" 江戸の怪異。「置いてきぼり」の語源と本所七不思議のミステリー "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は二十四節氣
白露【はくろ】初候
第四十三候 草露白【くさのつゆしろし】
九月七日~十一日ごろ。
草に降りた露が、朝の光に白く輝いて見えるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 えど の かいい。「おいてきぼり」の ごげん と ほんじょななふしぎ の みすてりー 』
今年の夏も
お盆の期間に約2週間、
恒例となっている
東京、神奈川への出張へ赴き、
関東のお弟子さんたちの指導にあたりました。
今年は神奈川では茅ヶ崎に
東京では豊島区と港区に宿泊しました。
昨年の同じ時期の
東京出張では両国に宿泊いたしました。
墨田区の下町情緒あふれる
江戸を感じる街並み。
夜になれば涼しい風が吹く
隅田川沿いを歩くのが私は大好きです。
ある日、両国の街を
のんびりと散策して歩いていた時のこと。
ふと、
日大一中・高の校門のすぐ隣に
妙な看板が建っているのを見つけました。
「本所七不思議 両国物語 置いてけ堀・御竹蔵跡」
そう書かれたその看板には
少し薄氣味の悪い、
幽霊のような絵が描かれていました。
その「御竹蔵(おたけぐら)」とは、
江戸時代に
幕府が竹や木材などの資材を保管していた
倉庫があった場所のことらしいです。
まさに看板が建っているこの辺りに、
その大きな御竹蔵があったということですね。
そして、
その御竹蔵の周囲に
ぐるりと巡らされていたお堀が、
この「置いてけ堀」の
舞台になったと伝えられています。
「本所七不思議(ほんじょななふしぎ)」とは、
江戸時代から
墨田区の本所地域に伝わる
七つの奇妙な怪談話のことらしいです。
その中でも有名なのが、
「置いてけ堀」。
夕暮れ時、
よく釣れるお堀で
魚を獲って帰ろうとすると、
水の中から
「置いてけ〜、置いてけ〜」と、
得体の知れない恐ろしい声が
どこからともなく響いてくるらしいです。
恐ろしくなって逃げ帰り
魚籠(びく)を見ると、
釣ったはずの魚がすべて消えているのだとか。
※魚籠(びく)とは、魚を入れるカゴのこと。
すぐ近くには
区立両国中学校や両国国技館をはじめ、
今年新たにリニューアルされた
江戸東京博物館や緑豊かな旧安田庭園、
そして車の行き交う
清澄(きよすみ)通りなどがある、
賑やかな東京都心の街中なのに…
このような江戸の怪異が、
今もひっそりと息づいていることに
私はなんとも言えない
不思議な感覚を覚えます。
さらに今年の夏も、
亀戸天神社へ参拝に行った際、
錦糸町駅からほど近い公園にも
この「置いてけ堀」に
ちなんだ河童の像がありました。
高層ビルが立ち並ぶ
大都会の片隅で、
江戸の怪談の記憶が
今もこの地を見つめているのですね。
私たちが日常で何氣なく使う、
人を置き去りにする
「置いてきぼり」という言葉。
実は、
この「置いてけ堀」の伝説が
語源になって生まれた言葉らしいです。
お堀から逃げる際に、
恐怖のあまり
仲間を置いて逃げてしまったことから。
あるいは、
「置いてけ〜」と
地の底から迫られる怪異そのものから。
いつしか言葉の形を変え、
現代の私たちの日常会話に
すっかり溶け込んでいます。
何百年も前の
姿形もない恐ろしい
江戸の怪異の記憶が、
言葉という形に姿を変えて
現代を生きる私たちの口から
無意識に発せられている。
そう思うと、
背筋が少し涼しくなるような
深いミステリーを感じずにはいられません。
東京という街は
近代的な風景のすぐ裏側に
こうした不思議な
歴史の残り香が潜んでいる場所が
多いように思います。
それもまた、
私にとっては「江戸」を感じる
大きな魅力の一つです。
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合氣道琴心館寺崎道場は
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私たちが大切にしているのは、
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その土地に刻まれた
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自然の理(ことわり)や
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道場長 拝