今日の一言 2025-08-25 (月)

道場長の一日一心 " 長州藩中屋敷から東京ミッドタウンへ 赤坂「檜坂」編 "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

今週もよろしくお願いいたします。

 

 

本日は、二十四節氣

処暑【しょしょ】初候

 

七十二候

第四十候 綿柎開(わたのはなしべひらく)

「綿柎開」は8月23日~8月27日頃

 

二十四節氣は「立秋」から「処暑」に移りました。

綿を包むガクが開き始め、白い綿が顔を出す頃。

 

 

 

 

 

今日の " 道場長の一日一心 " 

『 ちょうしゅうはん なかやしき から とうきょうミッドタウン へ あかさか「ひのきざか」へん 』

 

 

 

 

" 由緒ある坂道巡り

赤坂「檜坂」を訪ねて "

 

 

​東京での夏の集中稽古と

指導者育成練成稽古のため、

 

8月1日から17日まで出張していました。

 

 

稽古の合間を縫って、

かねてからの東京出張において

 

もう一つの目的であった

由緒ある江戸の坂道巡りもしてきました。

 

 

 

宜しければ このエントリー もご覧ください。

 

 

 

4年前、

港区赤坂のホテルに宿泊するご縁があり、

 

夜間散歩していた時に

近くで見つけた「檜坂」が、

私の江戸の坂道巡りのきっかけです。

 

 

 

その歴史の深さに惹かれ、

今回の出張でも再訪しました。

 

 

 

 

" 檜屋敷から軍用地、防衛庁、そして東京ミッドタウンへ "

 

 

 

 

 

「檜坂」は、

赤坂六丁目と九丁目の境、

 

東京ミッドタウン・ガーデンの東裏を

北東に下り檜町公園の前へ出る

急勾配の大きく曲がった坂道です。

 

 

 

かつてこの坂の周辺は、

現在の防衛省を含む驚愕の広大な

長州藩毛利家の中屋敷であったとされています。

 

 

 

 

屋敷内にヒノキの老木が

多数茂っていたことから、

 

人々は「檜屋敷」と呼び、

これが坂の名前の由来となりました。

 

 

 

 

 

この場所は、

幕末の動乱で大きな歴史を刻みます。

 

 

文久3年(1863年)、

政変で京都を追われた長州藩は、

翌年、勢力回復を目指して兵を率いて上京。

 

 

 

しかし、

蛤御門 (はまぐりごもん) の変で敗北し、

幕府から長州征討を受けることになります。

 

 

 

​その際、

江戸にあった長州藩邸も

 

取り潰しの対象となり、

この檜屋敷も打ち壊されました。

 

 

 

2万坪にも及ぶ

広大な屋敷の解体作業には、

 

連日多くの人足が動員されたと

伝えられています。

 

 

 

 

​明治維新後、

この地は軍用地となり、

歩兵第一連隊の兵営が置かれました。

 

 

 

第二次世界大戦後にはGHQに接収され、

1954年には防衛庁が建設されました。

 

 

 

そして2007年、

防衛庁 (現在の防衛省) が新宿区市ヶ谷へと

移転した跡地に、

 

大規模複合施設

「東京ミッドタウン」が誕生し、

今日に至ります。

 

 

 

 

 

" この壮大な歴史の坂道を私は今、歩いている "

 

 

 

 

 

​一本の坂道にも、

これほど壮大な歴史があることに

 

改めて驚かされるとともに

とても感慨深いものがあります。

 

 

 

道場の稽古で技を磨くのと同じように、

歴史もまた深く掘り下げることで、

新たな発見や学びがあります。

 

 

 

 

​今回の赤坂「檜坂」巡りは、

過去の出来事が

 

現在の風景にどう繋がっているのか、

その流れを肌で感じさせてくれました。

 

 

これは、

技の系譜だけではなく、

 

合氣道寺崎道場を主宰する

私の大切な指導者たちとの

 

「師弟関係」の繋がりを

学ぶことにも深く通じるものがありました。

 

 

 

稽古も歴史も、

地道な探求こそが重要なんだ。

 

 

 

しみじみ、

そう思いながら

 

夕暮れ近い赤坂「檜坂」から

その日の稽古場である

麻布台教室へと向かいました。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝