今日の一言 2026-03-24 (火)
道場長の一日一心 " 「遠山の目付」で歩む。江戸城を護った千代田区番町の坂道巡り【南法眼坂】編 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
春分【しゅんぶん】初候
七十二候
第十候 雀始巣【すずめはじめてすくう】
3月20日~24日ごろ。
すずめが巣を作り始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 「えんざん の めつけ」で あゆむ。えどじょう を まもった ちよだく ばんちょう の さかみち めぐり【みなみほうげんざか】へん 』
昨日3月23日の投稿、
千代田区の「行人坂」に続き、
(エントリーはコチラ)。
本日も
合氣道琴心館寺崎道場の
「江戸の坂道巡り同好会」が
向かった
次の由緒ある坂道、
「南法眼坂(みなみほうげんざか)」での
散策紀行をお届けいたします。
東京出張の折、
稽古の合間を縫って
江戸の古(いにしえ)を歩く
この時間は、
私にとって
歴史の息吹と対話する
至福のひとときです。
今回歩いた
千代田区 番町(ばんちょう)界隈は、
かつて
江戸城の西側を護る要衝として、
将軍直属の武士である
「旗本」たちが
屋敷を構えていた場所です。
東郷坂から行人坂、
そして
この「南法眼坂」へと続く
一本の坂道は、
なだらかな道と急坂という
緩急のある連続した
起伏に富んだ地形となっています。
「南法眼坂」は、
江戸時代の地誌
『紫の一本(むらさきのひともと)』に
「斎藤法眼という人の屋敷、この坂のきわにあり」と
記されているのが
名の起こりのようです。
「法眼」とは元来、
僧侶の階級のひとつですが、
当時は幕府に仕える
優れた医師や絵師などにも
授けられた名誉ある称号でした。
古くは、
修行者や名医が暮らした
これら一連の起伏ある
坂道全体を総称して
「法眼坂」と呼んでいた時代も
あったそうです。
さて、
こうした起伏の多い
歴史ある坂道を歩く際、
私たちはつい
足元ばかりを見て
うつむきがちになります。
しかし、
ここで合氣道の稽古で
いつも実践している
「遠山の目付(えんざんのめつけ)」を
意識してみるのです。
合氣道でいう
「遠山の目付」とは、
相手の手や足など、
身体の一部に
目線や心を
執着するのではなく、
ぼんやりと
相手全体を捉えることです。
相手の氣の動きを察知し、
瞬時に対応するための
教えであり、
遠くの山を
眺めるように
相手の全身や周囲を
広く見る目線。
視野を広く、
全体を捉える心構えは
私たちの日常生活においても
重要なことです。
視線を足元に
落とすのではなく、
遠くの景色へと
大きく開き、
仙骨を起こし
背筋をすっと伸ばす。
すると、
足裏が自然と
大地を的確に捉え、
上り坂が続いても
不思議と
呼吸が乱れにくくなります。
目の前の
急傾斜に対して
身構えたり、
力んで登ろうとしたり
するのではなく、
視界を広げて
空間全体を
柔らかく受け入れる。
これはまさに、
相手と対峙した際の
合氣道の理合そのものです。
この千代田区 番町の
趣ある街並みや、
武家屋敷の
名残を感じさせる地形の妙も、
うつむいて
歩いていては
見逃してしまいますからね。
江戸の歴史ある坂道は、
私たちに無言のまま、
心身の健やかな遣い方を
教えてくれます。
この「南法眼坂」の趣を
存分に味わった後、
私たちは
さらに奥へと連なる
「永井坂(ながいざか)」、
そして「五味坂(ごみざか)」へと
歩みを進めました。
旗本たちの息吹が残る
その坂道での
氣づきにつきましては、
また次回の記事へと続きます。
過去の坂巡りのエントリーはコチラから
↓↓↓
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合氣道琴心館寺崎道場が
大切にしているのは、
ただ技を極めることではありません。
連続する坂の起伏に身を委ね、
「遠山の目付」で歩みを進めるように、
日々の生活に活きる
「心と身体の調和」をはかり、
「社会や周囲の人々の喜びに繋がる生き方」を
ともに探求していくことです。
自然の理(ことわり)や
日々の稽古、
そして江戸の古を歩く中で
得た氣づきを、
この道場長ブログ『ぼくらの合氣道』でも
発信しております。
より健やかな生き方、
良好な対人関係の築き方など
現代の暮らしに活かすヒントが、
ここにあるかもしれません。
ぜひバックナンバーもご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝