今日の一言 2025-06-05 (木)
道場長の一日一心 " 道場は小さな「共生」の宇宙 "
今朝も目覚めることができた。
ありがとう。
本日は、二十四節氣
芒種【ぼうしゅ】初候
七十二候
第二十五候 蟷螂生【かまきりしょうず】
二十四節氣は「芒種」初候へと移りました。
「蟷螂生」は6月5日~9日ころにあたります。
この時期になるとカマキリの幼虫が卵から孵化し始めるのを見かけるようになります。
生まれたばかりのカマキリは非常に小さく、かわいらしい姿をしていますが、
夏の間にぐんぐん成長していきます。
今日のお題
道場長の一日一心
『 どうじょう は ちいさ な「きょうせい」の うちゅう 』
「あかの他人はいない」
〜合氣道が示す「無縁」の教え〜
「あかの他人」という
言葉を耳にすることがあります。
全く関係のない人、縁遠い人、
といった意味合いで
使われることが多いように思います。
でも、
本当に私たちは
誰とも「あかの他人」なのでしょうか?
小林一茶の句に、
「花のかげあかの他人はなかりけり」
という名句があります。
「花のかげ」とは、この世の中のこと。
つまり、
この世に生きる私たちは、
自分では意識していなくても、
どこかで必ず誰かと繋がっている。
「完全に縁のない人など、一人もいないのだ」という
深遠な意味がこの句に込められているのです。
この考え方は、
仏教でいう「無縁」という言葉にも
通じるそうです。
私たちが考える
一般的な「無縁」のイメージは、
「縁がない」というものかもしれませんが、
仏教における「無縁」の真の意味は、
実は「無条件の縁」を指すそうです。
遠い親戚や
友人の知人といった特定の条件なしに、
私たちは皆、普遍的な「縁」で結ばれている。
この「無縁の縁」こそが、
「あかの他人はない」という境地と合致し、
「共生(共に助け合いながら生きる)」の
精神へと繋がっていくのですね。
そう考えると、
合氣道の道場もまた、
この「無縁の縁」を肌で感じられる場所です。
道場には、
年齢も職業も、学歴や生い立ちも
全て異なる様々な人々が集い、
ともに氣を出し、
相手を尊重して投げたり投げられたりします。
最初は「あかの他人」だった者同士が、
稽古を通じてお互いの呼吸を感じ、
技を受け、学び合っていく。
相手の動きを感じ取り、
それに合わせて己の心身を使うことで、
まるで
" 相手の中に自分が生き " 、
" 自分の中に相手が生きている "
かのような一体感が生まれます。
この感覚は、
まさに「人間愛の芽生え」ではないでしょうか。
共に稽古する仲間への信頼と敬意、
そして感謝の氣持ちが自然と湧いてくる。
これは、
単なる技術の習得を超えた、
「人間としての成長」に他なりません。
道場という小さな空間で、
私たちは
「あかの他人」ではないことを実感し、
互いに支え合うことの大切さを
学んでいるのですね。
日々の稽古は、
目の前の相手との「一期一会」を大切にすること。
そして、
その一つ一つの出会いが、
実は「無条件の縁」によって
深く結ばれていることを教えてくれます。
私たちは皆、
大きな大きな
" 生命のネットワーク " の中で生きているのです。
稽古を通じて育まれる
「無縁の縁」の精神は、
道場を一歩出た
社会の中でも生きてきます。
見知らぬ人との出会いや、
予期せぬ出来事の中に、
必ず何らかの「意味」や「繋がり」を
見出すことができると思うのです。
「あかの他人」はいない。
この言葉は、
私たちの日常において、
感謝の氣持ちを満たしてくれるはずです。
まだ合氣道に触れたことのない皆さんも、
近々、道場へ体験に来られる方々も
合氣道の稽古を通して、
是非、この「無縁の縁」を共に体感してみませんか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
兵庫県合氣道連盟
合氣道琴心館寺崎道場
道場長 拝