今日の一言 2026-05-21 (木)

道場長の一日一心 " ​曼殊院門跡に安置された幽霊の掛け軸。触れたくなる衝動と科学で証明されない世界 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

小満【しょうまん】初候

 

七十二候

第二十二候  蚕起食桑【かいこおきてくわをはむ】

5月21日~25日ごろ。

孵化した蚕が桑の葉を盛んに食べて成長するころ。

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 "

『 ​まんしゅいんもんぜき に あんち された ゆうれい の かけじく。ふれたくなる しょうどう と かがく で しょうめい されない せかい 』

 

 

 

 

合氣道寺崎道場

春の指導者育成練成稽古は、

 

17日間に渡る集中稽古の

締めくくりの2日間を京都で行った。

 

 

 

昨日の続きになる。

※一つ前のエントリーはコチラ。

 

 

​叡山電車の一乗寺駅から

徒歩で狸谷山不動院(たぬきだにさんふどういん)へ。

 

下山したところにある

八大神社(はちだいじんじゃ)を参拝した。

 

そして

詩仙堂(しせんどう)、

金福寺(こんぷくじ)、

圓光寺(えんこうじ)を巡る。

 

その最後の

曼殊院門跡(まんしゅいんもんぜき)に

到着したのは午後4時だった。

 

 

​

曼殊院門跡は

天台宗の由緒ある門跡寺院だ。

 

国宝の黄不動(きふどう)を有し、

枯山水(かれさんすい)の

美しい庭園で知られる名刹(めいさつ)。

 

 

皇室とのゆかりも深く、

格式高い歴史が息づいている。

 

 

 

 

午後5時で

完全閉館となるため、

 

入館時に受付の係の人から

念を押された。

 

 

遅くとも、

4時55分までには出てくださいと。

 

 

​

早速、

靴を脱いで館内を拝観する。

 

 

 

順路は決められているが、

途中ワープしたり

逆方向に行こうと思えば

いけなくもない構造だ。

 

 

 

館内は

写真撮影が一切禁止。

 

 

 

館内から

庭の写真だけが許されていた。

 

 

 

天皇皇后両陛下の

行幸啓(ぎょうこうけい)時の

写真などが飾られている。

 

 

 

 

土曜日とはいえ、

閉館間近という時間帯だ。

 

参拝者は

私たちと数名の観光客程度だった。

 

 

 

私たちは皆それぞれ

思い思いに見て回った。

 

 

 

​順路の途中で

座布団が2つ置いてある座敷があった。

 

 

 

 

風が通り、

庭園も眺められとても心地よい。

 

 

ここで少し休もう。

 

 

朝から歩き回ったおかげで、

私はその座敷で一人座っていた。

 

 

あまりの心地よさに

静坐のまま少し眠ってしまったようだ。

 

 

​

 

すると、

お弟子さんの一人に肩を叩かれ

目が覚めた。

 

 

 

「先生、 先生」

「そろそろ帰りましょうか」

 

「おっ もうこんな時間か」

閉館15分前だった。

 

 

4時55分に出れば良い。

 

 

「まだ10分あるわ、まだ見てない所があるから一通り回って出るわ」

 

 

 

そう伝えると、

麻布台教室を主宰する

〈円谷ひとみ〉先生が駆け寄ってきた。

 

 

やっと見つけた、といった表情だ。

 

 

 

先ほどの弟子と同じく

「帰りましょうか」と言う。

 

 

 

何だか私に

何かを隠しているような変な感じがした。

 

 

 

しかし、

氣にせず順路を進んだ。

 

 

 

​そろそろ、

一周回り切るころ。

 

 

 

突然進行方向の右側に

「幽霊の掛け軸」が二幅(にふく)現れた。

 

 

 

​一幅は

上半身のアップだったと記憶している。

 

 

もう一幅は

足のない少し小さめの女性の幽霊の

掛け軸だった。

 

 

 

 

顔は土氣色(つちけいろ)に

青ざめ生氣が全くない。

 

 

 

骨と皮ばかりにやせ細り、

深い怨念をまとった女性の姿だ。

 

 

 

まるで今にも、

掛け軸から這い出してきそうな

おぞましい霊氣を放っている。

 

 

​

 

厳しい撮影禁止の注意書きがあり、

「撮影されますと差し障りあることが起こることがあります」

といった警告が記されています。

 

 

 

​

曼殊院門跡 幽霊の掛け軸と

ネットで調べれば、

 

この幽霊の掛け軸の

恐ろしい逸話はいくつも出てくる。

 

 

 

この掛け軸は

手にした持ち主たちに

 

次々と原因不明の

不幸や災厄をもたらしたそうだ。

 

 

 

 

血も凍るような

恐怖に耐えきれなくなった

人々によって手放された。

 

 

 

そして

長い年月を回り回って、

 

ようやく

この曼殊院門跡へと辿り着いたらしい。

 

 

 

 

まるで

厳重な封印を施すように供養され、

 

この場所にひっそりと

安置され保管されることになったらしい。

 

 

 

 

そのような

謂れ(いわれ)を

聞くだけで背筋が凍りつく。

 

 

 

 

それにも関わらず、

撮影禁止を無視して

ネットにあげる人もいるのだ。

 

 

なんという

恐ろしいことをするのだろうか。

 

 

 

 

​さらに

この幽霊の掛け軸が

恐ろしいのはそこではない。

 

 

 

 

あの虚無の底のような

目と目が合うと、

 

金縛りにあったように

動けなくなるのだ。

 

 

 

 

後に私が検索したところ、

 

私と同じく

目と目が合ったまま

動けなくなったという投稿もあった。

 

 

 

​

別に恐怖で

動けないわけではない。

 

 

 

「なんでここにあるの」

 

 

そういう問いかけを

私自身が幽霊の掛け軸に

しているといった感じだった。

 

 

 

なぜ、

この美しく格式高い曼殊院門跡に

 

こんな、おどろおどろしい

幽霊の掛け軸があるのか。

 

 

 

何の関係があるのか。

 

 

 

それをわざわざ、

参拝者が必ず通るであろう

最後の出口付近に置いているのか。

 

 

 

なぜそれを

参拝者に見せなければならないのか。

 

 

 

 

ただただ、

私は立ちすくんでしまった。

 

 

 

​「そういうことだったのか」

 

 

 

先ほどの座敷での

二人の弟子の「帰りましょう」の

意味がやっと理解できた。

 

 

 

私がほんの少し

眠ってしまっていた間。

 

 

 

皆は一足先に

その前を通っていたのだ。

 

 

 

私にこの幽霊の掛け軸を

見せないほうが良い。

 

 

そう判断したのだろう。

 

 

 

 

そう考えている間も、

私は幽霊の掛け軸の

女性と目と目が合ったままだった。

 

 

 

 

私の魂を絡め取るように

掛け軸の奥から

じっと、見つめ返してくる。

 

 

 

​そのいわく付きの

幽霊の掛け軸の前で佇む私。

 

 

 

当然私一人だ。

 

 

 

この時、

館内には私一人だったようだ。

 

 

 

他の弟子たちは

既に出口で私を待っていたようだ。

 

 

 

​館内の展示品には

一切、手を触れることは禁止されている。

 

 

 

 

しかし、

私はこの幽霊の掛け軸だけは

 

どうしても

触れたいという衝動にかられた。

 

 

 

あの青ざめた女性の顔に。

 

 

 

怨念をまとった

やせ細ったその姿に。

 

 

 

無意識のうちに

何度も何度も

手を伸ばそうとしていたのだ。

 

 

 

もちろん

それは厳格な禁止事項である。

 

 

 

すんでのところで

理性が働き、

実際に触れることはなかった。

 

 

 

 

しかし、

向こうから

私の手を引き寄せているかのような。

 

 

私の中の何かが

掛け軸の奥へと吸い込まれていくような。

 

 

 

 

これまでの人生で

味わったことのない

本当に不思議で奇妙な感覚だった。

 

 

 

 

だからこそ、

そこからどうしても

離れることができなかったのだ。

 

 

 

 

​「先生 先生!」

「もうだめだって!帰りますよ」

 

 

 

 

狸谷山不動院の不動明王の前で

動けなくなった私、

 

あの時、

我に返らせてくれた

 

神奈川 辻堂教室を主宰する

〈一ノ瀬 尚〉先生が、

今度は強引に私の手を引っ張った。

 

 

 

「ダメです もう完全閉館時間です」

 

 

​

今でもはっきりと憶えている。

 

 

 

あの幽霊の掛け軸の

女性の底知れぬ寂しげな表情を…

 

 

 

 

世の中には

決して理屈では、

 

説明のつかないことが

確かに存在する。

 

 

 

 

現代の科学をもってしても、

証明されない出来事が数多くあるのだ。

 

 

 

我々の常識や

目に見えるものだけが全てではない。

 

 

 

 

禁止と分かっていながら、

触れようとしてしまったあの衝動。

 

 

 

そして、

私を惹きつけて

離さなかったあの眼差し。

 

 

 

それらが一体、

何を意味していたのか。

 

 

 

 

この広大な

天地大自然には、

 

人間の知恵など

及ばない深遠な世界が広がっている。

 

 

 

 

信じるか

信じないかはあなた次第だ。

 

 

 

 

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​合氣道琴心館寺崎道場が

大切にしているのは

ただ技を極めることではありません。

 

目に見えない不思議な縁や

出来事をも否定せず、

受け入れる器を養うこと。

 

 

自然の理や

日々の稽古を通じた氣づきを

この道場長ブログ

『ぼくらの合氣道』でも発信しております。

 

 

感性を磨き、

より健やかに生きるためのヒントが

ここにあるかもしれません。

 

ぜひバックナンバーもご覧ください。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝