今日の一言 2025-11-19 (水)
道場長の一日一心 " 学びは役割を引き受けた後に始まる "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
立冬【りっとう】末候
七十二候
第五十七候 金盞香(きんせんかさく)
11月17日~21日ごろ。
寒い冬の訪れとともに、可憐で香りの良い水仙が咲き始めるころ。
今日の " 道場長の一日一心 "
『 まなび は やくわり を ひきうけ た あと に はじま る 』
" 即断即行!「快諾力」が人生を拓く "
人生の質、
そして人間的な深みは、
誰と時間を共にするかで
劇的に変わってきます。
私が心から信頼し、
ずっと
一緒にいたいと願う人物像。
それは、
どんな困難な
仕事や役割を頼まれても、
即座に
「それ得意です!」
「私にやらせてください!」と
快く引き受けられる人です。
"「やります!」が先、学びは後 — 師範自身の体験 "
大切なのは、
引き受けた時点で
「得意である」必要は
全くないということです。
これは、
何を隠そう
私自身の歩んできた道でもあります。
私自身、
合氣道を始めたのは
五十歳という遅いスタートでした。
にもかかわらず、
私の師匠である
兵庫県合氣道連盟会長
合氣道琴心館館長の
琴地 茂先生から
「明日から大学へ指導に行きなさい」
そう命ぜられ、
合氣道琴心館の
末席に加えていただいた
わずか一年後には、
大学の合氣道部で
指導を任されることになりました。
当時の私の級は四級。
対して、
指導する立場の学生たちは
皆、二級でした。
経験も技も、
そして級も、
私より彼らの方が上だったのです。
その指導の場では、
数多くの苦い思いも経験しました。
しかし、
その時「指導者」という役割を快諾し、
引き受けたからこそ、
今の私がある。
多くの人は、
技を深く習得し、
知識を積み重ねてから
「師範」という
立場になると考えるでしょう。
しかし、
私の場合は、
まず師範という
役割になってから、
文字通り
合氣道を一から学びました。
「教える」という
責任を負ったことで、
否応なく
誰よりも深く、
誰よりも真剣に
稽古に
打ち込まざるを得なくなったのです。
" 快諾力の後に秘められた成長のサイクル "
「やります!」と手を挙げた後、
その役割を果たすために
必死に学び、調べ、
知識や技術を身につけていく。
この
「まず引き受ける→すぐに学ぶ・実行する」という
サイクルこそが、
人間を最も早く、
そして深く成長させる原動力なのです。
これは成長のための大原則です。
にもかかわらず、
それを分かってない人が多くいます。
しかし、
そんな中で
私の弟子たちの中にも、
この快諾力を持った若者、
志を持った日本女子が3人、4人といます。
彼女らと一緒にいると、
本当に楽しく、場が明るくなります。
そして何より、
その前向きな姿勢、
貪欲な学びの姿勢からは、
私自身も
「まだまだだな」と襟を正す
多くの学ぶべき点があるのです。
彼女らは、
道場、
そして社会にとって
不可欠な存在へと
確実に成長していくでしょう。
" 信頼とチャンスを遠ざける姿勢 "
一方で、
残念ながらその対極にいる人もいます。
声をかけられても、
うつむき、
手も上がらず、声も出ず、
私と
目を合わすことすらできない人。
不安からか、
挑戦を避け、
自分を小さな枠に
閉じ込めてしまうような人です。
このような
受動的な姿勢では、
人生において
チャンスも、
重要な役割も、大きな仕事も、
決して
回ってくることはありません。
なぜなら、
他者からの
信頼関係の構築ができないからです。
大事な局面で
「この人に任せても大丈夫だろうか?」
という疑念が生まれてしまう。
一緒にいても場が重くなり、
共にいる喜びを感じることが難しい。
結果として、
人望も信頼も得られず、
成長の機会から遠ざかってしまうのです。
合氣道の稽古は、
人生という舞台で、
いかに積極的に、
主体的に生きるかを学ぶ場であります。
人生は人選びで大きく変わります。
私たちは、誰と共に生きていくか。
そして、
自分自身は、
誰かに「一緒にいたい」と
思われる人間であるか。
「快く引き受け、後に必死で学ぶ」
という姿勢は、
合氣道の
「受け」の精神にも通じます。
相手の技を正面から受け入れ
そこから次の自分の動きを生み出す。
この
「まず受け入れる」
精神こそが、
人生を切り開く鍵となります。
「それ、私にやらせてください!」
その一言が、
あなたの人生をより深く、
より楽しいものへと導く
最初の一歩となるでしょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝