今日の一言 2025-04-04 (金) ~ 2025-04-06 (日)

道場長の一日一心 " 人生の最後は至福のとき "

今朝も目覚めることができた、

ありがとう。

 

 

 

本日は、

二十四節氣 清明 ( せいめい ) ・初候

 

七十二候 

玄鳥至 つばめきたる

 

第十三候

「春分」から「清明」へと移りました。

「玄鳥至」は清明の初候にあたり、4月4日~8日ごろに相当します。

つばめが南からやってくるころです。

 

 

 

 

 

 

今日のお題

 

 

 

 

『じんせい の さいご は しふく の とき』

 

 

 

 

「生きとし生けるもの」は、

いつか必ず「命の終わり」を迎えます。

 

 

私たち人間も当然、そこに含まれます。

 

 

 

この世に生を受けた以上、

「死」は避けて通れない自然の摂理です。

 

 

 

少し前のこのエントリーでも

少しふれていますので、

こちらもよろしければご覧ください。

 

 

 

 

さて、

私は最近、自分の「死」について

考えることが増えました。

 

 

それは、

恐怖や悲しみといった感情ではなく、

むしろ「楽しみ」に近い感覚なのです。

 

 

 

なぜなら、

「死」はすべてのものを手放す時だからです。

 

 

 

今、私が持っているもの、

背負っているもの、

そのすべてを手放す時が来ます。

 

 

それは目に見えるものも、

見えないものも、何もかも。

 

 

 

自分と関わってくれたすべての人、

ほんの僅かなお金も、物も、人も、

家族でさえも…

 

 

 

死後の世界は誰にもわかりません。

 

 

 

私の家系は先祖代々、

浄土真宗本願寺派ですので、

死後は極楽浄土で

仏様になると教えられています。

 

 

 

そこがどんな場所なのか、

お坊さんの話を何度聞いても、

実際に体験するまでわかりません。

 

 

 

それが、

私にとっては楽しみの一つなのです。

 

 

 

" 極楽浄土とは一体、どんなところなのだろう " 

 

 

 

何もかも手放した

その先に、一体何があるのか?

 

 

 

極楽浄土でも修行があるのか?

 

 

今と同じように、

人との繋がりや、

果たすべき責務があるのか?

 

 

 

何もかもが未知の世界です。

 

 

 

ただ、

今こうして生きている、

この瞬間に思うのは、

死ぬ時には

一切合切を手放せるということです。

 

 

 

そこには、

未練も、わだかまりも、

寂しさも、後悔も何もありません。

 

 

 

今持っているもの、

背負っているものを

すべて捨て去り、身軽になる。

 

 

 

 

これまでの人生で、

一度も経験したことがないことだから

想像しただけでワクワクするのです。

 

 

 

どんな心地良い開放感なのでしょう?

 

 

 

 

合氣道は流派により多少異なると思いますが、

私たちの合氣道の修行の目的は、

「天地大自然と一体になる」ことです。

 

 

 

合氣道の稽古というものは、

自分の持っているもの、抱えているもの、

身につけているもの、

その全ての余計なものを剥いでいく。

 

 

一回の稽古で、

その薄皮を剥いでいくようなものです。

 

 

そして、どんどん身軽になっていくもの。

 

 

 

 

それが稽古を通して、

身につくものであるのなら、

 

 

 

何もかも捨て去った時、

本当の意味で

「天地大自然と一体になる」ことができ、

修行を完遂できるのではないか。

 

 

 

まさに、

手放すことが

「理に適う」ということではないでしょうか。

 

 

 

もともと、

合氣道をする、しないに関わらず、

私たち人間も、動物も、植物も、虫も、魚も、

「生きとし生けるもの」はすべて、

この「天地大自然の一部」です。

 

 

したがって、

この地球上に存在するもの、

この大宇宙に存在するものは

もともと、「天地大自然と一体」なのです。

 

 

 

 

そう思うと、人間は

" 死ぬ時が人生で最も幸せな時 "

なのかもしれません。

 

 

 

 

誰でも経験のあること、

たとえば、

子どもの頃の遠足や、

好きなアーティストのライブ、

楽しみにしている旅行などは

その日に至るまでが楽しいですよね。

 

 

 

そのように、

私にとって「死」というものは

悔やんだり、悲しいことではないのです。

 

 

 

死ぬまでの過程、それが人生だと思います。

 

 

 

 

その人生を精一杯生きて、

その終末に

「ありがとう!おかげさまで良い人生でした」と、

喜んで最高の至福のときを迎える。

私はそうなります。

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝