今日の一言 2026-01-23 (金) ~ 2026-01-25 (日)
道場長の一日一心 " 努力の後は、潔く忘れ、「放った矢」を追いかけるな "
今朝目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
大寒(だいかん)初候
七十二候
第七十候 款冬華(ふきのはなさく)
1月20日~24日ごろ。
ふきのとうが顔を出し始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 どりょく の あと は、いさぎよ く わす れ、「はなっ た や」を おいかけ る な 』
やるべきことを
やりきった
充実感の中で眠りにつく。
これこそが、
翌日の鋭氣を養う最良の「薬」です。
今日は「果報は寝て待て」
という言葉を、
合氣道の稽古に照らし合わせて
考えてみたいと思います。
時々、
道場に体験に来られた方から、
こんな質問を受けることがあります。
「先生、ここに入門したら、何年くらいで黒帯になれますか?」
目標を明確にしたい
という氣持ちはよく分かります。
しかし、
私はいつもこう答えることにしています。
「年月が経てば
黒帯になれるわけではありません。
大切なのは、あなたがどれだけ
稽古を積み重ねたか、その密度です」
この質問をする方は、
心のどこかで
「果報は寝て待て」を
勘違いしているのかもしれません。
ただ3年、5年と時間を過ごして
「待って」いれば、
自動的に黒帯という
果報がやってくると思っている。
しかし、
週に一度顔を出す人と、
毎日道場の雑巾がけから
始める人とでは、
同じ「一年」でも中身が全く違います。
種もまかず、
水もやらずに、
ただ畑の横で
寝て待っていても芽は出ません。
そんな
「棚からぼた餅」は、
残念ながら
合氣道琴心館寺崎道場には落ちていません。
「果報は寝て待て」
その本来の意味は、
「人事を尽くして天命を待つ」ことです。
汗をかき、
技を練り、
苦悩して、
日々の積み重ねという
「人事」を限界まで尽くした人だけが、
結果を待つ資格を持つのです。
カレンダーを眺めるのではなく、
今日一日の稽古を積み上げること。
それが全てです。
一方で、
やることはやったのに、
いつまでも心が定まらない人もいます。
一度手元から放たれた矢は、
もう自分のコントロールを離れています。
野球でピッチャーがボールを投げる、
バッターがボールを打つ。
その後のボールの行方は
そのボールに任せるしかありませんね。
それなのに、
ボールが飛んでいく最中に
「あ、右に逸れたかも」
「もっと強く打てばよかった」と
心のなかで叫んだり、
極端な話、
矢やボールを追いかけて
空中で軌道修正しようとしたりするのは、
滑稽であり、不可能です。
私たちの日常でも
同じことがありませんか?
大切なメールを返信した後、
あるいは
昇級、昇段審査を終えた後。
「あの動きでよかっただろうか」
「失敗したんじゃないか」と、
終わったことに対して
いつまでも心の中でじたばたしてしまう。
これは武道でいう
「残心(ざんしん)」とは違います。
残心とは、
油断なく結果を見届ける
心の構えであり、
過去の失敗に
執着して悔やむことではありません。
一度手放した「矢」に対して、
あれこれ思い悩むのは、
ご自身の心の平穏を妨げるだけです。
結果を取り戻せない
時間帯に入ったら、もうじたばたしないこと。
"「待てる」という強さ "
人事を尽くしたのなら、
後はふてぶてしいくらいの
余裕を持って「果報」を寝て待つ。
「やるだけやった。あとは野となれ山となれ」
そう開き直って
ぐっすり眠れる図太さもまた、
合氣道で練り上げるべき
「胆力(たんりょく)」の一つです。
徹夜で悩み続けて
結果が変わるなら
いくらでも悩みますが、
そうではありません。
それならば、
夜はゆっくりと寝て、
明日訪れる結果を、
静かな心で
受け止めようではありませんか。
積み重ねた自分を信じて。
今週もありがとうございました。
良い週末を。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝