2026-02-19 03:55:00

" 慶應の杜を抜けて、古の防衛ラインを歩く【安全寺坂】編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)初候

 

七十二候

第四候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

2月19日~23日ごろ。

 

雨が降り、

乾いていた大地がしっとりと潤い始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​けいおう の もり を ぬけ て、いにしえ の ぼうえい らいん を ある く【あんぜんじざか】へん 』

 

 

 

 

 

二十四節氣は

「立春」から「雨水」へと移りました。

 

雪や氷が解けて水になり、

雪が雨に変わるころ。

 

 

「三寒四温」の言葉が

ぴったりの季節ですね。

 

暖かい日差しに

春の訪れを予感したかと思えば、

 

翌日には真冬のような

寒さに震えることもあり、

 

体感温度のギャップに

驚かされます。

 

 

​日を追うごとに

春めいてまいりますが、

 

この時期特有の

激しい寒暖差は

身体にこたえるものです。

 

どうぞ健やかに

お過ごしいただけるよう、

体調管理には十分ご留意ください。

 

 

​

 

さて、

昨日のブログでは

 

慶應義塾大学 三田キャンバスの

歴史ある学食「山食」へ

向かったお話でした。

 

 

その続きです。

 

一つ前のエントリーは こちら 。

 

 

 

慶應義塾大学「山食」の

​ハヤシライスの

​余韻に浸りながら、

 

​私たちは

​学食を後にしました。

 

 

​そのまま

​慶應義塾大学の正門を出て、

​すぐ西側へ。

 

 

​立ち寄ったのは、

​「慶應義塾大学 三田インフォメーションプラザ」。

 

 

​

ここは、

​慶應義塾の公式グッズなどが

​販売されている場所です。

 

 

 

山食のハヤシライスも

とても美味しかったのですが、

 

お目当ての

「山食カレー」にはありつけなかった。

 

 

​

せっかくの機会、

​ここでお土産として

 

​「レトルトの山食カレー」を

購入しました。

 

 

 

​余談ですが、

​この「山食カレー」は

 

慶應義塾

公式グッズオンラインストア でも

​購入できます。

 

​氣になる方は、ぜひ。

 

 

 

​

お土産を手に持ち、

 

​私たちは目の前の大通り

​桜田通りを渡ります。

 

 

​その向こう側。

 

 

 

​そこに、

​今回のお正月の

​東京出張における

 

​港区エリア、

​最後の目的地となる

​坂道がありました。

 

 

 

 

​その名は、

​「安全寺坂(あんぜんじざか)」。

 

 

​安珍坂、安楽寺坂、安泉寺坂とも

​書かれたことが

あるそうですが、

 

 

​その名の由来は、

​江戸時代初期、

 

​この坂の西側に

​「安全寺」というお寺が

​あったことにちなみます。

 

 

 

 

​一歩、

​その坂道に

​足を踏み入れると、

 

​先ほどまでの

​大学の活氣や

 

​大通りの喧騒が

​嘘のように静まり返り、

 

 

​そこには

​独特の静寂な「氣」が

​流れていました。

 

 

 

​

​ふと、

​このエリアの地図を

頭に思い描いてみます。

 

 

​

この周辺には

たくさんの

寺院が点在しています。

 

 

​なぜ、

​この地にこれほど多くの

​寺院が集まっているのか?

 

 

​

江戸の坂道歩きの

水先案内人、

 

慶應義塾大学 塾員である

頼りになる日本女子の話によると、

 

それは単なる偶然ではなく、

​江戸幕府による

​「意図」があったと言われています。

 

 

 

​

東海道から

​江戸に入る玄関口である

​この「三田・高輪」エリア。

 

 

 

​万が一の事変の際、

 

​頑丈な石垣や

​広い境内を持つ寺院を配置することで、

 

​江戸城を守る

​「防衛ライン」としての役割を

​持たせていたのだとか。

 

 

​

 

つまり、

​この坂道に流れる

​あの深い静寂は、

 

 

​かつて

​江戸を守ろうとした

 

​「祈り」と「武」の氣が

​作り出しているもの

なのかもしれませんね。

 

 

​

 

かつて

「安全寺」という寺院が

あったとされる

​この細い坂道。

 

 

 

それはまるで、

​結界の中を

​歩いているかのよう。

 

 

 

 

​合氣道において、

​「場」の氣を感じることは

​とても大切です。

 

 

 

​ただ静かなだけではない。

 

 

 

​そこには、

​数百年もの間、

 

​この地を護ってきた

​重厚な「意志」が満ちています。

 

 

 

 

​その

​古(いにしえ)の「残心」に

​触れることで、

 

​私たちの

​背筋も自然と伸び、

 

​呼吸が深く整っていくのを

​感じました。

 

 

 

 

 

このすぐ近くには、

 

おそらく

東京の坂道では

一番有名であろう

 

​三田の「幽霊坂」があり、

 

​古刹(こさつ)の並ぶ

「聖坂」、「蛇坂」。

 

​

さらに

足を延ばせば、

 

​白金、高輪地区には

 

​有名な「伊皿子坂」や

「魚籃坂」など。

 

 

由緒ある坂道が

多く点在しています。

 

 

 

一氣に歩きたい

ところではありましたが、

 

 

​

この

​「安全寺坂」をもって、

 

​今回の東京出張での

港区の坂道巡りは

​一区切りとなります。

 

 

​

 

江戸の南の守り、

​三田の寺町を抜けて。

 

 

 

​私たちの坂道巡りは、

​いよいよ

​江戸の中枢へ。

 

 

 

​後日訪れた

​新宿区、千代田区の

 

坂道へと

​続いていきます。

 

 

 

 

​場所が変われば、

​そこに流れる「氣」もまた

​変わるもの。

 

 

​次なる古(いにしえ)との対話を

​楽しみに。

 

 

 

さて、

次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

綱坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-18 03:20:00

" ​道場を離れて学ぶ「氣の流れ」。慶應OGと行く伝統の学食 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)末候

 

七十二候

第三候 魚上氷(うおこおりをいずる)

2月14日~18日ごろ。

 

冬の間、氷の下で静かにしていた魚たちが、

暖かさを感じて割れた氷の間から

飛び跳ねたり、

水面近くに顔を出し始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​どうじょう を はなれ て まな ぶ「き の ながれ」。けいおう OG と ゆく でんとう の がくしょく 』

 

 

 

 

 

前の エントリー の続きになります。

​

麻布台ヒルズの

近代的な風景を背に、

 

私たちは

いくつかの江戸から続く

坂道を巡りました。

 

 

「綱の手引坂」、

そして「綱坂」を下り、

 

向かった先は

この坂の裏手に位置する

「慶應義塾大学 三田キャンパス」です。

 

 

​

ここ慶應義塾には、

合氣道琴心館寺崎道場に通う

 

数名のお弟子さん方が

塾生と塾員であり

 

また現在、私の家族が

学んでいる場所でもあることから、

 

少なからず

ご縁を感じる場所です。

 

 

 

そして、

この日、私を導いてくれた

 

お弟子さんも

その内の一人であり、

 

この学舎(まなびや)と

深く繋がっている人物です。

 

 

​

 

その日本女子は

合氣道琴心館寺崎道場

「江戸から続く由緒ある東京の坂道巡り同好会」

の一員であり、

 

麻布台教室を

主宰している指導者でもあります。

 

 

そして

慶應義塾大学文学部を卒業した

「塾員(卒業生)」でもあります。

 

 

慶應義塾では、

卒業生を親しみを込めて「塾員」、

在学生を「塾生」と呼ぶのですね。

 

 

​

港区が地元である彼女は、

この界隈の坂道巡りにおいて

非常に頼れる水先案内人です。

 

 

 

今回も事前に

私の体力等も考慮し、

最適なルートを提案してくれました。

 

 

 

歴史に名を残す

著名人の邸宅跡の解説から、

 

芸能ニュース、週刊誌

顔負けの裏話、

 

そして

ご自身の青春時代の思い出話まで。

 

 

この日本女子の話は

尽きることがありません。

 

 

 

​

合氣道には、

相手の「氣」を感じ取り、

 

尊重することで、

互いに導き、

導かれるという極意があります。

 

 

 

そして

そこには必ず、

 

澱みのない

「氣の流れ」が存在します。

 

 

​

彼女が作り出す

その心地よい「流れ」に任せる。

 

 

 

先を行く、

この日本女子の全身から

発せられる、

 

楽しげで

弾むような「氣」。

 

 

 

それに合わせ、

同調して歩むと、

 

不思議なことに

見慣れたはずの

この三田(みた)の街の景色が

 

いつもより鮮やかに、

色彩を帯びて

目に飛び込んでくるのです。

 

 

 

相手の氣の流れを尊重し、

素直に導かれること。

 

 

 

これもまた、

道場の外で行う

合氣道の稽古の一環と言えるでしょう。

 

 

 

 

​そんな

温かな調和の中で

辿り着いたのは、

 

慶應義塾大学の学生食堂、

「山食(やましょく)」です。

 

 

 

実は以前から、

ここの名物である

 

「山食カレー」を是非また

食したいと

願っていました。

 

 

 

​

この「山食」、

創業はなんと昭和12年(1937年)。

 

 

まもなく90年を

迎えようかという、

長い歴史を持つ食堂です。

 

 

 

しかし近年、

この老舗もコロナ禍の影響を

大きく受け、

存続の危機に瀕しました。

 

 

 

その時、

「学生時代の思い出の味を無くしてはならない」と

 

立ち上がったのが、

全国の「塾員」たちでした。

 

 

 

​クラウドファンディングで

集まった支援総額は、

なんと43,232,000円。

 

 

 

 

目標を遥かに上回る

この数字は、

 

いかに

この食堂が愛されているか、

 

 

そして

塾生、塾員たちの

 

結束という「氣」が

 

いかに強固であるかの

証明に他なりません。

 

 

 

彼らの熱意によって、

「山食」はその危機を見事に乗り切り、

 

今もこうして

伝統の釜を守り続けているのです。

 

 

 

​そんな人々の

想いが詰まった食堂で、

 

私たちは

食券を買い、お盆を手に取り

カウンターへ並びました。

 

 

 

残念ながら、

訪れた日は

お目当てのカレーはお休み。

 

 

 

少々、

残念な氣はしましたが、

 

代わりにメニューにあった

「山食ハヤシライス」を

 

セルフサービスで

受け取り、席へと運びました。

 

 

 

 

​テーブルに置き、

ハヤシライスと向き合います。

 

シンプルながらも

食欲をそそる香り。

 

 

 

ハヤシライス430円、

サラダ150円。

 

そして

ここに来たら外せない

名物のパイナップルは120円。

 

 

 

 

多くの塾員、塾生の

支援によって

護られたこの場所で、

 

変わらぬ味を

この価格で提供し続けていることには、

 

ただただ

頭が下がる思いです。

 

 

 

​「いただきましょう」と

席を勧められ、

 

差し出された

この日本女子の手には、

 

道場での

凛とした姿とはまた違う、

 

柔らかな氣遣いが

感じられました。

 

 

 

​お腹も満たされ、

足取りも軽く。

 

 

 

 

さて、

次はどんな「氣の流れ」が、

 

私たちを

どの坂道へと

導いてくれるのでしょうか。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-17 03:04:00

" 鬼を斬った武人の魂。「綱町」に眠る千年の記憶【綱坂】編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)末候

 

七十二候

第三候 魚上氷(うおこおりをいずる)

2月14日~18日ごろ。

 

冬の間、氷の下で静かにしていた魚たちが、

暖かさを感じて割れた氷の間から

飛び跳ねたり、

水面近くに顔を出し始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​おに を きった ぶじん の たましい。「つなまち」に ねむ る せんねん の きおく【つなざか】へん 』

 

 

 

 

 

2月10日の

ブログからの続きです。

 

この記事の

エントリーはコチラから。

 

 

​

お正月の東京出張。

 

 

稽古の合間の

「江戸から続く東京の由緒ある坂道巡り」

 

 

 

出発点は、

東京の「今」を象徴する麻布台ヒルズ。

 

 

空を突くような

最新鋭のビル群に背を向け、

 

私たちは古地図をなぞるように

歩き出しました。

 

 

 

​目指すは、「江戸」、

いや「平安」の記憶が残る場所です。

 

 

 

​

鼠坂、植木坂、日向坂、神明坂。

 

 

 

​次々と現れる

坂道を巡っていきます。

 

 

 

 

港区 麻布台から

三田(みた)という街は、

 

これほどまでに

起伏に富んでいるのかと

驚かされます。

 

 

 

坂の名前の一つひとつに、

かつてそこに暮らした

 

人々の生活や、

風景の断片が

閉じ込められているようです。

 

 

​

そして、

「綱の手引坂(つなのてびきざか)」へ。

 

 

なんとも謎めいた

名前の坂を経て、

 

辿り着いたのが

今回の目的地

「綱坂(つなざか)」です。

 

 

​

慶應義塾大学の裏手に

ひっそりと佇む、この「綱坂」は

 

前回の「綱の手引坂」と

同様に

 

平安時代の武将、

渡辺綱(わたなべのつな)に

由来します。

 

 

 

 

羅生門で

鬼の腕を切り落とした

 

鬼退治の伝説で知られる、

源頼光四天王きっての剛の者。

 

 

この地は彼が生まれた場所とも、

屋敷があった場所とも

伝えられています。

 

 

 

​また、

この辺りはかつて

 

「三田綱町(みたつなまち)」と

呼ばれていたそうです。

 

 

 

坂のすぐそばには、

鹿鳴館の設計者としても知られる

 

ジョサイア・コンドル設計の

「綱町三井倶楽部」が、

その優美な姿を見せています。

 

 

 

​

「綱坂」、「綱の手引坂」、そして「綱町」。

 

 

 

​

麻布台ヒルズの

圧倒的な「高さ」と「新しさ」を

見た直後だったからでしょうか。

 

 

 

 

この一帯に

足を踏み入れた時、

強烈なコントラストを感じました。

 

 

 

 

​現代の景色は

コンクリートに覆われていても、

 

この急な勾配と、

土地に刻まれた「綱」の名は、

 

千年前から変わらず

ここに在り続けています。

 

 

 

 

都市開発によって

建物がどれだけ変わろうとも、

 

地名そのものが持つ

「記憶」は消え去りません。

 

 

 

 

​現代の地図の中に、

武勇を誇った一人の武人の魂が、

 

地名という形をとって

今なおこの地を

護っているかのようです。

 

 

 

​

合氣道においても、

目に見える動き以上に、

 

その奥にある

「見えない流れ」や「氣配」を

察知することが重要です。

 

 

​

 

最新の街並みを抜け、

坂という結界を越えて、

古(いにしえ)の伝説に触れる。

 

 

 

これこそが、

東京という街の深みであり、

 

古を歩く

醍醐味なのだと感じました。

 

 

 

 

​先人の残した足跡は、

目には見えずとも、

確かにそこに在るのですね。

 

 

 

さて、

次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-16 03:44:00

" 万物は流転する――雪景色から水温む春、三寒四温の稽古場にて "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)末候

 

七十二候

第三候 魚上氷(うおこおりをいずる)

2月14日~18日ごろ。

 

冬の間、氷の下で静かにしていた魚たちが、

暖かさを感じて割れた氷の間から

飛び跳ねたり、

水面近くに顔を出し始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​ばんぶつ は るてん する――ゆきげしき から みずぬるむ はる、さんかんしおん の けいこば にて 』

 

 

 

 

 

​" 板の間で知る、春の足音 "

​

 

暦は七十二候の

「魚上氷(うおこおりをいずる)」を

迎えました。

 

 

氷が割れ、

そこから魚が跳ねる時期。

 

まさにその通りの変化を、

肌で感じる土日でしたね。

 

 

​

昨日の2月15日、日曜日の稽古。

 

 

 

場所はいつもの道場マットではなく、

フローリングの稽古場でした。

 

手にしたのは「杖(じょう)」。

 

 

朝から氣温はぐんぐん上がり、

15度を超えていました。

 

 

 

数回、

型稽古で杖を振っただけで、

額には汗が滲むほど。

 

 

窓から入る風も、

どこか温かみを

帯びた春の匂いがしました。

 

 

 

​

​ふと、

ちょうど一週間前のことを

思い出しました。

 

 

 

 

先週の日曜日も、

同じこの場所で杖を振っていたのです。

 

 

 

​しかし、

その日は神戸には珍しく、

朝から雪が積もる一日でした。

 

 

 

 

フローリングの床は、

裸足の裏が痛くなるほどに

冷え切っていました。

 

 

 

けれど、

子どもたちは寒さなどお構いなし。

 

 

 

稽古場の窓を

ガラリと開け放ち、

 

「キャーキャー」と歓声を上げて

雪景色に目を輝かせていました。

 

 

 

​あの日、

足裏から突き刺さる

ようだった冷氣が、

 

たった七日で

汗ばむ陽氣に変わる。

 

 

 

そしてまた、

今週前半は

 

最低氣温が一桁の

寒い日が

二、三日続く予報。

 

 

 

 

まさに

「三寒四温」。

 

 

 

行きつ戻りつしながら、

季節は劇的に動いていますね。

 

 

​

 

 

​一週間で

景色がこれほど変わるのです。

 

 

 

私たち自身の身体が

変わっていないはずがありません。

 

 

 

​人間の身体を構成する

多くの細胞は、

 

日々、古いものが死に、

新しいものが生まれています。

 

 

 

 

生物学的にも、

 

「先週、足裏が凍てついていた私」と

「昨日、汗を流して杖を振った私」は、

 

厳密には別の存在とでも言いますか…

 

 

 

​

" 地球は回り続け、万物は流転する "

 

 

 

 

決して

止まることはありません。

 

 

 

私たちの命もまた、

その大きな流れの中にあります。

 

 

 

合氣道の稽古も同じです。

 

 

 

 

「今日は技が冴えた」

「昨日はうまくいかなかった」という

 

過去の感覚に

居着いて(固執して)しまえば、

 

今の動きは冴えず、

心身は淀んでしまいます。

 

 

​

 

日々新しく

入れ替わる細胞のように。

 

今の季節の

移ろいのように。

 

氷を割って

天へ跳ねる魚のように。

 

 

瑞々しい心と身体で

稽古に向き合いたいものです。

 

 

 

​

春はすぐそこ。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-13 03:51:00

" 教科書が教えないなら、道場で教える。​「日本ってどんな国?」 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)次候

 

七十二候

第ニ候 黄鴬睍睆(うぐいすなく)

2月9日~13日ごろ。

春告鳥(はるつげどり)とも呼ばれる

ウグイスが、春の到来を告げるように

山里で鳴き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​きょうかしょ が おしえ ない なら、どうじょう で おしえ る。​「にほん って どんな くに?」  』

 

 

 

 

 

昨日と一昨日のブログでは

「建国記念の日」について触れました。

 

 

2月12日のエントリーはこちら。

11日のエントリーはこちら。

 

 

 

「建国をしのび、国を愛する心を養う」

 

 

 

これが祝日法の定める

「建国記念の日」の目的です。

 

 

 

​

しかし、

今の日本において、

 

我が国がいつ・どのように

建国されたのか、

 

その歴史と伝統を

正しく認識している国民は、

どのくらいいるのでしょうか。

 

 

 

 

" 自国を知らずして、他国を尊べるか "

​

 

 

 

子どもたちに

学校で教えないから、

子どもたちは何も知りません。

 

 

 

また、

私も含めて

親の世代も教わっていないから、

 

子どもたちに

教えることもできません。

 

 

これが今の日本の現状です。

 

 

​

近年、

訪日外国人の増加や

移民政策など、

 

日本社会は

急速に国際化しています。

 

 

 

外国の方々と

仲良く共生するには、

 

その国の文化や風習を

尊ぶことが大事です。

 

 

 

しかし、

自国の歴史も建国のことも

知らないままで、

 

どうして他国の文化を

心から尊重できるでしょうか?

 

 

 

​

​

合氣道は日本発祥の武道です。

 

 

私が主宰する

「合氣道琴心館寺崎道場」は、

今年で13年目を迎えました。

 

 

 

​僭越ながら私は、

単に合氣道の「技」や

「身体の使い方」だけを

 

指導するのでは

足りないと考えています。

 

 

 

 

日本の文化風習、

そして日本人としての誇りを持ち、

 

社会のため、

人のためになる人間を育てること。

 

 

 

その思いから

不肖私は、稽古の中で事ある毎に、

 

小学生から大人まで

全てのお弟子さんに

日本の歴史や文化を話しています。

 

 

​

 

「日本は今年で、何年の歴史がある国ですか?」

 

 

 

​この問いに

あなたは即答できるでしょうか?

 

 

 

正解は、

「2686年」の悠久の歴史がある国です。

(2026年現在)

 

 

 

計算方法は簡単。

 

今の西暦に

「660」を足せばよいだけです。

 

 

 

 

西暦はキリストが生まれた年を

基準としていますが、

 

 

日本は初代・神武天皇が

即位された

 

紀元前660年を

「始まり」としました。

 

 

 

 

この出発点の違いは、

とても重要です。

 

 

 

​

​

道場を開いて13年。

 

 

最近ようやく、

小学生や中学生の一人二人が

 

「建国記念の日」という言葉を、

正確に言えるようになりました。

 

 

 

但し、

「けんこくきねんのひ」という言葉だけです。

 

 

 

​でも、

以前はそれすらあやふやで、

 

「2月11日は何の日?」と

問いかけても、首を傾げるだけ。

 

答えることができても

「建国記念日」などと、

正確には知らなかった。

 

 

 

したがって、

これは確かな「一歩の前進」です。

 

 

 

 

さはさりながら、

言葉を知っているだけでは

まだ入り口に立ったに過ぎません。

 

 

大事なのは、

その先にある「中身」です。

 

 

 

​

「日本という国はどんな国ですか?」

 

 

 

​子どもたちへの

この問いに対し、

 

即座に

こう答えられるようになってほしい。

 

 

​

「日本は神武天皇が

即位された日を紀元として、

2686年の歴史を持ち、

 

父系一系で途切れることなく

126代続いている皇位継承の国。

 

世界に燦然(さんぜん)と輝く

悠久の歴史を持つ、誇るべき国。

それが私たちの祖国です」

 

 

​

 

父方をたどれば

初代・神武天皇までつながるという、

世界で唯一の国柄。

 

 

これこそが、

日本の世界に誇れる根幹なのです。

 

 

 

​

​かつて明治6年(1873年)、

神武天皇即位の日を

「紀元節」と定めましたが、

 

GHQ統治下の

昭和23年(1948年)に廃止されました。

 

 

 

その後、

主権回復を経て、

 

昭和41年(1966年)に

現在の「建国記念の日」として

復活した経緯があります。

 

 

​

 

次代を担う子どもたちが、

胸を張って

 

「日本はこういう国です」と

答えられるその日まで。

 

 

 

ささやかながら、

弛まず伝え続けてまいります。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝