2026-03-25 03:32:00

" 水面に宿る理(ことわり)。心を鎮め、ありのままを観る "

​今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

春分【しゅんぶん】次候

 

七十二候

第十一候  桜始開【さくらはじめてひらく】

3月25日~29日ごろ。

桜の花が咲くころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

​『 みずも に やどる ことわり。こころ を しずめ、ありのまま を みる 』

 

 

 

 

お彼岸も明け、

いよいよ

本格的な春の到来を

感じる頃合いとなりました。

 

 

 

七十二候では、

3月25日から29日ごろを

 

春分の次候

「桜始開(さくらはじめてひらく)」

呼びます。

 

 

全国各地で

ソメイヨシノの便りが聞かれ、

桜前線が北上してきます。

 

 

 

 

​古来より、

四季の移ろいを慈しむ

私たち日本人において、

 

桜は単なる季節の花に

とどまらず、

 

常に人々の心に寄り添う

特別な存在でした。

 

 

 

花を愛でるための

風情ある「大和言葉」

 

先人たちが遺した

花見の情景を描写する

 

言葉の数々に

目を向けてみますと、

 

 

 

 

咲き誇る

花を尋ね歩く

「花巡り」

 

空模様を表す

「花曇り」や、

 

寒さを指す

「花冷え」

 

 

 

また、

現代の夜桜ライトアップも

 

古の時代には

夜桜を照らす

篝火(かがりび)を

「花篝(はなかがり)」と呼び、

 

 

ゆらめく炎とともに

夜の花を愛でる風習も

ありました。

 

 

 

 

また、

舞い散った花びらが

 

辺り一面に

敷き詰められた様子を

「花筵(はなむしろ)」と呼ぶなど、

 

 

 

 

その豊かな

感性と語彙には、

 

日本ならではの

深い風情を

感じずにはいられません。

 

 

 

 

" 水鏡に映る、移ろいゆく春の景色 "

 

 

 

 

そんな

ソメイヨシノの

開花が待たれる中、

 

私は先日、

一足早く

京都の淀水路へ

河津桜を観てまいりました。

 

 

 

​訪れた時期は

すでに満開の盛りを過ぎ、

 

花はかなり

散り始めておりました。

 

 

 

しかし

抜けるような

快晴の空の下、

 

水面には

無数の花びらが

舞い落ち、

 

淡い色の帯のような

「花筏(はないかだ)」となって

ゆったりと流れていく、

 

えも言われぬ

美しい情景が

広がっていたのです。

 

 

 

咲き誇る姿のみならず、

水に還りゆく

散り際の姿にこそ、

 

命の移ろいという

「自然の理(ことわり)」

 

深く宿っているように

感じられます。

 

 

 

 

 

" 波立たぬ水面が真実を映し出す "

 

 

 

 

 

そして何よりも

私の心を打ったのは、

 

澄み渡る青空と

川沿いの桜が、

 

静まり返った水面に

まるで鏡のように、

 

くっきりと

映し出されていたことです。

 

 

 

水面が

静まっているからこそ、

 

そこにある景色を

ありのままに、

 

正しく

映し出すことができる。

 

 

 

これはまさに、

合氣道における

 

「明鏡止水(めいきょうしすい)」

教えそのものであり、

 

私たち人間の

「心のありよう」と全く同じです。

 

 

 

私たちの心も、

怒りや悲しみ、

緊張や焦り、

 

あるいは

我執によって

 

波立っていては、

目の前の出来事を

 

正しく

捉えることができません。

 

 

 

 

水面が

揺らいでいれば

 

映る景色もまた

歪んでしまうように、

 

乱れた心では

事物 (じぶつ) の本質を見失い、

 

いとも容易く

判断を誤ってしまいます。

 

 

 

​いかなる

状況にあっても

 

心を

「静謐(せいひつ)」に保ち、

 波立たせないこと。

 

 

 

 

その静けさがあって

初めて、

 

相手の心の動きや

周囲の状況を

 

曇りなき眼(まなこ)で

正しく見極め、

 

的確な対応へと

導くことができるのです。

 

 

 

 

 

​流れに身を任せつつも、

自らは静かに澄み切り、

ただありのままを映し出す。

 

 

相手と争わず、

自然の理に沿って

 

調和を生み出す

合氣道の道筋も、

 

この「淀水路」の水鏡に

重なります。

 

 

 

美しい桜の言葉を

紡いできた

先人たちの感性に触れ、

 

「淀水路」の

静かな水面に

 

深い理を

教えられた一日。

 

 

 

日常の喧騒の中に

あっても、

 

常に自らの

心の水面を

平穏に保ちたいと、

 

改めて

自省させられる

清々しいひとときでした。

 

 

 

 

一一一一一一一一一一一一一一一一一一

 

 

合氣道琴心館寺崎道場が

大切にしているのは、

ただ技を極めることではありません。

 

 

淀水路の水鏡のごとく、

波立たない

静かな心とともに、

 

日々の生活において

「いついかなるときも氣が出る健康体」を養い、

「日本人としての生き方」を

ともに探求していくことです。

 

 

自然の理(ことわり)や

日々の稽古を通じた氣づきを、

 

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

 

 

物事の本質を見極める

健やかな生き方や、

 

摩擦のない

良好な対人関係の築き方など

 

現代の暮らしに活かすヒントが、

ここにあるかもしれません。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝