今日の一言 2026-01-22 (木)
道場長の一日一心 " 六本木の朝、古を歩く。【永坂編】 "
今朝目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
大寒(だいかん)初候
七十二候
第七十候 款冬華(ふきのはなさく)
1月20日~24日ごろ。
ふきのとうが顔を出し始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 ろっぽんぎ の あさ、いにしえ を ある く。【ながさか へん】 』
年明けの東京出張での拠点は、
六本木にあるアパホテルでした。
近代的なビルが
立ち並ぶエリアですが、
ホテルを一歩出れば、
そこは江戸の地形が色濃く残る街。
ホテルのすぐそばに、
江戸時代から続く
由緒ある坂道がありました。
港区六本木と麻布十番を結ぶ
「永坂(ながさか)」です。
坂上と坂下ある木の標柱が、
静かにその名を告げています。
永坂の名の由来はシンプルで
「長い坂」であったからとも、
あるいは
この近くに住んでいた
「長坂氏」にちなむとも言われています。
東京都港区
麻布地域東部の歴史的地名である「飯倉」。
その飯倉の台地から
麻布の低地へと降りるこの長い坂は、
かつて多くの武士や町人が
行き交った交通の要衝でした。
ふと見上げれば
首都高速道路が空を覆っています。
しかし、
足元の坂道は、
数百年変わらずここに在り続けています。
永坂といえば、
食通の方なら
「更科そば」を
思い浮かべるかもしれません。
坂の途中でふと、
「永坂更科」の文字が目に入りました。
寛政元年(1789年)、
この坂の途中に
信州の布屋太兵衛が
蕎麦屋を開業したとされています。
「永坂更科」の発祥の地です。
かつての旅人たちも、
この急な坂を上り下りした後に、
蕎麦で身体を労ったのでしょうか。
そんな想像をするだけで、
景色に味わいが増します。
そんなことを思いながら
「永坂」を歩いていると、
懐かしい記憶が蘇ります。
以前、東京のお弟子さんが
「師範、ぜひここへ」と、
この永坂更科に
連れてきてくれたことがありました。
あの時、
お弟子さんと共に食べた
蕎麦の味と、坂道の風景。
この坂を歩く今の景色に、
そんな温かい記憶が重なり、
より一層味わい深く感じられます。
近代的で機能的、
快適この上ない
アパホテルで目を覚まし、
極寒の外へ出て、
数百年前から変わらぬ勾配を歩く。
このギャップこそが、
私にとって東京散歩の醍醐味なのです。
道場での稽古では、
心と身体の使い方や
理合いを追求しますが、
こうして
古(いにしえ)の道を
歩く時に必要なのは、
技術ではありません。
「かつて、ここで何万人もの人が地面を踏みしめたのだ」
そう感じる感性です。
頭上の首都高速道路や
周囲の超近代的ビル群といった
現代の景色を
あえて意識の外に置き、
足裏から伝わる
「土地の記憶」に意識を沈める。
アスファルトの下に眠る、
草鞋(わらじ)で踏み固められた
江戸の土を感じながら、
ただ静かに歩を進めるのです。
臍下の一点に心を静め、
呼吸を整え、
過去と現在が
交差する空間に身を委ねる。
それは、
言葉のない先人たちとの対話であり、
現代社会で
忘れがちな「心の静寂」を
自分の心身に取り戻す時間でもあります。
江戸時代から続く
由緒ある東京の坂道には、
言葉では
表すことのできない
独特の「氣」が流れています。
皆さんも、
旅先や出張先で
ふと時間ができたなら、
その土地の歴史を
足裏で感じてみてください。
道場の中だけが、
稽古場ではありませぬ。
さて、次はどの坂へ向かいましょうか。
私たちの
江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは
まだまだ続きます。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝