2025-02-26 03:29:00

" なぜ、それが起きたのかを考える人でありたい "

今朝も目覚めることができた、

ありがとう。

 

 

 

本日は、

二十四節氣

雨水 (うすい) 次候

 

七十二候 

霞始靆 かすみはじめてたなびく

第五候

「雨水」初候から次候へと移り、2月24日~28日くらいにあたります。

氣温も少しずつ上がり、日差しも春らしくなり、遠くの景色が淡くぼんやり見える日があります。

「霞がたなびく」とは、まさにそんな風景のこと。

霞は春に使われる言葉、またその現象を指し、春の霧のことを「霞(かすみ)」と呼ぶのですね。

また春以外では、霧や靄(もや)と呼ばれます。

 

 

 

 

今日のお題

 

 

 

『 なぜ それ が おきた のか を かんがえ る ひと で ありたい 』

 

 

 

" 道でばったり知人に会った " 

 

" 欲しかったものがたまたま安く手に入った " 

 

" 歩いていたら突然、横道から自転車が出てきてぶつかった " …

 

 

 

私たちは日常生活で、

このような「偶然」の出来事に

遭遇することがあります。

 

 

 

しかし、

本当にそれはただの偶然なのでしょうか?

 

 

 

私は、常日頃より

「人生に偶然の出来事はない」と

考えています。

 

 

 

なぜなら、

道で知人に偶然出会ったとしても、

 

 

それは

「自分がその道を歩いた」という

行動があったからこそ

生まれた出来事だからです。

 

 

もし家にいれば、

その知人に会うことはなかったでしょう。

 

 

 

 

横道から自転車が飛び出してきて、

転んでケガをしたとしても、

 

 

その時にその道を歩かなければ、

転んでケガをしなくて済んだ。

 

 

 

 

つまり、

「偶然」とは、

 

自分の行動や選択によって

「必然的」に生まれるものなのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

それが、

「天地大自然の法則」であると私は思います。

 

 

 

 

私たちは、

この法則が支配する自然の中で

生まれ、生きて、生涯を過ごします。

 

 

 

つまり、

私たちの行動や選択は、

天地大自然の法則と密接に関わっており、

 

 

 

「偶然」にみえる出来事も、

実は「必然的」な結果として

起こっていると考えられるのです。

 

 

 

 

 

たとえば、

以下のようなことがいえます。

 

 

 

「出会い」とは

「偶然」出会ったようにみえる人も、

実は過去の行動や選択が

引き寄せた「必然的」な出会いである。

 

 

 

「出来事」とは

「偶然」起きたようにみえる出来事も、

実は自然の法則や過去の行動が

もたらした「必然的」な結果である。

 

 

 

 

このように考えると、

「偶然」という言葉で片付けていた出来事も、

 

違った意味を持って

みえてくるのではないでしょうか。

 

 

 

 

「偶然」という言葉で片付けるのではなく、

 

 

 

「なぜそれが起きたのか」、

 

 

 

自分の行動や選択と

どのように繋がっているのかを考えることで、

 

人生はより深く、

より豊かなものになるはずです。

 

 

 

自分の身の周りに起こった

マイナスの出来事でさえ、

プラスの出来事に変えて

次への教訓にすることも可能です。

 

 

 

同じ過ちを

二度、三度繰り返す人は、

身の周りに起こる出来事を

「ただの偶然」としか、捉えていない人なのです。

 

 

 

 

「天地大自然の絶対的大法則」に

則るならば、

 

 

「なぜ、それが起きたのか」

それを考えるべきでありまする。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、

ありがとうございました。

 

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝