今日の一言 2026-02-03 (火)
道場長の一日一心 " 【古を歩く】 誤読さえも愛された、陽だまりの坂道。 日向坂 編 "
今朝目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
大寒(だいかん)末候
七十二候
第七十二候 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)
1月30~2月3日ごろ。
鶏が卵を産み始めるころ。
七十二候の最後、
つまり一年を締めくくる最後の候にあたります。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 【いにしえ を ある く】ごどく さえ も あい さ れ た、ひだまり の さか みち。ひゅうがざか へん 』
お正月の東京出張、
江戸時代から続く由緒ある坂道巡り。
前回歩いた
「植木坂」の静寂を背に、
私たちは次なる坂へと足を向けました。
麻布十番の賑わいを抜け、
二の橋の交差点から
三田方面へと向かう道すがら。
ふと、
柔らかな陽射しが
降り注ぐような、
そんな名前の坂が現れます。
「日向坂(ひゅうがざか)」。
港区三田一丁目と二丁目の
境界にあるこの坂道。
その名の由来は、
江戸時代前期にさかのぼります。
坂の南側に、
徳山藩毛利日向守(もうりひゅうがのかみ)の
お屋敷があったことから、
そう呼ばれるようになったとされています。
しかし、
この坂にはもう一つ、
不思議な「縁」があります。
江戸の昔から、
「ひゅうがざか」ではなく
誤って「ひなたざか」とも
呼ばれていたというのです。
現代では、
あの人気アイドルグループの
名前の由来としても知られ、
「ひなたざか」の響きは
多くの人に愛されています。
本来の名と、
愛称のような誤読。
そのどちらもが
数百年の時を超えて
共存していることに、
日本人の「おおらかさ」を
感じずにはいられませんね。
坂の中腹あたりまで来たときでしょうか。
ふと、視界が開けるような
明るい氣配を感じました。
オーストラリア大使館です。
港区界隈を歩けば
多くの大使館とすれ違いますが、
場所によっては
厳重で人を寄せ付けないような
張り詰めた空氣を
纏(まと)っていることもあります。
しかし、
この場所は違いました。
とりわけ明るく、
開放的な感じがするのです。
建物から放たれる
おおらかで、ウェルカムな氣、波動。
これは、
広大な大地と海に囲まれた
オーストラリアという
お国柄、土地柄ゆえなのでしょうか。
「日向(ひなた)」という
坂の名前とも相まって、
まるで太陽の光を
身体いっぱいに呼吸しているような。
そんな心地よい感覚を覚えました。
" 坂道で磨く、合氣道の感性 "
合氣道は
「感性」が大切です。
技の形(かた)を
なぞるだけでは見えないものが、
心の目を開くことで見えてくる。
古(いにしえ)を歩くことも
また同じ。
ただの
アスファルトで舗装されたの坂道を、
「単なる移動経路」と捉えるか。
それとも、
かつてここを
武士が、町人が、
どのような想いで行き交ったのか。
そして今、この土地が
どんな「氣」を放っているのか。
それを肌で感じようとするか。
日向坂の
緩やかな勾配を登りながら、
足裏から伝わる土地の記憶と、
オーストラリア大使館から感じる
開放的なエネルギーに
意識を向けます。
かつての大名屋敷の威厳と、
現代の国際的な明るさが織りなす
独特の調和。
その中で、
臍下の一点(せいかのいってん)を保ち、
周囲の景色と一体になって歩く。
すると、
この東京都心の
大都会の喧騒の中にありながら、
不思議と心が
「凪 (なぎ) 」の状態になるのを感じます。
これこそが、
道場の畳の上だけでは得られない、
生きた「稽古」なのです。
「ひゅうが」の響きが持つ凛とした強さと、
「ひなた」の陽氣な温かさ。
その両方を身体いっぱいに浴びて、
私たちは足取りも軽くなりました。
次はどの坂が、
私たちを待っているのでしょうか。
古の江戸を歩く旅、
まだまだ続きます。
過去の坂巡りのエントリーはコチラから
↓↓↓
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝