方、

氣の使い方、

 

人間として

どう生きるのか、

 

 

それは

師から弟子へと

 

直接伝わっていく

ものだからです。

 

 

 

​

 

 

 

あなたは

自分の心の器に、

 

今日はどんな言葉を、

 

どんな人との

出会いを

入れていきますか?

 

 

 

 

良い言葉と良い出会い。

 

 

 

良き友、

 

良き本、

 

良き師に

 

出会うこと。

 

 

 

 

それが、

自分の道を

 

より豊かなものに

してくれるのでありまする。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-26 03:16:00

" 狂歌師でもあった名主の軌跡。粋な江戸人の氣に触れる【左内坂】編 "

​今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)次候

 

七十二候

第五候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2月24日~28日ごろ。

 

春霞のため、

遠くの山や景色がほのかに現れては消え、

幻想的な情景をつくります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​きょうかし でも あった みょうしゅ の きせき。いき な えどじん の き に ふれる【さないざか】へん  』

 

 

 

 

 

2月19日のブログ、

江戸時代から続く由緒ある坂道巡り。

 

​港区の「安全寺坂」をもって、

​江戸の南の防衛ラインの巡りを

​一区切りとしたお話でした。

 

エントリーはこちら

 

その続きです。

 

 

 

 

私たちは港区を後にし、

​江戸の中枢へと近づくべく

 

​新宿区、千代田区エリアへと

​歩みを進めました。

 

 

 

​実は、この日

1月7日の午後には

​大きな目的がありました。

 

 

​

それは、

新宿区市谷にある防衛省の

 

​「市ヶ谷地区見学(大本営地下壕跡)」ツアーに

​参加すること。

 

 

​

予約がなかなか取れないことで

​有名なこのツアーですが、

 

​今回は運良く、

​予約を取ることができたのです。

 

 

 

​この市ヶ谷見学での

​重厚で貴重な体験については、

 

​また後日、

じっくりと

​別記事にまとめたいと思います。

 

 

​

 

話を戻しましょう。

 

 

​

 

午後の見学の時間を待つ間、

​私は市ヶ谷周辺に残る、

 

​江戸時代から続く由緒ある坂道を

​いくつか巡ることにしました。

 

 

 

​六本木一丁目駅から

東京メトロ南北線に乗り、

 

​降り立ったのは、

市ヶ谷駅。

 

 

 

​地上へ出ると、

目の前には

江戸城の外濠(そとぼり)の

​風景が広がっています。

 

 

​

市谷見附 (いちがやみつけ) の

交差点から

 

外濠通りを少し歩いて

​西側へと路地に入ると……。

 

 

 

​そこから高台へと

一氣に駆け上がる、

 

​かなり勾配のきつい

坂道が

​現れました。

 

 

 

​その中から

今日のブログは、

「左内坂(さないざか)」の

お話です。

 

 

​

 

 

路面には

​丸い車の滑り止めが

施されており、

 

​その急峻 (きゅうしゅん) さを

物語っています。

 

 

 

​

この坂は、

​江戸時代初期に

 

​周辺の土地とともに

開発されました。

 

 

 

 

​「左内坂」

その名の由来は、

 

​この地を切り拓いた名主、

​「島田左内(しまださない)」に

ちなみます。

 

 

 

 

島田左内は

江戸時代中期の

「狂歌師 (きょうかし) 」

でもありました。

 

 

 

 

狂歌師とは、

江戸時代に流行した

 

「狂歌(きょうか)」という

ジャンルの歌を作り、

楽しんでいた人たちのことです。

 

 

日本の伝統的な和歌

(五・七・五・七・七)などの

ルールを使いながら、

 

わざと「ふざけた内容」

「社会への皮肉(風刺)」

「ダジャレ」などを詠んだ、

ユーモアたっぷりの歌のことです。

 

 

 

 

狂歌のコミュニティ(連)の中では、

武士も町人も身分に関係なく、

 

狂名で呼び合い、

対等に歌のセンスを

競って楽しんでいたそうです。

 

 

 

 

​つまり狂歌師とは、

 

「高い教養を持ちながら、

あえて言葉遊びや

ギャグで世の中を笑わせた、

江戸時代の粋な

インフルエンサー(クリエイター)」

 

のような存在だったと

言えるかもしれませんね。

 

 

 

​

「左内坂」の

名前の由来となった

 

島田左内

本名、島田友直(1724年~1784年)は、

 

代々名主を務めた

家系ですが、

 

8代目の

通称、島田左内は

 

「酒上熟寝(さけのうえのすぐね/じゅくね)」という

 

狂名を持つ

狂歌師として知られていました。

 

 

 

このように狂歌師たちは、

本名とは別に

「狂名(きょうみょう)」という

ペンネームを名乗って

活動していました。

 

 

島田左内の

「酒上熟寝(さけのうえのすぐね)」も、

 

「酒の上の空寝(酔ったふりをして寝ること)」を

もじった

ダジャレネームなのですね。

 

 

​

大田南畝 (おおたなんぽ )

狂歌名、四方赤良(よものあから)らとも

 

親交があり、

酒好きで知られていましたが、

 

晩年は禁酒して

「瓢空酒(ひさごのからざけ)」と

号を改めたそうです。

 

 

 

 

​島田家はその後、

​明治時代に至るまで名主を務め、

 

​代々「島田左内」を名乗って

​この地を治めたそうです。

 

 

 

​一介の名主が、

​この一帯、

「市谷田町」周辺を切り拓き、

​町屋を形成していく。

 

 

​

 

そこには、

​どれほどの情熱と

 

​途方もない

労力があったのでしょうか。

 

 

 

​

合氣道において、

​「感性」を研ぎ澄ますことは

​非常に大切です。

 

 

 

​

​古(いにしえ)の道を

歩くとき、

 

​私はそこから

​「何を感じるか」ということに

「氣」を向けます。

 

 

 

 

​足裏から

ダイレクトに伝わる

 

​高台へと駆け上がる

この大地の傾斜。

 

 

 

​外濠の低地から、

​かつて武家屋敷が

立ち並んだ

 

​山の手の高台へと

抜けるときの、

​「氣」の変化。

 

 

 

 

​そして何より、

​数百年前にこの土地を

​切り拓こうとした人々の、

 

​力強い

「意志」と「息遣い」。

 

 

 

 

​目には見えない

 

​その場の「氣」や

「歴史の残心」を

 

​肌で

感じ取ること。

 

 

 

​

この日常における

​感性の練磨こそが、

 

​道場での相手との氣の結びや、

​稽古をさらに深いものへと

​導いてくれるのです。

 

 

 

​

場に宿る「氣」を感じながら、

​「左内坂」を上り切ったとき。

 

 

​

 

私の呼吸は、

​江戸の人々と

 

​少しだけシンクロしたような

​そんな氣がしました。

 

 

 

​

さて、

​次なる古との対話は…

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

​まだまだ続きます。

 

 

 

 

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植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

綱坂 安全寺坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-25 03:49:00

" 運氣の下がりは上昇の入口。天地大自然の法則と合氣道の理合い "

​今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)次候

 

七十二候

第五候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2月24日~28日ごろ。

 

春霞のため、

遠くの山や景色がほのかに現れては消え、

幻想的な情景をつくります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​うんき の さがり は じょうしょう の いりぐち。てんちだいしぜん の ほうそく と あいきどう の りあい 』

 

 

 

 

今日の

道場長のひとことは…

「運氣の下がりは上昇の入口だ」 ​

 

 

 

運命の

法則からすると、

 

運氣が

大きく上がる前には、

 

必ず一度

運氣が落ちることになります。

 

 

 

運の落ち込みは

決して不運の入口ではなく、

 

むしろ

幸運への近道なのです。

 

 

 

​運氣が下がると

一般的に

心が落ち込むものですが、

 

その程度で

落ち込んでしまっては、

 

せっかくの

開運のチャンスを

逃してしまいます。

 

 

 

 

もし運氣が落ちた、

ツイてないと感じたら、

 

「これからの運氣上昇が楽しみだ!」

と笑っていればよいのです。

 

 

​

 

なぜなら、

運氣の下がりは

喜ばしいことだからです。

 

 

 

運が上がるとき、

その前には必ず

 

「下がる」という

現象が起きる。

 

 

 

これは

特別な魔法でも

なんでもなく、

 

 

天地大自然の

摂理であり、

 

物理法則

そのものなのです。 ​

 

 

 

 

たとえば、

手にしたボールを

床に落とせば、

 

必ず

上に跳ね返りますね。

 

 

 

重力に従って

下へ向かった力は、

 

地面に

ぶつかることで

 

反発力に変わり、

上へと向かうのです。

 

 

 

 

もし、

そのボールを強く、

 

勢いよく

地面に向かって

 

投げつけたら

どうなるでしょう?

 

 

 

そう、

より一層大きく

上に跳ね上がりますよね。 ​

 

 

 

 

私たちの

身体も同じです。

 

 

 

真上に高く

ジャンプしようと思ったら、

 

棒立ちのままでは

絶対に飛べません。

 

 

 

必ず一度、

下に膝を曲げ、

 

上体を下げて

重心を落とします。

 

 

地球の重力を

しっかりと感じながら、

 

足の裏で

大地を強く

蹴るからこそ、

 

空高く

跳ね上がることが

できるのです。

 

 

 

 

​日常を

見渡せば、

 

この法則は

至る所にあります。

 

 

 

弓矢は、

弦を後ろに

大きく引くからこそ、

 

矢が前へ

勢いよく

飛んでいきます。

 

 

 

 

猫が獲物に

飛びかかる前も、

 

必ず体を低く

沈み込ませて

力を溜めますよね。

 

 

 

 

夜も同じで、

夜明け前が

一番暗く、

 

氣温も

下がります。

 

 

 

 

 

​「下がれば、上がる」

 

 

 

 

 

これは、

天地大自然の

揺るぎない

 

絶対的な

大法則なのです。 ​

 

 

 

 

そして、

私たちが

お稽古している

 

合氣道の技も、

全く同じ

 

「理合い(法則)」の中に

あります。 ​

 

 

 

合氣道で、

自分より

 

力の強い相手を

力任せに

 

投げ飛ばそうとしても

相手はびくとも

動きません。

 

 

 

まず、

相手の「氣」を

下に導きます。

 

すると、

人間の身体は

 

無意識のうちに

バランスを保とうとし、

 

「上に上がろう」とする

反発の「氣」が

生まれます。

 

 

 

私たちは、

その相手が

 

自ら上がろうとする

「氣」を尊重し、

 

決して

逆らわず、

 

相手の

行きたい方向(上)へと

導いてあげるのです。

 

 

 

​

相手が

ふわりと

 

上へ浮き上がったら、

どうなるか?

 

 

 

 

あとは

地球の重力が

仕事をしてくれます。

 

 

 

 

「上がれるところまで、上がりきれば、次は必ず下がる」

 

 

 

 

この天地大自然の法則に

逆らわず、

 

目の前の相手に

寄り添うだけ。

 

 

 

結果として、

相手は自然と崩れ、

 

投げられて

いくのですね。 ​

 

 

 

 

人生の

バイオリズムも、

 

合氣道の技も

同じです。

 

 

 

もし今、あなたが

「運氣が下がっている」

「氣分が落ち込んでいる」と

感じているなら、

 

 

それは

あなたが

 

これから

大きく飛躍するため、

 

高く

ジャンプするために

 

「膝を曲げて力を溜めている状態」

なのです。

 

 

 

​だから、

無理に上がろうと

 

焦らなくて

大丈夫です。

 

 

 

 

下がっていく

自分を認め、

受け入れ、

 

自然の重力を

感じながら、

 

「おっ、今は深くしゃがんでいるな。

次にジャンプする時が楽しみだ!」と

 

 

笑い飛ばして

やりましょう。 ​

 

 

 

 

下がれば、

必ず上がります。

 

 

 

 

天地大自然の

摂理に

 

身を委ね、

のびのびと、

 

一度しかない

人生を

楽しんでいきましょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-24 03:45:00

​" 心が変われば、出会う人も変わる "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)次候

 

七十二候

第五候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2月24日~28日ごろ。

 

春霞のため、

遠くの山や景色がほのかに現れては消え、

幻想的な情景をつくります。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​こころ が かわれ ば、であう ひと も かわる 』

 

 

 

 

 

人は、

出会った人によって

 

つくられるのではないかと

思います。

 

 

 

これまでの

人生を振り返ると、

 

今の自分があるのは、

間違いなく

 

「出会ってきた人々」の

おかげだと氣づかされます。

 

 

​

そして、

その出会いは

 

決して

偶然などではなく、

 

 

 

誰と出会い、

誰と深く

つながっていくのか。

 

 

それはすべて、

自分自身の心が

引き寄せているのですね。

 

 

​

「類は友を呼ぶ」

という言葉があるように、

 

私たちの心境や

普段の振る舞い、

 

言葉遣い、

そして生きる姿勢が、

 

目に見えない

磁石のように

 

同じ波長を持つ人を

引き寄せます。

 

 

 

 

不平不満ばかり

口にしていれば、

 

同じような

空氣をまとう人が集まります。

 

 

 

逆に、

前を向き、

 

誠実に

生きようとしていれば、

 

自然と志の高い

素晴らしい人たちとの

 

ご縁が

結ばれていくものです。

 

 

 

​

道場という場で、

相手と手を取り合い、

 

氣を合わせる

「結び」の稽古。

 

 

相手の「氣」を

感じ取るためには、

 

まず

自分の心が穏やかで、

 

澄んでいなければ

なりません。

 

 

 

力任せに

相手をねじ伏せようとする

心があれば、

 

相手もまた反発し、

調和は生まれません。

 

 

 

 

​ここで

大切な、

 

「相手に氣を合わせる」

ということ。

 

 

 

それは

決して、

 

「何もかもごもっとも」と

媚びへつらうことや、

 

単に言いなりになる

ことではない、

 

ということです。

 

 

 

​僭越ではありますが、

不肖私が思う

 

合氣道における

和合とは、

 

まずは自分自身が

「プラスの氣」が出ていること。

 

 

そのうえで、

相手の心(氣)を知り、

 

それをしっかりと

受け止めて

尊重すること。

 

 

そして、

ぶつかり合うことなく、

 

お互いにとっての

「正しい方向」へと

導いていくことだと思います。

 

 

 

相手を

頭ごなしに否定せず、

 

かといって

自分を見失うこともなく、

 

ともに

丸く収まる

道を体現していく。

 

 

これこそが、

私たちが日々

道場で学んでいることです。

 

 

 

​

 

自身が

成長するために、

 

「良い出会いに恵まれたい」

「素晴らしいご縁を結びたい」と

願うなら、

 

待っているだけでは

叶いません。

 

 

 

相手を尊重し、

良い方向へ

導けるだけの

 

度量を

持ち合わせるために、

 

 

まずは

自分から、

 

自分自身を

磨かなければならないのです。

 

 

​

 

道場で道友と

ともに汗を流し、

 

投げて

投げられ、

 

それを

ともに喜び、

感謝する。

 

 

 

 

技がかからない、

うまくいかない、

 

いらだち、

あせり、

不安といった、

 

 

 

そんな

自分自身の弱さや

エゴと向き合う。

 

 

 

 

その繰り返しの中で、

 

少しずつ

心の曇りが取れ、

魂が磨かれていきます。

 

 

 

そうして

磨かれた心身が、

 

道場を一歩出た

日常の中で、

 

また新たな

美しい出会いを

 

引き寄せてくれると、

私は信じています。

 

 

 

​今週も道場で、

自分自身という

 

鏡を

磨き続けましょう。

 

 

 

 

 

合氣道琴心館寺崎道場に集う、

真摯に稽古に

向き合う

 

かけがえのない

みなさんと、

 

こうして

同じ道を歩める

 

ご縁に、

心から感謝しています。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝