2026-02-20 03:27:00

" ゲストとスタッフは対等。元谷外志雄氏の「ブレない信念」に学ぶ "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)初候

 

七十二候

第四候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

2月19日~23日ごろ。

 

雨が降り、

乾いていた大地がしっとりと潤い始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​げすと と すたっふ は たいとう。もとやとしお し の「ぶれない しんねん」に まな ぶ 』

 

 

 

 

 

​出張や遠征、

各地での宿泊において、

 

私は決まって

「アパホテル」を利用している。

 

 

 

目的地のアパホテルが

満室で

 

どうしても

予約が取れないときを除き、

 

私の選択肢は

常にアパホテルです。

 

 

​

 

もともとは

友人から

 

「アパホテルが良いよ」と

勧められたのが

きっかけでした。

 

 

 

実際に

宿泊してみると、

 

部屋の清潔さ、

備品の充実度、快適さ、

 

そして

季節や利用日次第では

リーズナブルな価格設定において、

 

すべてが

十二分に満足できるものでした。

 

 

​

しかし、

他のホテルと

決定的に異なり、

 

私が強く惹きつけられた

ものがあるのです。

 

 

 

それは、

各部屋のデスクに

そっと置かれている

 

数冊の書籍

アパグループ創業者であり会長の、

 

元谷外志雄(もとや・としお)氏の

著書です。

 

 

​

 

去る2月11日、

その元谷外志雄氏が

お亡くなりになったという

 

ニュースが

私の目に飛び込んできました。

 

 

​

命あるものは、

いつか必ず死す。

 

 

その理(ことわり)は

深く承知しているつもりでした。

 

 

 

しかし、

「日本人として、どう生きてゆくのか」

 

それを

日本のみならず

 

世界に向けて

広く発信し続けられた方が

 

お亡くなりに

なられたことは

とても残念な思いです。

 

 

 

また、

氏が旅立たれた

 

2月11日が

「建国記念の日」で

あったという事実は、

 

決して

単なる偶然とは

到底思えません。

 

 

​

 

「日本の誇りと尊厳を取り戻し、未来の日本を良くしよう」と、

 

 

生涯をかけて

並々ならぬ

尽力をされた方が、

 

よりによって

この日本国が

始まったとされる日に

この世を去る。

 

 

 

そこに私は、

氏がご自身の

「天命を全うされた」のだという、

 

目に見えない

深い運命を

感じずにはいられません。

 

 

​

元谷外志雄氏の

偉大な業績に対し、

 

「魂からありがとうございました」と、

 

深甚(しんじん)なる

尊崇(そんすう)の念を表したい。

 

 

​

 

 

■ ゲストとスタッフは「対等」。

武道にも通じるアパのコンセプト

 

 

 

​アパホテルには、

確固たるコンセプトがあります。

 

 

 

それは

「ゲストとスタッフは対等であり、互いに誇りを持つ」

ということです。

 

 

 

​

「お客様は神様だ」と

言わんばかりの

 

過剰な

へりくだりはしない。

 

 

不要なサービスは

削ぎ落とし、

 

その代わり

「本当に必要なサービス」を

 

極めて高い

クオリティで

きちんと提供し、

プライバシーを尊重する。

 

 

 

 

「ゲストの時間を奪ってはいけない」という

アパホテルの理念。

 

 

 

 

その一例が

 

スマートフォンのアプリから

QRコードをかざすだけの

1秒チェックイン。

 

 

また、

客室の枕元に

 

照明スイッチ、

コンセント(USBポート含む)を

集中配置していること。

 

 

 

スタッフは

誇りを持って

心地よいおもてなしをし、

 

ゲストもまた

誇りを持って宿泊し、

 

「つぎも、そのつぎもアパホテル」を

選びたくなる。

 

 

​

この

「互いに尊重し合い、対等な関係を築く」

 

という姿勢は、

 

まさに

武道における

 

「自他尊重」や

「礼節」の在り方に

 

深く通じるものがあると

私は思います。

 

 

​

 

 

 

ところで昨今、

高市総理が国会答弁で

 

「存立危機事態になり得る」と

答弁したことに対し、

 

中国が強く反発する

事態が起きています。

 

 

 

その結果、

日本を訪れる

中国人観光客は激減し、

 

今や東京や

京都の街中であっても、

 

その姿を

ほとんど

見かけなくなりました。

 

 

 

​でも、

私はそれより

ずっと以前から、

 

アパホテルで

中国人観光客を

見かけたことが一度もないのです。

 

 

​

その理由は、

2017年に起きた

一つの出来事に遡ります。

 

 

 

先述した

客室に置かれている

 

元谷氏の著書

(近現代史に関する歴史観や、南京事件への見解などが記されたもの)

に対し、

 

中国のSNSで

批判が起き、

 

「本の撤去を要求する」

という事態に。

 

それが

中国政府を

巻き込む大騒動へと発展。

 

 

中国政府機関は

国内の旅行会社に対し、

 

アパホテルの利用を

全面的に禁止する

措置をとったのでした。

 

 

その内容は

アパグループ公式サイト 

コチラからご覧いただけます。

 

 

 

 

​通常の企業であれば、

不買運動や

激しい圧力に屈し、

 

目先のインバウンド利益を

守るために

 

本を撤去して

謝罪する道を

選ぶかもしれません。

 

 

しかし、

元谷氏とアパホテルは違った。

 

 

 

「自らの歴史観に基づく信念」を

貫き通し、

 

本の撤去を

断固として拒否したのです。

 

 

 

​

利益よりも、

自らの信念と誇りを貫く。

 

 

 

結果として

中国人観光客の

予約は途絶えたが、

 

そのブレない姿勢に

共感した

 

日本国内の

ビジネスパーソンや

 

世界各国の

旅行者からの

 

圧倒的な支持を集め、

アパホテルは

過去最高の業績を叩き出した。

 

 

 

​

今でこそ

国と国との関係から

 

中国人が

日本の街から

姿を消していますが、

 

 

アパホテルは

はるか以前から、

 

自らの信念によって

その状況を迎え入れ、

 

そして

それに打ち勝っていたのです。

 

 

 

私がアパホテルを

支持するのも、

 

根底に

この「圧倒的な芯の強さ」が

 

あるからなので

ありまする。

 

 

 

​

 

■ アパ日本再興財団と、

我が合氣道琴心館寺崎道場の

「同じ志」

 

 

​

 

 

元谷氏の信念は、

ホテル事業の枠に収まりません。

 

 

氏が2012年に

私財を投じて設立した

 

「公益財団法人 アパ日本再興財団」の

存在をご存知でしょうか。

 

 

 

​この財団は、

「誇れる国、日本」の

再興を目指して活動しています。

 

 

 

 

真のグローバル人材とは、

単に外国語が話せる

人間ではなく、

 

 

「祖国の正しい歴史や

文化を深く学び、

それを堂々と

海外に向けて発信できる人材」である

 

 

という

理念のもと、

 

「真の近現代史観」

懸賞論文の主催や、

 

社会人を対象とした

学びの場「勝兵塾」の

運営などを行っています。

 

 

 

​

不肖、私が

主宰する

合氣道琴心館寺崎道場も、

 

単に

合氣道の「技」を

教えることのみを

目的とはしていません。

 

 

 

​

正しい

歴史観や

国家観を学び、

 

未来を担う

子どもたちが

 

日本という国に

深い誇りを持つこと。

 

 

そして、

世のため、

人のため、

 

広く社会のために

役立つ人材を

育成することこそが、

 

我が道場の

真の目的なのであります。

 

 

 

 

​そういう

意味において、

 

誠に

僭越ではございますが、

 

 

私たちは

元谷外志雄氏と

「志を同じくしている」と

確信しています。

 

 

 

 

自国の歴史と

伝統に誇りを持ち、

 

世界に対して

堂々と胸を張る。

 

 

 

これは、

日本発祥の武道である

合氣道を

 

国内外に伝える

我々、指導者にとっても、

 

決して

忘れてはならない

精神ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

​肉体は滅びても

元谷外志雄氏が

遺した

 

「誇り」と「信念」は、

 

アパホテルの

各部屋で、

 

そして

私たちのような

同じ志を持つ

 

日本人の

心の中で、

 

これからも

生き続けることでしよう。

 

 

 

 

「建国記念の日」に

天命を全うされ、

天に召された

 

その威風堂々たる

お姿に、

改めて敬意を表します。

 

 

​

合掌。

 

 

 

 

 

今週もありがとうございました。

良い週末と三連休を。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-19 03:55:00

" 慶應の杜を抜けて、古の防衛ラインを歩く【安全寺坂】編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

雨水(うすい)初候

 

七十二候

第四候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

2月19日~23日ごろ。

 

雨が降り、

乾いていた大地がしっとりと潤い始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​けいおう の もり を ぬけ て、いにしえ の ぼうえい らいん を ある く【あんぜんじざか】へん 』

 

 

 

 

 

二十四節氣は

「立春」から「雨水」へと移りました。

 

雪や氷が解けて水になり、

雪が雨に変わるころ。

 

 

「三寒四温」の言葉が

ぴったりの季節ですね。

 

暖かい日差しに

春の訪れを予感したかと思えば、

 

翌日には真冬のような

寒さに震えることもあり、

 

体感温度のギャップに

驚かされます。

 

 

​日を追うごとに

春めいてまいりますが、

 

この時期特有の

激しい寒暖差は

身体にこたえるものです。

 

どうぞ健やかに

お過ごしいただけるよう、

体調管理には十分ご留意ください。

 

 

​

 

さて、

昨日のブログでは

 

慶應義塾大学 三田キャンバスの

歴史ある学食「山食」へ

向かったお話でした。

 

 

その続きです。

 

一つ前のエントリーは こちら 。

 

 

 

慶應義塾大学「山食」の

​ハヤシライスの

​余韻に浸りながら、

 

​私たちは

​学食を後にしました。

 

 

​そのまま

​慶應義塾大学の正門を出て、

​すぐ西側へ。

 

 

​立ち寄ったのは、

​「慶應義塾大学 三田インフォメーションプラザ」。

 

 

​

ここは、

​慶應義塾の公式グッズなどが

​販売されている場所です。

 

 

 

山食のハヤシライスも

とても美味しかったのですが、

 

お目当ての

「山食カレー」にはありつけなかった。

 

 

​

せっかくの機会、

​ここでお土産として

 

​「レトルトの山食カレー」を

購入しました。

 

 

 

​余談ですが、

​この「山食カレー」は

 

慶應義塾

公式グッズオンラインストア でも

​購入できます。

 

​氣になる方は、ぜひ。

 

 

 

​

お土産を手に持ち、

 

​私たちは目の前の大通り

​桜田通りを渡ります。

 

 

​その向こう側。

 

 

 

​そこに、

​今回のお正月の

​東京出張における

 

​港区エリア、

​最後の目的地となる

​坂道がありました。

 

 

 

 

​その名は、

​「安全寺坂(あんぜんじざか)」。

 

 

​安珍坂、安楽寺坂、安泉寺坂とも

​書かれたことが

あるそうですが、

 

 

​その名の由来は、

​江戸時代初期、

 

​この坂の西側に

​「安全寺」というお寺が

​あったことにちなみます。

 

 

 

 

​一歩、

​その坂道に

​足を踏み入れると、

 

​先ほどまでの

​大学の活氣や

 

​大通りの喧騒が

​嘘のように静まり返り、

 

 

​そこには

​独特の静寂な「氣」が

​流れていました。

 

 

 

​

​ふと、

​このエリアの地図を

頭に思い描いてみます。

 

 

​

この周辺には

たくさんの

寺院が点在しています。

 

 

​なぜ、

​この地にこれほど多くの

​寺院が集まっているのか?

 

 

​

江戸の坂道歩きの

水先案内人、

 

慶應義塾大学 塾員である

頼りになる日本女子の話によると、

 

それは単なる偶然ではなく、

​江戸幕府による

​「意図」があったと言われています。

 

 

 

​

東海道から

​江戸に入る玄関口である

​この「三田・高輪」エリア。

 

 

 

​万が一の事変の際、

 

​頑丈な石垣や

​広い境内を持つ寺院を配置することで、

 

​江戸城を守る

​「防衛ライン」としての役割を

​持たせていたのだとか。

 

 

​

 

つまり、

​この坂道に流れる

​あの深い静寂は、

 

 

​かつて

​江戸を守ろうとした

 

​「祈り」と「武」の氣が

​作り出しているもの

なのかもしれませんね。

 

 

​

 

かつて

「安全寺」という寺院が

あったとされる

​この細い坂道。

 

 

 

それはまるで、

​結界の中を

​歩いているかのよう。

 

 

 

 

​合氣道において、

​「場」の氣を感じることは

​とても大切です。

 

 

 

​ただ静かなだけではない。

 

 

 

​そこには、

​数百年もの間、

 

​この地を護ってきた

​重厚な「意志」が満ちています。

 

 

 

 

​その

​古(いにしえ)の「残心」に

​触れることで、

 

​私たちの

​背筋も自然と伸び、

 

​呼吸が深く整っていくのを

​感じました。

 

 

 

 

 

このすぐ近くには、

 

おそらく

東京の坂道では

一番有名であろう

 

​三田の「幽霊坂」があり、

 

​古刹(こさつ)の並ぶ

「聖坂」、「蛇坂」。

 

​

さらに

足を延ばせば、

 

​白金、高輪地区には

 

​有名な「伊皿子坂」や

「魚籃坂」など。

 

 

由緒ある坂道が

多く点在しています。

 

 

 

一氣に歩きたい

ところではありましたが、

 

 

​

この

​「安全寺坂」をもって、

 

​今回の東京出張での

港区の坂道巡りは

​一区切りとなります。

 

 

​

 

江戸の南の守り、

​三田の寺町を抜けて。

 

 

 

​私たちの坂道巡りは、

​いよいよ

​江戸の中枢へ。

 

 

 

​後日訪れた

​新宿区、千代田区の

 

坂道へと

​続いていきます。

 

 

 

 

​場所が変われば、

​そこに流れる「氣」もまた

​変わるもの。

 

 

​次なる古(いにしえ)との対話を

​楽しみに。

 

 

 

さて、

次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

​過去の坂巡りのエントリーはコチラから

↓↓↓

雁木坂 中坂 檜坂 狸坂 冬青木坂

七面坂 二合半坂 狸穴坂 乃木坂

大黒坂 鳥居坂 一口坂 本氷川坂

芋洗坂 饂飩坂 永坂 於多福坂 鼠坂

植木坂 日向坂 神明坂 綱の手引坂

綱坂

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-18 03:20:00

" ​道場を離れて学ぶ「氣の流れ」。慶應OGと行く伝統の学食 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)末候

 

七十二候

第三候 魚上氷(うおこおりをいずる)

2月14日~18日ごろ。

 

冬の間、氷の下で静かにしていた魚たちが、

暖かさを感じて割れた氷の間から

飛び跳ねたり、

水面近くに顔を出し始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​​どうじょう を はなれ て まな ぶ「き の ながれ」。けいおう OG と ゆく でんとう の がくしょく 』

 

 

 

 

 

前の エントリー の続きになります。

​

麻布台ヒルズの

近代的な風景を背に、

 

私たちは

いくつかの江戸から続く

坂道を巡りました。

 

 

「綱の手引坂」、

そして「綱坂」を下り、

 

向かった先は

この坂の裏手に位置する

「慶應義塾大学 三田キャンパス」です。

 

 

​

ここ慶應義塾には、

合氣道琴心館寺崎道場に通う

 

数名のお弟子さん方が

塾生と塾員であり

 

また現在、私の家族が

学んでいる場所でもあることから、

 

少なからず

ご縁を感じる場所です。

 

 

 

そして、

この日、私を導いてくれた

 

お弟子さんも

その内の一人であり、

 

この学舎(まなびや)と

深く繋がっている人物です。

 

 

​

 

その日本女子は

合氣道琴心館寺崎道場

「江戸から続く由緒ある東京の坂道巡り同好会」

の一員であり、

 

麻布台教室を

主宰している指導者でもあります。

 

 

そして

慶應義塾大学文学部を卒業した

「塾員(卒業生)」でもあります。

 

 

慶應義塾では、

卒業生を親しみを込めて「塾員」、

在学生を「塾生」と呼ぶのですね。

 

 

​

港区が地元である彼女は、

この界隈の坂道巡りにおいて

非常に頼れる水先案内人です。

 

 

 

今回も事前に

私の体力等も考慮し、

最適なルートを提案してくれました。

 

 

 

歴史に名を残す

著名人の邸宅跡の解説から、

 

芸能ニュース、週刊誌

顔負けの裏話、

 

そして

ご自身の青春時代の思い出話まで。

 

 

この日本女子の話は

尽きることがありません。

 

 

 

​

合氣道には、

相手の「氣」を感じ取り、

 

尊重することで、

互いに導き、

導かれるという極意があります。

 

 

 

そして

そこには必ず、

 

澱みのない

「氣の流れ」が存在します。

 

 

​

彼女が作り出す

その心地よい「流れ」に任せる。

 

 

 

先を行く、

この日本女子の全身から

発せられる、

 

楽しげで

弾むような「氣」。

 

 

 

それに合わせ、

同調して歩むと、

 

不思議なことに

見慣れたはずの

この三田(みた)の街の景色が

 

いつもより鮮やかに、

色彩を帯びて

目に飛び込んでくるのです。

 

 

 

相手の氣の流れを尊重し、

素直に導かれること。

 

 

 

これもまた、

道場の外で行う

合氣道の稽古の一環と言えるでしょう。

 

 

 

 

​そんな

温かな調和の中で

辿り着いたのは、

 

慶應義塾大学の学生食堂、

「山食(やましょく)」です。

 

 

 

実は以前から、

ここの名物である

 

「山食カレー」を是非また

食したいと

願っていました。

 

 

 

​

この「山食」、

創業はなんと昭和12年(1937年)。

 

 

まもなく90年を

迎えようかという、

長い歴史を持つ食堂です。

 

 

 

しかし近年、

この老舗もコロナ禍の影響を

大きく受け、

存続の危機に瀕しました。

 

 

 

その時、

「学生時代の思い出の味を無くしてはならない」と

 

立ち上がったのが、

全国の「塾員」たちでした。

 

 

 

​クラウドファンディングで

集まった支援総額は、

なんと43,232,000円。

 

 

 

 

目標を遥かに上回る

この数字は、

 

いかに

この食堂が愛されているか、

 

 

そして

塾生、塾員たちの

 

結束という「氣」が

 

いかに強固であるかの

証明に他なりません。

 

 

 

彼らの熱意によって、

「山食」はその危機を見事に乗り切り、

 

今もこうして

伝統の釜を守り続けているのです。

 

 

 

​そんな人々の

想いが詰まった食堂で、

 

私たちは

食券を買い、お盆を手に取り

カウンターへ並びました。

 

 

 

残念ながら、

訪れた日は

お目当てのカレーはお休み。

 

 

 

少々、

残念な氣はしましたが、

 

代わりにメニューにあった

「山食ハヤシライス」を

 

セルフサービスで

受け取り、席へと運びました。

 

 

 

 

​テーブルに置き、

ハヤシライスと向き合います。

 

シンプルながらも

食欲をそそる香り。

 

 

 

ハヤシライス430円、

サラダ150円。

 

そして

ここに来たら外せない

名物のパイナップルは120円。

 

 

 

 

多くの塾員、塾生の

支援によって

護られたこの場所で、

 

変わらぬ味を

この価格で提供し続けていることには、

 

ただただ

頭が下がる思いです。

 

 

 

​「いただきましょう」と

席を勧められ、

 

差し出された

この日本女子の手には、

 

道場での

凛とした姿とはまた違う、

 

柔らかな氣遣いが

感じられました。

 

 

 

​お腹も満たされ、

足取りも軽く。

 

 

 

 

さて、

次はどんな「氣の流れ」が、

 

私たちを

どの坂道へと

導いてくれるのでしょうか。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-17 03:04:00

" 鬼を斬った武人の魂。「綱町」に眠る千年の記憶【綱坂】編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)末候

 

七十二候

第三候 魚上氷(うおこおりをいずる)

2月14日~18日ごろ。

 

冬の間、氷の下で静かにしていた魚たちが、

暖かさを感じて割れた氷の間から

飛び跳ねたり、

水面近くに顔を出し始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​おに を きった ぶじん の たましい。「つなまち」に ねむ る せんねん の きおく【つなざか】へん 』

 

 

 

 

 

2月10日の

ブログからの続きです。

 

この記事の

エントリーはコチラから。

 

 

​

お正月の東京出張。

 

 

稽古の合間の

「江戸から続く東京の由緒ある坂道巡り」

 

 

 

出発点は、

東京の「今」を象徴する麻布台ヒルズ。

 

 

空を突くような

最新鋭のビル群に背を向け、

 

私たちは古地図をなぞるように

歩き出しました。

 

 

 

​目指すは、「江戸」、

いや「平安」の記憶が残る場所です。

 

 

 

​

鼠坂、植木坂、日向坂、神明坂。

 

 

 

​次々と現れる

坂道を巡っていきます。

 

 

 

 

港区 麻布台から

三田(みた)という街は、

 

これほどまでに

起伏に富んでいるのかと

驚かされます。

 

 

 

坂の名前の一つひとつに、

かつてそこに暮らした

 

人々の生活や、

風景の断片が

閉じ込められているようです。

 

 

​

そして、

「綱の手引坂(つなのてびきざか)」へ。

 

 

なんとも謎めいた

名前の坂を経て、

 

辿り着いたのが

今回の目的地

「綱坂(つなざか)」です。

 

 

​

慶應義塾大学の裏手に

ひっそりと佇む、この「綱坂」は

 

前回の「綱の手引坂」と

同様に

 

平安時代の武将、

渡辺綱(わたなべのつな)に

由来します。

 

 

 

 

羅生門で

鬼の腕を切り落とした

 

鬼退治の伝説で知られる、

源頼光四天王きっての剛の者。

 

 

この地は彼が生まれた場所とも、

屋敷があった場所とも

伝えられています。

 

 

 

​また、

この辺りはかつて

 

「三田綱町(みたつなまち)」と

呼ばれていたそうです。

 

 

 

坂のすぐそばには、

鹿鳴館の設計者としても知られる

 

ジョサイア・コンドル設計の

「綱町三井倶楽部」が、

その優美な姿を見せています。

 

 

 

​

「綱坂」、「綱の手引坂」、そして「綱町」。

 

 

 

​

麻布台ヒルズの

圧倒的な「高さ」と「新しさ」を

見た直後だったからでしょうか。

 

 

 

 

この一帯に

足を踏み入れた時、

強烈なコントラストを感じました。

 

 

 

 

​現代の景色は

コンクリートに覆われていても、

 

この急な勾配と、

土地に刻まれた「綱」の名は、

 

千年前から変わらず

ここに在り続けています。

 

 

 

 

都市開発によって

建物がどれだけ変わろうとも、

 

地名そのものが持つ

「記憶」は消え去りません。

 

 

 

 

​現代の地図の中に、

武勇を誇った一人の武人の魂が、

 

地名という形をとって

今なおこの地を

護っているかのようです。

 

 

 

​

合氣道においても、

目に見える動き以上に、

 

その奥にある

「見えない流れ」や「氣配」を

察知することが重要です。

 

 

​

 

最新の街並みを抜け、

坂という結界を越えて、

古(いにしえ)の伝説に触れる。

 

 

 

これこそが、

東京という街の深みであり、

 

古を歩く

醍醐味なのだと感じました。

 

 

 

 

​先人の残した足跡は、

目には見えずとも、

確かにそこに在るのですね。

 

 

 

さて、

次はどの坂が、

私たちを待っているのでしょうか。

 

 

 

 

​古の江戸を歩く旅、

まだまだ続きます。

 

 

 

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝

2026-02-16 03:44:00

" 万物は流転する――雪景色から水温む春、三寒四温の稽古場にて "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いします。

 

 

本日は、二十四節氣

立春(りっしゅん)末候

 

七十二候

第三候 魚上氷(うおこおりをいずる)

2月14日~18日ごろ。

 

冬の間、氷の下で静かにしていた魚たちが、

暖かさを感じて割れた氷の間から

飛び跳ねたり、

水面近くに顔を出し始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 ​​​ばんぶつ は るてん する――ゆきげしき から みずぬるむ はる、さんかんしおん の けいこば にて 』

 

 

 

 

 

​" 板の間で知る、春の足音 "

​

 

暦は七十二候の

「魚上氷(うおこおりをいずる)」を

迎えました。

 

 

氷が割れ、

そこから魚が跳ねる時期。

 

まさにその通りの変化を、

肌で感じる土日でしたね。

 

 

​

昨日の2月15日、日曜日の稽古。

 

 

 

場所はいつもの道場マットではなく、

フローリングの稽古場でした。

 

手にしたのは「杖(じょう)」。

 

 

朝から氣温はぐんぐん上がり、

15度を超えていました。

 

 

 

数回、

型稽古で杖を振っただけで、

額には汗が滲むほど。

 

 

窓から入る風も、

どこか温かみを

帯びた春の匂いがしました。

 

 

 

​

​ふと、

ちょうど一週間前のことを

思い出しました。

 

 

 

 

先週の日曜日も、

同じこの場所で杖を振っていたのです。

 

 

 

​しかし、

その日は神戸には珍しく、

朝から雪が積もる一日でした。

 

 

 

 

フローリングの床は、

裸足の裏が痛くなるほどに

冷え切っていました。

 

 

 

けれど、

子どもたちは寒さなどお構いなし。

 

 

 

稽古場の窓を

ガラリと開け放ち、

 

「キャーキャー」と歓声を上げて

雪景色に目を輝かせていました。

 

 

 

​あの日、

足裏から突き刺さる

ようだった冷氣が、

 

たった七日で

汗ばむ陽氣に変わる。

 

 

 

そしてまた、

今週前半は

 

最低氣温が一桁の

寒い日が

二、三日続く予報。

 

 

 

 

まさに

「三寒四温」。

 

 

 

行きつ戻りつしながら、

季節は劇的に動いていますね。

 

 

​

 

 

​一週間で

景色がこれほど変わるのです。

 

 

 

私たち自身の身体が

変わっていないはずがありません。

 

 

 

​人間の身体を構成する

多くの細胞は、

 

日々、古いものが死に、

新しいものが生まれています。

 

 

 

 

生物学的にも、

 

「先週、足裏が凍てついていた私」と

「昨日、汗を流して杖を振った私」は、

 

厳密には別の存在とでも言いますか…

 

 

 

​

" 地球は回り続け、万物は流転する "

 

 

 

 

決して

止まることはありません。

 

 

 

私たちの命もまた、

その大きな流れの中にあります。

 

 

 

合氣道の稽古も同じです。

 

 

 

 

「今日は技が冴えた」

「昨日はうまくいかなかった」という

 

過去の感覚に

居着いて(固執して)しまえば、

 

今の動きは冴えず、

心身は淀んでしまいます。

 

 

​

 

日々新しく

入れ替わる細胞のように。

 

今の季節の

移ろいのように。

 

氷を割って

天へ跳ねる魚のように。

 

 

瑞々しい心と身体で

稽古に向き合いたいものです。

 

 

 

​

春はすぐそこ。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝