今日の一言 2026-01-19 (月)

道場長の一日一心 " ​六本木の芋洗坂を抜けて、次は饂飩(うどん)の坂へ "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 今週もよろしくお願いします。

 

 

 

本日は、二十四節氣

小寒(しょうかん)末候

 

七十二候

第六十九候 雉始雊(きじはじめてなく)

1月15日~19日ごろ。

雄のキジがメスに恋焦がれて鳴き始めるころ。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ​ろっぽんぎ の いもあらいざか を ぬけ て、つぎ は うどん の さか へ 』

 

 

 

 

 

1月15日の記事でご紹介した

「芋洗坂(いもあらいざか)」

 

 

その名の由来となった

芋問屋の賑わいや、

 

かつての川のせせらぎに

思いを馳せながら、

坂を下りきりました。

 

 

しかし、

お正月の東京・六本木、

夜の散策はまだ終わりません。

 

 

 

芋洗坂の興奮も冷めやらぬまま、

すぐ近くにもう一つ、

 

なんと食べ物の名前がついた

ユニークな坂があるのです。

 

 

 

その名は「饂飩坂(うどんざか)」

 

 

 

芋洗坂から

六本木交差点方面へ少し戻り、

 

外苑東通りへ上る路地を

入ったところに

ひっそりとその標柱は立っています。

 

 

 

​「饂飩」と書いて「うどん」。

 

 

 

芋(いも)の次は饂飩(うどん)です。

 

 

 

かつての六本木は、

随分と庶民の食欲を刺激する

土地だったのかもしれませんね。

 

 

 

由来を紐解けば、

江戸時代中期

天明年間 (1781〜1788頃)、

 

松屋伊兵衛という人物が

ここでうどん屋を営み、

 

それが大評判だったことから

この名がついたとか。

 

 

 

​ダイナミックな高低差を

感じさせる芋洗坂と比較すれば、

 

この「饂飩坂」は、緩やかで短めな、

当時の生活の中に溶け込んだ

 

少し親密な

空氣が漂っているように感じました。

 

 

 

かつては

能役者が住んでいたり、

 

古い地図には

「イモアライ」と混同して記されていたりと、

 

この一帯の歴史の層の厚さを感じさせます。

 

 

 

 

 

" 古の地図を足裏で感じる "

 

 

 

 

芋洗坂から饂飩坂へ。

 

 

きれいに

舗装されたアスファルトを歩けば、

わずか数分の移動に過ぎません。

 

 

しかし、

こうして由来を噛み締めながら歩くと、

 

それは単なる数分の移動ではなく、

江戸の町を「ハシゴ」しているような

感覚になります。

 

 

 

 

​合氣道の稽古でも、

一つ一つの技、

一挙手一投足が

つながって流れを作るように、

 

江戸の街歩きもまた、

点(坂)と点(坂)がつながって

 

線(道)となり、

当時の土地の記憶が

浮かび上がってくるようです。

 

 

 

 

昔の人と同じように、

草鞋(わらじ)履きの氣分で、

この勾配を踏みしめてみる。

 

 

 

 

​アスファルトの下にある

古(いにしえ)の土の感触を想像しながら歩く。

 

 

 

 

そんな「歴史との対話」こそが、

お正月の東京出張の

隙間に見つけた贅沢な時間でした。

 

 

 

 

皆さんも近くを訪れた際は、

 

ぜひ

「江戸時代から続く由緒ある坂道巡り」を

してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

​さて、次はどの坂へ向かいましょうか。

 

私たちの

江戸時代から続く由緒ある坂道巡りは

まだまだ続きます。

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝