今日の一言 2026-01-29 (木)

道場長の一日一心 " ​【古を歩く】文豪・島崎藤村が愛した静寂の地。植木坂 編 "

今朝目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

大寒(だいかん)次候

 

七十二候

第七十一候 水沢腹堅(さわみずこおりつめる)

1月25~29日ごろ。

沢の水さえも厚く張りつめ凍る、もっとも寒いころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​​​【いにしえ を ある く】ぶんごう・しまざきとうそん が あい し た せいじゃく の ち。うえきざか へん 』

 

 

 

 

お正月の東京出張。

 

道場での指導で

お弟子さんと共に

汗を流すのも大切ですが、

 

私にとっての

もう一つの「稽古」は、

 

東京という街の

「古(いにしえ)」を歩くことです。

 

 

 

​東京には、

江戸時代から続く由緒ある坂道が

今も数多く残っています。

 

 

 

アスファルトの下、

あるいは高層ビルの影に、

 

かつての人々の

息遣いが染み付いている。

 

そんな場所を

ただ静かに歩き、

 

土地の記憶を

足裏で感じることもまた、

私にとって大切な時間です。

 

 

 

 

今日は、

最新のランドマーク「麻布台ヒルズ」の

足元にひっそりと広がる、

 

「植木坂(うえきざか)」界隈を

歩いた記憶を綴ります。

 

 

 

 

 

" 谷底の記憶と、現代の摩天楼 "

 

 

 

​この日の坂巡りは

午前の稽古を終え、

 

現代東京の象徴ともいえる

麻布台ヒルズから始まりました。

 

 

 

​いつも

東京の坂道案内役を

買って出てくれる

 

「合氣道寺崎道場 江戸の坂道巡り同好会」の

一員でもある愛弟子が、

 

歩きながら

興味深い話を聞かせてくれました。

 

 

 

 

かつてこの地には、

威厳ある郵政省本庁舎(旧逓信省庁舎)や

麻布郵便局が鎮座し、

 

その足元には

「我善坊谷(がぜんぼうだに)」と呼ばれる、

 

木造家屋がひしめき合う

谷底の町が広がっていたそうです。

 

 

 

 

​それが

平成元年(1989年)からの

 

三十余年という

長い歳月をかけた

 

街づくり計画後の再開発により、

風景は一変しました。

 

 

 

 

掲げられた

コンセプトは

「Modern Urban Village(モダン・アーバン・ヴィレッジ)」。

 

 

 

 

かつての

複雑な起伏と谷の記憶は、

 

今や豊かな植栽と

摩天楼が織りなす、

 

緑に包まれた

「人と人をつなぐ広場」へと昇華されています。

 

 

 

 

​そんな

最新鋭の都市空間から

一歩路地へ入ると、空氣が変わります。

 

 

 

 

煌びやかな

麻布台ヒルズを背に、

 

人がようやく

すれ違えるほどの

 

細く急な

「鼠坂(ねずみざか)」へ足を踏み入れます。

 

 

 

前回の記事「鼠坂」のエントリーはコチラ

 

 

 

その名の通り、

かつては鼠しか通れないような

細い道だったと言われます。

 

 

 

この薄暗く

細い坂を登り切り、

 

直角に右へ

曲がったところが、

 

今回の主役である

「植木坂」の坂下にあたります。

 

 

 

 

" まるで迷路のような折れ曲がった地形 "

 

 

 

現代の合理的な

都市計画では決して生まれない、

 

自然の起伏に寄り添った道筋に、

身体感覚が研ぎ澄まされます。

 

 

 

 

" 植木屋と菊人形の賑わい "

 

 

 

 

「植木坂」は、

麻布台三丁目四番地と

麻布永坂町との間を縫うように走る坂道です。

 

 

 

​この風流な名の由来は、

かつてこの辺りに

 

多くの「植木屋」が

軒を連ねていたことにちなみます。

 

 

 

言い伝えによれば、

この地の植木屋たちが

 

最初に菊人形などを

始めたともいわれています。

 

 

 

江戸の人々が、

季節の花や見事な細工を楽しみに

 

この坂を行き交っていた風景が、

ふと目に浮かぶようです。

 

 

 

 

" 文豪・島崎藤村の旧居跡 "

 

 

 

​そして、

この植木坂を歩く上で

外せないのが、

文豪・島崎藤村の存在です。

 

 

 

坂を上がりきった一角、

現在の麻布台3-4-10付近には、

 

かつて

藤村が住んだ旧居跡があります。

 

 

 

明治38年(1905年)、

小諸から上京した藤村は

ここに居を構え、

代表作『破戒』を書き上げました。

 

 

 

 

「私は飯倉の片町に住むことになった。

そこは植木屋の多い町で、静かな、

屋敷町の控へ地のようなところであった。」

(島崎藤村『飯倉だより』より)

 

 

 

藤村自身も

そう記している通り、

 

当時は緑深く、

創作に没頭できる

深い静寂があったのでしょう。

 

 

 

 

残念ながら

当時の建物は残っていませんが、

 

案内板の前に立ち、

藤村が見たであろう空を見上げると、

 

ここが

「近代文学の夜明けの地」

あったことを

肌で感じることができます。

 

 

 

 

​合氣道では、

相手の氣を尊び、

 

そして

その場と調和することを大切にします。

 

 

 

 

 

「江戸の坂道歩き」もそれに似ています。

 

 

 

 

ただ漫然と歩くのではなく、

かつてここを歩いた人々の

 

足音に耳を澄ませ、

その土地が持つ歴史の重みを感じながら

歩を進める。

 

 

 

そうすることで、

現代の喧騒の中でも、

心静かに「臍下の一点」が定まります。

 

 

 

 

植木坂から振り返れば、

そこにはかつての

「我善坊谷」の上に立つ

麻布台ヒルズがそびえ立っています。

 

 

 

 

過去と未来が同居する

それはそれは、

東京ならではの絶景でした。

 

 

 

​さて、次はどの坂へ向かいましょうか。

 

私たちの

江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは

まだまだ続きます。

 

過去の坂巡りのエントリーはコチラから

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

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