2026-02-13 03:51:00

" 教科書が教えないなら、道場で教える。​「日本ってどんな国?」 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)次候

 

七十二候

第ニ候 黄鴬睍睆(うぐいすなく)

2月9日~13日ごろ。

春告鳥(はるつげどり)とも呼ばれる

ウグイスが、春の到来を告げるように

山里で鳴き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​きょうかしょ が おしえ ない なら、どうじょう で おしえ る。​「にほん って どんな くに?」  』

 

 

 

 

 

昨日と一昨日のブログでは

「建国記念の日」について触れました。

 

 

2月12日のエントリーはこちら。

11日のエントリーはこちら。

 

 

 

「建国をしのび、国を愛する心を養う」

 

 

 

これが祝日法の定める

「建国記念の日」の目的です。

 

 

 

​

しかし、

今の日本において、

 

我が国がいつ・どのように

建国されたのか、

 

その歴史と伝統を

正しく認識している国民は、

どのくらいいるのでしょうか。

 

 

 

 

" 自国を知らずして、他国を尊べるか "

​

 

 

 

子どもたちに

学校で教えないから、

子どもたちは何も知りません。

 

 

 

また、

私も含めて

親の世代も教わっていないから、

 

子どもたちに

教えることもできません。

 

 

これが今の日本の現状です。

 

 

​

近年、

訪日外国人の増加や

移民政策など、

 

日本社会は

急速に国際化しています。

 

 

 

外国の方々と

仲良く共生するには、

 

その国の文化や風習を

尊ぶことが大事です。

 

 

 

しかし、

自国の歴史も建国のことも

知らないままで、

 

どうして他国の文化を

心から尊重できるでしょうか?

 

 

 

​

​

合氣道は日本発祥の武道です。

 

 

私が主宰する

「合氣道琴心館寺崎道場」は、

今年で13年目を迎えました。

 

 

 

​僭越ながら私は、

単に合氣道の「技」や

「身体の使い方」だけを

 

指導するのでは

足りないと考えています。

 

 

 

 

日本の文化風習、

そして日本人としての誇りを持ち、

 

社会のため、

人のためになる人間を育てること。

 

 

 

その思いから

不肖私は、稽古の中で事ある毎に、

 

小学生から大人まで

全てのお弟子さんに

日本の歴史や文化を話しています。

 

 

​

 

「日本は今年で、何年の歴史がある国ですか?」

 

 

 

​この問いに

あなたは即答できるでしょうか?

 

 

 

正解は、

「2686年」の悠久の歴史がある国です。

(2026年現在)

 

 

 

計算方法は簡単。

 

今の西暦に

「660」を足せばよいだけです。

 

 

 

 

西暦はキリストが生まれた年を

基準としていますが、

 

 

日本は初代・神武天皇が

即位された

 

紀元前660年を

「始まり」としました。

 

 

 

 

この出発点の違いは、

とても重要です。

 

 

 

​

​

道場を開いて13年。

 

 

最近ようやく、

小学生や中学生の一人二人が

 

「建国記念の日」という言葉を、

正確に言えるようになりました。

 

 

 

但し、

「けんこくきねんのひ」という言葉だけです。

 

 

 

​でも、

以前はそれすらあやふやで、

 

「2月11日は何の日?」と

問いかけても、首を傾げるだけ。

 

答えることができても

「建国記念日」などと、

正確には知らなかった。

 

 

 

したがって、

これは確かな「一歩の前進」です。

 

 

 

 

さはさりながら、

言葉を知っているだけでは

まだ入り口に立ったに過ぎません。

 

 

大事なのは、

その先にある「中身」です。

 

 

 

​

「日本という国はどんな国ですか?」

 

 

 

​子どもたちへの

この問いに対し、

 

即座に

こう答えられるようになってほしい。

 

 

​

「日本は神武天皇が

即位された日を紀元として、

2686年の歴史を持ち、

 

父系一系で途切れることなく

126代続いている皇位継承の国。

 

世界に燦然(さんぜん)と輝く

悠久の歴史を持つ、誇るべき国。

それが私たちの祖国です」

 

 

​

 

父方をたどれば

初代・神武天皇までつながるという、

世界で唯一の国柄。

 

 

これこそが、

日本の世界に誇れる根幹なのです。

 

 

 

​

​かつて明治6年(1873年)、

神武天皇即位の日を

「紀元節」と定めましたが、

 

GHQ統治下の

昭和23年(1948年)に廃止されました。

 

 

 

その後、

主権回復を経て、

 

昭和41年(1966年)に

現在の「建国記念の日」として

復活した経緯があります。

 

 

​

 

次代を担う子どもたちが、

胸を張って

 

「日本はこういう国です」と

答えられるその日まで。

 

 

 

ささやかながら、

弛まず伝え続けてまいります。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末を。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-12 03:16:00

" 敗戦で消え、復活した祝日。私たちが受け継ぐべきもの "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)次候

 

七十二候

第ニ候 黄鴬睍睆(うぐいすなく)

2月9日~13日ごろ。

春告鳥(はるつげどり)とも呼ばれる

ウグイスが、春の到来を告げるように

山里で鳴き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​はいせん で きえ、ふっかつ した しゅくじつ。わたし たち が つけつぐ べき もの 』

 

 

 

 

 

​昨日2月11日は

「建国記念の日」でした。

 

 

​この日は、

「建国をしのび、国を愛する心を養う」という

趣旨の国民の祝日です。

 

 

 

私たち

日本国民一人一人が、

 

我が国の

長い成り立ちをしのび、

 

今日に至るまでの

先人の努力に思いをはせ、

更なる国の発展を願う日です。

 

 

 

 

​例年であれば、

私は奈良県にある

 

橿原神宮(かしはらじんぐう)の

「紀元祭」へと足を運びます。

 

 

 

 

『日本書紀』に記された

建国の地、橿原。

 

 

ここは、

天照大神の末裔(まつえい)である

神武天皇が、

 

九州・高千穂からの

過酷な東征を経て

たどり着いた約束の場所です。

 

「平和な国を築く」という

不屈の志のもと、

 

畝傍山(うねびやま)の麓に

橿原宮が開かれたことで、

 

「日本」という国の

長い歴史が始まりました。 

 

 

 

 

この地で執り行われる

「紀元祭」は、

 

橿原神宮にとって

年間で最も重要な祭典であると同時に、

 

天皇陛下の御使いである

「勅使(ちょくし)」をお迎えする

「勅祭(ちょくさい)」でもあります。

 

 

​

勅祭とは、

古来より朝廷の崇敬が

極めて厚い神社に対し、

 

陛下からの

お供え物(幣帛へいはく)が

捧げられ、

 

御祭文が奏上される

格式高い儀式のこと。

 

 

 

 

現在、

この「勅祭」が執り行われるのは、

 

全国約8万社ある

神社の中でも、

わずか17社のみだそうです。

 

 

​

その中でも、

別格の存在とされる

 

「伊勢の神宮(伊勢神宮)」を除き、

 

「勅祭社」と

定められているのは、

以下の16社に限られています。

 

 

​

【勅祭社 16社】

​賀茂別雷神社(上賀茂神社/京都府)

​賀茂御祖神社(下鴨神社/京都府)

​石清水八幡宮(京都府)

​春日大社(奈良県)

​氷川神社(埼玉県)

​香取神宮(千葉県)

​鹿島神宮(茨城県)

​熱田神宮(愛知県)

​出雲大社(島根県)

​宇佐神宮(大分県)

​香椎宮(福岡県)

​橿原神宮(奈良県)

​平安神宮(京都府)

​明治神宮(東京都)

​近江神宮(滋賀県)

​靖國神社(東京都)

 

 

 

​ここ橿原の地が

いかに特別な場所として

守られてきたか。

 

 

その歴史の深さと重みを、

改めて感じずにはいられません。

 

 

 

 

​しかし

今年は叶わず、

 

地元の神戸にある

「生田神社」の紀元祭にて、

遥拝(ようはい)を行いました。

 

 

 

 

" 遥拝とは "

 

遠く離れた場所から

その方角に向かって拝むこと。

 

 

全国各地の神社で

紀元祭が執り行われ、

 

多くの人々が橿原の方角、

すなわち日本の原点に向かって

祈りを捧げました。

 

私もその一人として、

静かに手を合わせました。

 

 

 

 

​

​長い長い歴史の中で、

私たちの国、日本は

 

幾度となく大きな

困難や試練に直面してきました。

 

 

 

明治維新、

戦後復興、

高度経済成長。

 

 

 

その度に先人たちは、

勇氣と希望を持って立ち上がり、

 

社会変革を実現することで、

数多の国難を乗り越えてきました。

 

 

 

​

自由と民主主義を守り、

人権を尊重し、

 

法を貴ぶ

国柄を育て上げたその歴史。

 

 

 

今の我が国の発展は、

これまでの国民一人一人の

 

弛まぬ努力の

礎(いしずえ)の上にあります。

 

 

 

 

​折しも今年は、

昭和元年から起算して

満百年の節目の年です。

 

 

 

​激動の昭和、

戦禍や災害を乗り越え、

 

今日の日本の礎を

築かれた先人たち。

 

 

その不屈の

叡智(えいち)と努力を、

 

私たちは

受け継がねばなりません。

 

 

 

次代を担う若者が

日本の未来を信じ、

 

心から

「希望」を抱ける国へ。

 

 

 

 

この日本列島を、

より「強く、豊かな」ものへと

育んでいく。

 

 

 

日本の誇るべき国柄を、

未来を担う次の世代へと

しっかりと引き継いでいくこと。

 

 

 

 

それこそが、

現代(いま)を生きる

私たちの責務だと感じています。

 

 

 

​

​

 

橿原の杜(もり)に想いを馳せ、

来年こそはこの地で

祈りを捧げたく存じます。

 

​

その時まで、

一日一日を大切に。

 

 

今日よりまた、

合氣道の研鑽(けんさん)と

指導に邁進いたします。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-11 07:50:00

" 建国記念の日 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

今日は2月11日、

「建国記念の日」です。

 

 

「建国をしのび、国を愛する心を養う」

という趣旨の下に、

 

更なる国の発展を願う

国民の祝日です。

 

 

今日は

全国各地の神社で

「紀元祭(きげんさい)」の

祭典が執り行われます。

 

 

 

 

「紀元祭」とは、

初代天皇である神武天皇が

即位された日を祝い、

国の安泰を祈るお祭りです。

 

 

 

神武天皇が

お祀りされているのは、

 

奈良県の

「橿原(かしはら)神宮」。

 

 

 

​この日、

宮中や全国の神社では、

 

この橿原神宮の

方角に向かって拝礼する

 

「遥拝(ようはい)」が

行われます。

 

 

 

 

遠く離れていても、

想いをその場所へ馳せ、

深く頭を下げる。

 

 

 

これは、

私たちの国が始まった

「原点」を確認することでもあります。

 

 

​

 

 

​私たち

合氣道を学ぶ者にとっても、

 

この「遥拝」の心は

非常に通じるものがあります。

 

 

​

 

道場に入り、礼をする。

お互いに礼をする。

 

 

 

その所作の一つひとつは、

単なる形ではなく、

感謝と敬意の表現です。

 

 

 

 

​今日は「国の礎(いしずえ)」、

奈良の橿原の方角を意識してみましょう。

 

 

 

自分がいま

立っているこの場所と、

 

遥か昔から続く

歴史の原点が、

 

一本の線で

繋がっている感覚。

 

 

 

その繋がりを感じることで、

身体の軸(中心)もまた、

自然と整います。

 

 

 

​

​

「国を愛する心を養う」

という言葉。

 

 

 

 

「繋がりを大切にする心」

 

 

 

​先人との繋がり、

自然との繋がり、

そして目の前の稽古相手との繋がり。

 

 

 

相手と争うのではなく、

和合する。

 

 

 

 

その合氣道の精神

そのものが、

 

日本の風土が育んだ

「和の心」であり、

 

国を愛することの

実践だと私は思います。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-10 03:28:00

" 【古を歩く】 伝説の武将が歩いた道。 綱の手引坂 編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)次候

 

七十二候

第ニ候 黄鴬睍睆(うぐいすなく)

2月9日~13日ごろ。

春告鳥(はるつげどり)とも呼ばれる

ウグイスが、春の到来を告げるように

山里で鳴き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​【いにしえ を あるく】 でんせつ の ぶしょう が あるい た みち。 つなのてびきざか  へん 』

 

 

 

 

 

※前回の記事はコチラ

 

​

さて、お正月の東京出張

坂道巡りの続きです。

 

 

​

東京という街は、

コンクリートのジャングルの

ように見えて、

 

一歩路地に入ると

江戸の骨格が

 

そのまま

残っていることに驚かされます。

 

 

 

​以前から、

私がどうしても訪れたかった場所。

 

 

 

それが

港区三田 (みた) にある

 

「綱の手引坂(つなのてびきざか)」です。

 

 

​地下鉄都営三田線三田駅、

JR田町駅から徒歩約3分ほど、

 

港区三田一丁目四と

二丁目六の間にある坂道です。

 

 

 

平安時代の勇猛な武将、

源頼光の四天王の一人である

 

「渡辺綱(わたなべのつな)」に

由来するこの坂。

 

 

 

渡辺綱は

鬼の腕を切り落としたなど、

 

英雄伝説として

名を残した武将ですね。

 

 

 

この「綱の手引坂」という

ユニークでインパクトのある

坂名の由来は、

 

彼がこの地で生まれ、

幼少の綱が、

 

姥に手を引かれて

この坂を行き来したことから

名付けられたとか。

 

また「姥坂(うばざか)」と

呼ばれていたという説もあります。

 

 

 

​

大都会 東京の真ん中、

オーストラリア大使館、

綱町三井倶楽部の道沿いに

ひっそりと佇むこの坂道。

 

 

 

 

一歩足を踏み入れると、

そこだけ空氣が

凪 (な) いでいるような、

不思議な静けさがありました。

 

 

 

​

その静かな坂道を

ただ景色を眺めて

歩くのではありません。

 

 

 

 

かつて

この急坂 (きゅうはん) を、

 

踏みしめた

人々の身体感覚を想像するのです。

 

 

 

​

現代の私たちが履く靴は、

特に指先に意識を置かなくても

脱げることはありません。

 

 

 

しかし、

その結果、

 

私たちの姿勢が

踵よりの不安定な姿勢を

 

作り出した原因でもあると、

私は思っています。

 

 

 

 

 

話を元に戻すと、

 

当時の

雪駄や下駄、

草鞋といった履物は

 

常に指先に意識がなければ

簡単に脱げてしまう。

 

 

 

おそらく、

臍下の一点を据え、

重力に逆らわず、

 

全身の重みが

自然と軽く母趾球にかかり

大地を踏みしめていたはず。

 

 

​

 

 

そして何より、

この「手引き」という名前。

 

 

 

 

これこそ、

人生にも合氣道にも通じる

極意ではないかと感じ入りました。

 

 

 

 

​馬であれ、鬼であれ、

何かを「引く」時。

 

力任せに引っ張れば、

相手は抵抗し、綱は切れます。

 

 

 

相手の心を感じ、

氣を合わせ、

 

抵抗させないように

導くことで

 

はじめて、

重いものも動かすことができる。

 

 

 

​まさに「導き」です。

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら、

私たちがこの急坂を下っていた、

ちょうどその時のことです。

 

 

 

​一台の自転車が

風のように私たちを追い抜き、

坂を下っていきました。

 

 

お母さんです。

 

続いて、

小学低学年くらいの男の子が、

 

小さな自転車で

一生懸命に後を追っていきます。

 

 

 

​先を行くお母さんは、

坂の下まで降りきったところで

自転車を止め、

 

振り返って

じっとお子さんを待っていました。

 

 

 

やがて

追いついた少年と、

 

ふたこと三こと、

言葉を交わす二人。

 

 

 

 

お母さんの眼差しが、

見えない糸で

少年をふわりと引き寄せ、

 

安全な場所へと導いた、

そんな温かな光景でした。

 

 

 

 

 

二人はまた軽やかに、

ペダルを漕いで

走り去っていきました。

 

 

 

​その

あまりに自然な阿吽の呼吸。

 

 

 

 

隣で

案内をしてくれていたお弟子さんと、

思わず顔を見合わせました。

 

 

 

​

「まるで、姥(うば)が幼い綱の手を引いているようですね…」

 

 

 

​

一千年の時を超え、

目の前の親子の姿が、

 

この坂の名の由来と

完全にリンクした瞬間でした。

 

 

 

 

形は見えずとも、

そこには確かな

「手引き (導き) 」があった。

 

 

 

 

古の伝説が、

現代の日常の中にふと蘇る。

 

 

その不思議な巡り合わせに、

私たちは静かな感動を

覚えずにはいられませんでした。

 

 

 

 

​何百年、何千年も前の

武将、侍、庶民が、

 

この坂で何を感じ、

どう「心と身体」を使っていたのか。

 

 

 

 

石垣の苔や、風、

場に流れる氣、

足裏から伝わる地面の凹凸。

 

 

 

そういった情報

すべてを五感で受け止めること。

​感性を磨くこと。

 

 

 

​道場の畳やマットの上だけが

稽古場ではありません。

 

 

 

 

歴史ある坂道を歩き、

先人の息吹に

耳を澄ませることもまた、

 

合氣の心を養う

大切な時間なのだと、

この坂は教えてくれました。

 

 

 

​

皆さんも、

近くにある「古」を探して

歩いてみてはいかがでしょうか。

 

 

きっと、

新しい感性が開くはずですよ。

 

 

 

 

 

 

さて、

次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-09 03:50:00

" 喝采の影にある「一憂」に、心を澄ませているか "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)次候

 

七十二候

第ニ候 黄鴬睍睆(うぐいすなく)

2月9日~13日ごろ。

春告鳥(はるつげどり)とも呼ばれる

ウグイスが、春の到来を告げるように

山里で鳴き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​かっさい の かげ に ある「いちゆう」に、こころ を すませて いる か 』

 

 

 

 

 

先の衆議院選挙。

 

 

街頭で候補者の演説に

耳を傾ける機会がありました。

 

 

​

候補者は、

自分の信じる正義を、本心を、

 

全身全霊で

聴衆に向けて熱弁していました。

 

 

 

その氣迫に呼応するように、

集まった大勢の支持者からは

 

「そのとおりだ!」と

大きな拍手が湧き起こる。

 

 

 

熱狂と一体感。

 

 

 

その場は、

強烈な「陽」のエネルギー (氣) に

満ちていました。

 

 

​

 

しかし、

ふと周囲を見渡した時です。

 

 

 

 

大勢が「一喜」するその隣で、

複雑な心境で

 

その話しを聞いている

人の姿が目に留まりました。

 

 

 

昨今、社会問題になっている

大声で叫びながら

 

演説の妨害をする輩とは

明らかに違う。

 

 

 

 

 

真剣にその候補者の話を聴いて、

 「それは少し違うのではないか」

 

 

言葉には出さずとも、

その表情、立ち姿からは、

 

周囲の熱狂とは異なる

「一憂」の氣配が漂っていました。

 

 

​

 

ごく少数かもしれない。

 

たった一人かもしれない。

 

 

 

 

でも、

その人が抱える違和感もまた、

 

その人にとっては

紛れもない真実なのです。

 

 

 

 

​場が熱狂に包まれた

拍手喝采の中で、

 

 

ふと空を見上げると、

 

 

 

 

「こういうことにも、

きちんと心を向けなさいよ」

 

 

 

 

そう、天地が

私に教えてくれたように感じました。

 

 

 

 

​

私たちが生きる

この世の中は「相対的」な世界です。

 

 

 

 

合氣道では一つの技で

 

入身(いりみ)と

転換(てんかん)という

 

二通りの投げ方を学びます。

 

 

 

それを

「表(おもて)」と「裏(うら)」と

呼ぶように、

 

物事には必ず両面があります。

 

 

 

 

強い光が当たれば、

必ず濃い影ができる。

 

 

プラスがあれば、

マイナスがある。

 

 

 

 

そのどちらか一方が

正しいのではなく、

 

日なたも日陰も、

どちらもが等しく「世界の真実」です。

 

 

 

​

 

どうしても私たちは、

自分に賛同してくれる人、

 

拍手を送ってくれる

「光」の側に心を奪われがちです。

 

 

 

 

けれど、

合氣道の求道者として、

あえて問いたい。

 

 

 

 

熱狂の中で

かき消されそうになる、

 

その小さな「一憂」に、

どれだけ寄り添うことができるだろうか。

 

 

 

​

それはとても難しいことです。

 

 

 

 

さはさりながら、

難しいからこそ、

 

その微かな氣配にも心を配れる

「心の余裕」が必要なのだと思います。

 

 

 

 

​大勢の拍手よりも、

一人の沈黙に耳を澄ませる。

 

 

 

 

そんな自分への戒めを、

選挙の喧騒と2月の冷たい風の中で、

強く感じた一週間でした。

 

 

 

 

​

道場での稽古も同じです。

 

 

 

 

投げと受け。

 

 

 

その目に見える

表層的なことだけでなく、

 

その奥に隠された

部分まで包み込めるような、

 

そんな『ぼくらの合氣道』を

共に探求していきたいものです。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝