" 【東京十社参り】結願の亀戸天神社。過去、現在、未来を繋ぐ朱き橋を渡る "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
寒露【かんろ】末候
七十二候
第五十一候 蟋蟀在戸【きりぎりすとにあり】
十月十八日~二十二日ごろ
キリギリスが戸口で鳴くころ。
今日の言の葉
『十の社を巡り、今ここに心を洗う 』
季節は少し遡り、
本年八月、お盆の時期のことでございます。
私は東京出張へと赴いておりました。
出張の折には
熱心なお弟子さんとともに稽古に励み、
その合間を縫って、
「江戸の坂道巡り同好会」の活動として、
都内の古き良き
江戸時代から続く由緒ある坂道を歩いております。
そして、もう一つ、
東京出張のたびに
長らく続けてまいりましたのが、
東京の鎮守である十の神社を巡る
「東京十社参り」でございます。
北区にある王子神社での
静謐な参拝を終え、
( 10/8に投稿した王子神社の記事はコチラ )
十社巡りの
いよいよの締めくくりとして、
亀戸天神社(かめいどてんじんしゃ)へと向かいました。
今年の夏、東京での滞在中は、
どうにも空模様が不安定でございました。
時折、空が急に暗くなったかと思えば、
激しい雨に見舞われることもしばしば。
JR総武線の錦糸町駅からの
行き帰りの道すがらも
容赦のない土砂降りに遭い、
雨宿りをしながらの歩みとなりました。
すっきりとは晴れ渡らぬ、
厚い雲に覆われた空模様ではございましたが
いざ、大鳥居の前に立ち
その下をくぐりますと、
そこには、
このお社ならではの
見事な情景が待っておりました。
幾星霜(いくせいそう)の祈りを見守ってきた、
美しい鳥居。
そのすぐ背後に、
現代の象徴たる東京スカイツリーが
天を突くようにそびえ立っております。
古の祈りの風景と
現代の塔が一つに溶け合う。
時代を超えた見事な調和に
思わず目を奪われました。
歩みを進めますと、
目の前には満々とした水をたたえる
心字池(しんじいけ)が広がります。
そこに架かるのは
鮮やかな朱色が美しい三つの橋。
手前の大きな太鼓橋は
「男橋」と呼ばれ過去を表し、
真ん中の平らな橋は
「平橋」で現在を、
奥の太鼓橋は「女橋」といい、
未来を表しているのだそうです。
これら三つの橋を順に渡りゆくことは、
心が浄化されることを意味しております。
これまでの己の歩みを静かに振り返り、
今ここにある命に深く感謝し、
一点の曇りもない清らかな心で
これから先の未来へと向かう。
一歩一歩、
そのように心を清めながら、
己の心身と向き合うように
歩みを進めました。
池のほとりには、
見事な藤棚が張り巡らされておりました。
八月の青々とした葉の
隙間からこぼれる光が、
雨上がりの水面をきらきらと照らす様は
誠に風雅なものでございました。
さらに奥へと進み、
手水舎(ちょうずや)へ。
こちらは亀戸の地名にちなみ、
石造りの亀の口から
清らかな水がとめどなく流れ出ております。
その冷たい水で
両手と口をそっと清めます。
不安定な天候のなか
手水を使うその瞬間、
ふっと肩の力を抜き、
天地大自然と一体となるべく
全身が静かに溶け込んでゆくのを感じました。
臍下の一点に、すっと心を静め、
威風堂々たる本殿の前に立ち
無事に十社を巡り終えた
結願(けちがん)の感謝を祈りました。
参拝の後にいただいた御朱印は、
流れるような筆運びと、
鮮やかな朱の印が響き合う
息を呑むほどに美しいものでございました。
東京出張の度、
稽古の合間を縫っての道のり。
決して急ぐことなく、
何年もかけて
一つひとつのご縁を大切に
歩みを重ねてまいりました。
過去から現在、
そして未来へと続く橋を渡るように、
目まぐるしく変わる
慌ただしい日常の中でも、
常に己の心身と静かに向き合い
中心を見失わずにいること。
流れに逆らわず、
悠然たる構えが
現代の暮らしに確かなる安らぎを
もたらすのだと感じております。
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合氣道琴心館寺崎道場は
ただ技のみをなぞる場ではございません。
私たちが大切にしているのは、
過去に感謝し、未来を憂うことなく、
今この瞬間の歩みを
確かに踏みしめることでございます。
澄み渡った水面のような心で、
周囲の人の心にそっと灯火を灯すような生き方を
皆様とともに探究していくことです。
日々の生活に活きる氣づきを
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『ぼくらの合氣道』でも発信しております。
心穏やかに日々を歩むヒントが
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兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝