今日の一言 2025-06-13 (金) ~ 2025-06-15 (日)

道場長の一日一心  " 声優女子の「やります!」に宿る真の謙虚さ "

今朝も目覚めることができた。

ありがとう。

 

 

本日は、二十四節氣

芒種【ぼうしゅ】次候

 

七十二候

第二十六候  腐草為蛍【くされたるくさほたるとなる】

 

「芒種」次候へと移りました。

「腐草為蛍」は6月10日~15日ころにあたります。

 

梅雨の時期、湿気が多くなり、

「腐った草が蒸れて蛍になる」という意味を表しています。

 

夏の夜を彩る蛍が飛び始める頃を告げる候として、日本らしい風情を感じさせます。

 

 

 

 

 

 

今日のお題

 

 

 

 

道場長の一日一心

『 せいゆう じょし の「やります!」に やど る しん の けんきょ さ 』

 

 

 

 

「こんな私にできるかな」

「私などには…」

 

 

誰かに、

何か新しい挑戦を打診された時、

 

ついこんな

マイナスの言葉が頭をよぎる人は

少なくないのではないでしょうか。

 

 

 

 

しかし、

今日ご紹介する25歳のMさんは、

 

そんな、

ネガティブな反応とは一線を画していました。

 

 

 

彼女は東京の大学を卒業後、

大手レコード会社に就職しました。

 

仕事で多忙な日々を送りながらも、

幼い頃からの夢である声優になるため、

日夜レッスンに励んでいます。

 

 

 

そんな、

Mさんと出会ったのは、

 

数年前に

私が指導する東京で行われた

特別集中稽古でのこと。

 

 

 

彼女の、

他とは違う真剣な眼差しと、

オーラのある澄んだ雰囲氣に、

 

私は何か特別な可能性を

感じずにはいられませんでした。

 

 

 

稽古の後、

私はMさんに尋ねました。

 

「声優を目指しながら、合氣道の指導者としてもやってみないか?」

 

 

私の問いかけに対し、

Mさんから返ってきたのは、

 

迷いのない

**「やります」** という一言でした。

 

 

 

顔色変えず、

驚くほど即座の返答に、

 

私は思わず彼女にその理由を尋ねました。

 

 

 

 

「せっかく先生が言ってくださるのだから、やるという選択肢しか私にはありません。」

 

 

 

 

彼女の言葉は、私の心に深く響きました。

 

 

 

 

" 言い訳は「やりたくない」心の表れ " 

 

 

 

一方で「できません」とか、

「今は忙しいので」とか、

 

中には

「分かりました、やります」と

返事しながら、結局やらない人もいます。

 

 

 

 

これは、

単に「できない」のではなく、

「忙しいから」なのでもなく、

 

 

ただ「やりたくない」という心の表れです。

 

 

ただそれだけです。

それ以外の何ものでもありません。

 

 

 

 

何かを始める前から、

自分で限界を決めつけてしまう。

 

 

 

それは、

せっかく目の前に差し出された機会を、

自ら手放してしまうことと同じです。

 

 

 

目先にばかり囚われていて、

先の景色を見ようとしない人とでも

言いましょうか…

 

 

 

 

 

"「遠慮」もまた「傲慢」である "

 

 

 

 

 

そして、

私がここで最も言っておきたいことは、

 

 

「遠慮」もまた

「傲慢」の一つだということです。

 

 

 

「遠慮」と「傲慢」を誤って捉えるな!

 

 

 

 

たとえば、

感謝の氣持ちを示すために

差し出した菓子折りに対し、

 

「いえいえ、そんなの」と返す行為は、

一見すると謙遜や遠慮のように見えます。

 

 

しかし、

これは時に「傲慢」と受け取られても

仕方がない場合があります。

 

 

 

 

 

" なぜ傲慢に映るのか " 

 

 

 

 

 

贈り物は、

相手への感謝や敬意を示す行為です。

 

 

それを「そんなの」と一蹴することは、

 

「あなたの氣持ちは必要ない」

「それほど大したことではない」と、

 

贈る側の心遣いを

軽んじている印象を相手に与えかねません。

 

 

 

 

相手が差し出してくれたら、

「恐縮ですが、お心遣いありがとうございます」と

受け取るのが丁寧な作法です。

 

 

 

平たく断り続けるのは、

 

相手に「氣を遣わせた」という負い目や、

「私の感謝は受け入れられないのか」

という不快感を与えてしまいます。

 

 

 

 

真の「謙遜」とは、

相手の心遣いを無下にせず、

 

受け取った上で

感謝の意を伝えることではないでしょうか。

 

 

 

 

 

" それが「謙虚」ではなく「傲慢」なのだ " 

 

 

 

 

話を元に戻すと、

 

「こんな初心者レベルの私が、先生になどなれるわけがない」と考えること。

 

 

 

これは、

一見「謙虚」に見えて、

 

実は

「傲り高ぶり・うぬぼれ・傲慢」に

他なりませぬ。

 

 

 

「自分にはその資格がない」と

決めつけることで、

 

知らず知らずのうちに、

与えられた可能性や成長の機会を

拒否しているのです。

 

 

 

 

 

本当に「謙虚」であるとは、

素直に、目の前の流れに従うこと。

 

 

 

 

このМさんは、

 

たとえ周囲から

「力がない」「実力が足りない」と

言われるかもしれないという覚悟を持って、

それでも指導者としての道を進んでいるのです。

 

 

 

Mさんの「やります」という即答には、

まさにその「真の謙虚さ」

宿っていました。

 

 

 

 

私は彼女を心から尊敬しています。

 

 

 

 

Mさんは、

合氣道の指導者としての道を歩み、

 

自身が主宰する

合氣道教室の設立という次の目標に向かって、

 

日々、

仕事と声優のレッスンと合氣道に

励んでいます。

 

 

 

 

夢に向かって、

ひたむきに進むMさんの姿は、

 

きっと、

多くの他の道友の心に響き、

 

「真の謙虚」とは、

こういうことだと教えられたことでしょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

兵庫県合氣道連盟

合氣道琴心館寺崎道場

道場長 拝