今日の一言 2026-02-17 (火)
道場長の一日一心 " 鬼を斬った武人の魂。「綱町」に眠る千年の記憶【綱坂】編 "
今朝目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
立春(りっしゅん)末候
七十二候
第三候 魚上氷(うおこおりをいずる)
2月14日~18日ごろ。
冬の間、氷の下で静かにしていた魚たちが、
暖かさを感じて割れた氷の間から
飛び跳ねたり、
水面近くに顔を出し始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 おに を きった ぶじん の たましい。「つなまち」に ねむ る せんねん の きおく【つなざか】へん 』
2月10日の
ブログからの続きです。
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エントリーはコチラから。
お正月の東京出張。
稽古の合間の
「江戸から続く東京の由緒ある坂道巡り」
出発点は、
東京の「今」を象徴する麻布台ヒルズ。
空を突くような
最新鋭のビル群に背を向け、
私たちは古地図をなぞるように
歩き出しました。
目指すは、「江戸」、
いや「平安」の記憶が残る場所です。
鼠坂、植木坂、日向坂、神明坂。
次々と現れる
坂道を巡っていきます。
港区 麻布台から
三田(みた)という街は、
これほどまでに
起伏に富んでいるのかと
驚かされます。
坂の名前の一つひとつに、
かつてそこに暮らした
人々の生活や、
風景の断片が
閉じ込められているようです。
そして、
「綱の手引坂(つなのてびきざか)」へ。
なんとも謎めいた
名前の坂を経て、
辿り着いたのが
今回の目的地
「綱坂(つなざか)」です。
慶應義塾大学の裏手に
ひっそりと佇む、この「綱坂」は
前回の「綱の手引坂」と
同様に
平安時代の武将、
渡辺綱(わたなべのつな)に
由来します。
羅生門で
鬼の腕を切り落とした
鬼退治の伝説で知られる、
源頼光四天王きっての剛の者。
この地は彼が生まれた場所とも、
屋敷があった場所とも
伝えられています。
また、
この辺りはかつて
「三田綱町(みたつなまち)」と
呼ばれていたそうです。
坂のすぐそばには、
鹿鳴館の設計者としても知られる
ジョサイア・コンドル設計の
「綱町三井倶楽部」が、
その優美な姿を見せています。
「綱坂」、「綱の手引坂」、そして「綱町」。
麻布台ヒルズの
圧倒的な「高さ」と「新しさ」を
見た直後だったからでしょうか。
この一帯に
足を踏み入れた時、
強烈なコントラストを感じました。
現代の景色は
コンクリートに覆われていても、
この急な勾配と、
土地に刻まれた「綱」の名は、
千年前から変わらず
ここに在り続けています。
都市開発によって
建物がどれだけ変わろうとも、
地名そのものが持つ
「記憶」は消え去りません。
現代の地図の中に、
武勇を誇った一人の武人の魂が、
地名という形をとって
今なおこの地を
護っているかのようです。
合氣道においても、
目に見える動き以上に、
その奥にある
「見えない流れ」や「氣配」を
察知することが重要です。
最新の街並みを抜け、
坂という結界を越えて、
古(いにしえ)の伝説に触れる。
これこそが、
東京という街の深みであり、
古を歩く
醍醐味なのだと感じました。
先人の残した足跡は、
目には見えずとも、
確かにそこに在るのですね。
さて、
次はどの坂が、
私たちを待っているのでしょうか。
古の江戸を歩く旅、
まだまだ続きます。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝