" 荒れ狂う野分の中へ。心の中心にピーカンの青空を "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
処暑【しょしょ】末候
第四十二候 禾乃登【こくものすなわちみのる】
九月二日~六日ごろ。
稲などの穀物が、ふっくらと実り始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 あれくるう のわき の なか へ。こころ の ちゅうしん に ぴーかん の あおぞら を 』
先日、
「野分(のわき)」について
書かれた文章を目にしました。
台風のことを
昔は「野分」と呼んでいたそうです。
現代の私たちは「台風」と聞くと、
建物を壊すほどの被害や
恐ろしさばかりを
真っ先に思い浮かべてしまいます。
しかし昔の人々は、
秋の野原の草を
強く吹き分けていくこの風に、
恐れの中にも
どこか風雅な趣や、
季節の深い情緒を感じ取っていたらしいです。
自然の猛威すらも
味わいとして受け入れる。
昔の人の感性は
とても豊かなものですね。
その文章の中で
著者はご自身が
台風の目に入った時のことを
空は曇っていたと綴られておりました。
それを読み、
はるか昔の記憶がよみがえりました。
私が合氣道の道を歩む
ずーっと、ずーっと、前の若かりしころ。
波乗りの趣味が高じて、
高知県でサーファー向けの民宿を
営んでいた時期がございます。
高知は年間を通じて
よく台風が通過し上陸する土地です。
ある日、
建物が倒壊するのではないかと思うほどの、
猛烈な台風の直撃を受けました。
すさまじい
暴風雨が吹き荒れる中、
ちょうど
この地の上空を
台風の中心が進んできた時のことです。
それまでの轟音が
ピタリと止み、
風一つない
静けさに包まれました。
見上げれば
雲一つない
ピーカンの晴天が広がっていました。
ウソのように
静まり返った青い空。
その時間は
30分ほど続いたと記憶しています。
それが
私の経験した「台風の目の中」です。
その後、
再び猛烈な吹き返しにあい、
台風が通り過ぎた翌朝には、
向かいのお宅の軽四が、
ひっくり返っているほどの凄まじい惨状でした。
昔の人々が
荒々しい野分の中にも情緒を見出したように、
どれほど外側が荒れ狂っていても
自然には必ず、
風一つない青空が広がる
絶対的な静寂の中心があります。
これは私たちの
心のあり方にも通じるものがあります。
日々の生活の中で
嵐のような艱難辛苦に見舞われた時、
外部の強風に巻き込まれて
右往左往するのではなく、
自らの
「臍下の一点(せいかのいってん)」に
心を静め、
深く、ゆったりとした呼吸とともに
心の中に台風の目のような静寂を保つこと。
中心さえ
ブレることなく静まっていれば、
どのような嵐の中でも
物事をありのままに見つめることができますね。
自分への戒めです。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
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合氣道琴心館寺崎道場は
単に技だけを習得する場ではありません。
私たちが大切にしているのは、
外側の嵐に飲み込まれず
自らの中心にブレない軸を保ち、
心と身体の調和をはかるあり方を
共に探究していくことです。
日々の生活に活きる氣づきを
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝