今日の一言 2024-05-07 (火)

人として一流をめざすための道場長の今日の一言 " 真の勝者を目指せ "

今朝も目覚めることが出来た。

ありがとう。

 

 

『しんのしょうしゃをめざせ』

 

 

GW期間〜約二週間にわたり

春の集中稽古ではあるが、

二十四節氣では「立夏」。

初夏の集中稽古ですかね。

 

そんな中、

神奈川県在住の

お弟子さんから

とても興味深い話を聴いた。

 

「最近ね。〇〇さんが亡くなられたの。私の周りの人でね、ある条件が重なる人はみんな短命なんだ…

〇〇さんも〇〇さんも、先生とご縁があった〇〇君も最近亡くなったでしょ。

これって何かきっと理由がある氣がしてならないんだよね…」

 

 

彼女は元プロサーファーだ。

今も現役サーファーで

毎日海に入る。

 

ただし、

昔のように競技ではなくて、

好きなサーフィンも

心身統一体の

実践の場として捉え、

 

陸でも海でも

天地大自然に適う

身体の使い方と心のあり様を

極め続けるという、

 

競技者ではない

プロフェッショナルだ。

 

 

確かに言われてみれば

皆、四十代、五十代で

亡くなっている。

 

三十代で亡くなった人もいる。

 

彼女の言う

「ある条件」とは何なのか?

 

それは

「何十年も競技を続ける人」だった。

 

実際にスポンサー企業に

支援してもらい

お給料をいただく

プロ選手は

試合に勝たなくては話にならない。

 

勝ち続けなければならないという、

非常に厳しい世界だ。

 

 

サーフィンだけでなく、

野球、サッカー、相撲と

挙げればきりが無い、

 

いわゆる競技としての

スポーツも同様だ。

 

 

「ある条件」には

もう少し深い部分が含まれていて、

 

「現役は退いたが、心が未だ競技から抜け出せないでいる人」であり、

 

心のあり様が

関係しているというのだ。

 

 

「深いな~」と思った瞬間、

これと似たようなことを、

ずいぶん前に

絶版の名書で

読んだことがある氣がした。

 

 

「心が競技から抜け出せていない」

現役時代の

「相手に勝たなければならない」

 

そういう心が

日常のあらゆるところに

未だ居座っている。

 

「勝負というのは時の運。勝つこともあれば負けることもある」

 

誰でも分かってはいることであるが、

 

 

心の片隅にある

「人間関係においても相手に負けることができない」

 

このような心持ちを

積み重ねることは、

緊張の連続であり、

精神状態も内蔵にも

悪影響を及ぼし良くない。

 

 

また、派手な人付き合いや

食事も酒の飲み過ぎも

内蔵に負担をかける。

 

内蔵は全て自律神経が

働かせている。

 

自律神経が弱ったり、

過度な刺激は

内蔵を弱らせて、

やがて内蔵の病となる。

 

 

いつも相手をするのは

自分以外の他人であるから、

 

自分の思い通りにならないのが、

当たり前だ。

 

その上で

日常においても

相手に勝たなくてはならない。

 

 

いつも

ドキドキ、ハラハラ、

イライラして負けて落ち込む。

 

それを忘れようと

自我を抑えきれなく

暴飲暴食する。

 

とても

長生き出来るとは思えない。

 

人間の一生は長さではなく

「どう生きたか」

であるから

 

一概に

「短命がどうのこうの」

とは言えない。

 

 

しかし、

「そういう生活、生き方を私は望まないし、健康体とは言えない」

 

そう話す

彼女は今でも

地元の現役プロサーファーや

これからプロを目指す後輩達に

 

「天地大自然に適う心のあり方と身体の使い方」を

伝授して

後進を導くことに努めている。

 

 

それは素晴らしいことだ。

 

「我が人生の責務」として

是非続けていってもらいたい。

 

 

 

心身は鍛えれば強くなるが、

内蔵はいたわらなければ

強くはならない。

 

二十四時間休みなく、

一生自分のためだけに

働き続けてくれる内臓だ。

 

いたわり可愛がって

あげなければならない。

 

 

相手をするのは

他人ではなくて自分だ。

 

 

私利私欲、

自我を抑えることが

出来ないというのは、

自分に負けるということだ。

 

相手に勝っても

自分に負けているようでは

所詮「弱い者」だ。

 

自分に打ち克つことが

「内臓をいたわる」

ことであり、

 

「真の勝者」ではあるまいか。

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございました。

 

 

道場長 拝